第374話 野丸の苦悩


「はぁ~……」


 いつもの間借りしている宿の一室。王都にいる時はほぼ自室みたいな状態になっている女将さんの宿のいつもの部屋で何度目かのため息をつく。

 備え付けの椅子に座りテーブルに突っ伏した状態で目線だけはすぐそばにある物へと向ける。

 視線の先、わずか十数センチのとこに置かれているのはウルティナから返してもらった召喚石。コレの処遇、ひいては自分の今後……それも確実に人生に影響がある岐路に立たされている。


(ほんとどうしよう……)


 戻ってきてから何度目かの自問自答。しかし答えは出るはずもなく。

 思い出すのは昼間の会議のやりとりだ。



 ◇



「召喚石を六個、それを三年以内。これが最大の譲歩ラインよ」


 ウルティナの言葉に場が騒然となる。

 召喚石を三年以内に六個。それを達成するための労力や難易度の高さはこの場にいる全員が理解しているのだろう。

 その様子を見て自然と袋を持つ手に力がこもる。何せこの中には即座に使用できる召喚石があるのだから。

 そしてもう一つ。


(……そっか、やっぱのか)


 思い出すのはこの世界に来てすぐのこと。自分がハズレ枠であると説明され、日本に戻ることが出来るかどうかを聞いたときの話だ。

 あの時、摂政達は確かにこう言っていた。

 すぐに使用できる召喚石はある。だが今後の有事の際を考慮して国として使わせるわけにはいかない、と。


 正確な個数が何個あるのか分からない。だが少なくとも六個に届いていない事は確実だろう。

 もしそれだけの数が揃っているのであればこの場にいる面々がこうも狼狽えることはない。


「はいはい、静かにー! この案を採用するのか、そしてその手法をどうするかは後で決めなさい」


 パンパンと両手を叩き場を静かにさせるあたり、流石は伝説の魔女と呼ばれる所以か。 

 ともあれ全員が再び聞く体勢になったところでウルティナは説明を続ける。


「先に言っておくけどさっきの三年で六個は差し当たってだからね」


 その言葉に再び声があがりそうになるが、それより早く彼女は魔法で目の前のホログラムを操作しそちらに注意を向けさせる。

 表示されていた召喚の間の更に下、新たに同じサイズの空間がそこに形成されていた。


「召喚の間の真下に専用の部屋を作るわ。貴方たち風に言うなら部屋型の魔道具ってところね。この部屋の中央に一つ、残りを五角形の頂点になるように配置させることで召喚石の魔力を循環・増幅させて大地に還元させるって手法よ」


 魔道具の製法はさっぱりだけど、周囲の五つを用いて中央の一つをブーストするのは《中央増幅法セントラルブースター》の流用だろう。

 自分の必殺技にも使ってるから分かるし、そもそもウルティナの得意魔法の一つだ。ただ魔道具に流用できるとは思ってなかったけど……。


 ちなみに召喚の間で行わないのは召喚石が干渉することで今後"転移門"が使用できなくなることを防ぐためとのことだそうだ。


「元々大地のエネルギー+召喚石の魔力を使っていたところを召喚石だけで賄うのは圧倒的に量が足りない。だからまずは三年で六個。以後は中央の召喚石は十年に一度、周囲の五個は二十年に一度交換する必要があるわ」


 ウルティナの説明を例えるならば、言うなればこれは輸血のようなものだろう。

 ノア自体、龍脈エネルギーは自然回復する。そのためそれで凌げる……つまり通常の状態に戻るまでは人為的に召喚石を用いて魔力を注ぎ続けなければならないと言ったところか。

 その元に戻るまでが一体どれほどの時間が必要になるかは分からない。確実に言えるのは試算では最低でも百年は続ける必要があるそうだ。


(十年毎で一個、二十年毎で六個かぁ……)


