第387話 止めない意思と止める意思


 王城の敷地内は当然広い。正門を抜けたら即座に城の扉が出てくるわけでもない。

 正門と城の入り口の間は街の大通り並みの整った通路があり、その通りには騎士団の詰所のような建物があったり、敷地の端にある研究所に伸びる道がある。

 無論どれもこれもが国の大事な施設。

 見回りの騎士や兵士がいつも通りの巡回コースを歩いているが、誰も走る野丸を止めようとしない。


 彼らの名誉の為に言うが皆の目が節穴でも無ければサボっているわけでもない。

 この王城には色々な人が出入りする。騎士、兵士をはじめ働く文官や業者など様々だ。

 そして野丸は王城の敷地内への出入りが多い一人。

 はじめはカーゴ関連の研究施設回りだったものが、気づけば貴族らとの会合(呼び出しとも言う)や王族からの召集(レーヌの話し相手)、最近で言えば転移門での外交官まがいのことや召喚陣周りの調査補佐(ウルティナの見張り)など枚挙に暇がない。

 その為城に常駐してない平民と言う位置づけでもあるにも関わらずよくその姿が見られるため、野丸が知らない人々からも顔を完全に覚えられてしまっていた。


 だからこそ誰も止めない。

 こんな夜中に慌てて走っていても「あぁ、また何か苦労してるな」と言う共通認識が形成されてしまっていた。

 その認識はここのみならず城内でも同じだろう。頭の中でその光景を浮かべ思わず野丸の口角が少し上がる。


 だが……


(……?)


