第376話 どんなところでもバカはいる
「いいか! これは国の為、ひいては国民の安全の為でもある!」
王城の一室で声を張り上げる一人の男がいた。
胸に光る勲章、それは彼がこの部隊――第五騎士団の隊長であることを示している。
そんな彼の前では部下である騎士が集められ先ほどから檄を飛ばす隊長の言葉を聞いていた。だが彼らの顔は一様に優れない。
その理由は単純にして明解。
まず今回の召集が全く予定の無いものであったこと。
もちろんこういった事が起こるのは騎士としてよく……とまでは言わないがありえることではある。
しかし人間、予定外の行動は無い方が良いに決まっている。
特に今の時刻は夜番ではない限りすでに業務時間外。こんな夜中に緊急に呼び出されるなどたまったものではない。
二つ目にこの招集の命令が国からの勅令ではなくこの隊長の命令であること。
騎士団は王国直轄の部隊であり、当然命令はトップダウン方式で下る。だが同時に通常の運用は大筋で隊長同士が会議で話し合い、そこで決まった内容に沿うような形で行われる。
つまり過度に逸脱した行動でなければ各部隊の運用は割と隊長に一任されているのだ。
極端な例になるが、第五騎士団が王族や貴賓を護衛しようとしたら当然問題になる。それらの役割は王室騎士団や近衛騎士団の管轄になるからだ。
だが割り当てられた内容なら何かを言われることは稀だ。各騎士団がどのように訓練しても良いし、練度もしっかりと一定のレベルを保っていれば口を出されることもない。
そんな中だからこそ隊長の権限は非常に強い。こうして鶴の一声で皆を集められるほどに。
国からの命令であれば多少の不満でも飲み込むことが出来ただろうが、この隊長の判断での出動ともなれば話は別。
そう、三つ目の理由。むしろ大半がこれに相当する。
騎士は一部の例外を除いて全員貴族の出身である。そしてこの界隈、残念ながらと言うか当然と言うか家柄の力関係がかなりものを言う。
この第五騎士団のメンバーの不幸は隊長が大貴族と呼ばれる家柄に連なる人物であること。そして隊長としての能力を殆ど持ち合わせていないことだろう。
騎士としての腕前は当然の事、人望や性格など家柄以外に取り柄が無いとは誰が言ったか。戦時であれば更迭待ったなしだが、こんな人であっても世が平穏ならばそれなりに回ってしまうのもまた彼らの不幸であろう。
だからこそ集められた騎士たちは皆一様に思う。
あぁ、コイツ早くくたばらねぇかな、と。
無論思うだけで口には出せない。彼らとて貴族家に連なる一人であり、幼少時よりしっかりと教育を施された者達。
貴族として、騎士としての誇りと勤め。何より逆らえば自分は元よりこの
バカは何をやるか分からないからバカであり、そしてその体現が現在進行形で展開されている。
話を戻そう。
「異世界人とは言え王国の民でしかない一個人が召喚石を保有している。これは由々しき事態である! そしてそれを提供することはすなわち国民の義務であり、故に我々がわざわざ足を運び女王陛下の元までお届けにあがらねばならぬのだ!」
美辞麗句を並べこの職務が如何に重要であるかを説く隊長であるが、要は強盗とほぼ同じ事をやると言っている。
本来であれば守るべき国民、貴族位にある騎士であれば一方的に彼らの財を奪うなどあってはならぬこと。
もちろん時と場合によってはやむなしのこともありえるが、しかし今はまだその時ではない。
最終的にこの様な命令が下る事があるかもしれないのは全員が理解しているが、しかしいくらなんでもこのタイミングは早すぎるのだ。
そんな理由はただ一つ。
「これを以て我が名は……いや、我々の名は国を救った騎士団としてより抜きんでたものとなるであろう!」
要するにこの男は名声が欲しいのだ。
名声を求めることは自体は悪い事では無い。だがこの男は違う。
単に他の人間より上にいたい。他の人を下に見たいと思っている人種。
そんな男が国難と言う大義名分があり、手っ取り早く名声を得る方法が分かっているこの状況。起こるべくして起こったとも言える。
「では行くぞ、選ばれし私の精鋭達よ!」
お前のじゃねーよ、と騎士たちの心が一つになったところで長ったらしい訓示がようやく終わりを告げる。
張り切る隊長と裏腹にやる気がゼロに近い騎士。
とは言えそんな心情などおくびにも出すことなく、彼らは出撃の為の準備をはじめるのだった。
◇
「――であるからして、我々が……」
王城正門前に整列する騎士達の前に立ち、再び訓示を述べる隊長。まるでその場にいる他の人々に見せつける様に。
ただし現在時刻は言うまでもなく夜。そして基本王城の敷地内は夜中に立ち入れる人物は限られている。
彼らの周りいるのは正門の門番の兵士たちや、精々今から家に帰る使用人や文官、そして同僚の別の騎士達。全員集めても精々十数名いればいいところ。
何やってるんだろう、と言う目から、またあそこやってるよ。と言った視線が注がれる中、注目されていると勘違いしている隊長の熱弁だけが空しく響く。
「隊長、そろそろ向かった方が……」
「む、ここからが良いところなのだが……」
だが副隊長がタイミングを見計らって声をかけたことでしぶしぶではあるがようやく話が終わる。
なお副隊長は他の騎士達と同じ感性の人間。この言葉も仕事熱心からではなくとっとと済ませて部下たちを早く帰らせようと言う思いからだ。
それでも野丸への突撃を止めれないあたり力不足がいなめないが、中間管理職的な立場の人間にそこまで求めるのは酷なのかもしれない。
「よし、では出発だ! 門を開けろ!」
意気揚々と歩きだす隊長とそれに追従する騎士達。
普段であれば馬に騎乗するものだが場所が王都内であるため今回は徒歩なのが彼らの不満に拍車をかける。
そもそも騎士が動く際は普通ならば兵士隊との連携を取るもの。悪い言い方をすれば平民である兵士隊に騎士がつき、彼らに指示を出す形での運用が多い。
今回のように騎士のみで構成された状態は稀。緊急性が高いか機密性が高いか、もしくは……。
(手柄を横取りされたくないとか、権限的に無理だったんだろうな)
同じ事を考えているのは自分だけでは無いだろうと一人の騎士が確信を持っている最中、唐突に隊列が止まる。
現場であるターゲットが滞在している宿はまだまだ先。むしろまだ王城の正門を出て一分も経っていない。
それにも関わらず止まったのは何故か。
「おい! 我が騎士団の進路を塞ぐとは何事か!!」
最前線にいた隊長の怒声が後ろにいる騎士の元まで届く。
彼が何に怒っているのかは隊列の後ろにいる騎士達には分からない。しかし今までの付き合いから隊長が怒っている時は大抵その原因に注視している時であることは知っている。
彼が見てないと判断した騎士たちが身を乗り出し前方を窺うと、闇夜に紛れるかのような漆黒の服装に身を包んだ男が一人。
王城前の大通りのど真ん中、まるで騎士団の進路を塞ぐように堂々と立っていた。
「貴様……何者だ?!」
隊長に指を指されたそう問われた男は腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべ言葉を返す。
「なに、通りすがりのただの勇者だ」
強い口調でもなく大声をあげたわけでもないのに、その場にいた全員に届く男の声。
白い髪と赤いマフラーをなびかせ、バカな手合いを止めるべく(自称)勇者が今立ちはだかる。
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