第378話 前哨戦 ~対話~


 王城の正門前で対峙するブレイヴと第五騎士団。

 月明りと魔導灯に照らされている彼らは周囲にいる面々にもその姿が良く見える構図だ。


 その周囲にいる面々……具体的に言えば少し離れた大通りの隅っこ付近で待機しているコロナ達はその様子を心配そうに見つめていた。


「ブレイヴさん、あんなことして大丈夫かな……?」

「まぁ大丈夫でしょ。あんなのでもそれなりの期間は魔王してたんだし」

「あんなのって……」


 王城に皆で向かう最中、ブレイヴが何を考えどう行動を起こすのか大よそのことは聞いていた。

 今回のような事が起こった際、暴走とまでは言わないが勝手に動く輩は存在する。

 もちろんブレイヴが思うようなことが起こらないに越したことはないが、今のヤマルとその様な不届き者を会わせるわけにはいかない。

 なので彼らは先だってそれを止めようとここにやってきた。

 ただ相手が相手なだけに一応コロナ達はウルティナ共々端っこの方で様子見となった次第である。



 さて、人数差で言えば一人と十数名。

 しかし如何に装備と練度が整った騎士が十人以上いたとしても、相手は元災厄の魔王。考える程も馬鹿らしくなるほどの戦力差がある。


 そしてブレイヴの正体は騎士団には当然通達はされている。

 もちろん各々貴族の独自ルートから知らされてはいた。だがそれ以上に二百年前の戦時の最大戦力の一角が王都にいる事実。

 これが騎士達全員に通達される理由の決め手となった。

 なお本人はおろか魔国ですら別に秘匿にされている情報では無かったりする(むしろミーシャがブレイヴが迷惑掛けたら遠慮なくやってくれと言っている始末である)


 それはさておき。


 王城の前は当然大通りが伸びておりその幅はとても広い。

 その中央に一人立つブレイヴの左右は人どころか馬車ですら悠々と通れるスペースがある。迂回どころか素通りすら出来そうなほどだ。

 しかし騎士団の面々は避けて通ることは出来なかった。


 一見すればただ魔族の男が腕を組み不敵に笑っているだけの構図。だが相対している騎士達はまるで見えない手に押さえつけられているかのような錯覚を受けていた。

 圧倒的強者による場の支配。

 技でも魔法でも能力でもない。生き物としての純粋な生存本能が彼と敵対してはいけないと魂に訴えかけていた。

 ただし……


「えぇい、我らと事を構える気か!」


 実力差が分からない程の鈍感な人間隊長が約一名、騎士達の戦闘に立ちブレイヴを指さし喚いていた。

 その後ろでは「何やっちゃってんのお前えぇぇ?!」と言った表情を騎士達がしていたが、最前列にいる隊長にはその事に全く気が付かない。


「ほう、つまり我と事を構える気か?」


 言われた言葉をそっくりそのまま返すブレイヴ。だがその意味は全く異なる。

 もし明確に敵対行為を行いブレイヴと戦闘が開始されたら繰り広げられるのは一方的な蹂躙劇だけに留まらない。

 何せ当時ですら無かった王城前に魔王ブレイヴがいる状況。事は人的被害に留まらず、王都そのものが廃墟と化す可能性すらあるのだ。

 更に言えば今後召喚石が用意できなかった時……つまり避難案が発動された際に魔国との関係が悪化していたらどうなるか。


 無論後者についてはブレイヴが知る由はない。だがその可能性を知るからこそ目の前の隊長は二の句が継げずにらみつけるだけだ。

 そんな中、ブレイヴの圧からようやく抜け出せた者が一人。彼――副隊長は隊長の横まで来ると、兜を取りブレイヴに一礼をする。


「失礼。マティア「ブレイヴだ!!」……ブレイヴ様、我々は事を荒げるつもりはありません」

「おい、貴様……私が隊長だぞ」

「えぇ。ですので隊長はどんと構えていてください。ここは部下である私が……」

「う、む……まぁそうか。ならば任せよう」


 は、と副隊長は短く返事をすると再びブレイヴへと向き直る。

 後ろの騎士達から安堵の表情とため息が漏れたのはブレイヴの圧が消えたからか、はたまた隊長が下がったからか。


「ブレイヴ様、我々の事情はご存じでしょうか?」

「当然だ。でなければこの場にはおらんよ」


 ブレイヴの返答に内心で苦々しく思う副隊長。

 相手は魔国の魔王経験者。つまるところ現状の人王国の内情をあまり漏らしたくない位置にいる人物。


 だがその反面このタイミングで止める理由が見出せない、と副隊長は思う。

 こちらの事情が筒抜けであると仮定したとしても、魔国サイドから見れば人王国が沈むのは避けたいはずだ。

 国力低下を望んでいるのであれば違うのだろうが、その場合魔国にも様々な負担がかかる。


 ……一体何を考えているのだろうか。


「……でしたら分かっていただけませんか。我々とてこの様な事は騎士の本分ではないのは重々承知しています。しかし王国の危機とあらば致し方ないではないですか」


 副隊長の物言いに隊長が横から口を挟みかけるも手で制し言葉を止める。

 その目は言いたい事は分かっている、その上で任せて欲しいと強く言い聞かせているようだった。

 騎士側がややごたついている中、当のブレイヴは「ふむ」とやや思案顔で腕を組む。


「まず最初に言っておこう。我は今回ヤマルの友としてここに来ている」


 それは自身の行動に魔国は一切関わっていないと言う宣言。

 はっきりと自分の立場を示した上で彼は言葉を続ける。


「さて、そこの責任者と思しき男よ。そう、お前だ」


 ブレイヴは腕を伸ばし軽い感じで隊長を指さす。

 彼を良く知る人からは普段から尊大な口調なのは周知されており、別段偉ぶっているわけではないのも分かっている。

 しかし普段上から目線かのような物言いで言われていない隊長からすればあまりよい感じには受け止められなかったのだろう。顔が赤くなっているのが分かる。

 さすがに大貴族に連なる人間とは言え相手は元魔王。立場の差は理解しているのか普段の様に喚き散らすことは無く、その事に騎士達は安堵の息を漏らす。


「ここに来たのは友の為だが、今から聞くことは我個人としてだ。何をしようとしているか大よその推察は出来てはいるがあえて問おう。貴様らは今から何をしようとしていた?」

