第375話 部屋の外では
「ヤマル、大丈夫かな……」
「心配ですね……」
「凹むときとかはあったがこれまでとは毛色が違う感じだからな」
宿の一階に併設されている酒場。
その一角に野丸を除いた残りの面々が集まり彼の様子について話し合っていた。
皆が囲むテーブルの上には空の食器が並んでおり、すでに夕食が済まされた形跡がある。普段と違うのはいつもいるべき人物が一人、この場にいないことだけだった。
「くぅん……」
「ワフ」
何せシロどころかポチですら野丸の部屋から外されている始末である。
テーブルの下ではポチが伏せた状態で力なく鳴き、その隣でシロが寄り添っていた。
「ウルティナさん、何とかなりませんか……?」
「んー? まぁコレばっかりは当人の問題よ。あたし達に出来るのは精々見守る事か、後はヤマル君が考えやすい環境を作ってあげる事ぐらいかしらね」
グラスに入ったお酒を傾けつつ彼女らと共に座っていたウルティナが表情を変えることなくそう返す。
一応彼女から今回の件について大よその事は伝えてある。
ただし人王国の内情的な部分があるため、あくまで野丸の召喚石が人王国として現在必要であること。渡さなかったら国としてちょっとヤバいことになること。
そして渡した場合野丸は二度と国元に帰れないことはコロナ達には伝えてあった。
彼の境遇やこれまでの経緯などを知っているからこそ、下手に助けが出来ない。
単に精神的に落ち込んでいるのであればいつも通りウルティナがコロナとエルフィリアを口八丁でけしかけるところだっただろう。流石に今は空気を読んで一人にさせている状態だ。
はぁ……とコロナがため息を漏らす中、壁に背をもたらせながら成り行きを見守っていたブレイヴが彼らに声をかけた。
「ヤマルの件だが、お前たちも今のうちに立ち位置をしっかりと決めておいた方がいいぞ」
その言葉に三人の視線が彼に向く。
立ち位置……?と疑問を声にするコロナとそれに同調するかのような表情をするエルフィリア。しかしドルンだけは何のことは分かっているのかふむ……と小さく言葉を漏らす。
「今ヤマルは二つの選択を迫られている。元の世界に戻るか、ここに残るかだ」
今すぐでは無いがな、と付け加えるが、ともあれ現状野丸の目の前には"この世界に留まる"と言う選択肢が出ている。
元々彼は元の世界に戻る為に各地を巡りその手法である召喚石を手に入れるまでに至った。別れはつらいものだが、少なくともこの世界での最終到達点は決まっていた。
だがここにきて帰らないと言う選択肢が生まれた。彼にとって望むべき事態ではないが、それでも選択肢の一つとして考慮するレベルで生まれてしまった。
「ヤマルがこの世界に留まることを選んだ場合は特に問題は無い。今まで通りの付き合いがそのまま続くだけだろう。だが……」
ふぅ、とブレイヴはそこで一息をつく。まるでこれから起こるであろう面倒事に癖癖しているかのように。
「ヤマルがこれまで通り元の世界に戻ることを決めた時、人王国と必ず揉める。むしろかち合うと言ってもいいだろう。その時、お前たちはどうするのか」
「どう、って……」
「言った通りヤマルと人王国が対峙する構図になるだろう。向こうとて本意ではないと思うが、しかし譲れぬものがある。間違いなく全力でヤマルの帰還を止めにくる。もしお前たちがヤマルの肩を持つ場合、お前たちの立場も危ういものとなる」
いつもヤマルと一緒にいるメンバーだが、残念なことにこの場に人王国に所属する人物はいない。
コロナ、ドルン、エルフィリアは獣亜連合の所属であり、ブレイヴは魔国の所属。つまり他国の人間だ。
なおポチとシロはヤマルの獣魔ではあるが国民ではないし、ウルティナに至ってはどこにも所属していなかったりする。
つまり今回の件で彼らが首を突っ込む場合、個人レベルに留まる話ではない。他国の人間が人王国の内情に関わると言う話になってしまう。
ブレイヴクラスの強さであれば強引にはねのけることも出来なくは無いかもしれないが、相応の強さや立場を持つコロナ達であっても国と相対するには立場が弱すぎるのだ。
