第354話 大地の修理10


 その日の夜、ふと私は目が覚めました。

 上体を起こし横を見ると隣には寝息を立てているコロナさん。反対側ではフーレさんとスーリさんが自分の寝床スペースを拡張しようと寝ながら互いに押しのけ合っています。

 そう言えばユミネさんが何故かお二人の反対側に行ってましたがそう言う事だったんですね。


 そう、ここはカーゴの中。今回の野営では女性である私たちはここで寝泊まりしているのでした。

 ……ちょっと端っこにいるろぼっとさん達が鎮座してるのは最初びっくりしましたけど。


(えーと……今は【フォーカラー】の皆さんの時間でしたっけ)


 首に掛かるタグプレートを小さく操作すると現在の時刻が小さく浮かび上がってきます。ヤマルさんから頂いたこれは離れていても会話が出来る機能だけではなく、このように時間を示す機能があったりと便利な機能がたくさんあって重宝しています。

 そして予想通り今は『フォーカラー』の皆さんの時間でした。外ではきっとヤマルさんやラムダンさんも寝て……あれ?


(ヤマルさん……?)


 カーゴの入り口の隙間からヤマルさんの姿が見えました。入り口のドアはヤマルさんしか開け閉めが出来ないので、基本的にドアは開けっ放し。流石に中が見えないように入り口にカーテン代わりに布をつけてはいます。

 そしてその隙間から魔法の明かりに照らされたヤマルさんが見えました。胡坐をかき足の上に置いた本に何やら書いているみたいです。

 今の時間はヤマルさんは確か私たちと一緒で休憩時間のはずですが……。


 もう一度寝ようかと思いましたが少し気になって眼が冴えてしまいました。

 ヤマルさんのあの様子から何かお仕事してそうですし、少しお手伝いをした方がいいかもしれません。

 傍らに置いておいたショールを羽織り皆さんを起こさないように外に出ます。近くまで寄ると顔を上げこちらに気が付いてくれました。


「あれ、エルフィどしたの。もしかして起こしちゃった?」

「……いえ、たまたま目が覚めただけですよ。お隣良いですか?」

「ん、ちょっと待ってね」


 そう言うとヤマルさんは魔法で簡易的な椅子を作ってくれました。

 野外用の服装ではありますが就寝時に汚れないように気にしてくれたみたいです。ヤマルさんにお礼を言ってありがたく使わせていただくことにしました。


「ヤマルさんも今は寝てる時間ですよね。お仕事ですか?」

「んー、まぁ色々ねー。今はシロのレポートの下書きかな。詳細は帰ってからになるけど、俺の頭じゃ今のうちに書かないと忘れる事多そうだからなぁ……」


 ペンのお尻で頭を軽くつつく様は何かを思い出している様で。この仕草は癖になっているのか、ペンを持ってる時はよく見かけます。


「……ヤマルさんはそこまで頭悪いとは思いませんけど」

「良くはないよー。今もいっぱいいっぱいだしね。ただ……あっちいたときに比べたら良くなっていると言うかマシになってる実感はあるかな」

「そうなんですか?」


 うん、とヤマルさんは頷くと、一旦ペンを止めゆっくりと夜空を見上げます。


「何て言えばいいかな。多分『本気』じゃなかったんだろうなぁって言えばいいのかな」

「本気……ですか?」

「うん。あぁ、別に手を抜いていたとかじゃないよ。ただ何しても基本上手くいかなかったり、ちゃんと出来てなかったんだよね」


 ヤマルさんがそう言うのでしたら多分本当のことなんでしょう。

 でも私が知っているヤマルさんからはそんな風には見えません。


「……あまり信じられません」

「あはは、ありがと。まぁ真面目にやってたし本気だったけど、それは全部やった、本気だったんだなぁって。こっち来てから色んな面で生き死に考えざるを得なくなって、それで死ぬ気でやったんだよね。そしたらあっちの頃よりは上手くいってるようになってね。向こうじゃ死は希薄だったからなぁ……」


