第359話 先を読む


「セーヴァ君、構えなさい!」


 展開された火の玉がまるで驟雨の如くセーヴァへと襲い掛かる。

 一体何が、とセーヴァは驚くも、これまで培った経験から思考や体が鈍るようなことはない。


「セレスさん、絶対に動かないでください!」

「っ、はい!」


 一つ一つは拳大程度の大きさとはいえ、襲い来る《ファイアボール》の数はすでに数十にも膨れ上がっていた。

 だがそれを前にしてもセーヴァは内心で結論を下した。問題ない、と。


「ふっ!」


 横薙ぎに剣を一振りすると先頭の《ファイアボール》が弾かれ後方に着弾。訓練場の床が魔法の威力で少し抉れるその様は従来の《ファイアボール》ではありえない威力だ。

 結界の外にいる神殿騎士達がその事実にぞっとしている中、セーヴァは次々と魔法を一つ残らず撃ち落としていく。

 その動きはとても早く、そして力強い。だがそれ以上に同じ近接戦を行う神殿騎士達が驚いたのは見惚れる程の動きの滑らかさ。

 一切の無駄のない動きで剣を振る様は彼らの理想の動きの更にその先にある高みそのもの。

 それに加えセーヴァがさも当然のように魔法を剣で弾いている事に更なる驚愕を受けていた。


 ここで少し攻撃魔法の対処法について説明しよう。

 魔法が生まれてからすでに長い時間が流れている。人間の魔法はウルティナがもたらして二百年程度だが、魔族が使う魔法はそれよりも更に遡ることになる。

 当然それを向けられることは脅威であり、故に魔法に対する対処法は当時から確立されていた。


 対処法は大枠に分けて二つ。"避ける"か"防ぐ"かだ。

 避けるはそのままの意味で魔法の射線や効果範囲から出る事。単純に逃げるのもこれに相当する。

 現在の人間の魔法事情は使える人が増えたとはいえ、扱える人はそこまでいない。

 他の種族に比べ魔法の才のハードルが高いのか、仮に才があったとしても磨かなければ覚えることすら出来ないのだ。

 魔導書と言う画期的なアイテムはあるが、言うまでも無く一般人には早々手が出せない代物である。

 故に一般人の魔法の対処は逃げの一手が真っ先に上がる。遠距離攻撃が多い魔法から逃げるのは至難の業だが、だからと言って近づいて止めようとしても一般人ではその前にやられてしまうのが関の山だからだ。


 そして防ぐについては武器を使う戦士系と魔術師で少々異なってくる。

 戦士系列であれば盾を使えば多少なりともガードは出来る。完全に防ぐことが出来なくとも、防具が耐えてくれるのであればそれは矢が飛んでくるのとあまり差はない。

 脅威度は当然あるが、それでも丸腰よりはよほどいいだろう。ただしこの場合、先に挙げた盾のように受け止める面積が広い物を扱うことが条件となってくる。

 他にも対魔法として魔法耐性の高い防具は(値段は張るものの)当然ある。一例で言えば魔法学校の実技で扱うローブなんかが良い例だろう。

 この様に戦士系が防ぐ場合、道具を使うことが主流だ。


 一方魔術師であれば単純に《魔法の衣マジックヴェール》のような対魔防御魔法を扱う、対属性で打ち消すと言う別の手法も取る事が出来る。


 以上を踏まえた上で改めてセーヴァのやっていることを振り返ってみよう。

 彼がやっていることは"剣で魔法を弾く"だ。つまり避けもせず防ぎもせず新たな手段を用いている。

 これが実体を伴う氷系のような魔法ならまだしも、《ファイアボール》は火の塊であるため剣を当てただけでは止めることは出来ない。普通なら剣が魔法を素通りしてそのまま直撃してしまうだろう。

