第370話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その8


「アレルギーの説明にするにあたり、まずは皆さまに体の中で普段どの様な事が起こっているのかをご説明しますね」


 ミシェルに先ほど許可を貰い、今自分は席を立ち大広間のドアのところから話しかけている。

 両隣に扉を守る兵士がこちらを見ていてちょっと気になるが……まぁ彼らも仕事だ。自分が変なことしないか見ているだけなので当然の対応である。


「皆様は今まで熱病にかかった事ありますか?」


 熱病……いわゆる風邪の事だ。

 その問いかけに対し大体の人が頷きを以て返す。もちろんその中にはミシェル達一家も含まれていた。


「では今回は熱病を例にご説明しますね。口頭だと自分が上手く説明できるか不安でしたので、少々寸劇のような形を取りますがご了承ください」

「うむ」


 そして先ほどミシェルから貰った許可がこの説明方法についてだ。

 口頭で一応説明は出来るかもしれないが、自分が彼らに分かりやすい形でちゃんと出来るか不安だったこと。

 何よりまだ子どもである当事者の三男にもしっかりと理解できるように教えたかったからこの形を取る事にした。


「この体の中では生きるために様々な活動をしています。さながらミシェル様たち、このソーミン家の皆様のような感じですね。丁度良いので体の中をソーミン家の皆様に置き換えて説明しますね」


 それでは、とコホンと一つ咳ばらい。


「この家を動かすため、当然必要な方々がいます。まずは頭、つまり全体の動きを考え指示を出すミシェル様ですね」


 トントンと自分の頭を指さし家の中枢である当主の名を呼ぶ。


「そして頭であるミシェル様の指示で動く使用人の皆様。こちらは手足であったり、情報を得るための目や耳であったりします」


 そして部屋の隅で佇む執事長や料理長、使用人に目線を向ける。

 ミシェルだけでは家は動かせない。彼を支える使用人達あってこそのソーミン家。この動きは体の動きとも通ずるものがあるだろう。


「ある日、平和なソーミン家ではミシェル様と使用人の皆様がいつも通りお仕事をしていました。何も変わらぬ健康な体の状態がこれにあたります。ですが……」


 そこで一度ドアを開け自分だけ部屋の外に出る。

 そして軽光魔法(許可済み)で刃を潰した短剣を生成。それを手に取った状態で再び部屋の中へと入る。


「ここに賊……病の元である自分が侵入してきました。『何て良い家だ、ムカつくな。荒らした上で金品を奪ってやろう』」


 左右の兵の圧が強くなったが"許可"の二文字が何もさせない。ただアホなことやったら間違いなく制圧してくるだろうからそこだけは注意しておこう。


「そしてミシェル様が賊である自分を発見しこう叫びました。『賊だ、皆で追い出せ!』と。その後指示を出し、そして使用人の皆様が自分を追い出そうとします」

「あれ、兵ではないのですか?」

「まぁその辺は平和だからまだいないという事で……」


 長男からの問いかけに苦笑しながらそう返す。

 貴族の家には当然私兵がいるわけで、いないと言う選択肢は現実には存在しないからその問いかけは当然だろう。

 ただ今回は例だからという事で話を進めさせてもらう。


「ミシェル様の号令の元、賊である自分に対し使用人の皆様が力を合わせます。例えば窓を開け外に追い出す行為は"クシャミ"や"咳"、水で流し出す行為は"鼻水"、そして皆で火を使って部屋の中を蒸すことで弱らせる行為が"発熱"ですね」

「ん? 病気の熱は病が出しているのではないのか?」

「はい、病を退治しようと体が行ってる行為ですね」


 病気によって引き起こされるものではあるが病気が体温を上げるわけではない。


「まぁ色々ありましたが無事病は退治、または外に追い出すことに成功しました。これが病気の峠を越えたタイミングですね。しかし室内はこの短剣で荒らされ、また対応に当たった使用人の方にも被害がでてしまいました」


 流石に振り回すわけにはいかない為斬る真似はしないものの、皆に今回用いられた武器を見せるように短剣をもった右手を掲げる。


「さて、残った使用人に部屋の修繕……つまり体を回復させる指示を行った後ミシェル様は考えます。『今回賊に被害を被ってしまった、対策を練らねばならない』と」

「まぁ当然ではあるな。我々の体の中でも同じような事が起こっているのは驚きだが……」


 今の医療技術では知りようのない事だからミシェルの言葉も無理もないこと。

 ただ向こうからすれば荒唐無稽なこの話を信じてくれたのはちょっと意外だった。現状証明しようのない内容だし……。


 ともあれ今は説明を続けることにする。


「まず使用人しかいない現状から賊と戦う人、つまり兵を用意することにしました。今この場にもいらっしゃる皆様のことですね。さて、兵を雇うと同時に状況分析にはいります。賊はどのような武器を持っていたか、そしてそれに対する対抗策は……」