 どこか遠くを見るような目をしていましたが、不意に『止め止め』と言ってヤマルさんは視線を戻しました。


「まぁそんな感じ。向こうで今と同じように出来てたら変わってたかもしれないし、もしかしたらここに居なかったかもね」


 ヤマルさんはそう言いますが、私としては内心この世界に来てくださって良かったと思ってしまいます。

 もちろんこんな考えはいけない事だと分かっています。ですがもしヤマルさんがいなかったらずっと村で変わらずに過ごしていたでしょうし……もしかしたら一人で追い出されていたかもしれません。

 それに……。


「……ところで今日の晩御飯大評判でしたね。最初ヤマルさんが作るって言うのでびっくりしましたけど……」


 頭の中に浮かんだものを払しょくすべく咄嗟に話題を変えます。

 調査も無事に終わり今日が実質最終日の夜。その日の夕食はヤマルさんが……いえ、ヤマルさんを含めた男性の皆さんが料理を作ってくれました。


「あー、普段から色々やってもらってるしたまにはね。それにあれなら作るの簡単だし、量はあっても男手がたくさんあったから力技でやれたしね」

「お好み焼き、でしたっけ。あれもヤマルさんの世界の料理……?」

「うん。まぁマイにちょっと融通してもらったものあるけどね。材料はこっちにあるもので大体揃うけど、調味料系は流石にどうにもならなかったからなぁ……」

「あの独特なソースとまよねーず?ですよね。何とか作れないでしょうか……」


 思い出すだけでも美味しかったお好み焼き。ドルンさんが大きな鉄板を出し、そこで焼いてひっくり返したりと中々豪快だった気がします。

 ヤマルさん含め他の方も大量の材料を刻んだり必死に混ぜたりと色々大変そうでしたが、とても満足のいく料理でした。

 ただスーリさんやフーレさんがたくさん食べるのでダンさんとひと悶着起こしかけていましたが……あれはいつもの事ですね。


「マイならレシピ出してくれるんじゃない? 足らないものは創意工夫して作るしかないね」

「そうですね。特にまよねーずは色んな料理に使えそうですし挑戦してみたいです」


 味わった感じ恐らくは鳥の卵と……油? でもお肉とかのではなさそうですね。

 他にも何かありそうですし、何より材料がそろっても作り方も変わってくるかもしれません。マイさんが教えてくれるレシピはたまに無理難題ありますし……。

 前に油の温度が指定されたときはどうやるんだろうと本当に悩みました。結局は専用の機具があったみたいですが、もし今回もその様な形でしたら私の方で手探りで探してみるつもりです。


「んー……一先ずシロのレポはこんなところかなぁ。王都着いたら清書しないといけないけど。エルフィはレポート何かある? あるなら一緒に行くよ」

「え、そうですね……」


 私も一応は魔術師ギルドに所属している身。とは言え歩合制みたいなものですので、レポートを強制されていることはありません。

 ただ資料としてエルフの魔法をまとめて欲しいと言う話ですが……。


「精霊魔法って独特だよね。詠唱統一されてないのに効果はちゃんと出てるし」

「語りかけているようなものですし……最近はお料理の時ぐらいしか使ってませんね」


 旅路は安定……と言うよりよほどの敵でない限り魔法を使う前に終わっちゃうんですよね。

 コロナさんがそもそも強いですし、ヤマルさんも遠距離で……あれ?


