第358話 それはダンジョンアタックのようで
セーヴァは後方でその様子を見ていたため、ある意味では俯瞰視点で何が起こっていたか見ることができた。
ウルティナが杖をレイスに差し込んだその瞬間、杖に巻き付くようにレイスの体から黒い霧が噴出していく。
「ちっ!」
ウルティナにしては珍しく舌打ち一つ。
そして腰を落とし踏みとどまるような体勢を取ると同時、空いていた右手で杖を持つ左腕の肘を掴む。その直後にウルティナの手首から肘にかけて三つの小さな円状の魔法陣が展開された。
まるでレイスの侵入を拒むかのごとく、左腕の中に透過するように展開された三つの魔法陣。それは誰の目にも障壁魔法であると分かる代物だ。
しかしその直後、手首に展開されていた一枚が一瞬のうちに消し飛ばされる。
『クハハ、力とは素晴らしいな!』
「あら、寄生虫暮らしが長いと考えもそっちに寄るのかしら。力に酔うのは三流のすることよ?」
『抜かせ。貴様の慢心で得た最後のチャンスだからな』
端から見れば双方動かず軽口を叩き合っているだけ。しかしその内側……彼らの精神世界では激しい攻防を繰り広げていた。
互いが互いの精神世界に侵入し目標に向けより深く突き進んでいく。
心象世界に明確な映像があるわけではないが、ウルティナとレイスは互いに同じ考えを抱いていた。
それはダンジョンアタック。
互いの目的の為、未知の領域に危険を冒しながらも進んでいく。
ウルティナの中ではまるでグロテスクな生物の体内に侵入するイメージだ。身体にまとわりつく臭気と襲い来る防衛機構にあたる触手群。
それらを蹴散らしながら先へ進むが何せ範囲が広い。なまじ複数の魂が一つにまとまってしまったせいか大規模ダンジョンの様相を呈している。
これが野丸の様に魔法への耐性がさほどなければ力技で一気に蹂躙出来そうなものだが、レイスの執念か、はたまた精神力ゆえか予想以上の抵抗にあっていた。
無論進む一方で退路の確保および本体への防衛も忘れない。何せレイスが同じようにウルティナの精神に干渉しているのだから。
レイスのイメージではウルティナの中はセキュリティ万全の近未来の建物と言ったところ。互いの心象風景はそれぞれイメージしやすいものに置き換わるものなのかもしれない。
分厚い隔壁が降り、レーザー等の防衛機構。中央管理センターを彷彿とさせるのは、レイスの中ではそれほどのレベルに位置付けられていると言うことか。
しかし最初に降りた隔壁は即座に破壊出来た。現実世界でもウルティナが展開した防衛魔法と思しき魔法陣が一つ消えたのを確認している。
『ククク……本当にチャンスだなぁ。自ら落ちてきてくれているもんなぁ……!』
不敵な声だけが響く中、その意味を知るのは当事者二人だけ。端から見ているセーヴァとセレスからは何を言っているか分からない。
それ以上に何故ウルティナが互角かそれ以下にまで落ちているのか不明だった。
セーヴァは前の世界での勇者として戦ってきた経験上、相手の力量を測ること自体はそこまで苦ではない。
今のレイスは確かに大悪霊と呼べる程の力と悪意に満ちた存在ではあるが、ウルティナであれば互角にすらならない程度であると当たりをつけていた。
にもかかわらず互角になっている理由は何か。
もしこの場に野丸がいれたその理由を推察できたかもしれない。あるいはマルティナのような魔術に精通したものであれば理解が可能だっただろう。
まず大前提としてこの世界の、とりわけ人間の魔法の源流は目の前にいるウルティナによりもたらされた代物だ。二百年前の大戦時、そしてその後の現代に至るまで多種多様の魔法が生まれ、様々な魔術体系に分類されたが根っこの部分は変わらない。
どれだけ強大な魔法であろうとも、小さな魔法だったとしても、それが魔法である以上必然と言えるべき現象。
それは『魔法を使い終えたら消える』と言う単純にして絶対の法則。
もちろん中には野丸の《生活魔法》の様にその場に留まり続ける例外のものはあるが、ほぼ全ての魔法はこれに該当する。
使い続ける場合同じ魔法を再度発動する、もしくは使用中は常時魔力を消耗するしかない。
そしてその法則は当然ウルティナとて例外ではない。何せ彼女の魔法体系がそのまま伝授されているのだから。
現在ウルティナは複数の魔法を同時に使い続けている状態だ。
