第357話 元凶との対峙


「うん、大体の事は分かったわ。実際に二人の力も見せてもらったしね。それを踏まえてこんな感じでいくつもりよ」


 つい先ほどまで行われた最終確認……セレスの聖女としての力とセーヴァの勇者の力の一端をそれぞれ見せて貰ったウルティナが今から行う内容を告げていく。


「まず私が最初に魔術結界を張るわね。そしてその内側にセレスちゃんが同じように結界を張ってもらいます」


 ウルティナとセレスによる二重結界。

 これはレイスを外に出さない為ではあるが、それ以上に何らかの理由でどちらかの結界が剥がれた場合の保険でもあった。


「セーヴァ君はセレスちゃんの護衛。レイスが何かしてきたら問答無用でたたっ斬りなさい」

「ウルティナさんは守らなくてもよろしいのですか?」

「大丈夫よ。それにどうしても最前にいなきゃダメだから守ってもらうのは難しいしね」


 今回ウルティナの負担は当然として、セレスの負担もそれなりにある。彼女にはその力を他の事で削ぐようなことは極力避けたいとウルティナは考えていた。

 だからこそセーヴァには彼女を守る様に厳命した。念のためウルティナは自分に何があってもセレスだけは守る様に言い聞かせてある。


 こうした形を取る事になった理由の一つとして、ウルティナにとっては嬉しい誤算だったことがある。それはセレスの力が予想以上であったという事だろう。

 それまでは実際に力を見たわけではなく、彼女が前の世界では"聖女見習い"であり聖女では無かったと話しを聞いていたためだ。

 しかし実際に見てみたところ、その力はウルティナの予想を超えるものだった。力そのものはウルティナの方が断然上ではあるが、浄化などの専門であれば彼女の期待に十分沿えるものだった。


(これで"見習い"だなんて。彼女の前の世界はどんなのだったのかしらね)


 ウルティナが軽く聞いた話では、セレスの世界は聖女と呼ばれる者が大規模な結界を張り人類の地を護っていたのだと言う。

 その為聖女の力を持つ者は集められ、次代の聖女としての訓練を施されるのだそうだ。セレスはそう言った時代の聖女を担うかもしれない聖女見習の一人として、同様の女の子達と共に過ごしていたのだと言う。

 セレスが言うには当代の聖女は当然今の彼女より力は上。そしてセレスと同じ力を持つ見習いが複数いると言う現実に、ウルティナは改めて世界の可能性がとんでもない物であるという事を理解する。


 ……一つ気になる点があるとすれば、そんなセレスが何故召喚に巻き込まれたのだろうかという事だ。何かしら世界に対して疑問や不満など負の感情が無ければ引っかかること自体ないはずなのだが。


 まぁ今は関係の無い話だ、とウルティナはすぐに頭の中を切り替える。

 今から対峙するのは余計な事を考えている余裕のない相手なのだから。


「結界を無事に張った後、召喚石を中心に別の魔法を展開するわ。最後に中身の封印を解除してレイスを一旦外に出すわね」

「そこで私が浄化をするんですね」

「あ、それなんだけど合図出すまでちょっと待って欲しいのよ。どうしてもしなきゃいけない事があってね」

「……危なくないですか?」

「リスクはあるけどこればかりはこのタイミングでしか出来ないのよ。もしあたしの張った結界が消えるようなことがあったらすぐに浄化を開始してちょうだい」



 その後細かい打ち合わせをし、全員の認識が共有できたところで早速実行に移る。

 

「じゃ、はじめるわよ」


 ウルティナはそう告げると訓練場の中心に召喚石をそっと置く。

 そして何か聞き慣れない言葉をつぶやいた直後、召喚石を中心に円状の魔法陣が展開し地面に不思議な文様が魔力によって刻まれた。

 続いて彼女はどこからかナイフを取り出した。指と指の間に挟まれた都合八本のナイフ。

 それらを上に放り出すと、まるで意思を持つかのように訓練場の四隅の地面と天井にそれぞれ刺さり、ナイフを起点とした箱状の結界が形成された。


「次は私ですね」


 セレスはそう言うと彼女がゆっくりと両手を合わせ祈りの姿勢を取る。

 するとセレスを中心に淡い光がゆっくりと広がり、それらはウルティナの結界の内側に半ドーム状に展開される。


「ん、これなら十分ね。それじゃ呼び出すからセレスちゃんは下がって。セーヴァ君、しっかり守ってね」

「はい、任せてください」


 呼ばれたセーヴァがセレスの前に立ち、腰に佩いた騎士剣を抜き放つ。

 非実体である魂相手に物理手段が通じないのはこの世界の者ならば誰もが知るところ。しかしセーヴァの当然とばかりの佇まいは、見る者にそれが正しいのではと錯覚させるほどだ。

