第372話 始まりは唐突に
「無理ですね」
こちらが発した言葉にやはり、という表情が半分。もう半分はなんとかならないか、はたまた何か隠しているんじゃないかと言う表情。
ここは王城の大会議室。現在各領地の領主貴族、ならびに名代の面々が顔を合わせ話し合いをしている。
そんな面々が揃う中において今回自分が呼ばれたのは異世界知識や技術の知見を求められたからだ。
具体的に言えば領民の避難についての運送関連。前々から自分発信で漏れ聞こえていた自動車や飛行機など、運送について今から何とか出来ないかと言う話である。
しかしいくら考えても自分の考えはNoだった。
「それは技術的な問題かね?」
代表とばかりにボールドがこちらに問いかける。
もちろん技術的な問題
「そうですね……忌憚なく言わせていただくのであれば三つほど難しい問題があります」
「聞こう」
鋭い視線が向けられるが、そんな目を向けられてもどうにもならないものはどうにもならない。
日本の日常や常識に当てはめた場合、この世界でそれを流用しようとしても確実に無理が生じる。
「まず先ほど述べられたように技術的な面です」
魔法技術がある以上自分の知らない別の手段で再現するかもしれない。しかしその可能性を考慮してもほぼゼロから創造するのは途方もない力が必要になってくる。
更に言えば今回の用途を考慮した場合は明確な期限が存在するのもネックだ。
何せ大地が陥没するまでたった数年。その間に実用化までこぎつけなければならない。
試作ではない。
「二つ目に圧倒的な工業力の不足」
これについてはこの世界に来てから常々思っていた。
一つ目の技術力については知識面で補填すればそれを形に出来る種族は存在する。ドワーフなんか最たる例だろう。
しかし日本……と言うか現代地球と比べた場合、この部分は絶対的に不足していた。
工業力。もっと平たく言えば"物を大量生産する力"。
日本の運送関連のどれかを実用化しようとしても、この部分は絶対に外すことは出来ない。手作業では効率が悪い上に、職人の腕では各種パーツに誤差が生じることが予想されるためだ。
「最後にインフラの整備と保全の問題です」
そして上記二点を突破したとしても最後に立ちふさがるのがインフラ問題。
日本はとんどの道路がアスファルトによって整備されているが、こちらは主要街道と言えど実際の所細かい凸凹が多い。
そんな道路状況で車を走らせたらどうなるか……言うまでもない。短い期間でタイヤが跳ね制御不能になったり誰かと事故を起こしたり横転したり……そんな確実に起こりえる未来が自分でも見える。
ではレールを用いた列車は?となるが、こちらはこちらで線路敷設の問題が出てくる。
レールは言うまでもなく金属の棒。それが街の外に延々と伸びてるのだ。盗られる可能性は捨てきれず、取られた場合の被害は果てしなく広く大きい。
更に付け加えるなら魔物の問題がある。
車両でぶつかる可能性から、整備した道路や線路が荒らされる可能性。その場合の整備や保全をどうするか。
また法整備の新たな制定、運送が置き換わった際の既存の馬車に関わる人々の扱いなど挙げたらキリがない。
つまるところ『技術向上としての研究なら良いと思うが、急な改革は問題が多すぎるので無理だし止めた方がいい』と言う結論になる。
先の理由をなるべく理論立てて説明すると苦々しそうな顔ではあったが大多数の面々は納得してくれたようだ。
ただその上で突っ込んだ……いや、可能性を模索するべく更に問いかける人もいる。
「……ちなみにマザイ教の力ではどうなのだ?」
「《
中央管理センターには確かに一台や二台じゃ収まらない程の台数が残存している。
しかし人王国避難用には圧倒的に数が足りないのでこの点も却下だ。
「ままならんものだな」
「どちらにせよ急な方針転換は混乱を招くかと。現状の手段を改善した方が良いと思います」
誰かが重く息を吐く声が聞こえるとともに、室内の空気も若干重くなる。
