第379話 一抹の不安
ブレイヴと騎士団が対峙してからどれほど時間が流れたか。
その間王城から帰路に着く人々が奇異の視線を向けながら彼らの横を通り街へと消えていく。
鎧に身を包んだ騎士団が足止めをくらい、一般人が何の影響もなく進んでいく様は中々シュールな光景であった。
そんな中、第五騎士団……特に隊長に焦りが募る。
何せ意気揚々と出陣したのに正門を出たところで足止めを食らうこの状況は端からみても異常な光景であろう。
何より王城の目の前で展開されているのが良くない。
(まずい……)
目立つことが好きな隊長であるが故に(自分に都合の)悪い目立ち方と言うのも分かっていた。
この場にいつまでも留まれば他の騎士団が様子を見にくることは目に見えている。むしろ時間の問題と言っていいだろう。
その場合他の騎士団から問われるわけだ。何をしているのか、と。
国としての大まかな方針には沿っているが今回の出兵は隊長の独断先行。しかし結果を以て相殺……いや、成果とするつもりだった。
しかし現状打開策がない。
正確には騎士団を引くことだけならば可能なのだが、何の成果もあげずに帰るなど彼のプライドが許さない。
何か手は無いか……そう思う彼の視線があるものを捉える。
相対するブレイヴの後方。大通りをこちらに向かって走る巨大な二頭の狼の姿。
この王都においてあのような魔物を駆る人物など一人しかいない。
そうして渦中の人物……古門野丸がこの舞台に登場する。
◇
「あの、ヤマルさんがこっち来てますよ」
最初にそれに気が付いたのはエルフィリアだった。
エルフの特性である遠くが見える目。加えて夜目が効く彼女からすれば、人通りが少なくなった大通りを見通すことなど造作もない事。
ポチに乗りシロと共にやってくる彼の姿を彼女の目ははっきりと捉えていた。
「あれ、誰かヤマルにここに来ること話したっけ?」
皆がエルフィリアと同じ方向を見る中、ふと気づいたようにコロナが全員に問いかける。
確かに野丸に対して出かけてくると言う話はしてきた。しかしどこに行くと言う話はしていない。
何せブレイヴがどこに行くかすら道すがら聞いたのだから、宿にいる時点では彼とウルティナぐらいしか目的地は知らなかった。
では何故野丸は皆がいるこの場所に来たのだろうか。
「ヤマル!」
ポチ達の速度が落ち端に寄っていたコロナ達が大通りへと出る。
「あれ、皆もここに来てたんだ」
「うん。ヤマルはどうして……?」
まぁちょっとね、とだけ言うと、野丸はポチから降り二頭を一撫でするとコロナ達の元で大人しくしておくように指示を出す。
「皆はここで何を?」
「マー君のお守りかしらねー」
くい、と親指でブレイヴの方を指すと野丸は何となく理解したようで「あー」と声をあげる。
そして少々逡巡する素振りをみせてから、まぁいいかと呟くとそのままブレイヴ達の方へと歩いていった。
普段ならもう少しコロナ達と話すだけに、その様子を見た三人はちょっとした違和感を覚える。
「……? 何かヤマルさん、いつもと様子が違うような……」
「だな。まぁ色々直面してるからちょっとナイーブになってるんじゃねぇか?」
「……ヤマル……」
三者三様、野丸の後姿を心配そうに見送る。
一緒についていくか、とコロナが一歩踏み出すもその後が続かない。
「ヤマルも来たのか」
「うん。皆がいたのはびっくりだけどね」
そうこうしているうちに野丸はブレイヴの隣まで歩み寄っていた。
彼と親しげに話すその姿だけで、騎士団の面々は改めて実感してしまう。
目の前のなんて事のないはずの男が、確かにかの魔王と友人関係にあると。
「と言うことは決めたのだな」
「うん」
「ならば我からは何も言わん。存分に本懐を果たすといい」
そしてそれだけ言葉を交わすと野丸は騎士団を避けその横を通り過ぎ正門へと……
「ってちょっと待て!!」
完全に無視された隊長が後ろに並んでいた騎士達を掻き分け野丸へと詰め寄る。
呼び止められた野丸は振り返るもその表情は明らかにすぐれない。
……と言うか非常に面倒くさそうな顔をしていた。普段であれば誰であれ表情を作り友好的に接する野丸なだけに、彼を知る人からすれば非常に珍しい光景である。
「……何か?」
「何かではない! 貴様がフルカドヤマルだな。国の為即座に召喚石を差し出すのだ!」
瞬間、野丸の顔が「え、何言ってんのコイツ」と言う表情へと変わる。
「え、何であんたに渡さないといけないのさ。と言うか誰?」
「ッ……! 我々は第五騎士団、そしてその隊長であるこの――」
「知らない。つか初対面で人の物を取ろうとするとか非常識にもほどがあるんじゃないの? 仮に渡すとしても良く分からんあんたよりレーヌに直接渡すよ」
不機嫌を隠そうともせず、更には普段よりもとげとげしい口調。むしろレーヌを呼び捨てで言ったあたり不敬罪に問われかねないが、頭に血が上っている隊長はそれに気づかない。
無論野丸のこの口調は隊長の横暴さが原因ではあるが、最初から突き放すような態度を取る姿に離れた場所で見ている仲間たちの不安が更に募っていく。
普段であれば機嫌が悪いとかで済ませられそうな感じだが、明らかにケンカ腰であり一触即発といったところ。
互いに睨み合いマウントを取ろうと画策していたが、すでにブレイヴとのやり取りでフラストレーションが溜まってた隊長の限界が先に来た。
「貴様……下手に出ていればいい気になりおって……。平民風情が調子に乗るなよ……」
「は? たかが一貴族ごときが何調子乗ってるの。タコみたいな顔してんなら頭冷やすついでに海に帰ったら?」
割と近くにいたブレイヴだけが野丸の物言いを楽しそうに聞く中、隊長と付き合いの長い騎士達がこの後の事を予想し即座に動けるように身構える。
無論野丸の捕縛……ではない。確かに暴言とも取れる言葉だが、それ以上にまずいのは隊長の行動。
間違いなくキレる。その場合当然抜刀し斬りかかるだろう。
野丸のこともそれなりに知っている騎士達は彼の強さもおおよそ知り得ている。
現在機動性などの強みであるポチが近くにいない単身の状態。元々身体能力も魔力も無い野丸では、例え不思議な装備が充実していようとも……それこの相手がこの隊長でも負ける事は必至。
何より殺しはしないだろうが、今の隊長は大怪我を負わせることぐらい辞さないほどに頭に血が上っている。
抜刀したら全員で隊長を押さえ込もう。副隊長の目配せと共に騎士達の意思が統一される。
そして隊長の手が剣の柄に伸び、迷う事なく引き抜かれた瞬間騎士達が動き――停止する。
目の前の光景に理解が追いつかない。
騎士達が見た光景……それは剣を振り上げた隊長の顔面が音もなく下から跳ね上げられている瞬間だった。
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