第382話 歪められた魂


(あぁ、イライラする……)


 宿から出てからずっとそうだ。

 まるで腹の中にドロドロのコールタールが溜まり、火がくすぶってるような感覚がずっと付きまとっている。

 日本に帰ることを決め王城までやってきたのに何故か皆いるし。ついでに言うと何か騎士団と対峙してるし。

 で、無視して中に入ろうとしたら入ろうとしたで変なおっさんに絡まれるし。


「……何か?」

「何かではない! 貴様がフルカドヤマルだな。国の為即座に召喚石を差し出すのだ!」


 は、何言ってんのコイツ。

 そもそも召喚石は日本に帰るのに必要な物だ。と言うか俺の所有物を何故こんな見ず知らずの奴に渡さなきゃいけないんだ。


「え、何であんたに渡さないといけないのさ。と言うか誰?」

「ッ……! 我々は第五騎士団、そしてその隊長であるこの――」

「知らない。つか初対面で人の物を取ろうとするとか非常識にもほどがあるんじゃないの? 仮に渡すとしても良く分からんあんたよりレーヌに直接渡すよ」


 イライラが募る。

 人の話を聞かず、自分の都合と権利だけを振りかざす輩。一番嫌いな人種だ。


「貴様……下手に出ていればいい気になりおって……。平民風情が調子に乗るなよ……」

「は? たかが一貴族ごときが何調子乗ってるの。タコみたいな顔してんなら頭冷やすついでに海に帰ったら?」


 だからいつもなら一旦言葉を考えるところを脊髄反射で煽り返してしまう。

 つーかほんとコイツ何様だ。貴族? 知らんわ、こちとら御使い様で奉られる立場ぞ。

 神殿回りの権力がどれだけあるか知らんけど、こちらの一言で信者が大勢動くぞ。多分。


 などと考えていたら向こうが剣を引き抜き思いっきり上段に振り上げるのが見えた。

 それを認識した直後、"正当防衛"の四文字が自分の中の安全装置セーフティを次々に外していく。

 正直目の前のこの男に痛い目をみせてやろうと言う感情が心を後押しし、ウルティナによって鍛えられた魔法が目の前の男に牙をむく。


連結チェイン:《生活の氷ライフアイス》《生活の音ライフサウンド》《生活の火ライフファイア》)


「がっ?!」


 もはや腕を動かすと遜色ないぐらいに叩き込まれた自身の魔法への適応。

 男の顎下に産み出された氷の粒が即座に音も無く氷解。発生した衝撃波が男の顔面を真上へとかちあげる。

 直立不動なまでに伸びる相手の膝。そのまま相手の顔右側面に同じように魔法を展開し即座に発動すれば、今度は右から殴られたかのように相手が左へと飛び大地に伏す。


「あれ、どうかしましたか? いきなり横っ飛びするなんてなんかありました?」


 あぁ、何か気分がスッとする。胸がすくような気持ちだ。

 相変わらず腹にたまるモヤモヤしたものは残り続けているが、それが一時的に緩和されたような感じがする。


「き、貴さがッ?!」


 起き上がろうとしてる男に更に追撃。

 顔を上げてきたのでそのまま真下に叩きつける様に魔法を展開。狙い通り後頭部を殴られたような挙動で男の顔面が地面に激突する。


 その後も起き上がろうとする男の手を払い更に体勢を崩し、余計な事をしないよう剣を弾き大通りの端にまで飛ばす。

 他に何か危険な物……騎士団なら短剣など持っている可能性もあるため《生活の電ライフボルト》と《生活の風ライフウィンド》を併用した探知魔法も忘れない。今の時間帯、エルフィリアならともかく自分では目視での発見はしづらいからだ。

 少なくとも表面にそれっぽいものはなし。服の下にあるかもしれないけどその辺は変な動きをしたら即座に魔法を叩きこめばいい。


 そんな感じで魔法を数回ほど使ってはいたが……。


(もういいか)


