第385話 それぞれの動き ~野丸と騎士団~


 野丸が駆けだしたとき、この場にいる面々は次の三通りに分けられた。


 何が起こったか分からないが、何をすべきか分かってる人。

 何が起こったか分からないため、何をしていいか分からない人。

 何が起こったのか全て理解した人。



 まずは最初の"何が起こったか分からないが、何をすべきか分かってる人"。

 対象者としてはまず今回の話の中心である古門野丸だ。正確にはその中にいるレイスになる。

 一体何がどうなってこうなったのかレイスには皆目見当もつかない。

 ただ分かっているのは何らかの力で宿主である野丸が弾かれ、そのはずみに彼が身に着けていた魔導具のペンダントが壊れたこと。

 これは以前の宿主である人王国の貴族ソールから野丸へと渡された代物。通常であればただの護身用のものだが、副次的な効果としてレイスの魔導的な波長をカットする。

 つまりこれを宿主が身に着けている限り中にレイスがいることがバレない。そう言う代物だった。


 しかし現実として破損どころか完全に壊れてしまった。しかも一番見つかりたくない性悪魔女ウルティナのすぐそばで。

 もはや形振り構っていられない。

 レイスは力を振り絞り、とにかく野丸を日本に戻りたくなるよう誘導した。その結果が何かに駆られるように走り出した野丸の姿だ。


 ただしここで野丸同様に"何が起こったか分からないが、何をすべきか分かってる人"が他にもいた。

 それはレーヌお付きの王室騎士団と王室従者の面々だ。

 冒険者や傭兵と違い、彼らの相手は主によからぬことを考える人間を想定している。特に王族の血を引く最後の一人であるレーヌを失わせることは絶対に阻止せねばならない。

 その為騎士団は常日頃から訓練を行っているし、従者らも様々な脅威からレーヌを守るために努力している。

 だからこそ彼らの動きは早かった。


「塞げ、止めろ!」


 何を、どうやって、とは言わない。

 王室騎士団の隊長の一言で団員らは即座に実行。野丸の進行方向である王城へ続く道を塞ぎ、数名のみレーヌの下へ駆け寄り呆然としている彼女を従者らと共に退避させる。

 一見として即座に動いているように見える彼らだが、実は数拍遅れているのは王室騎士団のメンバーの誰もが理解していた。

 本来ならば野丸が駆けだした瞬間、もしくは駆けだそうとする素振りを見せた段階で彼らは動く。普段からその様な想定をした訓練を行っている上、野丸の身体能力を加味すれば十二分にそのように対応できる。

 そもそもレーヌに一番近しいのは彼だ。当人らが聞いたら怒るため言うことは無いが、野丸を脅威と見立て対策を取るのは守る側としては当然のこと。

 にもかかわらず数拍対応が遅れた理由。それは今回の件は端から見れば『レーヌが野丸を突き飛ばした』ように見えたためだ。

 これが逆に『野丸がレーヌを突き飛ばした』ならまだ分かる。体格差もあるし、その様なことも加味した想定は考えられていた。

 しかしレーヌが手を差し出し、そして野丸が手を差し出そうとした瞬間に彼は弾かれた。そこに変な動きは無く、弾いたレーヌも弾かれた野丸も皆一様に驚いていた。

 もちろん王室騎士団の面々も。


(失態だ)


