第369話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その7
「体質?」
「はい。身も蓋もない言い方になりますが、息子さんは『この香草が毒になる』体質と思ってください。正確には毒になるのではなく毒相当と同じ状態になるようなものですが……」
まぁあくまで今はイメージとして毒と同じようなもの、とだけ伝えておくにとどめておく。
「そもそもこのアレルギーの概念自体、この場で初めて公表してます。料理長が意図的に引き起こしたとは考えにくいです」
「しかし調理に関わる者だ。経験として知っていた可能性は?」
「無いとは言い切れませんが、その場合何故その対象が彼であるかの疑問が残ります」
この家の内部事情には明るく無いが、少なくともミニアや執事長が言うには関係性が悪化していたと言う話は聞いていない。
料理長は確かにこの家の食事を取り締まる総責任者だが三男との直接的な接点はあまりない。またソーミン家に対して狙ったと見たとしても、その場合狙いはミシェル、ないしは長男になるためこの線も薄い。
結局何も知らないが故に起こった事故と言う結論に落ち着く。……当事者からすれば一番納得できないかもしれないが。
そしてその事はミシェルも分かっているのだろう。
腕を組み、ふむ……と考えを咀嚼するかのように目を閉じながら黙考していた。
「ですが今日この場で原因がはっきりしました。料理長、今後彼に同じ事があれば今日の様に庇うことは出来ません。以後、こちらの香草を使用することは止めてください」
ごくりと唾を飲み頷く彼に更にこちらから強い口調で言葉を続ける。
「当時の状況を見たわけではないですが、症状を聞く限りかなり重度のアレルギーと思われます。摂取は当然として形を変えてもダメです。スープに使うもダメですし、出汁のように香草そのものを使わなくてもダメです。細かく言えばその香草を使用した場合、使った調理器具を洗わないまま彼の食事の準備をしないでください」
「そ、そこまでですか……」
「そこまでです。まぁ一番確実なのは今後コレを一切使わないことですが……詳細についてはこちらも医師の方と相談してくださいね」
そう言葉を締めくくり、次いで三男へと顔を向ける。
今まで父親や料理長など大人と話していた自分が急に顔を向けたことに驚いたようだが、今回の件については彼にもきっちりと言っておかなければならない。
「今までの話、大体は理解出来たかな?」
「えっと……はい。その草が僕にとっては良くないものなんですよね」
ややおずおずと言った感じだがちゃんと話を聞いて理解してくれている様だ。
その事をしっかりと確認できたうえで頷き返し、続く言葉で彼にはしっかりと伝えることにする。
「君はこれからずっとその体質と付き合わないといけない。今日こうして色んな人に聞いてもらったけど、大人になってからは君の体を守れるのは君だけになる。大変だと思うけど頑張って欲しい」
「……分かりました」
うん、良い子だ。返事自体は小さい声だがしっかりとした意思を感じる。
彼についてはこれで問題無いだろう。
後は……。
「フルカドさん。あの、息子の治療などは……」
まぁこれも当然だよなぁ……。母親としてその点は当然見過ごせないだろう。
だが悲しいかな、現時点で対処法は無い。
「残念ですが現時点ではありません。将来治療法が見つかるかもしれませんし、もしかしたら彼の体質が変わる可能性もあります。今言えるのは原因と言えるものから遠ざけるしかないですね」
「……そうですか」
肩を落とす奥方に心が痛む。
正確に言えば
実は中央管理センターに行けば治療法はある。昔の技術……多分レイスが関わった遺伝子関連も含め、遺伝性疾患など現代日本でも不治になってるであろう病も治す方法がそこにはあった。
彼を連れて行き専門の治療を行わせることでアレルギーを治すことができる。だが悩んだ末にその事実を隠す事にした。
もしこれで治療を施した場合、次から次へと同様の話が舞い込みそうである事。その場合優先度による貴族間のバランスとか頭が痛くなる話になることが想像できること。
何よりすでに治療法があると言う事実が医療の発展の阻害になりそうな気がしたからだ。
中央管理センターでの治療は科学技術の粋の末に確立した方法であるが、現在この世界では魔法を含めた別の道を歩んでいる。もしかしたらそちらで別な手段が産まれるかもしれない。
現に外科的な話ならポーション等、当時は無かった物がこの世界にはある。
しかしこれは自分しか知らぬこと。治す手段がないと言う事実に部屋の空気が幾分が重くなる。
治る見込みが無いと分かれば無理もない。
しかも最初に見たアレルギー症状が三男のアレではその恐怖はひとしおだろう。
……仕方ないか。安心できるかは分からないけど、もう一つ情報を落とすことにする。
「ちなみに自分もアレルギー持ちですよ?」
「「「え?!」」」
その言葉にミシェルらは元より、こちらの面々も驚きの声をあげた。
まぁこれは言ってなかったしなぁ。こっちに来てから特に症状が出る事も無かったし。
「自分の場合特定の木が出す花粉に対してアレルギー症状が出ますね」
「それは……その。フルカドさんは冒険者であると聞いていますが、大丈夫なのですか?」
「はい、奥様。幸い今のところ症状が出ることはないですね。仮に出ても自分の場合軽度なので命に関わるようなことはないんですよ」
こちらに来てから発症して無いが日本では軽度の花粉症だった。
一応皆には発症した場合の自分の状態として、クシャミが止まらなかったり涙が出てきたりと諸症状を話しておく。
「こんな感じでアレルギーの種類は人それぞれ、軽かったり重かったりします。もちろん全くならない人、あっても気付かずにいられる人など様々ですね」
「つまり我々にもそのアレルギーがあると?」
「可能性としては、ですね。先ほど言った通り全くない人もいますし、症状が軽すぎて単に気付いていないとかもありますから自分からは何とも……」
正直誰がどのアレルギー持ちなんて発症しない限り特定は無理だ。
今回と同じ香草だったとしても症状が軽ければ気持ち悪くなるとかになるだろうし……。
こちらの回答にミシェルが腕を組みながら再度黙考し、長男と次男が小声で何かを相談している。
奥方とミニアは特に言葉を発していなかったが、アレルギーとの付き合いへの不安と原因特定の安堵が混じったような表情をしていた。
そんな中、三男がこちらに顔を向けて小さなその口を開く。
「フルカドさん。僕がアレルギーであるという事は分かりました。宜しければそのアレルギーそのものについて教えてもらえますか。自分の体がどうなっているのか知りたいのです」
それは現実を受け入れた上でなおも前に進もうと言う意思の表れ。
本当にこの子まだ年齢が一桁なのかと思わせるほどに強い子だ。自分が同い年の時は何も知らない子どもだったから、比べるのがおこがましい程に雲泥の差である。
彼に一つ頷き返し、続いてミシェルの方へと顔を向ける。勝手に話を進めれないのはもどかしいが、流石に主の意向を無視はできない。
「あぁ、私からも頼む」
「了解しました。では……」
とは言え今までの口頭説明で良いだろうか。
一応今日の為にざっくりした説明は頭の中ですでにあるが……。
「……ミシェル様。説明に当たりまして少々許可をいただきたい事が――」
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