 この考えは戦闘を生業にする人や魔術を少しでも齧った事のある人ならば常識となっている。現在周囲にいる神殿騎士や系統が違うとはいえ魔法を扱える神官達も例外ではない。

 だからこそ思う。何故彼の振るう剣は魔法に干渉出来ているのか、と。


 実際の所はセーヴァが当人の力で剣に加護を付与して魔力を帯びさせているだけ。ただし彼の能力を知らない人からすれば、辛うじて魔力を剣に纏わせている事が分かる程度だ。

 この状態のセーヴァは先の"避ける"、"防ぐ"以外に"弾く"、"斬る"、"消す"の手段が追加されている。

 斬るを取らなかったのは後ろにセレスがいるため、万一を想定しての事。

 消すを取らなかったのは向かってくる魔法より数段上の魔力が必要である為だ。初級魔法とは言えウルティナの魔法は当然多くの魔力が込められている。

 本来魔術構文以上の能力が出ることは無いのだが、それを当たり前のように超えるのは祖だからだろうか。


 ともあれセーヴァは弾くを選んだ。消すよりは低燃費で済むし、何より逸らす方向を自身の意思で操作できる。

 そして初弾で魔法の速度や手ごたえを把握。次弾で能力の再確認と初弾と性能に差が無いか比べてみる。

 結果は同じ。そしてその後は独壇場であった。


 次々と弾かれる《ファイアボール》。床に着弾しえぐるものもあれば、後ろに逸れたものがウルティナの障壁によってかき消えたものもあった。

 更には完全に見切っているのか、弾いた魔法を使って別の魔法を撃ち落とす始末。セーヴァからすれば一振りで複数処理できるのだから当然の行動だが、そんな曲芸みたいなことは常人には出来るはずもなく更なる驚愕を招いていた。


 そしてそんな彼の後ろで両手を握りしめレイスを逃さない為に結界を張り続けているセレス。

 彼女としては役割を全うするためこの場から離れて動くことは出来ない。折角守ってくれているセーヴァの庇護下から出るなんてとんでもない話だ。

 しかし彼女は彼女で何かしら手伝えないかと考える。

 現状使用しているのは結界一枚だけ。それもレイスが逃げない為のものだが、当のレイスはウルティナと何かしらやっている為あの場から動く様子はない。

 それ以上にウルティナによる足元の結界と霊体にも効いている魔法を使っているのだ。

 セレスの結界はウルティナに万一の事があった際の念のためである聞いてはいたので重要なのは理解している。手持無沙汰と言うわけではないが、しかしながら余力がある以上何か出来ないだろうか。


 この後あのレイスを浄化する予定ではあるためあまり大掛かりな事は出来ない。手を貸した結果そっちの余力がなくなっては本末転倒になってしまう。

 あまり強くはなくてもいい。それでもレイスに対し何かしら干渉出来るような事があればウルティナへの手助けになるだろう。

 そしてこの場から動かないことも考慮した結果……。


「――――」


 セレスが小さく息を吸い、そして祈りのポーズのまま静かに、だが確実にその口から声が広がっていく。すぐそばでセーヴァが魔法を弾き着弾音が響いているにも関わらず、スッと耳に入るセレスの声。

 そしてそれが何なのかその場にいる全員が即座に理解した。


「《聖浄賛歌ゴスペルソング》!!」


 それは聖歌と呼ばれるもの。ただしセレスが紡ぐ歌声は全方位に聖なる力を広げていく。

 流石にレイスそのものを浄化することは出来なかったが、その効果は目に見えて現れている。まるで水中に沈められたかのようにレイスの動きが鈍り、同時にウルティナへの干渉が弱まったのか飛んでくる魔法の数が半数近くまで減少した。


『小娘が……!』

「あらあら、その小娘に良い感じに負けてるのはどこの誰かしらねぇ?」


 忌々しそうなレイスの声とは対照的に、とても嬉しそうな……それこそ野丸が見たら『愉悦してるなぁ』と言いそうなぐらい生き生きとした表情を見せるウルティナ。

 クスクスと完全に煽るように笑うも、その直後に「見つけた」と言う言葉が続く。


「こんなところにあったのね。ダメよ、必要な情報はちゃんと奥にしまっておかないと」

『なっ!? いつの間に……』


 ウルティナの言葉を聞いたレイスが手を緩めることなく精神を内側へと向ける。

 知識欲が凄まじい彼女が狙っているのは間違いなく魂を操る能力と遠い昔にいた元の世界の内容。今回最後のチャンスにこうして外に出されたのは間違いなくそれを狙っての行動だろう。

 だからこそレイスはウルティナの思考を読みその二つを奥底にしまい込んだ。目の前にいる相手は確かに強大な魔力と最悪な性格を併せ持った稀代の魔女だが、こと精神操作関連については一日の長がある。

 そこに辿り着かれる前に逆にウルティナの内面を支配する。難しい話ではあったが勝算が無いわけでもなく、またレイス自身魂の集合体として力がついたと言う嬉しい誤算もあった。

 勝てる。そう考えたのも何らおかしい話ではない。


 だからこそウルティナの「見つけた」と言う言葉がレイスには信じられなかった。


(……? いや、まだ大丈夫だと……?)


