第355話 大地の修理11
自分こと古門野丸は日本人サラリーマンである。
こちらに来てすでに相応の月日が流れているので、気持ちの上では元サラリーマンとなってはいる。正直なところもうクビになっててもおかしくは無いし……。
それはさておき、あちらで培われた社会人としての経験は自分の中で生き続けている。冒険者としては殆ど役に立たない経験だが、それ以外ではまま有用だったと思う。
少なくとも王侯貴族や組織のトップ相手に話すときには役に立っているだろう。正しい礼儀作法になっているかは定かではないが、それでも粗暴な口調にはならないし最低限は何とか出来ている……と思う。
単に見逃されている可能性も十分あるがそれについては今は置いておく。
もちろん培われたのは言葉遣いだけではない。
営業はやったことないし接待の経験も無いがそれなりの知識はある。何をすれば良いかは多少なりとも心得ている。
まぁ何が言いたいかと言うと……。
「これで一つ穏便に……」
「仕方ないわねー」
THE袖の下……ではなくこれはお土産、心遣いの形。OK?
目の前では満足したかのように渡した箱を開け、中に入れておいたアイスクリームを食べるマルティナの姿。
ここは魔術師ギルドのギルド長室。マルティナと色々と話をするために今日アポを取りやってきた。
彼女が上機嫌でアイスを食べている間に昨日からの事を振り返る。
昨日、無事龍脈の修理も終え王都に帰ってきたのは日も暮れはじめた夕方のことだった。
その時自分が行うべき事が三つもあった。どれも話や手続き関連だったので、正直体が三つに分裂しないかなと思った程だ。
しかしそんな愉快なことは出来ない為、優先順位をつけ割り振りを行った。
まず一つ目は魔術師ギルドへの報告。
しかし時刻が時刻なだけにこれについては当日はやめておくことにした。シロの件があるので早めにしたいところだけど、こんな時間に突撃したら絶対ロクな事にならない。
ポチの前例があるためこの件については明日に回して良いと判断。ただし魔石の件もあるのでアポイントメントを取る事にした。
これについては自分の代わりに魔術師ギルド所属のエルフィリアと一応護衛としてコロナを付け二人にお願いしたのだ。
そして二つ目の冒険者ギルドへの報告。
こちらは自分の名代をドルンに頼み、【風の爪】と【フォーカラー】に報告をお願いした。
この辺りについてはラムダンがいるし問題無いだろう。
そして最後にいつも通りのカーゴを預けるのとロボットの見送りのために王城へ。あとついでにアイス回収。
女性には甘味と安直に繋げるつもりはないが、今のところ十割バッターの実力は見逃せない。
そして翌日、つまり今日。
シロをポチと共に大きくした状態で魔術師ギルドへと赴く。ポチの事は周知している王都の住人だが、流石に同サイズの純白の戦狼が一緒に歩いてる姿は度肝を抜かれただろう。
一応ポチの時同様にシロの上に乗る事で大丈夫と言うアピールはしているが、シロは自分を乗せることはあまり良く思っていないのは分かっていた。
なので彼にはちゃんと今回の件についてしっかりと言い聞かせ同意を取っている。この街で過ごし皆から受け入れられてもらうために、シロのことを安全にと思ってもらうこと。今日乗せたからと言って今後シロの同意なく乗る事は無い事(ただし緊急時は除く)。
まぁ後は分かりやすい餌としてポチを隣にして一緒に歩くということでどうにかなった。
一応シロを使ったのは先の理由もだが、それ以上に自分に注目を浴びせたかった。
何せ近い内に魔石の買取りをお願いする。その際に魔術師ギルドに何度も出向くことになるが、先にシロを見せておけばその件であると周りに思ってもらえると踏んでのことだ。
さて、頭の中で昨日からのことを振り返り終えたところで丁度マルティナも食べ終えたらしい。
お代わりを要求している目をこちらに向けてくるが、それ以上は無いので諦めるように伝えると分かりやすく不服そうな顔をする。だがそれも一瞬の事。
すぐに真面目な顔……魔術師ギルドマスターとしての表情になり改めてこちらに向き直る。
「それで今日はその子の登録? ってか何よその真っ白な子」
「戦狼のアルビノですね。一応第一報のレポートはこちらです」
なお件のシロは今は自分の隣で小さい状態になりポチと共に座っている。見知らぬ土地、人間が暮らす世界ではまだ慣れない為か昨日からあまり落ち着きがない。
ポチが最初に来た時は大あくびしてた気がするけど……この辺は野性としてしばらくいた差かもしれない。
そしてレポートを受け取ったマルティナは中身を吟味するように目を通していく。
流石に普段からこの手の報告書は見ているのか読む速度はかなり早かった。
「色々興味深いわね。同じ戦狼でもポチちゃんとの差……いえ、この場合違いかしら。書いてる事は本当なの?」
