第361話 邂逅
「久しぶりだな」
思わず『うぇ?!』と言いそうになったがその言葉を寸でのところで何とか飲み込む。正直声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
目の前に現れたのは貴族風の……と言うか貴族の男性。
彼は過去に一度だけ会った事のある人間。名も知らぬ男だが自分の記憶ではあまり良くない意味で印象に残っている人物。
「あら、知り合いでしたの?」
「なに、一度顔を合わせたことがある程度の間柄だ。とは言えここで会うとは思ってもみなかったがね」
そしてその男性と話すのは魔術師ギルドのギルドマスターのマルティナ。
そう、ここは魔術師ギルドの応接室。
現在採掘真っ最中の魔石について、マルティナに加え購買の人や調達の人を交えて正式な商談をすると言う話だった。
近く魔石の第一陣が運ばれてくるので今日は商談の第一弾。現物が無い為概算になってしまうが、それでも量が量であるためかなりのお金が動く案件である。
そのため何回かに分けて話し合うことになっていた。
……のだが、何故この男がここにいるのだろうか。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。ソール=ヴィニエットだ」
「ヴィニエット様は魔術師ギルドに融資していただいている方なの。その代わり私達は優先的に魔道具を卸したり色々させていただいているのよ」
なるほど、パトロンってわけか……。
確かに今回換金するにあたり当然大金と呼べる程のお金が必要になってくる。魔術師ギルドにどれほど予算があるかは不明だが、降って湧いた今回の話に全てをつぎ込むことは出来ない。
職員の給料に始まり施設の維持費、諸経費その他諸々お金がかかる場所は言い出したらきりがない。今回の魔石についてもそう言った事に対する予算は当然あるだろうが、一度にこれほど大量となれば話は別。
そのためパトロンがいるなら呼ぶのは分からないでもないし、この場に同席するのも理解はできる。
ただどうしてもこう思ってしまう。何故この男なんだと。
「顔に言いたい事が出ているがそう身構えるな。あの時の事は仕方のないことだろう? こちらとて領民を守る立場故、疑わしき者に目を向けるのは当然の事だ」
言わんとしてる事は分からないでも無いが、だからと言って水に流せと言われたとして「はいわかりました」と言えるわけもない。
何故ならこの男、現状自分が持つ中でも印象があまりよろしくない。むしろ悪い側にかなり傾いている。
「安心したまえ。もう君の事は疑ってないよ」
「疑う……?」
「あぁ、こちらの話だ」
なんでもないとマルティナにそう示すと彼女もそれ以上は口を挟まなくなった。
……そう、彼が言う様に自分は以前疑いをかけられた。それも大勢の貴族の前で。
それはエンドールヴから帰ってきたとき。ラウザが合成獣の説明をした時に自分に疑いを向けたのがこの男。
結局スヴェルクで自分の身の潔白を調べようと言い張ったためにその場は収まったものの、それ以後はこの人物の評価は『関りたくない人』になっている。
「少なくとも今日は商談の為に来た。そこに他意は無い。君も苦手な相手だからといって商談を蹴る程子どもでもないだろう?」
「それは、まぁ……」
よろしい、と最後に告げソールはそのまま席へとつく。
何か釈然としないもののとりあえずは目の前の仕事の為に自分も指定された席へと座ることにした。
「では全員が揃いましたし始めますか。まず今回の魔石の取引についてですが……」
◇
(ん~、終わったー……!)
