第366話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その4


「しっかし"あれるぎー"だったか? 難儀な体質もあるもんだな」


 カタカタと小刻みに揺れる馬車の中。かけられた言葉に顔を上げると、対面に座っているドルンが腕を組みながら難しい顔をしていた。


「まぁ人によりけりだからね。自分達も知らないだけで何らかのアレルギー持ってるかもしれないし」


 手に持った資料を軽く振りながら、苦笑を浮かべつつドルンへとそう返す。



 ミニア達との話し合いからすでに十日。


 あの日、彼らから話を聞いた自分は三男が何らかのアレルギーでは無いかと疑った。そしてその事を聞いたのだが、残念ながらこの世界にアレルギーの概念は無いらしい。

 正確に言えばあの場にいた執事長達が知らないだけで医療関係者なら知っていたかもしれない。

 ともあれ可能性がある以上ミニア達からすれば藁にも縋る思いだったのだろう。その場で即座にこちらに何とかならないかと願い出てきた。

 

 その後中庭に一旦出て連絡を取ったのがメムだ。彼女は医療ロボットで今もレーヌの医療団と一緒に勤めている。

 今回の経緯を伝えたところ、彼女の見立てでもアレルギーの可能性が高いとのこと。もちろんあくまで可能性なので、きちんと診なければ流石のオーパーツロボットでも判別は不可能だった。

 そこで一旦話し合いを中断し王城にいるメムに会いに行った。目的は検査の為の準備だ。

 と言ってもそこまで大掛かりなものではなく、渡されたのはクーラーボックス程度の箱とジップロックみたいなビニール袋っぽいモノ。形状自体は見慣れているが、一応昔の技術で作られている全くの別物である。

 メムに頼まれたのはボックスには当時使用した食材の全てを入れ、ビニール袋には患者……つまりは三男の一部を入れる事だ。後者については髪の毛でも良いという事だったので正直ほっとしたのを覚えている。

 その程度で判別できるんだと思ったが、ともあれメムが出来ると言うのであればやれるんだろう。


 メムに礼を告げその足で再びミニア達の下へ戻り、彼らに借りてきたボックスを渡し経緯を説明。

 流石にどの様にしては自分でも説明できない為ボカしたものの、とりあえずは教えた物を集めてくれれば調べることは出来ると伝えた。


 そしてそこから彼らの行動は早かった。この件に対し一任されていた執事長、そして当時調理場を仕切っていた料理長の両名がこの場にいた事が幸いしたのもある。

 彼らは領地までの往復の時間も込みでたった四日で全てを用意しこちらに届けてみせた。宿にいた自分まで運んできたのは執事長であったが、終始表情を崩さなかった彼の顔に疲労の色が見えたあたりかなり無理をしたんだろう。

 検査結果がいつになるか分からなかった為、後日屋敷まで伝えに行くと告げ一旦彼には帰ってもらった。ただ流石にあの様子を見て後に回すのは憚られたためこちらも即座に行動を開始する。