 王室騎士団隊長の男は心の中で一言そう呟き、即座にソレを追い出す。

 後悔も反省も後ですればよい。


「第五、貴様らも動け!」


 本来王室騎士団に第五騎士団の指揮権も命令権も無い。その為隊長が発したこの言葉も当然強制力はない。

 しかし傅いたまま動けなかった第五騎士団もその一喝で即座に反応する。

 程なくして野丸の前方を王室騎士団が、後方を第五騎士団が取り囲むように包囲網が完成した。


 この状態では身体能力で劣る野丸ではどうにもできず即座にその場に止まる。

 しかし先ほど周囲が見せた"数拍の間"。この時間で何もできなくとも何をするかを考え決めるには十分な時間であった。


「ッ?!」


 野丸が肩に背負う武器の魔石が光ったその瞬間、彼を中心に濃い霧が辺りに吹き出していく。いや、霧と言う生易しいものではない。

 まるで水蒸気のような濃霧。あっという間に包囲していた騎士達を包み、そしてすぐ隣にいるはずの仲間の輪郭すらあやふやになる。

 着ている鎧や服は優に及ばず、肌にすら小さな水滴がまとわりつく程であった。


「狼狽えるな、ヤツは動いていない! 風だ!」


 しかし隊長を始めとする実力者たちは野丸がそこにいることを気配で把握できる。視界が奪われた中で場を即座に統率するその手腕は見事であろう。

 更に短く指示を出す。意味は『風の魔法でこの霧を吹き飛ばせ』。

 霧に限らず砂煙や煙幕などこの手の対処法も当然心得ている。包囲する騎士の中、後方にいる数名が小さく詠唱し即座に魔法を発動。

 渦巻く風が野丸が出した霧を吹き飛ばし視界がクリアになり、そして彼らは目の前の光景に驚愕する。


 確かに野丸はいた。先ほどの場所から動いておらず、その場で片膝をつくような体勢で両腕を上げている。

 だがそれ以上に彼らの目を奪ったのは、取り囲む前衛に向け十数本の光の短剣が彼らの眼前に浮かんでいる光景。さながら頭を狙うぞと言わんばかりに。

 鍛えられた彼らは即座に各個で対応を開始。ある者は剣を振りそれを弾き、ある者は体を捻り頭を動かし、ある者は盾を構え防御姿勢を取る。

 眼前の脅威に対しそれぞれが適切な動きを見せるが、それゆえに彼らはそれ以上の脅威に気付くことが出来なかった。


 実際にはおかしいと思う人はいた。何せ濃霧が発生したとはいえ、彼らの足元には大きな水たまりが出来ていたのだ。

 しかしそれ以上と判断した脅威が眼前にあり、また古門野丸の能力を知り共有されているからこそ対応が遅れに遅れてしまった。

 だがもしこの水たまりに対し違和感を抱き何かしら構えていたとしても結果は変わらなかっただろう。


 野丸がやろうとしていることは日本人……いや、元居た世界である程度知識がある人間であれば当たり前に気付けること。

 包囲している騎士たちの足元に水たまりが広がり全身が濡れており……そして野丸の両手からはバチっと言う音と共に紫電が漏れ出ている。

 更に言えば片手それぞれに等間隔で浮かぶ小さな魔法の光の玉。第五騎士団の隊長を盛大にぶっ飛ばした《中央増幅法セントラルブースター》の準備段階の光景だ。


「《生活のライフ……」


 騎士達は知らない。

 今から野丸がやろうとしている事を。そしてそれがもたらす結果を。

 どれほど野丸の魔力が少なくともそれを補う事象がある事を。

 彼らの認識は過去の野丸が行った魔法のどれかであると言う知見からの思いこみ。

 地面を濡らしたところでやるのは泥化させるか、あるいは凍らせてからの足止めあたりではないか。


 本来であれば有用である過去の情報が足枷となり、その結果埒外の現象が彼らに降り注ぐ。


ボルト》!!」


 両腕を地面に叩きつけるように下ろし魔法を発動。

 この世界の誰もが知らない『電撃』が水たまり伝いに走り、その場にいる全員に平等に浴びせられる。


「ぐぉっ!?」


 散々濡れネズミになった彼らに防ぐ術はなく、範囲内にいた全員がその場に崩れ落ちる。

 魔法を受けた彼らは元より、範囲外でその光景を見ていた少数でさえ何が起こったのか分からないだろう。


 何せ電気の概念はこの世界には無い。正確には電気そのものは存在するがその知識が全くない。

 電化製品に似た物はあるが、そのどれもこれもは魔力で動く魔導具。

 もちろんマイならば電気自体は知っているだろうが、中央管理センターの動力源は龍脈エネルギーに切り替わっている。

 だから現状電撃を使うのは野丸一人だけ。

 そして今までこれを攻撃方法として使ったのはポチの母親の戦狼相手だけだ。誰も知る術はない。



 ゆっくりと野丸が立ち、そして周囲に倒れ伏す騎士達。

 王室騎士団と第五騎士団合わせて二十数名。

 ハズレ枠と称され、最も弱いと言われていた男に対人のエキスパート達が後れを取った瞬間であった。


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