第362話 憑依
レイスは自身が憑依した生物の魂を歪める。もちろん歪める程度の差は存在する。
例えば憑依した肉体の持ち主と波長が合えば大きくなるし、魂の抵抗力や精神力が低ければ効きも強くなる。
その点最後のレイスの魂が選んだこの肉体の持ち主……古門野丸の体は彼にとっては博打も良いところであった。
まず波長があまり合わない。これでは能力の利きは落ちるし、最悪憑依自体が解けてしまう可能性もある。
だが驚くほどに抵抗力が少なく、精神的な防御方法も無いのか先の波長の件と合わせ総合的にはトントンと言ったところ。総評で言えば『普通』だろう。
そして環境。
まずこの肉体はこの世界基準で言えば貧弱である。気をつけねばいつ命を脅かされるか分かったものではない。
半ば忘れてしまったはずの最初の肉体と同じぐらいだろうかと思えるほどであった。研究職であった当時のレイスの肉体もそこまで身体能力がある体では無かったため、ある意味懐かしく感じてしまう程であった。
更に言えばこの体の持ち主はあのウルティナやマティアスと言うレイスにとっては不俱戴天の仇と言えるほどの人物と知り合い……いや、それ以上の関係である。
近しい以上当然遭遇率は飛躍的に高まる。つまりレイスにとってすぐ側で死神の鎌を素振りしているような危険人物が徘徊してるようなもの。
にもかかわらずこの宿主を選んだのは理由がある。
まず前の宿主、つまりソールの立場から現在の野丸の行動はあらかた把握できていた。
彼はあまり行動を隠すタイプではないためその点に関しての情報は集めやすかった。折しも異世界からの召喚者であるため、監視を付けることに対して他の貴族から不審がられなかったのも追い風となった。
そして把握できない場所についてはレイスが自身の知識で補完出来た。
例えば神の山に行った件は中央管理センターに赴いたという事。そして他国へ一瞬にして行き来した『転移門』を使用したという事。
それはつまりかなり上位の……もしかしたら管理者権限を有していることに他ならない。
あの施設はレイスにとって使用したい機材が全て揃っている宝の山。
長年在野に潜伏し"あの機械があれば"、"この材料があれば"と願った事は数えきれないほどあった。それが扱える立場にある野丸と言う男は、レイスからすれば待ち望んだ人物である。
だがこれだけではかの性悪魔女にバレる可能性もある。
何せここ最近、自分を除く他のレイスからの連絡が途絶えた。そして折しも魔女と魔王のあの最悪コンビが世界各地で散見されていると言う情報も入ってきている。
つまり魔の手は確実に伸びてきている。今はまだバレてはいないが、いつ何時見つかるか分かったものではない。
それが例え彼らに信頼されている野丸の中であったとしても。
もはや世界のどこに逃げ場などないとレイスが考えていたその時、新たな情報が彼の下に入った。
なんと野丸が自力で召喚石を作成したと言うのだ。
国内で十数個あるとは言え、一つにつき異世界人を一人呼び寄せるこのアイテムは当然国宝に指定されている。元々召喚直後から野丸が欲しがっていたと言う話は聞いていたが、易々と手に入る代物ではない。
だが彼はやってのけた。どのようにして手に入れたかは問題ではない。
そしてひとつの推論がレイスの頭に浮かび上がる。
確証があるわけではない。ある種の賭けと言ってもいいだろう。
だがそのリスクを負うだけの魅力のある推測。
召喚者が戻る時、同じ体に居れば自分もその世界に飛べるのでは?