準備段階で訓練場の一番外側に張った大規模結界魔法。レイスの足元にある彼を留める第二の結界魔法。そして動きを封じる捕縛魔法。
更にレイスの精神世界に入り心を読む魔法に加え、レイスからの侵入を防ぐ防壁魔法。
都合五つの並列使用。そのどれもが使用中は魔力を垂れ流しである。
更に言えば複数の魔法を同時に展開すること自体至難の業だ。野丸はそれが出来ないが為、代替手段としてウルティナから《
そんなことをウルティナは五つ同時にこなしていた。魔術師ギルド所属の人がこれを見れば魔術の神であると崇めてしまいそうになるぐらいの光景である。
だからこそレイスは今が最大のチャンスであると踏んでいた。
いくら目の前の魔女が人外じみた魔力を持ち卓越した技量があったとしても、こんな状態は絶対に負担がかかるだろうと。
そしてレイスの力が高まった今、ウルティナにかかる負荷は彼女を以てしても本気を出さざるを得ないという事を。
その証拠にウルティナがレイスに抵抗するために同時展開の負荷が更にかかるのを分かった上で対精神障壁魔法を使用した。それも三つもだ。
しかしその内の一つを一瞬のうちに砕いたことで確信を得る。この女、もう余力は殆ど残っていないと。何せ余力があれば一気にレイスの精神を蹂躙し必要な知識を持って行くはずだ。
それがまだ表層程度にしか到達していない。レイスが持つ遺伝子技術の知識やこちらの世界に来てからの科学技術、果てはこれまでの実験によって得た成果全ては精神の最奥へとしまい込んである。
徐々にではあるが互いにそれぞれの精神へと侵食している。表層とは言えそこにあるのは紛れもない知識。
レイスはウルティナが一部の情報を盗み見たことを感じ取っていた。だがそれは表層にあるもの、いわば当たり前の知識やどうでもいい情報である。
例えば今使用している相手の精神に入り込む術も良く使うが故に表層にあるが、これを見られたところで差して問題はない。何せ相手も同じものを使っているのだから。
状況は五分五分かレイスがやや有利と言ったところか。
自身の知識を全て見られるよりも自分がウルティナを掌握する方が若干早いとレイスは推測する。このままいけばある程度の情報と引き換えではあるが間違いなく勝てる。
だがレイスは知っている。目の前のこの女がそれを察しないはずもないし、何より『このままいけば』なんて考えが絶対に通じる相手ではないことを。
後ろには勇者と聖女と呼ばれる彼と同じ異世界からの来訪者が控えている。今は動いていないが何かの拍子に襲い掛かってくる可能性は十分にあり得る話だ。
だからレイスは先手を打つことにした。
ウルティナの精神の掌握は未だ一割少し。だが彼女がレイスの表層の情報を見たように、彼もウルティナの表層の行動……いわゆる"いつもしている"簡単な動きであれば多少は操作出来るようにはなっていた。
無論手足を動かすなど身体に影響されるもの等、例えいつもしている行動であろうとも奪われると危険な部類の行動は厳重に心の奥底にしまい込まれている。
これについては当然だろうとレイスは思う。反面、それでも問題無いとも考えていた。
何故なら今のレイスには一つの案が浮かんでいた。
それはウルティナが普段からしている行動を用いて彼女を更に弱体化させた上で、後ろにいる二人も釘付けに出来る一石二鳥の手段。
レイスにとっては幸いとでも言うべきか、障壁を一つ突破した為か丁度良さそうなものを見つけている。
『ならこんなのはどうだ?』
「?! セーヴァ君、構えなさい!」
言うや否や、ウルティナの周囲に複数の炎が展開される。
それは《ファイアボール》と呼ばれる初歩中の初歩の魔法。魔術師であれば大体の人間は習得している魔法だ。
ただしそれがウルティナの手から放たれたらどうなるか。
見た目は誰もが一度は見たこともある火の玉。しかし相対しているセーヴァは理解していた。
一見変哲の無い魔法に高密度の魔力が込められていることを。ウルティナの魔力の多さがそうさせているのか、その様に使用したのかは不明。
ただ分かっているのはそんな魔法の火の玉がどんどん増殖し数十個にまで増えている現実だ。
『いけ』
レイスがそう呟くと同時、展開された《ファイアボール》がまるでマシンガンの如くセーヴァ達へと襲い掛かった。
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