第363話 閑話・ある貴族の毒殺事件? その1


 それは珍しく一日何も予定が無い日のことだった。


 魔石関連の商談も大よそまとまり、そして召喚石を預けているウルティナからは『ちょっと手を焼いちゃってねー』と連絡があり数日いなくなるとのこと。

 彼女が手を焼くほどの事なんて何かよっぽどの事があったんだろうなぁと思ってはいたが、まさか文字通り"手を焼いた"ことを後日知ることになる。


 それはさておき。


「それで俺に相談なんだって?」


 豪奢な室内で紅茶の香りを楽しみながら、目の前の少女たちにそう声を掛ける。


 事の始まりは宿でのんびりと過ごそうとしてたところにやってきたのはクロムドーム家の従者と名乗る者の来訪であった。

 彼が自分宛に持ってきた手紙を受け取り中を見ると差出人はシンディエラ。

 几帳面で丁寧な文面の手紙を読むと、内容としては相談事がありそれについて自分の力を貸して欲しいとのこと。ただし相談内容については色々と混み合った事情があるため手紙では書けないから一度会って欲しいらしい。


 そして時間もあり、なにより折角頼ってきてくれたのだからクロムドーム家の別邸へと向かうことにした。


 ……ちなみにコロナ達はいない。意地悪ではなく相談事の内容的に自分以外には遠慮して欲しいとのことであった。

 中々重い内容なんだろうなぁと不安になりつつも念のためポチとシロを従えて向かうことにする。



 そして屋敷の一室に通され現在に至る。


 テーブルを挟んだ正面のソファーにはシンディエラとフレデリカが座り、その後ろには彼らの付き人であるセバスチャンとドレッドが直立不動で佇んでいた。

 そして右側に視線を向けるともうひとり、見知らぬ……ではなく一度だけ見たことのある少女。

 以前シンディエラの婚約者騒動のお茶会の際に相手側の方にいた子だ。確か……ミニアだったかな。

 シンディエラにフレデリカがいるように、あの時敵対?していたリヴィアと一緒に来た子である。


「えぇ、そうね。その前に……」

「ヤマル様、お久しぶりです。こうして言葉を交わすのは初めましてですね」

「うん、久しぶりだね。あー……お久しぶりです、がいいのかな」

「別に気にしなくて良いわよ。あの時のお茶会みたいにギスギスしてるわけじゃないし、気軽にいきましょう」


 シンディエラの鶴の一声でとりあえずはプライベートな場であると言う宣言がなされた。

 堅苦しくないのは個人的にはとてもありがたい。正直貴族の場って堅苦しくて肩が凝るし……。


「お嬢様、ヤマル様の隣に座りたいです」

「まぁ薄々気づいているかもしれないけど、相談事って言うのは私達ではなくてミニアさんからよ」

(スルースキル高い……)


 フレデリカの言葉をまるで聞こえないかの様に振る舞い淡々と話しを進める。

 隣で頬を膨らませるフレデリカであったが流石にそれ以上は何も言わず、代わりに話を促されたミニアがゆっくりと口を開いた。


「今からお話することは他言無用でお願いします。我が家の恥でもありますが、事が事なので……」


 内容を聞く前から予想通り重い話だなぁと思いつつもそれを了承。

 首を縦に振り肯定の意味を示すと彼女は相談内容を話し始めた。


「実は我が家で以前毒殺未遂の騒ぎがありました……」

「毒殺……? 物騒な単語だけど貴族世界ってそんな普通にあるものなの?」

「無いとは言わないけど今回はちょっと分からないのよ。まずは話を聞いてくれる?」


 シンディエラに問うと答えは得られたものの嗜められたため、まずは言われた通り話を聞くことにする。

 そして語られるのは次の通りだ。


 まず前提としてミニアの家族構成は両親と四人兄弟。子どもは上から十六歳の長男、十四歳の次男、十一歳の長女であるミニア、そして八歳の三男だ。

 今回その毒殺未遂の被害者になったのが末っ子である三男である。


「親子仲、兄弟仲は良好です。それなのにあんな……」


 当時を思い出してかソニアの表情が陰っているのが自分でも分かる。

 弟だし彼女の言う通り仲が良いのだろう。それが殺されかけたともなれば無理もない。


「家族で夕食を取っていたときでした。急に弟がご飯を吐いて倒れたんです」


 その後の事はもはや言うまでもない。

 急病、毒。貴族である当主の父は即座にあらゆる可能性を考え息子の治療と原因調査を行った。


 何を行ったかの詳細については彼女に教えられはしなかったものの、結果として弟の命は助かった。

 しかし原因についてはいまだ不明であり、犯人が捕まった話も聞かない。


 そんな状況では安心して食事をとる事も出来ず、特に弟は食べる事に対して強い抵抗を見せるようになってしまった。

 現在は病人ではないかと思う程やせ細ってしまっているそうだ。


「……ヤマル様は様々な知識を有しているとお聞きしました。それこそ私たちが知らない事も色々と。お力添え……お願いできないでしょうか」


 まっすぐ向けられるうるんだ瞳はまさにわらにでも縋る気持ちであるのがありありと感じられる。

 身内の恥、と彼女は言うが、そんな家のごたごたなど本来他の人間に話すことではないだろう。それも一度しか会ってないような、まして貴族でもない自分に……。


「……俺、医者でも毒に詳しいわけでもないよ?」

「はい。すでにお父様が専門の方々に指示を出しましたが何も無く……。ヤマル様の専門外の視点でお願いしたいのです」

「……分かったよ。ただあまり期待はしないでね」

「ありがとうございます!」


 こちらが了承すると、ぱぁっと花の咲いたような年相応の笑顔を向けるミニア。

 視界の端ではやや頬を膨らませてるフレデリカが見えたが気づかないことにしておく。


「それとやるに当たって一つだけお願いがあるんだけど……」


 これだけは彼女にやってもらわないといけないため、こちらの考えと共にそのお願い事を伝える。

 その話を真面目に聞いていた彼女は話を聞き終えると力強く頷き、即座に行動を開始するために中座しこの場を後にしていった。

 彼女が去っていったのを確認し、シンディエラがこちらを窺うような目で口を開く。


「断っても良かったのよ。前の件だってあるでしょう?」

「二人が断らない時点で前の件はもう終わった事なんでしょ。まぁ頼ってもらってるのに断るのも、ね?」


 流石に子どもに頼られてごめんなさいはカッコ悪いもんなぁ……。


「断れるようにならないと苦労するわよ」

「お嬢様、そこがヤマル様の素敵なところですよ」


 そこからしばらくはフレデリカによるヤマル特集が開催されたが……うん、あれだな。

 誰の事を言ってるんだろうというぐらい褒めちぎられると羞恥が半端ないなと実感する羽目になった。


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