「どうかしました?」

「あ、いや。料理で使ってるなんて全然知らなかったからさ。いつも見てるはずなんだけどなぁ……」


 そう言えばこの話は全然していなかった気がします。

 魔法と言っても目に見えるものではないですし、効果もそこまで特別なことはありません。ある意味ではヤマルさんの生活魔法と同じようなものでしょうか。


「何て言えば良いですか……えっと、材料を良くするとか……」

「活性化?」

「あ、はい。それです。カーゴに冷蔵庫とかありますけど、調理前に魔法で材料を活性化させてます。そうすると鮮度が戻るような感じになるんですよ」


 実際時間が戻せるわけではないのでコロナさんの身体強化みたいなものでしょうか。歯ごたえが良くなったり素材の味が良くなったりと結構重宝しています。

 もちろん劇的に変化するわけではありません。あくまでちょっとした小技みたいなものです。

 そんなことを思っていると何故かヤマルさんがこちらをじっと見つめてきます。


「……あの、そんなに見つめられると恥ずかしいのですが……」

「っと、ごめん……。それ普通にすごいからレポート出したらマルティナさんが喜んでくれると思うよ」

「そうでしょうか」

「そうだよ。そう言えばコロが『エルさんは料理中に良く鼻歌してる』って言ってたけど、あれってその魔法の詠唱だったのかな」

「ぅ、そうかもです……」


 そう言えば簡単な上に慣れている魔法だからそんな感じに発していたかもしれません……うぅ、少し恥ずかしいです。


「まぁ一つレポートのネタが出来たってことで。さて、俺もシロのはここまでにするかな」

「あ、ならお休みされます?」

「そうしたいけどまだ帳簿つけてないんだよね。減った物はメモ取ってるから落とし込まないと……」


 そう言うとヤマルさんは別の本を取り出します。

 この本はヤマルさんが昔から使っているパーティー資金の帳簿用の本とのこと。夜遅くまでヤマルさんがこれに色々と書き込んでいるのを何度も目にしています。

 一度明日に回すように言った事があるのですが、金銭関係の内容は極力正確に把握しておきたいらしく、今では完全に日課になっています。


「……何かお手伝いしましょうか?」

「ううん、大丈夫だよ。エルフィ達には色々と支えて貰ってるから、これぐらいはやらせて欲しいんだ」

「分かりました。でも困った時は言ってくださいね。何でもしますから」


 何の気なしに言った言葉。でも何故かヤマルさんはちょっとジト目になっていました。

 何か変なことでも言ったでしょうか?


「あ~、えっとね。もちろんじゃないのは分かってるけど、あんまり男に何でもしますとか言わない方がいいよ」


 言われ、先ほどの目の意味が分かり頬が熱くなるのを感じます。

 確かに軽率だったかもしれません。でもヤマルさんなら大丈夫ですし、別に大丈夫じゃなくても……じゃなくって!


「え……ぁ、その……はい。で、でも大丈夫ですよ! ヤマルさんはそんなこと絶対言いませんから……」


 そう、ヤマルさんだから大丈夫なのです!

 そもそもヤマルさんにそう言う気があるのでしたら、その……私かコロナさんのどちらかは間違いなく……えぅぅ……。


「……もし言ったらどうするの? やってくれるの?」

「ふぇ?! えっと……それは、そのぅ……」


 慌てるこちらを横目に、ある人を連想しそうなちょっと意地悪な顔をするヤマルさん。

 何となく嫌な予感がするんですが……。


「何でもする、って言ったもんね。ちゃんと聞いたよ」

「そうですけど……ほら、ヤマルさんを信用としてと言いますか……」

「なら信用して言う事聞いてくれるんだよね。大丈夫大丈夫、ちょっとだけ恥ずかしいかもしれないけどすぐに慣れるから……」

「何か言動や顔つきがウルティナさんっぽくなってませんかー?!」



 ◇



「んで、それがアレか」

「まぁそんな感じ」


 翌朝。全員が起き集まったところでちょっとした事件が起こる。

 いや、正確には俺が引き起こしたようなもんだけど……。


「エルちゃん、可愛いー!!」

「ね、後で髪形変えようよ。今よりもっと似合うのあるって!」


 主に女性陣に取り囲まれているエルフィリア。そんな彼女が普段と明らかに違うのが先ほどフーレが言っていた髪形だ。

 彼女は現在こちらの指示を受け、目隠れさんよろしく目を完全に隠している前髪を横に分けている。その為普段見ることが無い彼女の翡翠色の目がばっちりとお披露目されている形だ。


「大丈夫なのか。流石に王都じゃもたないんじゃねぇか?」

「昼過ぎまでって約束だから大丈夫だよ。予定通りなら帰りの道中で終了だしね」


 まぁ多少エルフィリアが居心地悪くなるかもしれないけど、これも慣れの一つという事で頑張ってもらうことにしよう。




 なお普段見れない彼女の素顔に【フォーカラー】の注意力が散漫になったり、ダンがユミネに足を踏んづけられている姿が散見されるようになるのだが、この時はそこまで気が回らず後で頭を抱えるはめになるのはもう少し後の事である。


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