第371話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その9
「あ~……終わった終わった……」
宿に戻りあてがわれた部屋で大きく伸びをする。
昼前に解散になった会談だがやれることは全てやった。特にアレルギーと言う概念を領民に正しく教えて欲しいという事は強めに頼んだ。
何せ日本ですらアレルギーに対し無理解な人は少数いるのだ。概念そのものがまだ無いこの世界では理解を得るための労力はかなりのものだろう。
特に子どもがアレルギー源を拒否しようとしても、食物の場合下手をすればただの好き嫌いに見られかねない。その後どうなるかはもはや言うまでもない。
(まぁ出来ることは全部やったか)
一応レーヌのところの専属医師団とコンタクト取れるようにしておいたし、今後の医療の質疑はそちらに投げてくれるはず。
専門知識のない自分が出来るのはここまでだ。
「わふ!」
「ワン!」
「っと。ポチもシロも大人しく待ててありがとねー」
ポチと一緒の時は基本シロも大人しいんだよなぁ。いや、最初の頃よりは断然丸くなってくれてるか。
まだちょっと爪立てられたりするけど……。
とりあえず両名のリボンを外そうと手を伸ばすも、何故か揃って一歩後ずさる。
「……え、リボンしばらくそのままがいい?」
双方ともに一鳴きで肯定。
別につけていてもさほど問題は無い為許可は出すが、一応戦狼状態になるときは外さざるを得ないことだけは伝えておいた。
(……とりあえず着替えよ)
ホログラムと言えど慣れない服はどうも肩が凝る。
普段の服装に手早く着替えるとようやく人心地ついた感じだ。宿のランクと着ているもののつり合いは取れていないけどまぁそこは目を瞑るという事で……ん?
『ヤマルさん、よろしいですか』
トントンとドアのノックと共にエルフィリアの声がした。
中に入っていいよと言うとドアが開き、いつも通りの服装になった彼女が中へと入ってくる。
「あ、エルフィも着替えたんだ」
「えっと……やっぱりあの格好はちょっと慣れなくて……」
だろうなぁ。特にエルフィリアの恰好は似合ってるとは言え中々際どい感じでもあったし。
聞けばコロナやドルンも同じように今着替えているとのこと。そしてここに来たのはお昼を食べに行こうと誘いに来てくれたみたいだ。
「そうだね。折角ならミシェルさんに特産物とか聞いておけば良かったね」
昼の会食もあるかな、と少し思ったが、どうしても領主として外せない仕事があるらしく今回は昼前に解散の流れになった。
申し訳なさそうにしていたけどこちらは特に気にしなかったし、それに彼らには悪いがテーブルマナーを気にしながら食べるとやっぱり肩肘張ってしまいそうになる。
だからこれはこれで良かったのだろう。
「まぁ適当に大通りぶらついて良さそうな店に……」
「あ、それでですね……その……」
「ん?」
何だろう、見ればやや困った表情をしている。
「あの、息子さんたちが今いらっしゃってまして……」
◇
「今日は本当にありがとうございました。ここは自分が持ちますので是非好きなものをどうぞ」
宿の入り口で待っていた長男と次男(+数名の護衛)と合流し、やってきたのは彼らが勧める料理店。
当然店構え含めこの街有数の店舗であることは疑いようもない。ただ息子二人はこちらに配慮してくれたためか他にも客がいるところを選んでくれた。
流石に個室に案内されたものの、堅苦しい感じは幾分か和らいでいる。
「でも申し訳ないような……」
「大丈夫ですよ。こちらがお誘いしましたしこれぐらいさせてください。それに父も家も関係なく、あくまで僕達個人でのお誘いなので」
にこやかに笑みを浮かべる長男の言葉にこれ以上断るのも悪いと思い遠慮なく注文をする事にした。
今居る部屋は丸テーブルを囲むような形であり、先ほどと違いコロナもちゃんと隣に座っている。
そして程なくして各人に飲み物が渡り食事会が開催された。
……なおドルンは遠慮なくお酒を頼んだことをここに追記しておく。
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「お酒好きですが何でも良いと言うわけではないんですね」
「あぁ。そりゃ俺らドワーフは基本酒は好きだが好みは無論別れるな。それに俺らは酒とツマミに関しては舌は肥えてる自負はあるぜ」
食事も進み思った以上にフレンドリーな会話が流れている。
彼らは人王国から出たことは無く、また他種族の人と話したこともないらしい。だからか彼らからの話は主に自分たちがこれまで出向いた色んな場所や人々の話だった。
自分以外の面々にも二人はそれぞれ話しかけてくれていたし、何より会話の引き出し方が上手い。話術は貴族の嗜みかもしれないが、それを差し引いても彼らの歳からは不相応なぐらい自然と話が弾んでしまう。
「コロナさんやエルフィリアさんも種族的に何か好みが分かれることが?」
「あ、えっと……私はあまり、かな?」
「エルフも……そうですね……。野菜や果物が多いかもですけど、お肉も食べますし……あ、でも甘いものは好きかもしれませんね」
コロナはともかく普段初対面の人とは喋りづらそうにしているエルフィリアが比較的話しているのがその証拠だろう。
