第384話 秘めていたもの


(どうしてこうなった……!)


 野丸の中にいるレイスは無い腕で頭を抱える

 少なくともチャンスだったはずだ。このタイミングで行動を起こしたことにミスはないと断言できる。


 しかし蓋を開けてみればこの始末。

 ヤマルの仲間が全員集合しているどころか、騎士団にまで絡まれる。

 もちろん何らかの妨害を考えていなかったわけではない。王城にて顔を知られてるヤマルとて、全方位味方だらけではないのも理解している。

 しかも今は彼の持つ召喚石が必要とされている難しい時期でもある。


 なのでレイスは魂を歪めるに当たり二つほど優先順位を設けた。

 一つは当然日本への転移。これは絶対条件であり最速目標である。

 向こうに行ってしまえば追うのは困難どころの話ではない。あの魔女とて無理だろう。


 そのためにもう一つ設けた。それが邪魔者の排除。

 こちらも当然と言えば当然だがヤマルが強制的に人間を排除できるとはレイスとて思っていない。中にいる期間で観察した結果、性格的にも肉体的にも難しいだろう。

 だからレイスのこれまでの長い経験上、これを施せばこの手の人間はやや強引に話を切り上げたり無視したり走り去ったりその程度と言う認識だった。


 だがこの男がレイスの予想以上の邪魔をしてくれた。

 ヤマルの地雷を踏み抜いたせいであろうことか邪魔者の排除が文字通り排除方向へと進んでしまった。

 しかも更に予想外だったのがこのヤマルがそれを成し得てしまったこと。目の前で転がってる男が他と比較して弱かったのも理由の一つだが……。

 そのせいで更に事態が悪化する。

 女王レーヌ。現在の人王国のトップの少女。

 王室騎士団と彼女専属の侍女長を引き連れた純粋な戦力はヤマルと比べるまでも無く、それ以上に女王と言う立場の人物をないがしろにするような態度を取った瞬間に取り押さえられかねない。

 排除と一口で言っても生来の性格からそこまで非常識な事は起こさないと思うが……。


(どうする……?)


 レイスの中で迷いが生じる。

 もはやチャンスはチャンスではない。一旦引き上げも十分選択肢に入る。

 だが果たして"次"があるか。


 伸るか反るか。

 この決断までに時間がかかった結果、レイスは更に追い込まれることになる。



 ◇



「レーヌ……」


 彼女の方に目を向けながら、手に持った熱湯ポーションを長方形の板状に変えそれを男の顔面へ投げつける。

 まるで熱されたハンペンさながらのそれは熱さとポーション効果で男に激痛を与え、そして癒しの効果を繰り返す。

 何かポーション効果で顔面から物凄く煙が上がってるのは中々滑稽で笑えるが、鼻の空気穴だけ空けておいただけ感謝して欲しいものだ。

 口? 絶対うるさくなるので塞いでおいた。足下で男が暴れているのがその証拠だろう。動かないよう腹を踏みしめているが。

 それと並行して騎士団との間に刺していた《軽光剣》は消しておいた。レーヌが来た以上彼らが何かするとは思えないと判断したからだ。

 ちらりと視線だけそちらに向ければ、足下の男以外の騎士達は皆一様に傅き頭を下げている。


「……コロ、皆の所に戻って」


 少なくとも今彼女が隣にいる必要は無いと判断し、有無を言わさぬ口調でそう指示を出す。

 頬を赤く染めたままではあったが、コロナは小さく頷くと足早にウルティナ達の方へと下がっていった。


「門の前で何をしているのですか」


 コロナが離れたのを待った上で、凛としたレーヌの問いかけが場に響く。

 その言葉に騎士達は誰も声を上げない。もちろん自分からも何も言わない。

 そしてレーヌの視線がこちらに向けられると、彼女に代わり隣にいたレディーヤが自分に対し問いかけてくる。


「……ヤマル様。そちらは我が国の騎士であると見受けますが、一体何をされてるのですか?」

「正当防衛……ですかね。強いて言えば」


 何せこちとら大事なものを奪われかけたどころか足下の男に剣を抜かれたのだ。

 おまけに俺やコロナに対して暴言を吐く始末。この様な横暴がまかり通ってたまるか。


 だからボコって無力化した。

 怪我の面倒を見てやってるだけありがたいと思って欲しいぐらいだ。


「コイツが人の召喚石を奪いに着た挙句、剣を抜いて襲い掛かってきたので止む無く迎撃しました。もし嘘と思うのであればそこの人らにでも聞いてください」


 そこ、と傅く騎士達に目を向けると皆の視線を感じたのか一部の騎士達の肩が震える。

 そして誰も否定の言葉を発さない。いや、発言する権利がないから話さないだけかもしれない。


「その腕章は第五か。よもや団総出で暴挙に出るか」


 ふん、と鼻を鳴らしレーヌの後ろに控える男性が一人そうごちる。

 王室騎士団自体はレーヌの所に行く際に何度も目にしているが、第五騎士団と見比べもその差は歴然だ。

 素人目で見ても所作の一つ一つに違いが出ているし、何より王室騎士団の面々は全員自身の仕事に対し絶対的な自信と誇りを持っているのが分かった。


「あぁ、一応付け加えますとトラブったのは自分とコイツ個人間ですよ。無関係……とまでは言いませんが、少なくともそちらの人らといざこざがあった認識は自分の中じゃありません」


