第381話 誤認識


 そもそも古門野丸と言う人間は根本的に戦闘に向いていない。

 これは当人の身体能力や魔法能力は言うに及ばず、日本人と言う倫理観や現代環境、そして当人の性格も加味した結果だ。

 その為野丸は戦う事よりは逃げることを選ぶし、自身が強くなることより装備を整え周りを固めることを好む。


 その上でウルティナは言う。野丸が得意なのは対人戦闘であると。

 もちろんこれはあくまでカタログスペック上の話であることもちゃんと付け加えてだ。


「でも、その……得意だったとしても……」

「良いのよエルちゃん。ばっさり"弱い"って言っても」

「そ、そんなことは……!」


 エルフィリアからすら否定の言葉が出ないあたりお察しなのはもはや伝統芸かもしれない。

 そう、古門野丸の戦闘能力は"弱い"の一言に尽きる。これはコロナ達みたいな近しいものは言うに及ばず、彼を知っている者ならば誰もが抱く共通認識だ。


 それを踏まえた上でウルティナは語る。

 そもそもの話、野丸が"弱い"と言われる部分の大半を占める理由は"攻撃力の不足"からきている。

 これは彼が最初期から抱えている問題であり、最近になってようやく条件付きで解消されるに至った。

 最近では"龍脈砲レイラインバスター"と呼ばれるトンデモ兵器が内蔵されたり、ウルティナ考案の必殺技|中央集点撃《セントラルストライク》を扱えるようになったりしている。ただ前者は野丸の力ではなく、後者は色々と手順を踏む必要があり恒常的に使えるものではない。

 他にもドルン作の"転世界銃テンセイカイガン"を用いた射撃も威力はあるが、やはりこちらも野丸の純粋な力ではない。


「ただねー」


 ただし……ここでひとつ、しかし大きな誤りがあるとウルティナは言う。

 野丸の攻撃は弱い。これ自体は事実であり彼の戦闘を知る人の共通認識でもある。

 では"何に対して"弱いのか。


 その答えは魔物である。

 野丸は冒険者であり、召喚石を手に入れる旅をするためには当然相対する敵は人外の者。人より強靭な肉体を持つ彼らはその攻撃力は言うに及ばず、耐久性も当然人間を凌駕する。

 だからこそ野丸の肉体から繰り出される攻撃は効きづらく、結果彼を知る人は"弱い"と感じてしまう。


 しかしこの敵の想定を"魔物"から"人"にした場合話が変わる。

 この世界の人間は野丸より強い人ばかりではあるが、かといって魔物より強い……正確にはを持つものは殆どいない。

 人類種はその知恵と技で魔物と渡り合ってるのがこの世界の常識。野丸と比べた場合その尺度の大小があるだけで根本的なところは同じなのだ。

 

「つまり人相手だと野丸の魔法が効きやすくなるってことか?」

「まぁ簡単に言っちゃえばそうね。必要な威力が下がるから相対的に効きやすくなるってのが正しいかしら」

「それでもヤマルが対人が強い印象あまりないよ……?」


 そう疑問を呈するのはこの中で一番野丸と付き合いの長いコロナ。

 今まで彼の対人戦が無かったわけではないが、ウルティナが言う程強かったり得意だったりするイメージが彼女には無い。


「ヤマル君の場合今のスタイルになったのが最近だったのと……後は対戦相手が悪い。あの子が戦ったり模擬戦したり特訓とかで相対したメンバー思い浮かべなさいな」

「えーっと……」


 ウルティナにそう言われ、コロナ達はこれまでヤマルが戦った相手を思い出す。元々対人戦そのものが少ない上に、野丸、もしくはポチを含めた状態だけでともなれば更に絞られてくる。

 まずはコロナとの模擬戦、続いて魔法学校で生徒との二連戦。

 その後獣亜連合国でマッドに絡まれた時と、エルフの森で哨戒してた面々に捕縛されたとき。後は特訓も含めるならイワンとのマンツーマン。

 人王国に戻ってからはレーヌのお付きの護衛らから逃げた時とその後のサイファスに取り押さえられた一戦。

 以後は魔国で《軽光》魔法の際のブレイヴとの模擬戦と帰路時のウルティナとの特訓。

 最後に少し前に外交使節として獣亜連合国に再度行った時のディエルとの模擬戦。


 なるほど、確かにこうして改めて見ると野丸の戦歴の異常さが浮き彫りになってくる。

 特にイワン、ディエルのトライデントトップ組と目の前にもいるブレイヴとウルティナのコンビなど勝てる相手を見つける方が難しい。特訓や模擬戦を加味しても野丸は殆ど格上……それもこの世界基準でトップ層と相対しているのが分かる。