(良い傾向だよね)
最初に出会った頃のエルフィリアと比べれば随分と成長した。半ば強引に村の外に出てきたけど、結果としてはいい方向に進んだと思う。
「あ、そうだ。ヤマルさん、この後……」
・
・
・
「すいません、立ち話になってしまいまして」
「ううん、いいよ。皆を下がらせたってことは込み入った話……でもないか」
もしそうならこの二人なら個室とか絶対用意するだろう。
今自分と長男、次男の三人は彼らの馬車の近くで向かい合うように立っている。
端から見ればただの立ち話。ただ向こうの護衛も多少は離れてるのはちょっと不用心すぎのような……いや。
(何かいるな……)
物陰に隠れてる数名。こちらがいつも使ってる魔法の索敵に引っかかったから何とか分かったが、多分陰ながら護衛する人達だろう。
……いること聞かされていないんだろうなぁ。
「ヤマルさん?」
「ん、ごめん。なんでもないよ。それで何の話?」
「えぇ、これはあくまで僕達二人の個人的な質問になるんですが……」
「うん」
何だろう、改まって。
「何故妹のお願いを聞いてくれたのですか。もちろん今回の申し出は僕たちにとってはとても嬉しくありがたいものですが、ヤマルさんにとっては動く理由としては乏しそうな気がしてならないんです」
「あー……」
そっか、自分の現在の立ち位置からはソーミン家を手助けする理由がないように見えるのか。
しかも今回自分が渡した情報は未知のもの。最終的には国を巻き込んだ形にはなったが、そもそも助けると決めた段階は自分の意思で決定している。
だから向こうからすれば手を貸す事が不思議に見えたんだろう。
「結構しょうもない話だけど……」
「そうなんですか?」
「まぁ……うん。端的に言っちゃえばカッコイイ大人を見せたかっただけだよ」
ほら、なんか二人とも「え?」って顔してる。
そりゃまぁこんな俗っぽいこと言ってたらそうなるよね。幻滅したかな?
「だって自分より一回り以上年下の女の子が必死にお願いに来たんだよ。だったら年上としてはカッコいいところ見せたいじゃんか」
「それだけ……ですか?」
「それだけじゃないけど大部分はそうだね」
だって……ねぇ。あんな小さな子どもがツテ無しノープランの純度100%で助けを求めてるんだよ?
そりゃ出来る範囲でのものなら何とかしてあげたいって普通は思うよね。
まぁ後はツテとか色々はあるけど自分自身は別に貴族とかじゃないから、その辺りをあまり気にせず動けるってのもある。
この辺が彼らとは一番違うところだろう。
利益主義……とまでは行かないものの、自身の一挙手一投足が自分のみならず家に影響を与えると教え込まれてる彼らからすれば、自分のこの行動は相当異端に見えたかもしれない。
「まぁもし今回の件で負い目を感じるんだったら、君が将来領主になったときにレー……女王が困った時に協力してくれれば嬉しいかな。もちろん派閥とか色々あるだろうから、家に迷惑かからない範囲内でいいからね」
流石にこの件で恩を押し売りしたくないし、かと言って貸しひとつみたいなふわっとした形だと不安になるかもしれない。
そう思いとりあえずは期限は設けずこちらから希望を告げておいた。これなら最悪機会が無かったら仕方ないと取れる……ハズ。
「まぁそんなわけだから今回の事はあまり気にしなくていいからね」
◇
「これで完全に終わりか―!」
馬車に乗って家に帰る二人を見送り背伸びしながら皆の下へと歩み寄る。
去り際に長男から「自分は良い当主になれるか?」みたいな話を受けたけどそちらはそれっぽいことを言って未来に丸投げしておいた。
一応『良い当主になれるかは分からないし今を生きる自分達じゃ判断出来ない。そう言うのは後の歴史家が判断するだろうから、良い当主であろうとする姿勢が大事じゃないかな』とどこかで聞いた言葉をそれっぽく並べた。
まぁ自分の言葉程度じゃそこまで影響は無いだろう。……多分。
「お待たせー」
この後は皆と一緒に街の散策の予定。
王都に戻る馬車は明日とのことなので今日の午後は丸々空いている。時間があったら折角だし皆で色々見て回ろうと前以て話をしていた。
「それじゃどこに行こう……」
どこ行こうか。と言う言葉を言うより早く、何故かこちらの手首を掴むドルン。
はて、なんだろうと思いつつ、何か空気がどんどん嫌な方向に向かっているような感じが……。
「もちろん鍛冶ギルドな」
「……一応理由を聞いても?」
「そりゃさすまた作るために決まってるだろ。俺はあんなモンあるなんて聞いてないぞ」
「いや、あれ武器じゃなくて捕縛用の道具と言うかちょっと待ってコロ、エルフィー?!」
こちらの言葉に聞く耳持たず、そのままずるずると腕力任せに引きずられてしまう。
手を伸ばしコロナとエルフィリアの名前を呼ぶも、彼女たちも止める術は無いと思っているのかごめんねとジェスチャーをするだけであった。
なお後年、ドルンが作成したものをベースに改良された刺股がこの街から発信され、各街の治安警備隊の装備の一つとして名を連ねることになるのだがそれはまた別のお話。
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