第383話 癒しの武器
「がほっ! ごほっ……!」
背中から落ちた時に肺から空気が出てしまったのだろう。
男が倒れたまま大きく咳き込み苦しそうな声がここまで届く。
「大丈夫。怪我はちゃんと治すから。傷一つ残さないよ」
そう、怪我は治す。傷は一つたりとも残さない。
ただし……結果的には、だが。
日本に去る前にあいつだけはきっちり躾ていこう。
そう心に決めとりあえず引き寄せていたコロナの体を離そうとしてふと違和感に気付く。何と言うか反応が鈍い……と言うか全くない。
「どしたの?」
見ればなんか彫像になったかのように固まっているコロナの姿。
抱き寄せてた腕で軽く揺さぶってみるとようやく気が付いたのかハッとしこちらへ視線を向ける……がすぐに地面に向け顔を伏せてしまった。
「や、えと、その……何と言うか、えっと……今、ぇぅ……」
「?」
よく分からないけどもしかしたらさっき暴言吐かれたことでショックを受けているのかもしれない。
……うん、やっぱあいつはキッチリ処そうと改めて心に決める。野放しにしたまま帰るときっと気になってしまうだろうし。
「さてと……」
有言実行。とりあえずコロナを一旦開放し横で待っておくように告げる。
……何かいつも以上に物分かりの言い返事が返ってきたのは気がかりだが、今はあの男に注視することにした。
さて、この世界で傷を癒すと言えば当然"ポーション"だ。
値段が高い事に目を瞑ればある程度の傷は治してしまう魔法の薬。事実、自分だって過去に腕を噛まれたり骨折をした事もあったが、ポーションのお陰で傷痕も無く、しかも日本に比べても圧倒的な治りの速さで完治。
そんな魔法の治療薬を自分は常備している。自作出来るから安上がりであるのも理由の一つだが、それ以上に常に命の危険があるこの世界では手放す事が出来ない。
まぁ安全策を取ってることと皆が強かったお陰で最近は出番がほぼ無かったが、ともあれここで重要なのは自作のポーションが手元にあることだ。
……いや、正確にはその材料がある、が正しいか。
「怪我したまま帰られても見苦しいでしょう? ならキチンと治して……」
「ま、待ちたまえ!」
倒れている男へ一歩踏み出したところで横から待ったをかける声。
見ると鎧を着こんだ騎士の一人が一歩前に出ていた。
「何か?」
「彼は……我が騎士団の隊長だ。非は詫びよう、だがこれ以上――」
しかしその言葉が遮られる。
なんてことは無い。自分の周りに《軽光剣》を五振りほど展開しその切っ先を騎士達の方へ向けたからだ。
途端に高まる緊張感。だが先に剣を抜いたのはあの阿呆だと言うのにこいつらは何を身構えているのだろうか。
そのまま淡々と《軽光剣》を飛ばし、さながら境界線のように騎士と自分との間に突き立てる。
「今ならまだ
その言葉を発した瞬間、男の顔に焦燥の色が浮かぶ。
おそらくそこで転がってるやつの次に偉い人間なのだろう。自分が言った言葉の意味を理解し、二つの選択肢で苛まれている。
あの隊長の男は激情に駆られ剣を抜いた。こちらが取った対応が貴族に対して無礼かどうかは俺が知るところではないが、少なくともあちらが危害を加えようとしたと言う事実は変わらない。
その暴走とも言える隊長の行為、そしてその後自分の防衛行為。
自分はこれら一連の行為を"今なら俺とコイツの問題"にすると告げた。つまり騎士団に対し責は問わないと。
正直このバカを止めようとしなかったこいつらに対しても不信感はある。が、ここで掣肘しておかないと色々足止めを食らいそうであると思ったからだ。
騎士団として動きこの馬鹿を助け皆で責を負うか……はたまた見なかったことにしてこいつを見捨て騎士団を守るか。
「まぁどちらにしろ今から使うのはコレですので」
そう言ってカバンから一つのものを取り出す。
それは試験管のような瓶の中に入っている緑色の液体。瓶の形状は彼らの知るものとは違うかもしれないが、少なくとも中身については知っているだろう。
冒険者ほどではないにしろ、一度ぐらいはお世話になっているはずだ。
「それは……」
「まぁ大人しく黙って見ててください」
結局彼はこれ以上何も言わなかった。
他の騎士も動こうとしないあたり、この隊長の男の人望もたかがしれているな。きっと俺に対してやった高圧的な態度をいつもやっていたのは想像に難くない。
「さ、お待たせしました」
「ひっ……」
ようやく自分の置かれた状況が分かったのか男が尻もちついたまま一歩後ずさる。
道理はこちらの味方をし、騎士達は傍観を決め込んだ。
さぁ、仕置きの時間だ。
「何を逃げる必要が? 大丈夫ですよ、ポーションぐらいあんたでも知ってるでしょう?」
更に《軽光》魔法で武器を生成。形状は刺股の柄の部分を極力短くしたなんとも言えないもの。
だがそれで十分。それを四つ展開し男の四肢と地面を縫い付ける。
「貴様、やめ……」
「動いたらちゃんと治せないでしょう?」
刺股の窪み部分で押さえてるので男に怪我は一切無い。
ただ重量がほぼ無い《軽光》魔法は相手を押さえるのは不向きだ。今は返しの部分が地面に引っかかっているため動きを封じているが、この程度ではすぐに脱出されてしまうだろう。
早々にやるべきことをやる必要がある。