 そして続く不可解な事実。能力も異世界の知識も何一つ手は付けられていない。

 だとしたらウルティナが見つけたモノとは一体何なのか。


「なるほど、


 その言葉にレイスの無いはずの肝が冷える。

 ウルティナが各地を回り次々と封印され、集められた魂の集合体が今のレイスだ。このレイス達はもちろん封印前は他のレイスらと情報交換をしていたため、こうして殆ど集まっている現状分かってしまう。


 つまりウルティナの狙いは最初から自身が漏らした残りのレイス。

 目の前に特大の知識がぶら下がっているのにも関わらず、彼女は完全にレイスを消すことを優先した。


『お前……知識が欲しかったのではないか!?』

「そんなこと一言も言ってないわよー? 確かに気にはなるけど、その程度ならいずれ辿りつけるもの。いらないわ、そんな力」


 レイスが他者より優れている魂を操作する力。しかしウルティナはそんなものは不要だとバッサリと切り捨てた。

 そしてここが分岐点。

 勝手にウルティナの思考を読んだ気になっていたレイスにもはや『勝ち』は無い。大事に守っていたものは実は相手にとって不要の産物であり、そちらにリソースを割いたが為に望む情報を渡してしまった。

 この場にいない残った二人のレイスは彼らに取って最後の希望である。しかし情報が渡った今、この後その芽を摘むために彼女は行動を開始するだろう。


 そしてウルティナはこれ以上レイスに侵入する必要はもうない。それはすなわち……


「ま、とっとと諦める事ね」


 彼女の左腕に展開されていた対レイス用の障壁の枚数が一斉に増える。

 情報収集のために割いていた魔法のリソースが全て防衛に回され、更には表層面にあった魔法制御も奪還されてしまった。

 後ろのセーヴァとセレスに向けられていた魔法も霧散し、残るはウルティナの腕に巻き付いたレイスの黒い霧の触手のみ。


『諦めきれるか……! これが最後のチャンスなんだぞ。貴様を乗っ取るまでは絶対に……!』

「でももうこれ以上はあたしの中に入ってこれない。分かってるでしょう?」

『貴様も分かってるだろう。すでに入り込んでいる我々の一部は貴様自身が防壁になって浄化が出来ないことを!』


 もはや要塞と化した防御壁の前にレイスはこれ以上侵入をすることは難しい。

 しかしレイスが言う通りすでに侵入が終わっている一部はウルティナの体に護られ、浄化し本体が消え去ったとしてもそちらが消えることはないだろう。

 仮にそうなったとしても少なくなった魂がウルティナ相手に何か出来るとは思えない、と言うのは当人の見解だが、同時に彼女はこうも思っている。


 あのレイスだぞ、と。二百年前に魂ごとバラバラに吹き飛ばしたにも関わらず現代にこうして力を付けたやつだぞ、と。

 ゴキブリクラスのしぶとさの前例がある以上体内に毛ほども残してはならない存在がレイスだ。異物判定されないレベルの小ささで切り抜ける可能性だってある。

 他にも仮に何らかの形でレイスがウルティナから離れたとしても、寄生虫の卵のように埋め込まれる可能すらある。

 よって侵入された左腕はもはや信用できない。


 だからこそウルティナはこの行動を選択する。今こうしてレイスが入り込んでいるこの状況を見越した上で最後の一手に出る。


「ま、癪だけどその通りね」

『だからこそ……』

「でも手っ取り早く確実にどうにかする手はあるのよね~」


 言うや否や、ウルティナが右足を少し上げると踵で地面を軽く穿つ。すると待ってましたとばかりにそこから不自然に床に一筋の線が走った。

 その長さ大よそ二メートルほど。何の線だと誰もが思う中、まるで口を開くかのようにその姿が線から円へと変わる。

 更にその円の中はまるで全てを吸い込むかのような黒。一体何が、と誰かが呟く最中、その円の中から何かが飛び出してきた。


 ソレはまるで射出されたかのように垂直に飛ぶと空中で身を捻り一回転。

 さらにくるくるとどれだけ回るんだよと言う程に横回転をしながらウルティナの横へ着地した。


「ふ、やはり最後の仕上げは勇者たるこの我の出番だろう!!」

『きさっ?!』