そもそも自分を含む異世界からの召喚者たちは魂や肉体ごとこちらの世界にやってきている。
ならば同化している現在ならば古門野丸の元の世界に逃げることが可能ではないか。
いかに世紀の大魔女と呼べるウルティナと言えど、異なる世界を行き来する能力は無い。
むしろそんな力があれば、彼女ならとうの昔にこの世界から消え様々な世界を渡り歩いているだろう。
つまりそれはウルティナから逃げ切れる唯一の手段でもある。
そして逃げ切った後は向こうの世界で野丸の魂を好き放題にしてしまえば良い。彼女らの庇護下から離れたこの肉体の持ち主を御すのはそう難しい事ではないのだ。
ただしその場合、中央管理センターの機材や研究結果を全て破棄することになる。向こうの世界でまた一からのスタートになるが、それを差し引いてもウルティナから逃げ切れると言うのはあまりにも魅力的だ。
とは言えここまでの考えは全て上手く事が運んだ場合のこと。
憑依した直後の現段階では彼に対しどこまで能力が効くのか把握しきれていない。
なのでレイスはテストも兼ねて自身の能力を使用することにした。無論派手に動いてしまうと妙に勘の鋭いあの女にバレてしまう可能性は十分ある。
あくまで日常の範疇内で、かつ野丸が普段しなさそうなことを行わせることで、レイスは自身の能力が正しく発動しているのか試すことにした。
その結果……
◇
「ポチもシロも人の頭の上で暴れないのー」
魔術師ギルドからの帰り道。
周囲の人に微笑ましいものを見る視線を向けられながら目線を上へと向ける。
流石に見えはしないが、現在進行形で人の頭の上で子犬……もとい子狼の二匹がわちゃわちゃしているのは十二分に感じ取れていた。
元々ポチは自分の体の上に乗るのは好きだった。それは日常的な事もあるが、それ以上に自分に対し親愛的な好意を寄せてきているからだ。
しかしここに来てシロまでもがよじ登ってくるようになった。
彼の場合単にポチがベタベタしていることが面白くないと言う意味合いもある。ただ更に追加理由として頭の上に乗る事で、自分の方が上の存在であるという事を感じたいらしかった。
ただしこれは明確は反意とかではなく、いわゆる子どもの一番になりたいと言う感情。
当然シロと契約をしている自分はその事が分かっているので好きにさせているのだが、当然ポチはそれを良くは思わない。
結果人の頭の上でわちゃわちゃ動かれ、最終的に両肩に乗せるのが最近のお決まりになっていた。
そんなやや騒がしくも慣れ始めてきたやりとりを交わしながらいつもの宿へと無事到着する。
中に入り丁度いた女将さんに軽く挨拶を交わし借りている部屋がある二階へとあがると、偶然部屋から出てきたエルフィリアと遭遇した。
「あ、ヤマルさん。お帰りなさい」
お仕事お疲れ様です、と労いの言葉と共に彼女がこちらへとやってくる。
「……もしかしてちょっとお疲れですか。商談が上手くいかなかったとか……?」
「ううん、そんなことないよ。まぁちょっと気疲れすることがあっただけで……」
まぁあの貴族とは以後会うことはないだろうと思っていると、ふと視界に入るエルフィリアの顔。
相変わらず前髪を降ろした目隠れ状態。前にも少しだけやったけど、前髪を分けるだけでもっと可愛くなるのに勿体ないと思う。
「んー」
そのまま右手を伸ばし彼女の前髪を軽く横にずらす。すると何度か見た翡翠色の瞳が露わになる。
「…………ふぇ!?」
ようやく視界が開けたことに気付いたのか、彼女にしては珍しい声量で驚いていた。
別に初めて見るわけじゃないんだからそこまで驚かなくても良いと思うんだけど。
「やっぱりエルフィはこっちの方が可愛いと思うよ。そろそろ頑張って慣れてみない?」
「か、可愛っ?!」
顔を真っ赤にして慌てるエルフィリア。でもエルフの村から出てそこそこの時間は経っている。
そろそろ自分が村以外ではモテる部類の人間だと自覚しても良いはずなのに……やはり性格的な部分でどうしても踏み出せないのかもしれない。
……あ、そうだ。
「エルフィ、ちょっとじっとしてて」
「え、ぇ、え……?!」
困惑しつつもちゃんと大人しくしてくれてるのは彼女の美点だと思う。
そして前髪に触れていた右手を更に横にずらし、エルフの特徴的な長耳に手を伸ばす。
「んっ……!」
耳に触れた瞬間ぎゅっと目を瞑り肩に力を入れるエルフィリア。
と言うかその声色は誤解を生みかねないためちょっと自重して欲しい。
(うーん……やっぱ人間の耳と違うんだなぁ)
流石に手荒に扱うことは出来ないのでなるべく優しく触れその感触を確かめる。