 個人間の問題で収めると言った以上それだけは明言しておく。

 後々騎士団として揉めるかもしれんがその時は知らん。


「……理由は分かりました。ですが……」

「ですが……なんですか?」


 レディーヤの言葉を遮り自分の言葉を差し込む。

 彼女の言わんとしてることは予想が出来る。だがその言葉は俺にとっては一番聞きたくない言葉だろう。


「当時いなかったレーヌに言っても仕方ないけどさ」


 思い起こすのは初めてこの世界に来た時の事。


「強制的にこっちに連れてこられてさ。しかも他人の餌みたいな扱いでだよ? ハズレ枠とか言われて外にほっぽり出されて、右も左もわからない状態でさ」


 今思い出してもあの時が一番キツかった。

 先行きも見えず、世界のズレに困惑し、今までの常識が通用しない。しかも外は魔物だらけで命の危険すらある始末。


「それでも何とか色んなとこ周って、怪我したり死にそうな目にあっても何とか召喚石手に入れて……」


 ポチの親との遭遇戦は本当に死ぬかと思ったし、合成獣に吹き飛ばされたときも体がバラバラになるかと思った。

 大よそ日本では体験することのない危険な行為をその時その時で何とか乗り切ってきたのだ。


「で、その結果がコレか。俺って人王国に対して色々としてきてたし割と友好的に接してたつもりだったんだけどなぁ……」


 レーヌ周りは個人的なことではあるので除外するが、見える範囲では女王に対して竜素材の盾送ったりしてる。

 他にはメムをレーヌにつけたことで医療関係者の知識が上がっていると言う話も聞いている。

 最近では各国への通信装置を配備したし、《転移門》を使って外交使節の代役もやった。

 そもそも自分が居なけりゃ誰も何も知らぬままこの国は最悪の結果になっていた。


 こうして挙げてみると個人レベルではかなり貢献してるのではなかろうか。

 魔術師ギルドとウルティナの橋渡しもしてるし。


 もちろんこれは結果論なのは分かっている。

 だがそれを差し引いたとしても……


「勝手に呼んでさ」


げし、と足下にいる男の腹を一発踏みつける。


「多少の金と引き換えに放置されて」


 げし、げしと更に立て続けに追加で二発。

 八つ当たりと言われりゃそれまでだが、だからどうした。


「で、ここに来てまた奪おうとするわけだ。そんなに残した親んとこに帰るのがいけないことか!」


 ぐしゃり、と足から肉が潰れる感触がするが、そんなのは些末な事だと切って捨てる。

 今まで心の内にしまっておいた恨みつらみを吐き出すと誰も何も言えなくなっていた。

 俺だって聖人君子でもなけりゃ自己犠牲の塊でも無い。溜まっていたものを吐き出した事で多少頭は冷えたが、胸の内は未だ燻り続けている。


 静寂が辺りを包むなか、最初に動いたのはこの場で最も歳下の少女だった。


「ごめんなさい」


 一歩前に出てこの国の一番偉い人物が皆の前で頭を下げる。

 その事に彼女の周囲の面々が動こうとするも、レーヌは自然な動作で片手を上げそれを制した。


「ちゃんと向き合えなくてごめんなさい。本当なら一番最初に相談しなきゃいけないのに……」

「こんなの寄越しておいて今更謝られても困るんだけど」

「……言い訳にしか聞こえないかも知れないけど、騎士団を動員を指示するような話は無かった……ありませんでしたよね?」


 自身の記憶を確認するかのような口調で後ろに控える面々にレーヌは問いかける。

 その口調は口裏を合わせようとする意図はなく、あくまでも事実確認であるのは自分でも十分に感じ取れた。


 そして付き人であるレディーヤとほぼ同じ位置で警護している騎士の双方が頷きをもって肯定の意を示す。


「もしそれを譲り受けるとしても、それはおに……ヤマルさんが納得の上でになります。無理矢理は……」


 どうだか、いざとなったら強硬手段を取らないとは限らない。

 今はそうであっても取らざるを得ない日が来たとてなんら不思議では無い。


「仮に渡すとして、何をしてくれるのさ。俺が納得出来るような条件ってことだよね」

「それは……」


 出るわけがない。

 レーヌが少女だからとか女王だからとかそう言った問題ではない。

 代えが効かない物に対する条件なのだから。


「……分かりません」


 まぁそうだろうな、と思いつつも、下手に誤魔化さなかった事に対しては好感が持てる。


「なので時間を貰えませんか。そのときまでに必ず双方が納得出来る方法を探してみせます」

「無いと思うけど。そもそもダメだったらどうするのさ」

「その時は思うようにして下さい。こちらの力が及ばなかったということなのですから」


 そしてレーヌはゆっくりと近づき、小さな手をこちらに差し出してきた。

 とりあえず足下の無粋な男を蹴飛ばしこの場から排除させ改めて考える。

 もうこんなに人がいる状態から出し抜くのは難しい。ならば一旦歩み寄るフリをして再びチャンスを待った方が得策ではないか。


 ふぅ、と息を吐き数瞬の逡巡。

 そしてこちらもゆっくりと手を伸ばして……



 バチンッ!!



 突然発せられる衝撃音。

 気づいたときには自分は地面に尻もちをついた状態になっていた。

 目の前にいたレーヌは手を出した格好のまま驚いた表情で固まっており、それを見て自分が何かに弾かれたことを思い出す。


 一体何が、と思うなか視界にある物が映る。

 それは少し前から自分が身につけているペンダント型の魔導具。

 ある貴族から御守り代わりにと譲り受けたそれが自分の傍らでバラバラになっている状態で転がっていて……。



 それを見た瞬間、まるで何かに突き動かされる様に立ち上がり王城へと駆け出していた。



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