「奥の手は最後まで取っておくものよー? と言うかあんたと対峙するのにコイツがいないことを少しは不審がりなさいよ」


 現れたのは白い長髪をたなびかせた見知った魔族。言うまでも無くブレイヴであった。

 ただでさえ目の前にいる魔女に手を焼いている状況で出てきたもう一人の天敵。レイスに実体があればきっと口をパクパクさせていたであろう驚きようだ。


「しかし苦戦しているではないか。図体だけでかくなったかと思ったがそうでもないらしいな」

「まぁ想定の範囲内よ。もね」


 コレ、とウルティナが目線で指すその先はレイスに巻き付かれている彼女の左腕。

 展開された魔法陣とその数、そしてレイスから伸びる触手のような何かを見てブレイヴは「ふむ」と一言だけ呟く。


「マー君、そういう訳だから遠慮なく斬っちゃって」

「よかろう。こんなこと滅多に無いからな、腕がなるわ」


 特に言葉を交わすこともせず、以心伝心で分かったように二人の会話がそれだけで終わる。

 そしてブレイヴの右手が後ろに回されると、腰に付けてあった棒状のものを取り出しそれを仰々しく天へと掲げる。


「さぁ、初陣だぞ! 悪を斬り邪を斬り、ついでに性悪女をも叩き切る最強無敵の我が刃!! ブレイヴッ、ブレイバー……ブレエェーーーーードッッ!!」


 高らかな宣言と共に右手に握られた棒が剣の柄の姿へと変わる。

 そしてブレイヴの魔力を強制的に垂れ流すことを代償に、大剣サイズの光の刃が形成された。


「ダッサ……」

「オイコラ製作者ぁ! どこがだ、カッコイイだろう! と言うかヤマルだって似たようなもの使ってるではないか!!」

「口上。それにうちの子はそんな大声出したりしませーん」


 なお当人の指示にて以前野丸に必殺技名を高らかに叫ばせていたが、不都合な事としてすでに記憶の彼方に飛ばしていた。


「く……まぁいい。ともあれ行くぞ!」

「はいはい、ズバっとやっちゃいなさい」


 あれよあれよという間に話が進みブレイヴが大上段と構えをしたところで混乱していたレイスの意識が戻ってくる。


(何をするつもりだ……?)


 レイスには彼らの考えが分からない。

 確かにブレイヴはレイスですら苦手とする実力者。ウルティナと張り合うことが出来る唯一の存在であるのは十二分に分かっている。

 しかしその実力はあくまで戦闘力として特化した強さだ。ウルティナ程多様な手段を持ち得る手合いではない。

 例えあの剣がレイスの本体を斬ろうが、ウルティナに巻き付いている個所を断とうがすでに彼女の腕に侵入した分を消し去ることは出来ない。

 ではなぜ、と最初の疑問に戻るが、しかしレイスの思考はすぐにそれを打ち切る。すでにブレイヴは行動を開始し、ものの数瞬後には何かが実行される。

 であるのなら取る手段は理想の最高よりも妥協できる最善。すなわち出来るだけウルティナの中に魂を詰めるだけ詰め、排除されても残れるよう僅かでも確率をあげるだけ。


 そして即座に実行。ウルティナがこちらの侵入に使っていた力を防御に回したように、レイスも防御に回していた力を全て侵入へと転化する。

 願いを込め、まるで小さな箱に無理やり押し込むように今まで以上に力を注ぎ入れる。以前だってゼロに近い状態から生き残ったのだ。今回だって……。


 しかしその願いはあっさりと打ち砕かれてしまった。


「え……」


 発した声はレイスか、後ろにいるセーヴァ達か、はたまた周りにいる神殿関係者か。

 目の前の光景に皆言葉を失う。それはもちろんレイスもだ。

 大上段から振り下ろされたブレイヴの剣がもたらした結果、レイスが今まで侵食していたウルティナとの接続が完全に断たれた。

 内側に侵入したレイスの魂が消されたわけではない。言うならば部屋そのものが崩壊したかのような感覚。


 そして何が起こったかはウルティナの状態を見れば一目瞭然であった。


「ね。手っ取り早く確実だったでしょ?」


 してやったりとばかりにウルティナは笑みを浮かべ、いつも通りの口調でレイスに語り掛ける。

 だがその彼女の左腕は二の腕から先が完全に無くなっていた。 

 

 


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