第373話 ウルティナの案


「これがヤマル様の召喚石ですか」


 王城のレーヌの私室にて持ってきた召喚石をまじまじと見るレディーヤ。

 テーブルの上に置かれた自分の旅の成果はウルティナの手によって淡い光を讃えている。


「えぇ、これで帰れる目処が立ちましたよ」


 流石に今日明日帰るつもりはないですけどね、と続けて言葉を出す。

 今の人王国の内情を鑑みると流石に放っておくわけにはいかない。少なくともウルティナの案が成功するかもしくは国民の避難が完了するかそれを見届けてからだろう。


「しかし本当にすごいです。個人で、しかもこの短期間で召喚石を新たに作成するなんて……」

「自分だけの力だけじゃないですよ。色んな人に助けてもらいましたし」

「それでも助けてもらえたのはヤマル様のお力ですよ」


 そう言ってもらえると嬉しい反面なんだかこそばゆい感じだ。

 特にレディーヤはレーヌお付きのメイドの長。出自も能力もエリート中のエリートなだけに、そんな人に褒められるのは嬉しくもあり恥ずかしくもある。

 

 さて、そんなこちらの心情とは真反対の表情を浮かべている人物が一人。

 目端の隅に映るのは顔を俯かせながらお茶を飲むこの国の女王トップことレーヌである。


「大丈夫だよ。別に今すぐ帰るってわけじゃないし」


 なるべく優しくやんわりとした口調でレーヌに向けてそう言葉を発するも彼女の表情はすぐれない。


「レーヌ様」

「分かってるもん……」


 レディーヤが嗜めるように告げるが彼女の機嫌は直らない。

 頭では分かっていても感情が追い付いていないのだろう。自分でも彼女と仲が良い自覚はあるし、そもそも立場上甘えられることができる数少ない一人だ。

 本来ならまだ両親の庇護下にあるべき年齢なのだから無理もない。


「……まぁ仕方ないか。レーヌ、ほらおいで」


 どうせこの場はプライベートだしたまにはいいだろうとこちらから両手を伸ばす。

 するとそれを見たレーヌはこちらの意図が分かったようですぐさま近づいてきた。そのまま彼女を抱き上げ膝の上へと座らせる。


「あらあら、ヤマル君モテモテねー。逆玉?」


 そんなこちらの様子をにやにやとした表情でからかってくるのは我が師匠ウルティナだ。

 言い方がおばさんくさいですよと思ったが、口に出すと多分痛い目以上の激痛が伴いそうだったので心の奥底にしまい込んでおく。


 まぁそれはさておき……。


「それでレディーヤさん。手はずのほどは……」

「えぇ、先ほどこちらから使いの者を出しました。ヤマル様が呼ばれた会議に殆どの貴族が参加していましたので本日中に開催できるかと」


 本日の本題。大地崩壊の解決策をウルティナが見つけ出したという事。

 それを彼女たちに伝え、そして今頃は会議中の面々に伝わっていることだろう。おそらくこの後は彼らとレーヌの時間調整が済み次第そちらの話をすることになっている。

 今回の件、話の内容だけ聞けば人王国側からすれば万々歳なのだが……多分ボールドとか目ざとい人はは気付いているだろうなぁ。


 何でこの件についてのが開かれるのか。

 つまり何かしら問題があって、しかも人王国側で負担するような事態が発生するのだろう。

 ないしはウルティナの事だから今回の件で色々とボるとか……とも思ったが、そもそも元から名声の塊のような人だからこれはないか。


(何が起きるのやら……)


 詳細については自分も知らされていない。

 しかしこれから起こる事は多分皆が頭を抱える内容なんだろうなという事は漠然と感じていた。



 ◇



「さて、そう言ったわけで急遽ウルティナ様からのご提案について皆で話し合うべく場を設けた次第です」


 会議進行役の摂政が皆に今回の件について経緯を説明する。

 摂政の説明前にすでにあらまし自体は耳に入っていただろうが、内容が内容だけに改めて情報の共有をといったところだろう。


(悲喜交々……やっぱボールドさんらは楽観視してないか)