 数発やっただけで目の前の男は口を閉じてしまった。ただ悪態をつかなくなっただけで相変わらずこちらを睨んでいる。

 まぁ格付けはこれで済んだだろう。やっぱ躾は大事だ、うん。

 と……。


「ヤマル!」


 向こうで見ていたはずのコロナがこちらの名前を呼びながら駆け寄ってきた。

 そのまま自分と男の間に入り、こちらを押し一歩間を取らせてくる。


「もう止めようよ。今のヤマルちょっと変だよ……?」

「……そう?」


 心配そうな顔でこちらを見上げてくるコロナ。

 確かに今まではこんなことはしてなかったと自分でも思う。

 しかしこの男は俺から大事なものを奪おうとし害を成そうとした。なら守る事の何が悪いと言うのか。


「ぐ……」


 そうこうしているうちに男が立ち上がってしまった。

 流石に自分の魔法では意識を刈り取る程のダメージは出せないのは分かり切ってたので驚きはしない。

 そちらに視線を向けると男の顔は腫れあがり、散々地面へ倒れたためあちらこちらに土汚れがついている。


「貴様……私に傷を負わせタダで済むと思っているのか……?」


 射殺さんばかりの視線を向けてくるが全然迫力がない。

 自分の周りにはこれまで……それこそ鈍い自分にも分かる程に殺気を発する人や魔物がいた。それを感じれないという事はコケ脅し、もしくは当人には本気だったとしても実際やる覚悟が無いのだろう。

 剣を引き抜いたのも激昂に駆られてのことなのは俺でも分かったし。


 だからこそ目の前の男が哀れに見えて仕方がない。


「え、自分で何か面白ダンスしてスッ転んだだけでしょ? 貴族ギャグがちょぉっと高度過ぎて自分には分かりませんでしたけど……あぁ、いや……」


 口元に手を当て分かりやすい考える素振りのポーズをとる。


「滑稽で笑える、と言う意味では面白かったですかねぇ?」


 プ、と小さく笑うと何か離れたところから『師匠譲りの悪い顔してるな』とどこぞの元魔王の声が聞こえた気がする。

 まぁ脳内イメージはウルティナの嘲笑シーンなのであながち間違ってはいないか。


「ちょ、ヤマル! ストップ! もういいから!!」


 ぐいぐいと更にこちらの体を押し更に男との距離を取らせようとするコロナ。

 別に間空けたところで魔法の射程内なんだからそこまで意味はないんだけど……。


「ほら、お城行くんでしょ。とりあえずヤマルは中に入って……」

「邪魔をするなそこの獣女。卑しい獣人風情が私をかばったつもりか」

「あ゛?」


 口を拭いこちらを指さそうとする男。

 だがそんなことはしない、させない。


「全く、飼い主の躾が行き届いてないか――」


 男の言葉が途中で途切れる。

 何故なら初撃同様に男の顎が大きく跳ね上がったからだ。


 その威力は最初の非ではない。


「あんたもう喋んな」


 先ほどまで男のいた場所に小さな光の残滓が舞う。

 それは《中央増幅法セントラルブースター》を使用した名残。

 やったことは自分の必殺技である《中央焦点撃セントラルストライク》と同じで、氷の礫の周りに《生活の光》の四つ展開しそれを媒介に使用した。

 流石に大元の魔法が小さい為ゴーレムを吹き飛ばした程の威力は望めないが、結果は見ての通り。魔法の展開までにワンクッション挟むため若干のラグと連射力、そして魔法を使った軌跡が残ってしまうものの大の大人が数メートル上空に跳ね飛ばすほどの威力にはなってくれている。


 まるで体操選手の様にぐるぐると宙を縦に回転した男は背中からそのまま落下。

 ぐぇ、と肺から息と共に零れる声はまるでカエルが潰されたようであり、実際仰向けで倒れる男の姿はその通りであった。


「この子は俺の大事な子だ。お前のようなヤツに侮辱される謂れなんかない」


 コロナの肩を抱き寄せはっきりと告げる。

 こんな良く分からん阿呆と彼女を比べることすらおこがましい。大体……あ、そうだ。


(良い事思い出した)


 正直コイツは今すぐぶちころがしてやりたい。ただそんなのでは生ぬるい。

 俺に対する言動のみならず、コロナに暴言吐いた落とし前はしっかりとつけさせてもらう。


「ただ……そうですね。ケガさせたのは少々やりすぎだったかもですね。なので自分が責任をもって治しますね」


 丁度さっきコイツは言っていた。傷を負わせてうんぬんかんぬんと。

 ならば責任をもって傷を治すことにしよう。



 ……もちろん、相応の返礼を熨斗つけて叩きつけてやる。



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