「決まっているだろう! 国の危機に協力するのは民の義務ではないか!」

「つまり簒奪しようとしていた、と」

「ブレイヴ殿、それでは我々が奪おうとしているようではないですか!」


 思わず副隊長が横から口を挟むも、ブレイヴは意に介さずククッと小さく笑みを漏らす。


「ならば押収か? それとも徴収か? どちらにせよヤマルの意思に関係なく持って行こうとしていることは変わるまいて。そもそも、だ」


 一旦言葉を区切るとブレイヴは隊長に指していた指を軽く上下に振る。

 まるで「分かっているのか?」と言わんばかりに。


「貴様らがまずやる事は頭を下げてヤマルに『お願いします、助けてください』と頼み込むことだろう?」

「なっ!? 平民相手に頭を下げろと!?」

「当然だ。誠意を見せることもなく持って行こうとするなど筋が通らんよ」


 ブレイヴとて魔王経験者。場合によっては強権を発動し厳しい決断を強いたこともある。

 だから彼らがヤマルの召喚石を徴収しようとしていること自体は止めようとはしていない。

 しかしその反面物事には順序があることも心得ている。

 少なくとも現状において召喚石の確保そのものは大事ではあるが、今すぐ必要かと言われればそんなことはない。

 ならば本来取るべき手段は強権を発することではなく対話による融和だろう。


 そしてブレイヴの言った内容にありえないとばかりに隊長の赤かった顔が更に染まっていく。

 彼にとって野丸は異世界人ではあるが救世主のはずれ枠であり、つまるところ平民となんら変わらない。

 更に付け加えるとこの隊長は野丸を疎ましく思っていた。

 もちろん野丸とこの隊長に接点は無く、顔を合わせたことすらない。

 だが彼からすれば平民の分際でありながら様々なツテを持ち、ボールドのような大貴族や果ては女王と良好な関係を築いている。

 またあの伝説の魔女の弟子であり、そして目の前のあの災厄の魔王が友と言い切る始末だ。


 ここまでくると彼にとって羨ましいと言うレベルではなかった。妬ましい、疎ましい。

 そんな人間に頭を下げるなど断じてできるはずがない。


「私が……頭を下げる、など……ッ!」

「ならばそのプライドと共に沈むが良い。貴様の誇りと国の存亡を天秤にかけること自体、おこがましいにも程があるぞ」


 あのマーくんがおこがましいだって、ぷぷー!と何やら離れた所から声が聞こえたが、ブレイヴは魔力弾をノールックでそちらに投げつけると何事もなかったかのように話を続ける。


「さて、話しを戻すとしよう。ここからはヤマルの友としてだ」


 軽い咳払いを一つするとブレイヴは隊長だけではなく騎士達全員に視線を這わせた。まるでお前たちのことを見逃さないぞと言わんばかりに。


「今ヤマルは悩んでいる。当初の目的通り戻るか、貴様らの為に残るか……それは自身の今後、それこそ人生を大きく左右することだ」

「たしかにご友人としてであれば我々の行動は見過ごせないでしょう。ですが個人と国を天秤にかけるなど……!」

「違う、違うのだよ。我が言いたいのはそこではない」


 副隊長の反論を遮りブレイヴはチッチッと人差し指を横に振る。

 そのしたり顔に後ろの方でウルティナが茶々を入れようとしていたが、流石に場面が場面なためかコロナ達に止められていた。


「確かに心情を除けば国と個人ならば国が優先されるだろう。それ故、貴様らが動き召喚石を入手しようとしていること自体は分からなくもない」

「でしたら……!」

「だが!!」


 たったの二文字。ブレイヴのその言葉で場が静まり返る。

 ピンと張り詰めた空気の中、彼はゆっくりと言葉を続けた。


「貴様らが奪おうとしているのは召喚石だけではない。今悩んでいるヤマルの"選択"すら奪おうとしているのだぞ」


 その言葉に騎士達が息を呑む。離れているコロナ達にすらわかる程に。


「一人の男が己が人生と未来を賭して悩んでいるときに横槍を入れるなど……通らんな、筋が全く通らん。ヤマルが出した結果に対しぶつかるのであればまだ理解は出来よう。しかしヤマルが"苦心の上で選んだ未来"そのものを奪うのは筋も道理も何もかもが通らんよ。故に我は貴様らを止めることにした」


 そう言い終えるとブレイヴは一歩だけ前に歩を進める。それだけで騎士達に動揺が走り、整然と並んでいた隊列が乱れ始める。


「それでも国に殉じ進むと言うのであれば倒して行くがいい」


 大通りに風が吹く。

 ブレイヴの魔力に呼応したのか、はたまたただの自然現象か判別出来ないその事象は、しかし騎士達を留めるには十分な効力を発揮していた。


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