第365話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その3


(ふ~むぅ……)


 執事長が一通り語り終えたため一旦休憩となった。

 彼と料理長によって出されたお菓子やお茶は、流石貴族家に仕える中でも長の名を冠するだけありとても美味しい。

 それらを口に含むと体が自然とリラックス状態になるも、問題は何一つ解決していないため改めて気を引き締める。


(とりあえず話を思い出しながらまとめてみるか)


 まず最初に執事長が語ってくれたのは今回の話の概要だ。

 大よそのことはミニアが話してくれれてはいたが、流石に年端も行かない子であるため彼女の話はあくまで大筋でしかなかった。なのでまずはそこから情報を共有してほしいとこちらが願い出たのだ。


(まず事件の起こった日や結果自体はあの子が話した通りだったな)


 ミニアの弟である三男が食事中に吐いて倒れた。一命は取り留めたものの今も食事に対しては抵抗を見せている。そして犯人は見つかっていない。

 ここまでは自分が聞いていた通りだ。


 そして執事長からは更に詳細な情報を得ることが出来た。

 当時、ミニアの父……つまり当主は貴族家の主らしい手腕を存分に発揮した。

 即座に全員の食事を中断。同時に三男に対する治療と原因調査、そして犯人の特定へと乗り出す。もちろん息子は心配であったろうが、家長としてこれ以上同様の事を起こしてはならないと思ったのだろう。


(それで真っ先に疑われたのが料理長。まぁ普通はそうなるよなぁ)


 食事時に吐いて倒れたとなれば、当然最初に疑うのは出されていた料理だろう。

 衛兵を引き連れた当主が調理場へ出向き、そして料理長含めスタッフ全員をあっという間に制圧。呆然とする調理場の面々に動かぬよう指示を行い、調理場をそのまま保全することに成功する。


 そして運ばれた三男の治療と並行して原因の調査を行った。

 医者は元より、毒などに詳しい識者(多分……いや考えない事にしよう)、更には魔術的観点からもお抱えの魔術師など多方向から特定をしようとした。

 だがそれらはどれも空振りに終わる。


 まず三男を含めた一家全員分の料理に毒の痕跡はなく、更には調理器具や調理場に残されてた料理(使用人の賄いらしい)からも何も出なかった。

 料理長自身もそんなことは身に覚えはなく身の潔白を主張。当然ながら部下のスタッフや配膳の使用人も含めその様な事はしていないと訴えた。

 料理長自身は当主が代替わりする前から仕えていたため信頼は厚く、また毒等の細工が無い事が証明されたためクビを言い渡されることは無かった。

 ただし原因が依然不明の為、現在は現場を任されることは無くなっているらしい。だからこそこうしてこの場にやってこれたとも言える。


(調査結果については俺からは何も言えないしなぁ。科学的な手法なんて出来ないし、魔法や毒なんてそれこそさっぱりだし……)


 ついでに言えば呪いも調べたらしいがこちらも空振りだったらしい。

 非科学的な手段使われたら完全に門外漢なのでその結果を信じるしかない。


(これが二つある内の一つ目の問題。どのような手法を用いたのかが分からない、か)


 毒か魔法か呪いか、はたまた全く未知の手法か。

 三男が害されかけたと言う結果はあれど、その過程がすっぽりと抜け落ちている。その為これ以上原因を追うことが難しくなっているらしい。

 無論今も聞き取り調査含め色々やっているそうだが、どれもなしのつぶてだそうだ。


(そして二つ目。何故三男が狙われたのかが分からない、と)


 いわゆる動機と言うもの。先の手法と合わせてコレが特に分かっていない。

 執事長は自分は元より使用人一同全員今から言う事は微塵も思っていないと前置きをした上で次のように語った。


 まずミニアの家はシンディエラ達とは派閥が違うソーミン家の分家である。この辺りは立場的にフレデリカ一家のようなものだ。

 そしてこのソーミン家はクロムドーム家と水面下で対立するぐらいには大きい家柄でもある。


 分家とは言えその名に連なる者である以上、彼らの命の重要度は高い。しかしその中でも明確な上下は存在する。

 例えば分家のミニアと本家のリヴィア、どちらが大事かと言われれば当然後者となる。無論これは人柄や家族の情などを廃した立場的に見ての位置付けだ。


 そして分家であるミニアの家族だけに絞っても当然順位は存在する。

 貴族的に見るのであればまず真っ先に当主である彼女の父が一番重要であり、そして次期当主である長男が続き、その次に長男に何かあった際の次男となる。

 女性であるミニアや彼女の母親、そして末の息子である三男はそこまで重要視されない。


 しかし今回被害にあったのがその三男だ。

 例えばこれが当主や長男であればまだ動機も分かるし犯人も絞り込みやすくなる。次男だとしても後継者争い……なんて線も出てくるかもしれない。

 念のために言うとこの一家は奥方は本妻一人だけであり、また後妻もいないため兄弟全員は正しく当主と奥方の子だ。よくありそうな妾の子どもが~、みたいな線はまずないだろう。