とは言えどうにもならない事はどうしようもない。協力できないのは残念だが、こればかりは納得してもらうしかなかった。
◇
(ん~、終わった終わった)
会議室を出て人目が無い事を確認し軽く肩をほぐす。
室内ではまだ会議が続けられていたが自分が関わるべき項目が終わった事で解放となった。今はまた別の内容で頭を悩ませていることだろう。
「お、ヤマル君はっけーん!」
そんな折にまるで我が家と言わんばかりの調子で歩いてきたのは久方ぶりに見るウルティナ。
右手を大きく振りつつ左手に何かの袋を持ちながらこちらへと歩いてくる。
「あれ、師匠? こんなところでどうしたんですか?」
龍脈について調べているウルティナが王城にいることは珍しくないが、今いる場所は大会議室を始めとした内政の仕事部屋ばかりのフロアだ。少なくともウルティナが好んで来る場所ではない。
「ん~、一応結果報告かしらね。あ、はいこれ」
どうぞ、と言わんばかりに手に持っていた袋をこちらに向け差し出された。
ウルティナからの贈り物という事で心の警戒レベルを三段階引き上げ、意を決し受け取った勢いそのまま中を見る。
「……あれ、これって」
「預かってた召喚石よ。魔力充填は終わったからいつでも使えるからねー」
預けた時と違い魔力が溜まった召喚石は淡い光を宿していた。
しかしあっけらかんと言っているが召喚石の魔力充填は最低でも年単位で行うもの。預けてから年どころかさほどの月日を経ってない。
一体どうやって……。
「まぁあたしにかかればこれぐらい楽勝なのよ。と言っても一発こっきりの裏技だけどね」
「人の心見透かすの止めて欲しいんですが……」
「分かりやすい顔してるのが悪いのよ」
ぐぅの音も出ない返しは止めて欲しい。
がっくりと肩を落としているとまぁまぁとばかりにウルティナがこちらの肩をパシパシと叩く。
「で、師匠の結果報告ってなんです?」
「あれよ、龍脈調査と崩壊阻止のやつ。目処がついたから今から押し掛けてやろうと思ってねー」
「ただでさえ頭抱えてるんですからそんなトコに爆弾投げ込むような真似……」
…………ん?
「調査終わった?」
「そうよー」
「崩壊阻止の手法も確立?」
「もっちろん!」
ドヤ!と大きく胸を張るウルティナ。バインと揺れるその光景はコロナがいたら血涙を流しそうなものだがそれどころではない。
何せ皆が待ち望んだ第一報。それも崩壊阻止の手法確立と言う朗報中の朗報だ。
「まぁこの辺はマイちゃんの協力あってこそだったけどね。魔力の流れや量の正確な計測とか任せたから効率良かったし」
「それでも何と言うか……」
「見直した?」
「ですね。やっぱうちの師匠は英雄なんだなーって」
「あら、素直ね」
その辺は普段の言動のせいだと自覚して欲しい。
しかしそれを差し引いても今回の成果は間違いなく偉業。救国の英雄再びと言って差し支えないのは誰の目にも明らかだ。
「さ、そう言うわけでヤマル君も回れ右して一緒に突撃よ!」
「いやいや、ちょっと待ってください!」
大会議室に向けいざ出陣!と歩み出すウルティナの手を掴んで強制的にその動きを止める。
「何よー?」
「あの会議室、レーヌいないんですよ。方針じゃなくて検討会みたいなものでしたので」
今回の会議は手法を討議する場。決を採るのは次の段階であり、その場こそ女王であるレーヌが出席する必要がある。
そしてこの話をするのは国のトップである彼女の存在が必要不可欠だ。
「ならレーヌちゃんとこでお茶貰ってからにしましょっか。ちょうど体のいい話し相手が目の前にいるし」
「自分を餌に謁見取り付けするのはどうかと……」
しかし有効であることに変わりはなく。
上機嫌なウルティナに背中を押されるがまま、一路レーヌがいるであろう彼女の部屋へと向かう事にした。
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