第386話 それぞれの動き ~コロナ達~


 話はほんの少しだけ遡る。

 野丸が弾かれ地面に尻もちをついたとき、ウルティナは何が起こったのか全て悟った。


 元々レーヌやレディーヤに渡したお守りはウルティナ手製の物。対物・対魔双方に効果があるかなり強力な代物であり、悪意に反応して自動で防衛機能が発動する。

 だがむしろそちらは

 本命の効果はレイスがレーヌ達にちょっかいをかけようとした際のカウンター魔法。魂の波長はすでに手中にあるウルティナが仕込んだそれは、霊体状態のレイスを一撃で吹き飛ばす代物。


 ……のはずだった。


 仕留め損ねた理由は彼女にとっても予想外の出来事。

 一つはレイスが霊体ではなく野丸の中にいたこと。もう一つはその野丸が防護用の魔道具のペンダントを持っていた事。

 野丸の中にいたレイスに反応した自作の魔道具だったが、宿主の中にいたことと魔道具の二重防壁であの程度で済んでしまっていた。

 そして彼の近くに転がる壊れたペンダント。ウルティナの作品に比べれば劣る代物ではあったものの、自壊を以てその役割を果たしたと言えよう。


(さて、どうしたものかしらねー……)


 逃がすつもりはさらさら無いが、今は盤面が悪いと判断。

 頭の中でレイスの思考をトレースした結果一先ずは静観を決め込むことにする。


 そして彼女の視線の先では野丸が慌てて駆けだす光景。だがその行く手をレーヌお付きの王室騎士団が塞ぎ、そして呆けていた第五騎士団も追従する形で背後を押さえ彼を取り囲む。