 手の短剣を主に護衛の人達に見せる様に言葉を紡ぐ。

 おそらく彼らの頭の中では武装のみならず制圧方法まであっさり導き出していることだろう。


「室内戦を考慮するなら適切な要素がありますが、今回は単純に長さを対抗策とさせていただきます。そしてミシェル様は用意した兵にこの様なものを持たせることにしました」


 短剣を一度消し、代わりに生成したのは分かりやすい長物。

 槍ではない。長さ自体は槍と同じだが、穂先に当たる部分がU字に分かれている。


刺股さすまたです。使い方はこの窪みの部分に手や胴を挟みこんで相手の動きを封じます」


 刺股はこの世界ではまだ見た事は無い。単純に槍の方が作りが簡素の上、殺傷力が高いからだと思っている。

 ちなみに一般的な槍にしなかったのは護衛の人達に対してあまり刺激を与えたくなかった為だ。


 そしてミシェルにお願いし、兵を一人借り彼に刺又を手渡す。

 持たされた武器の軽さに驚きの表情を浮かべていたが、そんな彼に対しこの後やってもらうことをお願いした。


「さて、体……屋敷も無事に修復し、対抗策も施しました。そして後日、再び同じ病である賊が侵入します」


 そう言うと再び短剣を手に取り先ほどと同じように扉の前に立つ。


「再度侵入した賊は再び部屋を荒らし金品を強奪しようとします。ですが……」


 そこで言葉を一区切り。兵に目配せをすると彼は渡した刺股をこちらの胴体に向け突き出した。

 もちろんその動きはゆっくりとしたもの。刺股がお腹に当たりドアと挟まれる形になったところで言葉を続ける。


「前回の教訓から悪さをする前にこうして抑え込むことに成功します。この状態は病気が悪さをする前に退治出来たので発病しなかった……つまり病気に対してに強くなった状態です。ここまでが一般的な病気になった時とその後の体の中の動きになります」


 ありがとうございました、と目の前の兵に礼を言い刺股を消去する。

 それを見届けた兵は役目を終えたと判断し元の場所へと戻っていった。


「では次はアレルギーの場合どうなるかのご説明をします。正確には病より毒に近しいですが、とりあえずイメージレベルぐらいで捉えて頂けると助かります」

「あぁ、詳細は先ほどの資料と医師から聞くことにしよう」

「お願いします。さて、アレルギーの動きは先ほどの途中までは一緒です。場面は兵の配置を終えた場所まで戻ります」


 あれ、また出番?と言いたげな先ほどの兵に目配せして違うと伝えつつそのまま話を続ける。


「このように同じ短剣を持つものが侵入してきました。そして兵に対処させるよう指示を出しますが、アレルギーの場合ここで問題が生じます」


 問題?と問うミシェルに頷きを返す。

 そして他の面々が自分に注目するのを確認し、彼らの頭でイメージしやすいようゆっくりと言葉を紡ぐ。


「もし、今の自分のような短剣一つで侵入してきた賊に対し、この家の兵全員がフル装備で身を固め全力で一斉に倒しにかかったらどうなると思いますか?」

「それは……」


 言葉を発したのは長男。だがすぐに口を噤んでしまう。

 この屋敷にはそれこそ様々な私兵が門番や警護にあたっている。

 そして兵の種類も目の前にいる人……要するに直接的な手段に特化した人達だけではないだろう。貴族なのだから魔法に長けた人物が複数雇っていても何ら不思議ではない。

 そんな彼らがガチガチの装備に身を固め、賊一人に全力で当たる。その場合賊は倒されるがそれだけで済まないのは想像に難くない。


「……皆さんご想像の通り賊は倒せますが当然室内は荒れに荒れます。下手したら壁が壊れるどころか家そのものが崩れかねません。つまりアレルギーは体が発する過剰防衛のようなものです。自分で自分の体を壊しちゃうんですね」

「なるほど……息子の体もその異物を排除しようとした結果か」

「はい」


 一応念のため今回は食物であったため、体質的にそうなってしまっただけであること。そして今回の香草だけではなく人によって様々なアレルギーの可能性があることも付け加えておく。


 その後は今の話を元に質疑応答を繰り返し、会談が終わったのは太陽が真上に登りかけた頃の事であった。


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