第368話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その6


 本題どころか屋敷に入る前から精神的疲労を受けてしまったが、その後は使用人に案内されるまま皆で中へと入っていく。

 やはりと言ったところか、内装や装飾も豪奢で色々と取り揃えているのだろう。しかし悲しいかな、所詮自分では良いものとは思いつつも『何かめっちゃ高そう』と言う感想が先に出てきてしまう。

 もちろんそんなことはおくびも出さず屋敷の廊下を進み、程なくしてとある一室へと案内された。


 使用人がドアを開け中に入るとそこは大広間。応接室ではないのは中で待っていた人の数が多いからだろう。

 無論大広間とは言え十二分に装飾された部屋である。正直大広間サイズの応接室と言われても信じてしまいそうだ。


「ようこそ。私がミニアの父のミシェルだ」


 声のする方を見るとややふくよかな体型の男性。年は多分四十前後あたりだろうか。

 ミニアと同じ濃い緑の髪の色。その前髪から覗く双眸は分家とは言え大貴族に連なる者として明確な意思と自信の強さを感じさせる。

 そんな屋敷の主が直々に出迎えてくれた。

 近づく彼が手を差し伸べてきたのでこちらも手を差し出し握手を交わす。


「お招きいただきありがとうございます。古門野丸です」

「いやいや、こちらから呼んだのだから気にしないでくれたまえ。むしろ良く来てくれたと礼を言いうのはこちらだろう」


 互いに挨拶を交わすと続くのはお互いの連れている人の紹介だ。

 まずはホスト側であるミシェルからだが、こちらの予想とは違い一家総出でお出ましだった。


(皆忙しいと思ってたんだけど違ったのかな……?)

 

 今回の会談にあたりミシェル側から何か準備するものや要望があれば教えて欲しいとの通達があった。

 そこで自分がお願いしたのは二つ。その一つが出席するメンバーについてだ。

 当主であるミシェルは当然として、執事長、料理長、そして当事者である三男は出席して欲しいと願い出た。ただし三男については体調次第、こちらの要望外の他のメンバーの選定はそちらに一任と言う旨を添えてだ。

 結果は見ての通りミシェルと三男だけではなく、奥方や残りの子供が全員と勢ぞろい。流石に皆教育が行き届いている様で、平民であるこちらに対しても礼儀正しく接してくれた。

 三男だけは未だ体調が思わしくないので椅子に座ったままではあるが、それでも気丈に振る舞い挨拶をする姿はそれこそ教育の賜物だろう。


 続いてこちらの挨拶。

 自分はいつも通り……まぁこの辺はなんやかんやで貴族関連との付き合いが色々あったので、挨拶程度ならある程度の作法は学べていた。

 ドルンも相応にお偉方と会うことは今までもあったそうなので無難にこなしていた。

 そしてコロナとエルフィリアの両名だが、こちらは昨日の夜にある意味通信教育で仕込んでおいた。付け焼刃だがレディーヤ監修だから今回分程度ならば多分大丈夫だろう。

 まぁ問題があるとすれば……。


(そりゃそうなるよなぁ……)


 どう考えても長男と次男の視線がエルフィリアに向けられている。

 もちろん貴族の子息としてか注視するような感じではない。教育の行き届いている彼らの事だ、普段なら心では思っていても外ではおくびにも出さないようにしているのだろう。

 しかし自分にすら看破されてしまう程に目が動いているのが分かる。


(丁度思春期真っただ中の年齢だもんなぁ……)


 同じ男としてその行為自体は理解してしまうので、願わくばミシェル達にその事がバレないのと変に性癖が歪まない事を切に願う。

 なおついでに言うと彼らだけではなくミニアの視線もエルフィリアに向けられているし、護衛の人や使用人も言わずもがな。傾国のなんとかにならないことを祈るしかない。

 まぁそれはさておき……。


「オホン。さて、今日は立ち話のような話ではないしな。皆、席に着きなさい」


 ミシェルの咳払いと共に皆がそれぞれ動き始めた。

 この大広間は中央に大きな長方形型のテーブルが設置されており、それを挟んで向こう側にソーミン家、こちら側に自分たちが座る形になっている。

 中央の椅子にミシェル、そして向かって右側の席に順に奥方とミニアの女性陣が座り、反対の左側には三男、長男、次男の順になっていた。恐らく本来であれば長男が一番ミシェルに近い位置なのだろうが、今回は当事者なので変則的な順番なのだろう。