 メムに約束を取り付け城内にて検査を実施して貰ったが、流石の科学力と言うべきかものの十数分で完了してしまった。


 そして検査の結果はクロ。

 食材に使用された香草の一つが彼にとってのアレルギー源であると判断された。


 その足で結果を待つ執事長にその事を伝えたところ、領地にまで是非とも説明をお願いしたいと請われ、こうして向かっていると言うわけだ。



「まぁ今回は招かれる形だから、道中は旅行気分で良いと思うよ」

「確かになー。宿も良いトコだし酒も上等なのばかりだもんな」


 からからと軽快に笑うドルンは今回の件について概ね満足しているようだ。

 対照的にやや落ち着いてないのが隣に座るコロナだろう。客人としての旅の経験があまり無いためか、ただ馬車の中で座ってるだけの現状はどうも手持ち無沙汰な感じを受ける。


「でも本当に良かったのかな。今回私達は何もしてないけど……」

「まぁ俺が言う前に向こうからご一緒にと通達があったんだから気にすることは無いと思うよ」


 旅費諸々全額向こう持ち。

 貴族からすれば四人+二匹程度の数日分など痛くもかゆくも無いのかもしれない。

 もしくはこの程度なんとも無いと言う度量を見せたいだけかも知れないが、ともあれ今はその行為に有り難く甘えておく事にした。


「それでヤマルさんが持ってる資料がそのあれるぎーの資料なんですよね?」


 そして続くようにエルフィリアが興味を示していたのが自分が読んでいた資料。

 この資料はソーミン家の医療関係者に向けたアレルギーの資料である。


「そだよ。と言っても俺も中身見せてもらったけど難しくてね……。これは向こうの医者向けにメムに作って貰ったやつなんだよね」


 そう、書いてあることは読める。自分でも分かる部分も無くはない。

 ただぶっちゃけると俺にとってはとても難しい内容なのだ。


 この資料自体はメムがこの世界の医療レベルに合わせ、そのメカニズムや現状取れる解決策を記したもの。

 ではこの世界の医療レベルが自分の知識より下回っているかと言われたら断じて否である。


 確かに今回の様にアレルギーについて知らなかった等、部分部分で自分の知識が上回る場面はある。しかしこの世界で医学を志しその道を歩んでいる人たちが自分より劣るなどという事は無いのだ。

 この資料は明確にそれを物語っている。王城の医療団と共にいたメムがこの世界基準のレベルで記した資料を自分がほぼ理解出来ていないのがその証拠だろう。


「ぶっちゃけ結果とその資料を届けるだけでも良かったんじゃねーのか? 歓待受けた手前言うのもアレだが、わざわざヤマルが出向く必要があったとは思えねーけどな」

「まぁその辺は向こうに何らかの考えがあったんだろうね。ただ俺としても結果渡してはいお終いはしたく無かったから丁度良かったかも……。まぁ流石にこうして皆まとめて呼ばれるとは思わなかったけどね」


 こちらの予想ではミニアや執事長に検査結果を説明し、それを彼らの家で伝えてもらう形で完了になると思っていた。

 しかしふたを開ければ当主直々の呼び出しである。


(普通に考えたら自分に対しての顔合わせみたいなもんなのかなぁ……)


 向こうの思惑でパッと思いつくのがその辺りだろうか。

 何の因果か方々に顔見知りが多く、繋がりと言う部分ではこの国屈指にもなってる自覚はある。そんな人間が一介の冒険者として割とその辺を出歩いているのだから接触しやすい部類なのも分かっている。

 でもこの辺は貴族界隈は元より、神殿関係でもけん制し合ってそうなのが何となくであるが感じ取れていた。確信は持てないのだが多分あれやこれやの力が見えないところで働いているのだろう。

 そんな中、自分から近づいてきたのであれば大義名分は十分に立っている。呼び出したところで話の延長になるだろうから茶々は入れづらい。


 ……なんて考えは所詮は自分の中での浅知恵でしかない。

 どうせ考えても正解なんて無し。流石に今回の件で向こうがバカなことをやるのはまず無いだろう。


「あ、見えてきたね。あの街かな」


 そんなことを考えていたら隣のコロナから声がかかる。

 そちらを見ると馬車の窓に備え付けられたカーテンを捲っている彼女の姿。そしてそこから見える街並みが無事目的地に着いたことを告げるていた。

 王都からゆっくりと馬車に揺られる事三日。久々の旅だったせいかようやくと言った感じではあったものの、ミニア達が先に待つソーミン家の邸宅がある街である。


「会談は明日だっけか?」

「そうだね。確か宿が用意されているらしいから今日はそこで一泊して、明日の午前中から会談だね。一応皆も招待されてるから今回はちゃんと出てもらうからね?」

「分かってる。流石に飲み食いするだけして出ないなんて真似はしねぇよ。服も用意してもらったしな」

「まぁその辺りはメムやレーヌ達に感謝しないとね」


 自分と同じマルチクロースとホログラムの組み合わせが追加で三人分。自分の服のデータはそのままだが、他の三人についてはレーヌやレディーヤ、それに他のメイドや王室騎士の人の意見が多分に取り入れられたものだと聞いている。

 この目で確認はしてはいないが確認したところで良し悪しなんて分からないし……まぁ多分大丈夫だろう。

 流石に自分達とレーヌだけの場ならともかく、他の貴族が関わるような場で変な衣装を着せるとは思えない。それに何よりレディーヤがいる以上はレーヌが仮に変な事をしても間違いなく止めてくれる。


(まぁともあれ全部明日だな)





 ……なお翌日、服のデザインを確認しなかったことを激しく後悔することになる。



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