 大貴族と呼ばれる面々の殆どが未だ厳しい表情を崩していない。反面朗報とも言えるこの件に笑顔を見せる貴族もいる。


「ではウルティナ様、ご説明をお願いします」

「えぇ」


 レーヌがそう言うと控えていたウルティナが立ち上がる。

 全員の視線が彼女に集まるが、そんなものなど気にもとめずゆっくりと説明を始めた。


「さてさて。ご紹介に預かった……って前置きはすっ飛ばすわね。全員耳にしていると思うけど、あたしは崩壊を止める手段を模索していたわ」


 堅苦しい形式など御免被ると言わんばかりに、ウルティナはいつも通り自分のペースで話し出した。


「結論から言うと見つけた。そしてその手法も確立出来ているわ」

「で、ではこれで国は救われ……」

「そこ、慌てないの。順を追って説明するわね」


 浮足立つ貴族の一人を制止し、ウルティナが何か魔法を唱えると皆に見える位置に大きなホログラムが浮かび上がった。

 ……前までこういうの使った事見てないから、マイや自分の魔法から新しく産み出したのだろう。しれっと魔法を作り出すあたり、やはり彼女の魔術師としての才覚は突出している。


「これが地下の召喚の間ね。今回の件は異世界人を一度に大量に召喚した事でエネルギーが枯渇しているのは聞いているわね? そのために崩壊が免れないわけになっているわけだけど……はい、そこのあなた。崩壊を止めたい場合何をすれば良いと思う?」

「わ、私か……?」


 接点も何もないであろう、おそらくただ目に付いただけと言う理由で貴族の一人が指を刺される。

 いきなり話を振られた貴族は最初は狼狽していたものの、流石にここで言葉を詰まらせるような度量ではなく何とか自分なりの回答を紡いでいく。


「えーと、そうだな……単純に考えるのであれば、枯渇しているのなら補填する、だろうか」

「正解。流石この場にいるだけはあるわね」


 ウルティナの言葉にその貴族が胸をなでおろしているのが自分でも分かった。

 それほどに緊張していたのであろう。……かわいそうに。


「調査結果この大地のエネルギーはほぼあたしらの魔力と同種であると判明したわ。つまり大地から魔力が失われたのであれば、逆に大地に還元すればいい。これが解決策の大元ね」

「魔女様、質問よろしいだろうか」

「えぇ、いいわよ」


 そんな中、先ほどの貴族とは別の人物が口を挟む。


「"逆"という事はそこにいる彼を含めた此度の異世界人を送還すれば良い、ということか?」


 その言葉にいち早く反応したのは上座にいるレーヌであった。

 ちらりとこちらに目線を送ってきたが、流石にこの場で反応する訳にはいかずあえて気付かないふりをする。


「いいえ、違うわ。呼び寄せるも送還するも同じ異世界への道を繋ぐ行為よ。つまり同種のエネルギーが必要になるから、それをやった瞬間即座に大地が瓦解するわね」

「なるほど。お答えいただき感謝します」


 どういたしまして、とウルティナが返事を返したところで改めて話が続けられる。


「必要な魔力だけどこれは膨大よ。それこそあなたたち全員が思い描えている以上のものと見て良いわ。たった十人呼ぶだけでこんな状態になったのだから、その辺りは推して然るべきかしらね」


 そして自分のような変哲の無い一般人がその一割を担ってるんだよなぁ……。

 それだけ異なる世界から呼ぶ行為は莫大な対価が必要なのだろう。


「ではその魔力をどこから調達するか。……まぁこれは結論から先に言うわね」


 ではその対価となる膨大な魔力の調達先。

 ウルティナは目処がついているみたいだが一体どこから引っ張ってくるのか。


 皆が固唾を飲み見守る中、彼女ははっきりとした声で結論を伝える。




「召喚石を六個、それを三年以内。これが最大の譲歩ラインよ」




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