 つまり二十年で七個は絶対に揃える必要がある。

 字面を頭に思い描くと大したこと無さそうに見えるがとんでもない。空の召喚石を一つ稼働できるようになるまで平時で十五年と聞いている。

 魔術師や神官が注力しても数年。二十年で七個は単純計算で一つにつき三年足らずで仕上げなければならない。


「ウルティナ様、その期間は短すぎます! 召喚石の産み出した貴女であれば注ぐ魔力が圧倒的に不足することはお分かりでしょう?!」

「何言ってるのよ。まだ使ってない魔力のツテは他にあるじゃない?」

「そんなのどこに――」

「国民」


 何を今更、と言わんばかりにはっきりと口にする。

 確かにこの世界の人間は全員魔力を持っている。もちろん魔術師達らと比べたら微々たるものではあるが、しかし確かにその身に宿しているのだ。


「国が物理的に崩壊するかの瀬戸際なのよ。この方法を使うのなら当然それぐらいは必要でしょ?」


 つまりその微々たる量を膨大な人数から絞り出せ、と彼女は言っていた。






「師匠の案、採用されますかね」


 王城から宿への帰り道。

 ウルティナと肩を並べたまま先ほどの事を思い出しポツリとそう呟くと、彼女は『多分ねー』と返してくる。


「まぁ避難案とあたしの案じゃ明確に違いがあるからね」

「と言うと?」

「損失の明確化」


 つまりウルティナの案は"これだけの苦労が伴う"と言う条件がはっきりとしている。差し当たっての期限、達成の条件とその難易度、今後かかるコスト等だ。

 確かに条件達成するための道は険しい。しかしそれはどれだけ険しくとも"見えている"道だ。


 対して避難案は達成条件そのものは分かっているが、それに伴う労力の試算すら未だ見えていない。

 道中の移動、現地での生活。何より避難先の土地の確保。

 やるべきことは決まっているがそれは多岐にわたる上、実際行った場合想定外のことがいくつも起こる事は想像に難くない。


 そして現在ウルティナの案の検討が行われている。その結果、もしどれだけ厳しくても達成できると判断されたら彼らは迷わず選択するだろう。


「……来ますかね」


 誰がとは言わない。何をとも言わない。

 しかしたったそれだけの言葉でも聡いウルティナは何のことか分かったのだろう。


「多分ね。とりあえずは打診あたりからじゃないかしらね」

「ですよね」

「なぁに、迷ってるの?」


 まぁ……とぼかすような回答しか言えない。本音を言えば彼女が言うように迷っている。

 この召喚石は人王国にとっては無くてはならない物。少なくともこの一つがあると無いとでは労力に雲泥の差が出ることは想像に難くない。

 何より自分が出し渋った事で避難案に傾けばこの国は文字通りズタズタになる。

 人王国はもちろんの事、獣亜連合国や魔国で世話になった人は多い。もし、万一再び戦争にでもなったらその人たちはどうなるかと考えると……。


 だがその反面この召喚石は自分が帰るために方々を巡り色んな人に助けてもらいながらやっとのことで手に入れた物。

 それを手放すという事は今までの苦労が水の泡になる程度で収まる事ではない。手伝ってくれた皆や、何より自分自身への裏切り行為でもある。

 ……それに向こうには少なくとも両親が待っているだろう。

 向こうでどの様な扱いになっているか知る由も無いが、こちらと同じ時間が流れているのであれば行方不明になってからかなりの日数が経過している。

 心配してるだろうなぁ……こんなんでも息子だし。


「ま、突き放す言い方になるけどしっかりと自分で決めなさい。自分でしっかりと考えて、その結論に責任をちゃんと持つこと」

「えぇ、分かりました」

「これはあたしの個人的な考えだけど、別にヤマル君が帰った事で何かあったとしても別に責任を感じる必要は無いわよ。呼んだのもあっち、その結果が今ならその責を負うのはこの世界の人の役目よ」


 確かに、それはそうかもしれない。

 だけどそうだったとしても自分の感情が納得できるかはまた別問題なわけで……。


「後はどっちに転んでもこの国が落ち着くまではあたしは協力する予定よ。ヤマル君が思ってるほど悪いようにはしないつもりだからね」

「あれ、師匠はこう言う政にはあまり関わらないと思いましたけど……」

「そうねー。でも十連召喚のシステムを解析したり召喚石作ってやりやすくしちゃったからね。その責任はあたしが背負うものよ」


 律儀と言うか何と言うか……。

 普段は傍若無人が服を着て駆け回ってるような人なのに、こういうときはしっかりと動くんだもんなぁ。


 ……後は、あれか。

 先の会議でちらっとだけ出てたあの件を確認しないと。


「師匠。多分間違っていないと思うんですが念のために確認したい事が……」

「ヤマル君の送還の影響よね。まぁあの時言った通り召喚も送還も方向が違うだけでやってることは同じよ」

「つまり帰ろうとした場合は……」


 確実にトドメになる、か。

 ただでさえ足りていない龍脈エネルギー。これ以上使った場合マイが試算した以上に島を削る必要が出るかもしれない。


(……ほんとどうしよう)


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