「ま、すぐにどうこうなるものではないだろう。時間がまだある上に国の決定は得てして時間がかかるものだからな」
それは魔王として国政に携わっていたことのあるブレイヴだからこそ実感のある言葉だった。
「それにヤマルに対し何かするなら、その前にお前たちに何かしらのアクションが入るだろう。それまでは特に気にすることはないと思うぞ」
「何かって……」
「まぁ妥当なところなら獣亜連合国から俺らに対しての帰還命令あたりじゃねーか? 何かしら理由付けて帰ってこいってやつだ」
「だろうな。人王国から獣亜連合国経由で打診が入るだろう」
「えっと、なんでそんなことを……」
「あなたたちだって好き好んで人王国と敵対したいわけじゃないでしょ? それは向こうも同じなのよ」
いい?とウルティナが人差し指を立てながら諭すように言葉を続ける。
「さっきコイツが言ったようにあなたたちの立場も危ないけど、同時に人王国も危ない橋渡るのよ。個人とは言え皆"他国の人"だからね。理由があったとしても武器を向けた、武力衝突したって事実は揉める要素なのよ」
「つまり
「この辺が敏感なのは前の戦争の切っ掛けでもあったからね。大体
「あのバカ……?」
「こっちの話よ」
全ての元凶を思い出してかややふて気味の表情を浮かべるウルティナだが、該当する人物について聞かされていない三人は疑問符を浮かべるだけ。
しかしこれ以上は聞けないと思ったのか意識を彼女から逸らし再びブレイヴへと向ける。
「まぁお前らがヤマルの近くからいなくなった場合人王国のメリットは
「もう一つは?」
「単純にヤマル君の制圧が楽になるわ。ポチちゃんとシロちゃんも大概だけど、戦狼二匹じゃどうしてもね」
ヤマルの……と言うよりヤマル側の戦力の大半は彼以外で構成されているのは周知の事実である。
彼自身も最初期に比べれば随分と強くはなかったが、いかんせん本人自身のスペックの成長度合いは微々たるもの。
コロナ達が周りを固め、特殊な装備とパーティ単位での運用があって十全に戦えるようになっているだけであり、故に確実性を取るのであれば周りを懐柔するのは至極当然の手段なのだ。
「とは言え、だ」
よっ!ともたれかかっていた壁から背を話すと、彼は軽く腕を回す。
「どちらにせよ我らが今やれる事はヤマルを支えてやることに違いはないだろう? そう言う訳だから我は少し出かけてくる」
「あ、あたしも~」
「え、この時間からですか……?」
この話はここまでだ、とばかりに話を打ち切り二人は揃いだって表に向かおうとする。
だがすでに日はとっくに落ちあたりは闇に包まれている時刻。
王都に魔導灯が設置されてそれなりに明かりがあるとはいえ夜の街中は当然暗く、また酒場や食堂など一部を除き殆どの店は閉まっている時間帯だ。
彼らほどの実力者であれば街の外でも問題無いだろうが、だからと言ってわざわざこの時間から行動を開始しようとするブレイヴの思惑が読めず、ウルティナ以外の面々は怪訝な表情を浮かべていた。
「なに、ちょっとしたヤボ用だ」
「そうそう。ヤボ用ヤボ用」
ブレイヴとウルティナが揃って同じことを言いだしたことでそれなりに付き合いのある三人にある不安がよぎる。
この二人が大体こう言う事を言いだした場合何かやらかすのではないか。
そしてこの二人を(何故か)止めることが出来る人物は現在自室で悩みを抱えている状態。つまるところストッパー不在で行動を起こそうとしている。
「あの、暴れたり危険な事はしないよね?」
「うむ、しないぞ」
「その……どこかに乗り込むとかそう言う倫理的に反することは……」
「もちろんしないわよ~」
「よし、コロナ、エルフィリア。俺たちも行くぞ」
少なくとも現状の野丸に心労をかけさせるわけにはいかない。
そう判断したドルンの号令に二人は即座に頷き、ポチとシロに野丸の事を任せ彼らについて行く事にした。
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