 そしてその証拠にとばかりに彼の持つ騎士剣の刀身がセレスの結界同様淡い光を帯びていた。


 聖なる気配が漂う剣に周囲の神殿関係者らが驚く中、それらを全く意に介さずウルティナが召喚石に込められた魂――レイスの封印を解く。

 その瞬間、セレスの目にははっきりと見えた。石からまるで噴き出すかのような黒い霧。

 それが床を這うように広がり、だがウルティナが展開した魔法によって留められる。

 広がることなく霧が足元から徐々に溜まっていき、ある瞬間を起点にそれらが急に召喚石の直上に集まりだした。

 そして程なくして霧が形を取る。それは魂がそうあろうとしたのか人の形。

 しかし同一の魂の集合体である為か辛うじて人の形をしているだけで、その姿は異形そのものであった。

 まるで筋肉が過剰に肥大化したかのような凸凹の姿にセーヴァとセレスが息を飲む。


「あらあら、性根が歪んでるとこうなっちゃうのかしらね」


 そんな二人とは対照的にウルティナは笑みを浮かべながらその様子を最前線の特等席で見守っていた。

 そうして模られたレイスの集合体は全高三メートル強の霧の集合体。まさに大悪霊と言っても差し支えない程の姿。

 頭部にあたる個所からは目と口と思しき裂け目があり、そこから赤い光が漏れ出しその輪郭を露わにしていた。


『驚いたか?』


 声ではない。今のレイスに声帯は存在しない為、発声すると言う行為は出来ない。

 しかしウルティナら三名にたしかに聞こえたレイスの声。いかなる手段かは不明ではあるが、何らかの形で彼らに直接話しかけることに成功していた。


『貴様がむやみに一つの器に封印したが為に、我々はこうして再び一つとなった』


 溢れる力の影響か、レイスは饒舌に語っていく。

 そもそも各地に分散させ魂を成長させたのはレイス自身ではあったが、これは彼自身の目的を効率的に行うため、そして見つかった際にウルティナを欺く為のものであった。

 魂が成長した後は各々が活動を開始。以後はウルティナが知っての通り潜伏をしながら様々な実験を行うこととなる。


 ただしレイスの誤算は分霊状態であるのを見抜かれてしまった事。その為一つずつ封印され、召喚石に全て詰められることになるのだが……ここで彼にとっての嬉しい誤算が追加される。

 それは元々同一であるが故か。本来はありえないであろう一つの器にほぼ全ての魂が集まり、この状態が維持されたために再び一つになったのだ。

 その為レイスの力は激増した。元はそこまでなくとも、純粋に人数分増幅したとなればその強さは推して知るべしだろう。

 しかも本来同じ魂と言うあり得ない状況ゆえ、集った力が反発することなく十全に発揮されることとなる。


 無論召喚石に封じたままでは何もできなかったであろう。

 しかしこうして再び現世に戻る機会を得た。ウルティナがどれほどの力を持っていたとしても関係ない。


 などとレイスが雄弁に語るその傍らで、ウルティナは「へー」「ふーん」と適当に相槌を打ちつつ次の準備を進める。

 過剰な力を一度に持つと傲慢さが出てくるのは仕方の無い事だろう。しかも魂――いわば精神体であるレイスは肉体の枷が無く、本能のままに赴く性質が強い。

 内心で『アホねぇ……』とウルティナは呆れながらも動きは止めることなく続け、取り出した杖の先端で床を突いた。


「【スピリットバインド】」


 彼女が魔法名を告げた瞬間、地面から魔力で作られた鎖が五つ同時に放たれレイスの四肢と首を一瞬のうちに絡めとる。

 霊体などの非実体系の存在の動きを封じる特性の鎖。ダメージも無く浄化や消滅などの特性も無いが、その代わりにこの魔法は捕縛性能に特化している。

 それを世界最高峰の魔女が扱う。その結果は言わずもがな、完全にレイスの動きを止めることに成功していた。


「御高説どーも。でももう喋らなくて良いわよ、

『こちらの動きを止めたとてどうにかできるものでもないだろう? 知っているぞ、貴様が過去敵国の情報を読んでいた事を。そしてそれは直接相手に触れなければならないことも』


 だが、とレイスは目の前にある障壁に目線を合わせ、続いて足元に転がる召喚石に目を向ける。


『対象との間に何か入っていると使えないんだろう? そうでなければそこの石越しに読んでいたはずだもんなぁ?』


 実際の肉体があれば恐らく下卑た笑みを浮かべてそうな口調。この場に捕らわれ、半実体化した体も封じられているにも関わらず焦る様子はない。


『ほら、ん? 触れるんだろう? 何せ貴様にとって俺は未知の知識と情報の塊だもんなぁ? 前は問答無用で消されかけたが余裕がある今ならチャンスだもんなぁ?』


 さも俺は分かっているぞと言わんばかりにレイスが挑発をする。

 普通の人なら癪に障るその物言いもウルティナに取っては何のその。ふぅ、とため息を一つ吐くと、手に持った杖をくるりと一回転させ眼前に突き出すように構えを取る。


「お望みなら全て引き抜くわよ?」

『やれるもんならやってみろ。俺を今までと同じと思うなよ』


 そしてウルティナは歩を進め結界内へと足を踏み入れる。

 そのまま何の躊躇もなく杖をレイスの体へと突き入れた。実体の無いレイスの体はすんなりと杖を受け入れ……いや、この場合は透過と言った方が正しいかもしれない。

 ともあれ杖の先端部が完全に埋まりきったところでウルティナが魔法の詠唱を開始する。



 後ろで見ているセーヴァ達が不安そうに見守る中、突如ウルティナが杖を持つ左手を右手で掴む。

 それがレイスとの戦いの合図だった。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る