「ぐっ……」
ドカッと腹部に脚を乗せ胴を踏みつける形で男を見下ろす。怒りの感情は見て取れるが、それ以上に浮かび上がっているのは恐怖。
どうした、こちとら無能のハズレ枠で放逐された一般人ぞ。この世界の住人より弱い存在だぞ。
そんな人間が今からわざわざ癒してやろうと言うのに失礼なヤツだ。
「唐突ですがポーションの失敗作って知ってます?」
これからのことを考えると自然と笑みがこぼれてしまう。
一体何を、と男が言うがそれには答えず話を続ける。今から話すことはコイツにはしっかりと理解させねばならない。
その方がきっとコイツを……っとと、思考に耽ってる場合ではないな。
「市場とかで出回ってるポーションは当然成功作です。あんたでも一度ぐらいはお世話になったでしょう?」
手に持つポーションをチャポンと揺らすと男は倒れたまま頭を小刻みに縦に揺らし肯定の意を示す。
「では失敗作ってなんだと思います? と問答をしてもいいですが今回は端折りますね。答えは"濃度"。薄くても濃くても失敗なんですよ」
薄い場合薬草の効果が十全に抽出されていないということになる。以前それを逆手に取ったリトルポーションを作った事はあったが、それ基準では手のあかぎれとかその程度を治すにとどまる。
薄い場合を簡易的に話し、続いて濃い場合についての説明を続ける。
……本命はこっちだ。
「濃い場合ってどうなると思います? 効果倍増? いいえ、それなら失敗ではないですよね。……まぁ正解を言ってしまうと"痛い"んですよ、物凄く。あぁ、効果自体はちゃんとあるんですけどね」
通常のポーションでも傷口に当てれば痛いが、濃い場合はその比ではない。
前者が傷口を水道水で流すような痛みとすれば、後者は塩を直塗りするレベルだ。これでも治癒自体はちゃんと出来るあたり、つくづくポーションの凄さを認識させられてしまう。
なお濃い失敗作が出回る事はほぼ無い。単に薄めれば普通のポーションを作れるのだから。
「まぁそれでですね、ここにすでに刻んでおいた薬草があるんですよ」
ポーションとは別に素材としての薬草も常備している。
液体化すると即座に使用できる反面、瓶が割れてしまった時使い物にならなくなったりする。《生活魔法》を用いればすぐに作成できる自分はこうすることでカバンのスペースを確保したり重量を軽くしていた。
そして薬草を相手に見せた後、《
掌の上で水が回転し徐々に色づいていく様は中々見ることが出来ない光景だろう。
そして程なくして濃緑色のポーションが出来あがる。瓶のポーションとは明らかに色の濃さが違うそれは、先ほど言った失敗作のポーションであることは誰の目にも明らかだ。
ではなぜこんな失敗作を作ったか。
その答えを予想し男がしきりに首を振る。今からこの特濃ポーションを顔面にぶちまけられるだろうと想像したんだろう。
……
「で、これをですね」
ピキリピキリと音を立てポーションの形状が代わっていく。
手の上で楕円状だったものが短剣を模り、冷やされたポーションが氷化する。
「どうです、名付けてポーションブレードと言ったとこですかね」
癒しの力を持った剣とか中々ぶっ飛んでいるなと自分でも思う。
ただこれ、斬ったらHPが回復するとかゲームのような効能を持っているわけではない。
あくまでポーションの効能を持った剣。つまり……
「これで刺されるとどうなると思います? まぁやった事無いので今からお試しになるわけですが……」
「やっ、やめ……」
「ちなみにこれで刺した場合、まず刺された痛みがきて、その後は治癒と激痛のループになると思うんですよねぇ。ほら、こいつポーションですから治癒はしますけど刺してる間は刃が残ったままですから癒して切れてまた癒す、みたいなね?」
あれ、何かガチガチと歯を鳴らしているな。
大丈夫大丈夫、痛みはあるけど怪我は無いから。……ポーションブレードを途中で抜かなけりゃ、だけど。
「もしくは……」
と、手に持った短剣が溶け再度液状に変わる。
手の上に楕円状に戻ったポーション。だがそのポーションに徐々に気泡が浮かび、程なくしてボコボコと音を立て沸騰しはじめる。
「熱湯ポーションとか。このまま顔に当てれば火傷と治癒のループが味わえるんじゃないですかね? あぁ、口から流し込んで体内ってのもアリかな」
言い終えた瞬間、ボコっと沸騰し飛び散った水滴が男の顔にかかる。
一瞬の熱さに身じろぎしなおも暴れる男。だが水滴程度の熱湯なら少し熱い程度で済むだろうに、情けないやつだ。
「大丈夫ですよ。ちょぉっと痛いだけで最終的には怪我も無い。ほら、お得でしょう? まぁご理解いただけたみたいですしそろそろ……」
「何をしているのですか!」
聞き覚えのある凛とした声が響き、直後に近くにいた騎士達が弾かれたかのように片膝をつき首を垂れる。
それだけで誰が来たのかがすぐに分かった。
「一体これは何の騒ぎですか」
豪奢な装備に身を包んだ騎士達と一人の侍女を引き連れて現れたドレス姿の少女。
この国のトップ、女王モードのレーヌが堂々たる振る舞いでこちらを見据えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます