第367話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その5


「来たか」


 屋敷の二階の廊下。丁度敷地の門が見える場所から一人の男性がその光景を見下ろしていた。

 彼の名はミシェル=ソーミン。ミニアの父でありこの屋敷の主だ。

 ミシェルの視線の先には自分の邸宅の門柱があり、その目の前には自身が所有している馬車が止まっている。

 そして出迎えた使用人が馬車のドアを開けると、中から本日彼が招いた面々が降りてきた。


「彼で間違いないか?」

「はい、旦那様」


 ミシェルがそう問いかけると彼の隣にいた執事長が即座に返答をする。

 改めて彼らの視線の先にはきちんとした身なりの野丸の姿。執事長は以前あの格好で対面をしているため間違えようがない。

 そんな彼の周りには話に聞いていた通りの中々ユニークなメンバーが揃っていた。


「では彼らの案内は任せたぞ」

「かしこまりました」


 ミシェルがそう命を出すと、執事長は一礼しその場を後にする。そして彼は再度野丸を見ると、なるほど、と内心で呟いた。

 一言で言えば異質。無論ミシェルは野丸が異世界人であることも知ってるが、その異質さは異なる世界の住人だからと言う部分ではない。


 彼が調査の命を出したのは召喚間もない頃の事。最初に来た一報から『異世界人特有の情報はあるがこの世界では活かせない平民』と判断した。

 王城から出された後の情報は当時はとんと無くなっていたが、次に耳に入ったのは本家令嬢であるリヴィアが主催のお茶会。娘のミニアが付き従う形での茶会は幾度となくあったのでそれ自体は珍しく無かったが、その相手がクロムドーム家の令嬢であるシンディエラであること。そして彼女の婚約者がどういう訳かあの野丸であったことだ。

 何がどうなってボールド家の令嬢とその様な関係になったのかその時は不思議に思っていた。何せこちらと派閥が違うクロムドーム家ではあるが、あちらの当主であるボールドが彼の事を嫌っていたのは周知の事実。

 そんな彼が孫娘の相手として選んだのが何故彼なのかと本気で思ったが、どうやら何かあったらしくその後婚約は解消されている。しかしクロムドーム家との付き合いはその後も続いてるらしい。

 普通婚約解消ともなれば付き合いづらくなるものだがどうなっているのだろうか。


 どうなっていると言えば、一体どのような経緯を辿って彼が女王とも懇意にしているのが混乱に拍車をかける。

 異世界人として『国』に対して繋がりがあるのは分からなくもない。だが女王が即位したのは彼らが呼ばれた更に後の事。

 何か切っ掛けはあったにせよ通常その様な事はありえない。そもそも周囲は止めたりはしないのか。


 更に言うならばかの伝説の魔女と共に行動していたとも聞く。国が足取りを追うも全く見つける事が出来なかった彼女をいかなる手段をもって探し当てたのか。

 しかも弟子になったとのこと。ミシェルが集めた情報では身体能力は平凡以下、魔力に至ってはほぼ無いと報告を受けていた。弟子の一報が来てから再調査をしたが、多少マシになった程度とのこと。

 そんな折に王都近郊で模擬戦が開催されると言う話が舞い込んだ。ミシェル自身は出向くことが出来なかった為、使用人と戦いの心得がある私兵を数名調査に向かわせた。

 その結果は何とも要領を得ない話であった。動きが優れているわけでもなく、魔力もかなり希薄なのは今まで通り。では戦いの経験があるかと言うとそうでもなく、動きは素人に毛の生えた程度のもの。

 戦狼と言う彼に付き従う魔物を駆っていたものの、それ以外に当人の強さが見出せる要素はない。

 しかし不思議な武器を使い、魔法を幾度となく展開し、果ては木製とは言えゴーレムを木端微塵に吹き飛ばしたらしい。結果は明確であるが過程が全く不明すぎて何が起きたのか分からない、と申し訳なさそうに報告書を上げてきたのは今でも印象に残っている。


 そして現在。

 使用人に案内され門から敷地に入る彼らを見てミシェルは改めて思う。

 獣人、ドワーフ、そしてエルフの三人。足元にいる子犬のようなものが戦狼なのだろう。(何故か一匹増えてはいたが)

 そんな王国内どころか他国でもまず見かけない構成のメンバーを付き従えているのが何の変哲もない人間であると言う事実。周囲が浮いているが故に彼の存在が希薄になりそうな組み合わせ。

 特別な人間に近づく輩は幾度となく見てきたミシェルだが、特別な人間が集う人間はそういない。得てしてそう言う人間は当人が何かしら特別であるものだが、彼自身に何かしらポテンシャルがあるようには見えなかった。

 一般群衆に紛れたら見失いそうな青年。そんな彼が現在方々にツテを持ちえてる事実。


 興味はある。実際如何様な人物なのか。

 彼に会おうとした半分の理由はミシェルの個人的な理由。

 そしてもう半分がそんな人物が何故ソーミン家に力を貸してくれるのか。娘とは同じ茶会をしたと言うがそれも一度だけ、更に言えば本家のリヴィア嬢の都合で途中退席したきりだ。


 また女王とクロムドーム家との繋がりが強い以上ソーミン家の……それも分家でありこちらとの繋がりなど無いに等しいミシェルの家に協力する理由が分からない。

 故に直に会ってその人となりを見極めようと思ったのだ。


(……さて、こちらも準備をするか)


 興味や目論見はもちろんあるが、ホストである以上どんな相手だろうが粗相はしない。

 なにより末の息子の原因を特定した恩があるのだ。手を抜くわけにはいかないだろう。


 そう自身に言い聞かせその場を後にしようとするミシェルだが、一つだけ気になる事があった。


(しかし何故あの護衛の少女は不機嫌なのだ?)


 使用人全員に対し野丸一行の送迎には最大限の注意を払うように言っていたのだが何かあったのかもしれない。

 後で聞き取り調査を行おうと心のメモに書き込み、ミシェルは身なりを整えるべくその場を後にした。



 ◇



 ここで改めてマルチクロースとホログラムの服について説明をしよう。

 万能肌着でもあるマルチクロース。見た目は上下合わせると全身タイツのようではあるが、そこは科学の粋が詰まったオーパーツ。

 外見さえ気にしなければこれだけでも過ごせる程の代物である。


 そしてこれと合わせるのが外装用のホログラム。

 マルチクロースを覆うように様々な服を映し出す。しかもどういう理屈か分からないが、つまんだり引っ張ったりするとそれに合わせて服も伸び縮みするのだ。

 流石に触ってる感覚は無いものの本当に服を着ているように錯覚してしまいそうになる。


 一応欠点としては何か他のものを着ていると干渉してしまうことだろうか。

 例えば鎧を着こんでいる時に普段着のデータで起動したとする。その場合ホログラムの服は鎧の下に着込む形になるか、鎧の上から被せたようになるか、もしくは鎧が服から突き出した形のどれかになるだろう。

 現物を覆い隠すようなものではなく、あくまで上から着込むような形でしか使えないのだ。


 一応ある程度であれば自動補正は効いてくれるらしい。例えば半そでなど地肌が見えるような服の場合、下のマルチクロースが見えないように使用者の肌と同色のホログラムを展開する。

 僅かだが輪郭が大きくなってしまう点を除けばそこまで再現できるのは流石この島を浮かび上がらせていた科学技術だと驚愕せざるを得ない。


 さて、その成果と言うと……。




「コロ、いい加減機嫌直してくれないかな……。流石にその顔のままだと一緒に連れていけないよ」


 送迎の馬車から降り立ち目の前に見えるのは一等立派な屋敷。この街を治めるミニア達が住む邸宅である。

 そんな中、馬車の中から……いや、今の服になってからずっと不機嫌なコロナを何とか宥めていたが中々うまくいかない。

 理由は分かっている。それは彼女が着ている服だ。


 今回の会談にあたり全員がマルチクロースとホログラムの組み合わせの衣装を身にまとっている。

 自分は以前ミニア達とあった時に使った服。他三人はこの手に詳しいレーヌらによって選ばれたデザインの服なのだが、その服がある意味問題であった。

 まず当たり障りのないのはドルン。自分と似たような貴族風のスーツ仕立てなのだが、ドワーフである彼はその体型上厳つさが勝ってしまいどこぞの悪い集団のボスに見えなくもない出来栄えに仕上がってしまっていた。


 だがこれはまだ序の口。

 本題のコロナであるが普段のロングスカートから一転しこちらも自分と同じような服のデザイン。髪をポニーテールにまとめた彼女は男装の麗人といった風体……にしてはいささか可愛すぎるが、ともあれ女の子らしさとは真逆の恰好になっている。

 慌ててレーヌらに連絡を取ったところ、彼女は護衛だからこそその恰好なのだそうだ。むしろ「まさかドレス姿で剣持たせるの?」と返されてしまった。

 確かに今回の会談でコロナはこちらの護衛役だし、その為に唯一帯剣を許可されている。腰に佩いた"牙竜天星"がその証拠だ。

 普段スカート姿で剣を振り回しているから自分では違和感なかったが、流石にこの様な場ではドレスと剣の組み合わせは駄目なようだ。

 そう言った理由だったためその事をコロナに正直に伝えたところ、不承不承気味ではあったものの納得はしてくれた。


 だがその後事件が起こる。中々部屋から出てこなかったエルフィリアが皆の前に姿を見せたのだ。

 服自体はホログラムだから着替えに時間がかかることはない。遅いなと思っていたときにようやく部屋から出てきたのだが、彼女の姿はそれこそ令嬢が着るようなドレス姿そのものだった。