 そして彼らの近くには護衛と思しき人と執事長、また部屋の隅の方で料理長と使用人たちが立つ形になっている。


 対してこちらはミシェルの正面に自分、そして左側の席にドルン、右側の席にエルフィリアだ。それぞれ対面に同性を配置する形である。

 コロナは護衛の為今日は立ち仕事。自分の右後ろ、ちょうどエルフィリアの席との間から一歩後ろに下がった位置だ。


 そしてミシェルが声をかけ全員の前に紅茶が用意されたところで会談が開始される。


「改めて今日はこちらの呼びかけに応じてくれて感謝する。何でもこの子の件の原因を突き止めたとのこと。今日はその説明に応じて貰った形になるが相違はないか?」

「はい、その通りですね」


 まずは用向きに齟齬が無いか互いに確認。

 あちらの問いかけにこちらが頷きを返したところで、持ってきたカバンから封筒を取り出しテーブルの上に置く。


「これは?」

「はい、こちらは医療関係者の方に向けたアレルギーの資料です。王室医療団の方々がまとめてくれた第一報になります」


 どうぞ、と差し出すもミシェルは手に取らず、代わりに執事長が自分の後ろからそれを受け取り一度中身を改める。

 その後彼の手によってミシェルへと手渡されるが、やっぱり貴族は色々と気を使うことが多くて大変だなぁと思ってしまう。まぁ立場上仕方ないのは分かってるので特に悪感情を抱くような事ではない。


「ふむ……これを我が家の医師に見せても?」

「どうぞ。むしろ他の医者や神殿の方にも呼び掛けていただけると助かります」


 アレルギーについてそもそも知識どころか概念すらない。今回は三男が対象であったが、それこそ一般民衆でアレルギー持ちがいても何ら不思議ではない。

 この場合一番早いのはトップダウン方式……つまりこの街で一番偉いミシェルから情報を出してもらうことだろう。医療関係者だけではなく神殿へも呼びかけしてもらうのは、マザイ教を使ってアレルギーに対する知識を広めてもらいたいと言う狙いもある。


 その事を掻い摘んで説明すると彼は『なるほどな』と小さく呟いた。


「後日になりますが国の方から各領地に向けてこの情報は展開される予定です。お持ちした資料と内容については先行開示の形になりますね」

「……国に要請したのかね?」

「むしろ動いてもらえるよう女王陛下に進言しました。今回の件でアレルギーの概念そのものが無い事が分かりましたし、場合によっては命に関わる事ですから」


 こちらの回答に対し反応があるのは当然あちらの陣営。それも二つの反応だ。

 一つは国に要請したと言うことについて。これに反応したのがミシェルである。

 あくまで今回の件は貴族とは言え息子の件、見も蓋も無い事を言えばプライベートな話である。故に話がそこまで上に報告され、更には動いたことに対する驚き。

 もう一つはミシェルとミニア以外の面々が女王陛下へ進言したことに対する驚き。まぁこの辺はいつも通りと言えばそれまでだが、やっぱり王族と一般人の接点は普通皆無であると言う事が良く分かる。


 そんな中、やや驚いたままの奥方が恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。


「フルカドさん。息子の原因……その、あれるぎーなるものについて教えていただけますか?」

「えぇ。あ、でも自分は医療の知識はそこまでないので、あくまでかみ砕いた説明になります。詳細につきましてはお渡しした資料を元に医師の方にお尋ねください」


 奥方が頷き了承を得たところで早速本題へと入る事にする。

 まずやる事は……。


「ミシェル様。料理長に一つお願いして用意していただいたものがあります。持ってきていただいてよろしいですか」


 こちらからのお願い事そのニ。料理長にくだんの香草を用意してもらった。

 この事についてはミシェルも了承している。だが料理長はこの家で雇われている人、つまり主はミシェルであり自分が指示を出すわけにはいかない。面倒な手順ではあるが、彼に依頼してもらう形で例の香草を持ってきてもらった。

 テーブルの上に置かれたのは自分からすればぱっと見はよく分からない葉っぱでしかない。だがこれが此度の元凶でもある。


「アレルギーについてお話しする前に結論を先に申し上げます。こちらの香草がご子息が苦しまれる原因になった物です」


 その言葉にまるで信じられない物を見るかの様に、皆の視線がその香草に集中する。


「……つまり息子はこれを食べたことであの様な事が起こったと?」

「はい」

「ならばやはり原因は料理長であると、そう言う事か?」


 幾分かトーンの落ちた声。だがそれ以上にミシェルの声色からは圧が感じられる。

 料理長が幾分か肩を縮こませているのが見えたが、彼の為にもここは明確に否定をする。


「それは違います。まずはっきりと申し上げる点が二つ。一つはこの香草そのものは毒などではなく、正しく流通している食材です」


 香草については執事長と料理長の両名にすでに調べてもらっている。

 この領地ではあまり見かけないものだが(この辺はまだまだ物流の都合もあるため)少なくとも産出地では多く使われているものであった。

 今回の食材は仕入れ業者がたまたま持っていた為買い上げた物だったそうだ。今持ってきてもらったものは、その当時の余りである。


 そもそも毒であれば、あの日口にした全員……それこそ一家揃って同じような目にあっていないとおかしいと告げるとその場にいた全員が納得してくれた。


「そしてもう一つ。アレルギーは病等ではなく、平たく言えば"体質"です」


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