彼女と出会ってから一度は触ってみたいと思っていたエルフの耳。これまで機会は何度もあったが、
正直なところ形が違うだけで人間の耳と同じかもと思っていたが、いざ実際に触ってみると少し違っていることが分かる。
全体的に外に出ている部分が多い為か若干人の耳よりは硬めと言えばいいだろうか。でも硬質かと言われたらそうでもなくちゃんと柔らかくて……うーん、例えが難しい。
ただ手触りはそこまで悪くない。何かずっと触っていたくなるような感じさえする。
「あーーーーーー!!!!」
そんなことを考えていたら廊下に響き渡る聞き慣れた声。
発生源を見るとこれまた部屋から出てきたであろうコロナがこれでもかと言うぐらいにこちらに向けて指をさしている。
「ヤマル何してるの!」
ズンズンと言う表現が服を着て歩いているかのように大股歩きでこちらへと詰め寄ってくるコロナ。
と言うか彼女は何故あんなに怒っているんだろう。別に疚しい事なんて何もしてないのに。
「いや。エルフィの耳ってどうなってるのかなーってちょっと思って」
「だからってエルさんのふひゃう?!」
そう言えばコロナの耳もしっかりと触ってなかったことを思い出し彼女の耳を軽く摘まんだ。ちょうど目の前で揺れていたし。
風呂上がりのブラッシングは何度もやったが、こうして直接触るのは初めてか? いや、そう言えば前に一回だけ頭を撫でた際に手に触れたかもしれない。
「んー、ポチ達とは違うんだね」
ポチは魔物のせいか、はたまた狼のためかモフモフではあるのだがやや毛が太い感じがする。
対するコロナはさらさらふわふわと言うか……んー、この辺は獣人だから髪の毛の影響も受けているのかもしれない。
普段からこの辺の触りたい欲はポチらで解消しているんだけど、いやはやこれは中々……。
「あ、ヤマル……その、あんまり強く……」
「ならこれぐらい?」
「はふぁぁ……」
触る力を緩めなぞるように触れると何か惚けるような声をあげるコロナ。
散々ポチを撫でまわしてたせいか、自分の動物触れ合いレベルも彼女に効くほどになったのかもしれない。
「あ、ならこれはどう?」
「あふ……ふぁ……」
右手で耳に触れたまま左手でコロナの顎の下を撫でると予想通り気持ちよさそうな表情を浮かべていた。
以前のフリスビーの件もあるし、人ベースとは言えやっぱり犬の遺伝子もしっかり残っているようだ。
そんなこんなでうりうりと撫でまわしていると目端に彼女の尻尾が左右に大きく揺れているのが見えた。
そう言えばこっちもちゃんと触った事無いなーと思い出し、耳に触れていた手を背中に回すように伸ばしてそっと触ってみる。
「ひぁっ!?」
一瞬だけビクリと震えたものの、以後は大人しくこちらの手を払うような仕草は見受けられなかった。
なので触り続けても良いと判断し尻尾を撫でまわしていくが、手のひらに残るもふもふ感が耳の比ではない。
ずっと撫でまわしていたくなるような感触。依存性が出ないかやや不安になるが、それを押し留める程の感触に手を止めることが出来ない。
「ヤマル、だめ、そこ……」
気づけばコロナはこちらの胸に顔をうずめ、両手で服を握っていた。そしてゆっくりとこちらを見上げるその表情は頬を赤らめ、目にはうっすらと涙を浮かべている。
流石にやりすぎたかなと思い後ろ髪引かれるながらも尻尾から手を離すと、コロナは安心したのか大きく息を吸いゆっくりと吐き出していた。
「ちょっと調子乗りすぎちゃったかな。二人ともごめんね」
「あ、いえ、その……大丈夫、です……」
「うん……ちょっとびっくりしちゃったけど、嫌じゃないし……」
軽く謝罪をすると二人は快く許してくれたようだ。
あまり嫌な感じは与えてなかったみたいだし、また今度機会があれば触れてみることにしよう。
今回は断りを入れずに急に触ってしまったので二人に驚かれてしまったが、次回はちゃんと事前にお願いしておけば多分大丈夫だろう。
「それじゃ荷物を部屋に置いてくるよ。その後皆でお昼食べに行こう」
時間的にもお昼前だし丁度いいだろう。今日はドルンも宿にいるはずだから声を掛けたら出てきてくれるはずだ。
この後の予定を軽く頭の中で立て、ひとまず自室へと戻る事にした。
◇
(…………なぜだ? 欲望のタガをかなり緩めたがあの程度なのか? それとも理性が強い……うぅむ……??)
なお野丸の中にいるレイスが自身の力について疑問を持ち始めてしまうが、それはまた別のお話である。
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