 そもそもミニア自身、兄弟仲は良好であると言っている。


(三男を狙った動機かぁ……)


 単純に嫌がらせであったりダメージを負わせたいだけか、と思わなくも無いが、だとしてもここまで大掛かりなものを仕込むだろうか。

 もう少し緩い感じでやるなら分からなくはない。しかし今回この様に大騒ぎになっているし、なにより当主であるミニアの父親が全力で犯人探しに躍起になっている。

 これが当主や長男を狙ったものであればリスクを負ってでも……となるかもしれないが、ターゲットが三男になっていることが混乱に拍車をかける。

 要するにリスクとリターンが全く釣り合っていないのだ。


 いや、ある意味リターンは取れているのかもしれない。

 三男は元より、他の人間も食事に対しどうしても臆病にならざるを得なくなっていた。

 手法が分からないという事はまたどこかのタイミングで同じことが起こるかもしれない。そうそう起こる事ではないという事は頭では分かってはいるが、防ぐ手立てすら確立できていない以上はどうしても不安はつのる。


 現に三男に至っては食事に対して拒否反応すら示している。

 このままいけば遠からず彼は食べることをやめてしまうかもしれないそうで、その光景を見ているミニアはとても心配しているようだ。


(う~ん……)


 とりあえず問題は大よそ分かった。

 そしてこの二つの問題を俺が解決……ではなくて!


(俺なりでの視点だっけか……)


 もちろん最上は問題解決だが、彼らが求めているのは通常の方法や視点ではない自分ならでは……つまり異世界人、日本人としての考え。

 この世界の真っ当な手段はすでに講じられている。となれば今の話に出てこなかったところで疑うべきところは……。


「…………」

「フルカド様、どうかされましたか?」

「あ、いえ」


 うーん……どうしよう。正直悩む、これについて聞くべきだろうか。

 話を聞いて一つだけ、自分の頭でも知っているある可能性。でも俺が知ってる事なんてそれこそよくて家庭の医学程度のこと。

 医者にすでに診せた後だし今更……いや。


(聞くだけならタダだもんね。外れても恥かくの俺だけだし)


 出来ることはする。やれるべきことは全部試す。外れたらそんときはそんときだ。


「すいません、ちょっと聞きたい事が……」



 ◇



「じゃあ今から行くからよろしくね」


 宙に浮いたコンソールを閉じ、ふぅと一つ息を吐く。

 自分だけでは今一つ自信が持てなかったので専門家に確認を取ったところ可能性は高いとのこと。ただし話による状況証拠だけでは確実な判断は下せないそうだ。


 ただ検査は出来るそうなので今からはその準備になる。


「あの……お話は御済みになりましたか?」


 おずおずと言った様子でそっとこっちに近づいてきたミニア。

 今は彼女に少し頼み屋敷の中庭へ案内してもらった。流石に良く分からない人たちの前で通信を行うことは憚られたし……。

 一応彼女らには人には見せづらいナニカと使ういう事で納得してもらった。貴族の関係者はこういう時に何も言わずとも察してくれるのは正直ありがたいと思う。


「うん。準備の為に一旦離れるけど、多分二時間ぐらいで戻ってこれると思うよ。執事長さんたちに渡す物あるからちょっと待たせると思うけど……」

「はい、お待ちしております。私達の為に感謝していますので、ヤマル様もどうか道中くれぐれもお気をつけてください」


 街中だから大丈夫と思うが、心遣いそのものは嬉しいのでありがたくその言葉を受け取っておく。

 そして一旦部屋に戻り執事長らに断りを入れそのまま屋敷を後にする。


「ポチ、シロ。付き添いよろしくね」


 玄関先で大人しく待っていた二匹に声をかけ敷地から出て目的地を見る。その視線の先にはもはや見慣れたこの国のシンボルでもある王城。

 幸いにも立地の関係上ここからさして遠くない。そして現在の自分はアポなしでもある程度は中に入れる立場にある。

 とりあえず合流して物を受け取ってと頭の中で今後の算段を組み立てつつ、一路王城へと向かうことにした。



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