 パン、パン、とまるで膨らましたビニール袋を割ったかのような空気音。

 普通なら聞かないこの音だが、野丸にとってはとても聞き慣れた音でもある。


「…………」


 走る速度を落とし野丸はゆっくりと立ち止まる。城の入り口はすでに見えているが、そこに立ちふさがるように上から降り立つ一人の少女。

 スカートを翻しながら野丸と対峙しているのは彼の傍らにいつもいる一人の獣人の女の子だ。


「……コロも俺を止めるの?」


 少なくともこの構図は野丸にとっては想定外である。

 突発的な形になってしまったが、少なくともコロナは元より彼に近しい人達には帰るという事をずっと話していた。

 そして思う部分はあったかもしれないが全員野丸が帰ること自体は受け入れていたはずだ。

 だからここに来て彼女が立ちふさがるのは彼にとっては不思議でならない。


「止めるよ、行かせない。レーヌさんにも『お願い』って頼まれたしね」


 その目は若干の戸惑い。しかしそれ以上の意思を以て野丸を正面から見据えてくる。


「そっか……。コロは俺の事分かってくれてると思ってたんだけどな」


 何だかんだで野丸とは一番一緒にいたコロナ。ここに来て袂を分かった上に彼の前に立ちふさがる意味を知らないわけではない。

 裏切られたような感覚が胸中に宿り、心の一部がぽっかり空いたような気分になる。


「バーカ、分かってるから止めるんだよ。


 その折、のっしのっしと野丸の後ろからドルンがハンマーを担ぎながら追いついてきた。

 彼の後ろにはエルフィリアも歩いており、三人とも野丸を止める立場であると言う明確な意思表示をしている。


「基本止めるつもりはサラサラ無かったんだけど、な?」


 同意を求めるようにドルンがエルフィリアに目配せをすると、彼女も応じるように小さく頷く。

 何故よりによってこのタイミングでと悪態をつきそうになるが、その言葉を飲み込みながら野丸は思考を巡らせる。


「……ちなみに理由を聞いても? 気が変わったとかなら分かりやすいんだけど」


 一対三。数的不利は言うまでもなく、相手は野丸よりもずっと戦いに長けた仲間達。

 その実力は常にそばで見ていた当人が誰よりも知っている。

 コロナ一人でさえ苦労と言う言葉ですら生ぬるい難易度だと言うのに、更にここにドルンとエルフィリアが加わった事で戦力のバランスの均衡が整ってしまった。


 この時点で野丸が取る行動は戦闘ではなく戦闘回避。

 懐柔、説得、論破……なんでもいい。戦いそのものをせずにこの場を乗り切るべく、まずは何故彼らが止める側に回ったのかを知るべく情報収集に入る。


「前にも言ったけど、私の心情としては帰って欲しくないよ。これは本当。でもずっと帰りたがってたのは知ってたし、ヤマルが決めたことを私の個人的な気持ちで止めるなんて出来ないよ」

「なら……」

「でもね」


 そこでコロナは腰に佩いていた刀……"牙竜天星ガリュウテンセイ"を手に取る。

 ただし野丸を斬るつもりはないのだろう。刃は抜かず鞘ごとでだ。


「その決めた事に"ヤマル以外の誰かの意思"が少しでも入っているなら止めるよ。その答えがどっちであってもヤマルが絶対に後悔する。だからここから先には行かせない」

「ま、そう言うわけだ。その中身が分離?かなんかしたらそん時はヤマルの好きにすればいいさ」

「中身……?」

「今のヤマルさんにはレイスって悪霊が憑いてるんです。ですから止めるんです」


 レイスと言う言葉に野丸が顔をしかめる。

 彼もレイスのことについては重々知っている。しかしいくら記憶を探ったところで乗り移られたような覚えが全く無いからだ。

 そもそもレイスはウルティナが追っていたはずであり、その彼女に近しい自身に対して憑依するのかが疑問であった。仮に今乗り移られていたとして何故目の前にいるのがウルティナではなくコロナ達なのか。

 以上の事から彼はコロナ達が引き止める為に嘘をついているのだと判断した。


「期待に応えれないようで悪いけど、レイスなんていないよ」


 ポンと胸を叩く野丸のその目には彼女らの言葉を全く信じていない。もちろん中にいるレイスがそう言う風に仕向けているだから当然と言えば当然だ。

 しかしその言葉はコロナ達が最後の決断を下すには十分であった。

 野丸がコロナ達と戦いたくないように、コロナ達も野丸とは戦いたくは無い。その為可能な限り彼を説得し思い止まらせようとした。

 そもそもウルティナが言うレイスはコロナ達には知覚出来ないため、そんな話を急に持ち出されても半信半疑とまでは言わなくとも多少なりとも疑いを持ってしまう。

 だからか、ウルティナはコロナ達が追う前にこんなことを言っていた。「レイスの話を持ち出した時、ヤマル君が全く疑いを持ってなかったらアウト」だと。


 彼の性格上、無条件で何かを信じる事は稀だ。特に誰かの言ったことと自身の言ったことに齟齬が生じた際、必ずと言っていい程一度立ち止まる。

 それは彼が持つ自信の無さの表れ。もちろん立ち止まり考えその上で考えを改めず我を通すことはあるが、ウルティナが言うように無条件で自分を信じるような事はない。

 それがコロナ達の様な野丸が最も信頼している面々が言った事なら尚のこと。確固たる証拠が無く、可能性があるのなら必ず耳を傾けその上で判断を下す。


 しかし彼は一蹴した。その可能性があるかもしれないと言う疑問を持つこともなく、コロナ達に根拠を問うことも無く、そんな事はないとキッパリと言い切った。


 ピンと空気が張りつめる。鈍い野丸ですら場の雰囲気がはっきりと変わったと感じれるほどの緊張感。

 もはや話し合いの場が消え失せ次のステージへと移行する。


「…………」


 野丸が前後を確認。

 コロナが今にもこちらに飛び出してきそうな雰囲気を醸し出し、ドルンがゆっくりと腰を落とす。


「ッ!」


 そして野丸が先手とばかりに右腕を上げるのを合図に【風の軌跡】同士での戦いが始まった。


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