 ちなみにこの戦歴はほぼコロナにも当てはまるがその事については今回は割愛。


 兎にも角にも野丸の対人戦が弱いイメージが加速していた土台が出来ていたのは全員が理解した。

 だがそれはあくまで皆が抱くイメージが強いと言うだけで根本的な弱さが払しょくされたわけではない。


「結構イメージ引っ張られてたのは分かったけど、でもヤマルが強いって理由にはならないような……?」

「そうね。そこであたしが仕込んだのがアレよ」


 アレ、と言うのは先ほど、そして現在進行形で野丸がやっている不可視の攻撃だろう。

 相変わらず這いつくばる形で隊長は立ち上がる事すらできていない。四つん這い姿勢の隊長がまるで足払いをされたかのように腕を払われ再び地に伏している。


「知っての通りヤマル君は普通にやったらどうしても動作が遅いのよ。その辺はコロナちゃんも良く分かってるわよね」

「まぁ……」


 はっきりと口には出さないがウルティナが言う通り野丸は動作の一つ一つが遅い。

 例えばコロナと同じ行動をしても初動で遅れ、その後の所作も肉体のパフォーマンスの差で遅れ……と言った具合にあらゆる場面で脆弱さが顕著に出てくる。

 魔法や弓矢などは使い手が少ない為、対人戦の基本は武器を使った近接戦闘。どの動作においてもワンテンポ遅れるともなればそれは致命的な隙になる。


 肉体を鍛えようにもそこまで改善は望めなく、ならばと魔法を用いた《身体能力向上》系の魔法も少ない魔力ではままならない。

 そんな八方ふさがりの状況においてウルティナは一つの戦術を野丸に与えた。


「ほら、皆はあのマッドって子相手に使った魔法は知ってるわよね。《中央焦点撃》の元になった氷を使うやつ」


 水蒸気爆発を意図的に起こしその衝撃でダメージを与える野丸特有の攻撃方法。

 油断していたとはいえ氷の粒程度の大きさでマッドの顎を内側から砕き、然るべき手順を踏めば木製のゴーレムを木っ端みじんにするほどの威力を持つ魔法。

 今野丸が隊長に仕掛けているのはその魔法だと言う。


「ヤマル君の魔法で特に強いのは出の速さなのよ。肉体の動きで遅くなるならいっそのこと動かずに攻撃すれば良いって論法ね」

「力技にもほどがあるだろう?」

「アンタにだけは言われたくないわ」


 兎にも角にも威力はさておき野丸の魔法の強みの一つの出の速さ。

 無詠唱のみならず、改良時にウルティナが手を加えた"転世界銃"の補正もあり現在ではよほど規模を大きくしなければ即座に出して即座に発動できるほど。

 結果先ほどから繰り広げられている光景は『隊長の近くに氷の粒を出し即座に爆発させてその衝撃を与えている』のだと言う。


 一見凄そうに見えるこの方法を野丸が今まで使わなかったのは先ほど挙げた通り想定している敵が魔物だった為。

 この魔法の威力も大人がパンチ程度。ノーモーションから繰り出されある程度の距離を無視し、更にどの角度からでも仕掛けれるのは確かに脅威ではある。だが大人のパンチ程度の威力では魔物に対し決定打にはなり得ない。

 それどころかダメージを与えれるかどうかすら怪しい。

 故に今まで意図的に封印し日の目を見ることが無かったのだが、こうして人間相手に扱えばご覧の通り凶悪な性能と化してしまっている。


 なお無音なのは展開時に《生活の音ライフサウンド》を同時に組み込んでいるからだ。

 昼間であればもしかしたら一瞬だけ展開される氷の粒を視認出来た可能性はあるが、夜中でこの現象を見破れというのも酷だろう。


「あの隊長さんもアホね。威力がそんなに無いんだから他の面々みたいにちゃんと防具を身に着けていれば防げたのにねー」


 野丸程度ならば集団で囲めばどうとでもなると思ったのか、隊長だけが軽装であった。騎士の制服に身を包みゴテゴテに装飾された剣を佩いている程度の出で立ち。

 対して部下の騎士達は全員兜を含め全身鎧に身を包んだ重装備形態。盾持ちも複数名いる。

 野丸の魔法の威力は先もウルティナが説明した通り大人のパンチ程度。その程度の打撃力が金属鎧を打ち抜けるはずもないため、職務怠慢な態度をしなければあそこまで一方的にボコられることもなかっただろう。


 騎士達からすれば音もなくほぼ不可視の攻撃であり、かつ野丸イメージから目の前の光景を起こしているのが彼であると確信が持てない。

 八割がた野丸の仕業だと思ってはいるだろうが、とは言え違った場合どうなるか……その思いが彼を止める行動に対し二の足を踏ませてしまっていた。




「あの……そろそろ止めた方が良いような……。何かヤマルさんの雰囲気、怖いですし……」

「別にいいのではないか。当人の精神的に参ってたところにあんな物言いをしては自業自得だろう?」

「それにヤマル君だってバカじゃないんだからそれ見越した上での行動でしょうしねー」


 心配そうな声を上げるエルフィリアに対し、あくまで彼の意思に任せるスタンスのウルティナとブレイヴ。

 だがそんな中、コロナは意を決したように顔を上げる。


「……でもらしくないよ。私止めてくる」


 そう言うと彼女は素早く回り込みヤマルの下へと駆け寄っていく。



 それがまた新たなトリガーを引く結果になる事も知らずに……。


 


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