 だがその後に起こった野丸の手並みはウルティナの目からしても中々と思う程の手際だった。魔法で視界を塞ぎその間に大技の準備。

 相手に対抗策をされたときの保険の魔法を展開したことも中々目ざとかった。事実、目隠し用の霧を吹き飛ばされた際も彼らの思考はそちらへと誘導されている。

 自身の仕込み……もとい教えがしっかりと息づいているとウルティナは内心頷いていたが、反面食らう側はたまったものではないだろう。

 野丸からの知識でウルティナは電気についてある程度は知っているが、他の面々からすれば完全に未知の現象だ。


「おにいちゃん……」


 そしてウルティナのすぐそばには退避してきたレーヌが不安そうな面持ちでその様子を見ていた。

 彼女は野丸が初動の霧を出した段階で騎士数名と従者らと共にこちらへと避難してきていた。

 なお理由として「ここが一番安全」とのこと。ウルティナやブレイヴが一緒にいる以上その認識は間違ってはいないのだが、騎士団としてそれでいいのかと。


 ともあれ彼女らと共に野丸の様子を見ていると、ウルティナの予想通り野丸の電撃が繰り出される。

 バチリと言う聞き慣れない音と一瞬の閃光。強化された電気が地面に広がる水たまり伝いに広がり、取り囲む騎士団の大半を巻き込んでいく。

 そして二十数名が一斉に倒れると言う通常では見られない光景。広域攻撃魔法であればあり得るかもしれないが、パッと見怪我一つなく倒れ伏す光景はそうはないだろう。

 知らない人からすればもはや呪術の領域。効力の度合いは違えど、それこそ王族が全て呪い殺されたあの件を連想させるには十分だった。


「…………」


 ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す野丸。

 動く人間がいないか確認すると再び王城へと向かい駆け出して行く。警戒してるのと彼のフィジカルのためかそこまで速くは無いがもはや止める者はいない。


「やっぱり恨んでいるのかな……」


 ぽつりとレーヌが言葉を漏らす。

 彼女は先ほど野丸の言葉を一身に受けた。当時いなかった彼女に言っても仕方ないと前置きはあったものの、そのどれもが普段の彼から聞くことが出来ない本音。

 それに対し明確な解答も出せず、不可抗力とは言えレーヌ側から拒むような形になってしまった。

 走りゆく野丸の背中。その背を見るとレーヌは見えている物理的な距離がまるで心の距離の様に離れていっているように錯覚しそうになる。


 だが……


「大丈夫よ。ちょっと気持ちが暴走してるだけだから」


 ぽふりとウルティナの手が彼女の頭に優しく置かれる。

 普段の彼女からすればあまりしない行動。いつもなら茶々を入れるブレイヴも雰囲気を察してか何も言わない。


「今あの子ちょっと変なのに憑りつかれててね」


 そして簡易的ではあるがウルティナが今の野丸の状態をその場にいる皆に話す。

 時間的猶予がそこまでない為詳細は省くものの、自身が追ってる悪霊が野丸に憑りついていること。その悪霊のせいで野丸の言動が色々とおかしくなってしまっていること。


「ではヤマル様の言動はすべて嘘だったと……?」

「んー、嘘ではないわね。少なくともあれも間違いなくあの子の本心よ。ただあのレイスバカのせいでその辺暴走しちゃってるって感じかしらね」


 そもそもの話、先ほどの言葉が彼の本心の全てであれば今までの行動はもっと違うし、今回の王国沈下の一件だって黙っていることだって出来た。

 それをしなかったのは彼がレーヌらを含むこちらの世界を相応に大事にしていたからだろう。ひどい目に合ったのも事実だが、反面彼の中で思いとどまることも多分にあったのもまた事実なのだ。


「ま、ここで会ったががなんとやらってね。後はお姉さんに任せなさいな」

「では止めるか? 五秒もあれば十分に鹵獲できるが」

「マー君じゃ強すぎて逃げられる率が上がっちゃうからダメ」


 本来であれば野丸の体はレイスにとってはリスクでしかないのはウルティナでも安易に想像できる。

 そもそも今の今まで魂となってでも生き長らえてきたレイスがここに来て弱い宿主に憑くのはあまりにもリスキーだ。何より天敵がすぐそばにいる現状はメリットを遥かに上回るデメリットである。

 にも拘わらず未だ野丸の体から出ようとしない理由。それが意味するのは野丸を使って異世界へと高飛びしようとしていることに他ならない。

 現状唯一の異世界転移可能の人材。召喚陣のある王城に出入りでき、飛ぶためのエネルギー源を所持し、なおかつマイと言う補佐に加え転移の仕組みをすでに解析しているレイスの知識がある。

 まさにレイスにとっては千載一遇のチャンス。そして一か八かに賭けるに足る状況。


 ただしここでブレイヴをけしかけてしまえば一か八かが即座に費える。そうなるとレイスが取る手段は再び魂となりこの世界のどこかへの脱出を試みるだろう。

 追う手段はあるウルティナだが骨が折れるのは目に見えている。何より彼女の目を欺ける方法があったことをレイスが知ってしまったのは痛手だった。


 だからこそウルティナは準備をする必要があった。

 レイスを確実に、今日この場を以てその因縁に終止符を討つために。


 ただし現状では盤面がすこぶる悪い。

 何せ目の前には無抵抗で転がる数多くの騎士達。飛び石となる宿主の存在の数はそのままレイスが逃げる経路の多さでもある。

 彼らが取り囲み足止めを試みたのが逆にウルティナの足かせになってしまっていた。無論その事についてはしようのない事であるのは彼女も理解している為別段怒るようなこともないが。


「コロちゃん、頼める?」


 だからこの場で打つ一手はギリギリの綱渡りを相手にさせる一手。

 ウルティナやブレイヴでは強すぎ、しかし騎士団のような集団では盤面が荒らされる。


 彼女が望むのは野丸を足止め出来る少人数の戦士。

 強くても問題ない。例え野丸が勝てる相手でなくても、であれば。

 ほんの少しでも希望を与えれば間違いなくそれに縋る。少なくともこの状況においてレイスが望む希望の芽を摘むのは下策だ。


「……ヤマルを止めればいいんだよね」

「そうよ。出来る?」


 無論戦闘面において言えばあらゆる面でコロナは野丸を凌駕する。まともに戦えば野丸に勝てる道理はない。

 しかし倒すではなく今の野丸を止めるともなれば色々と枷が出来てしまう。何より『ヤマルを止める事』自体に対し、コロナの心にストップがかかってしまうのではないか。

 だからこそウルティナは彼女に問うた。いけるのか、と。


 そして数拍の後。

 彼女は確固たる意志を持った瞳でウルティナを見返すと頷きをもって肯定の意を示した。


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