部屋の中にはまだ全員いるため心の中で大きく伸びをする。
商談の結果こちらとしてはほぼ目標値で買い取りをしてもらえることになった。最終的には現物を見て値段が前後はするかもしれないが、それでもそこまで多くは変わらないだろう。
魔術師ギルドの人達も今回の商談には満足な顔をしている。商業ギルドや冒険者ギルドを仲介しないから普段よりも安く、そして大量に手に入ったのだから無理もない。
この後研究班や開発班の魔石争奪戦のやり取りが行われるのが目に見えているが、そこは自分は関与しないため目の前の人達に心の中で合掌を送ることにした。
(さて、早く帰ろ……)
受付の人にポチとシロを預けているので手早く回収。その後は帰りに何か買って……とこれからの予定の算段を立てていると不意に呼び止められる。
「少しいいかな」
呼び止めたのは最も関わりたくないソール。
商談が終わってもう今日は接点は無いと思ってたのに……。
「何、時間は取らせんよ。単刀直入に言うがこれをやろう」
そう言うとソールは首から下げていたペンダントを外しこちらへと差し出した。
……え、なに。意味が分からない。
この人に対する印象が嫌いから怖いへとシフトしているのが自分でも分かる。
「あの、何ですかこれ。それに貰う理由も無いんですが……」
「これはここで作ってもらったものだ。マルティナ殿も覚えているだろう?」
「えぇ、もちろん」
彼女が言うにはこのペンダントはソール用に誂えた護身用ペンダントらしい。
先ほど魔術師ギルドに対して融資をしていると言っていたが、これはその件で彼に優先的に渡ったものだ。
ちょっと癖がある道具らしく、外部からの魔術的手段からがっちり防御してくれるが、代わりに外部に対して魔術的手段が出づらくなるとのこと。
なので魔術師が使う分には難があるが、特に魔法を使わない者ならば単純な防御手段として有効なのだそうだ。
「今回の件で新たに作ってもらうつもりでな。機会を作ってくれた礼と前の件も兼ねてと言うわけだ」
なるほど、理由はとりあえずは分かった。
でもなぁ、いくら便利とは言え今の今まで男がつけてたお下がりを貰うのも……うぅん。
(とは言え初手拒否は外聞が悪すぎるか……)
少なくとも向こうが歩み寄ってくれたし、何より道具自体はマルティナお墨付きのちゃんとした魔道装具。
断るにしても一度身に着けてからにするか。
ともあれ差し出されたペンダントを受け取る。
「ぅ……」
「……? ヤマル君、どうしたの?」
そのペンダントを受け取った瞬間妙な寒気を感じた。何か背筋がゾクっとするような嫌な感覚。
体がソールに対し拒絶反応をしているとか? いくら苦手でも流石にそれはないと信じたいところだけど……。
「いえ、何かちょっと寒気が……」
「ふむ、風邪か? 最近は色々と忙しかったと聞く。時間があるならゆっくり休みたまえ」
「あ、はい」
ソールにそう言われるとどうももどかしいと言うかこそばゆいと言うか変な気持ちだ。
とりあえず受け取ったペンダントを首から下げてみる。ソール用に誂えたためかそこまで派手な意匠ではないため、自分がつけてても特に見た目が浮くような感じはしなさそうだ。
「すいません、ちょっと失礼して……」
彼から二歩あとずさり、後ろを向いて《軽光剣》をさっと展開。
問題無く出た光の剣はいつも通りではあるが……。
「マルティナさん、普通に魔法が出たんですけど……」
先ほどの説明では外に出す魔術的手段……要するに魔法は出づらいと言う話だった。
これがコロナの様な自分の内部に干渉するタイプなら発動しても納得は出来たが、《軽光剣》は完全に外に出力するタイプである。
「うーん……ヤマル君の魔力が少ないからすり抜けたのかしらね」
「えぇ……」
一応エルフの森の結界も同じ理由ですり抜けたから無くはないだろうけど……いいのかなぁ。欠陥品の烙印押されないだろうか、これ。
「大丈夫よ。ペンダントの効果がちゃんと出てるのは確認してるから。それにヤマル君レベルの魔力量じゃ普通魔法なんて出ないし例外よ、例外」
「はぁ……まぁそう言う事でしたらありがたくいただきます」
「うむ」
その後は二言三言会話をし、自分は先に部屋を出ていつもの宿に向かうことにした。
(……よし、上手くいったか)
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