 薄黄緑色基調のワンピース型のドレスと言えばいいのだろうか。ところどころにフリルのような意匠やデザインが組み込まれたそれは単体ならばそこまで目立つようなものではない。

 しかし着込んだのがエルフィリアだけに彼女の持ち味を十二分に引き出してしまっていた。しかもよりによって胸の上部や谷間が見えるタイプである。

 一応言っておくとマルチクロースによって当然胸も覆われている為、今見えている素肌部分はホログラムである。試す勇気は無いが上から触ると布地の感触がするだろう。

 だがそれを知らない人からすれば見たままが全て。何より全部知っている自分達ですらそのことを忘れてしまいそうになる。

 付け加えるならば何かしら指示があったのか普段の目隠れストレートヘアーから一転、左右に梳いて分けた前髪に三つ編みを後ろで編み込んだ髪型であった。

 はっきり言おう。破壊力がヤバすぎて正直表に出すのが憚られるレベルに仕上がっていた。


 そして後は言わずもがな……。同じ女性としての対比で自尊心を傷つけられたコロナが拗ねてしまったのが事の顛末である。

 流石に今の見た目を可愛いと言ったところで焼け石に水どころかむしろ油を注ぎかねないのでひたすら宥めるしかなかったのだ。

 一応再度レーヌに連絡を取ったのだが、エルフィリアのドレスについては特にコロナに対し意地悪しよう等と言う意図はなかったとのこと。どちらかと言えば素材が良い彼女に対しいい機会だからと周りが興に乗った結果なんだそうだ。

 むしろ「そもそもエルフィリアさんと私じゃ体型が違い過ぎてアドバイスなんて出来ない」と逆に怒られてしまった。


 ちなみにポチとシロは赤いリボンと白いリボンをそれぞれ首に巻き付けている。おしゃれが出来て嬉しいポチとペアルックが出来て嬉しいシロの両名は上機嫌だった。

 こちらは見た目含め見ててほっこりするため平和そのものだが、残念ながら同じ犬耳を持つもう片方の相方は冷えっ冷えである。


(う~ん……)


 この状態では会談に支障が出かねない。不機嫌な理由が相手に向けられたものではないが、この様な表情をずっとするのは流石にダメだろう。

 ……うー、仕方ない。あんまこういうのやりたく無いけど……。


「コロ」


 軽く肩をつつき耳を貸してと小さくジェスチャー。

 何?と不機嫌なままだけどちゃんと言う事を聞いてくれるのは彼女の美点だろう。


「あのね、コロの可愛さは服装で左右されないのちゃんと知ってるからね」


 クッソこっ恥ずかしいセリフに顔の表情筋が即座に限界を迎えるが、それを意志の強さで強引にねじ伏せる。

 おかしいな、意思の強さを見せるのってもっと戦いの場であったりとかカッコイイ場面のはずなのに……。


「……本当?」

「ほんとほんと」

「……嘘ついてない?」

「ないない」

「……じゃあ今日は我慢してお仕事頑張るね」


 チョロい、とは言うまい。実際彼女が可愛いのは本当の事だし。

 しかしなんかなぁ……。御機嫌取りの為に言ってるようで若干良心が痛む。


 護衛として先に行くコロナの背を見送るとともに、何とか彼女の機嫌が直ったことに安堵するのも束の間。


「あの、ヤマルさん……。私はどうですか……?」


 こちらの脇を軽く突いて小さくそう尋ねるエルフィリア。だがその問いかけは前を行くコロナにも聞こえたらしく頭の犬耳がぴくぴくと動いている。

 顔こそこちらに振り向いてはいないが何か言おうものなら折角直った機嫌がまた戻りかねない。


「…………」


 思案する事数瞬。実際はもっと長かった感覚だが、あまりうれしくない培った経験がある答えをはじき出す。


「……(ぐっ!)」


 拳を握った状態から親指を立て似合ってると無言でジェスチャー。

 日本式のやり方だがはたして結果は……うん、何か顔赤らめてもじもじしてるので多分通じたのだろう。

 何とか乗り切ったと息を吐き再度安堵していると、後ろからポンとドルンに腰を軽くたたかれた。何も言葉は発して無いが、その目が『大変だったな』と同情の色を出している。


 ……いや、気づいてるなら手伝ってよ!と思わず出かかった言葉を何とか飲み込み咳払い一つ。

 出迎えてくれた使用人にやや不思議なものを見るかのような視線を向けられながら屋敷の中へと向かうことにした。



 ……しかし何で始まる前から疲れてるんだろうな、俺。




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今年1年ありがとうございました。

次回は1週空けて1/11予定となります。

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