「まだ契約して三日目ですからね? とは言えうちのコロナとエルフィリアにも協力してもらいましたので精度は信用できるかと」
「ふぅん。
「正確には同等見込みですけどね。最初に遭遇した時はシロが飢餓状態で弱ってて、魔法使っての強化でもポチで圧倒できてましたし。ただエルフィリアが言うには戦狼状態だとそっちにも魔力使うから、ポチよりもなっていられる時間が短そう、だそうです」
「なるほどねぇ。魔力主体なら戦狼の亜種みたいなものかしら? 見た目含めて全然違うし、いっそのこと
「本人が言うには色以外は元々戦狼だったみたいですけど……。魔石の過剰摂取でこうなっただけですし、後天的なもので種族変えるのはマズくないですか?」
「便宜上みたいなものよ。シロちゃんを純粋に戦狼って言うにはちょっと違うでしょ?」
「ポチも大概ですけどね」
何せ普通の戦狼はこの二匹の様に変身したりしない。
「まぁ生物的には戦狼だけど、呼称としては魔狼として登録するわね。はい、これに記入お願いね」
何かなし崩し的にシロが魔狼になってしまった。
……まぁちゃんと戦狼ってことを記載しておけば大丈夫か。ぱっと見は真っ白な戦狼だし、他の人はそこまで気にしないだろう。
渡された獣魔契約の書類に記入を行い、シロ用の獣魔の証をもらえばまずは一つ目の用事が完了だ。
「シロちゃんについては今後もレポート書いてね。こんな子滅多にいないんだし」
「了解です。……で、マルティナさん。ちょっと相談事が……」
「……厄ネタ?」
「そんな目をしないでください。悪い話ではないと思いますから」
あまり信用が無いのはもはや仕方の無いことなのか。
……ダメだ、心当たりが多すぎる。自分ではそんなつもり微塵もないのに、確かにマルティナに舞い込む話が厄ネタが多いのは否めなかった。
少々悲しみと共に彼女に対し心の中で謝罪しつつもコホンと咳ばらいを一つ。
改めて今日のもう一つの話出すことにする。
「実はマルティナさんに……と言うか魔術師ギルドに魔石を卸したいんですよ。それも大量に」
「魔石? 確かに
そこまで言ってマルティナも気付いたのだろう。
一介の冒険者が魔石を大量に手に入れることはほぼ無い。これは魔石の主な出所が魔物の体内であるためだ。
そのため大量に持つという事はその分大量の魔物を屠ると同義である。しかし魔物を倒すことは出来たとしても、それだけの魔物が出現したのであれば必ずマルティナの耳に入る。
それが無いという事は残るは一つ。
「鉱脈でも見つけたの?」
「今回こっきりのですけどね。取ったらそこからはもう出土しないかと」
やや声のトーンを落としているのは彼女もその意味合いが分かっている証拠。
魔石は稀に地中からも見つかる事があるのはラムダンに教えてもらった。と言ってもその辺を掘れば出ると言うものではなく、地下深くだったり洞窟の中から露出していたりと様々だ。
この辺りの仕組みはマイから龍脈の話を聞いているので何となく察しはついている。傷ついた龍脈から漏れ出た龍脈エネルギーが地中で結晶化しているのだろう。
地表にあまり出ないのも龍脈そのものがかなり深い位置にあり、表面に出る前に地面の中で止まってしまうためと思われる。
まぁそれはさておき……。
「チカクノ遺跡に行く道中に渓谷ありますよね。あれの谷底で発見しました。目視概算ですが量はこちらに記載してます。あとはサンプルとしていくつか持ってきました」
カバンの中から大よその概算見積と数個の魔石を取り出しマルティナへと渡す。
「またとんでもない量ね。よく見つけたわね、あんな場所」
「むしろ今まで見つけて無かった事が意外でしたけど。危険ですが降りる冒険者とか一人や二人いそうなのに……もしくはマルティナさんみたいに飛べる魔術師がヒョイと行くとか」
「嫌よ。鳥系魔物との空中戦は地獄でしかないわ」
やっぱりそうなのか……いや、マルティナ程の魔術師が言うのだからそうなんだろう。
「ちなみにコレ、採掘と運搬の宛てはあるの? 特に上まで運ぶのはかなり難しいでしょ」
「まぁその辺は何とか。色々と伝手ありますので」
「ヤマル君の伝手って大抵おかしいわよね」
「マルティナさんもそのおかしい一部ですからね?」
そもそも一介の冒険者兼魔術師ギルド員風情がほいほいギルド長に会えることはない。
「ウルティナ様に比べたらそんなことあーりーまーせーんー」
「あんなおかしさ頂点の人と比べちゃダメですって」
「あー、そんなこと言っていいんだー? 告げ口しちゃおっかなー?」
「どうせしなくてもバレますし……。むしろ言わなくてもバレそうですから」
何せ思った時点でほぼアウトだもんなぁ、あの人……。
……嫌な事思い出した。忘れよう、うん。
「そう言えばさっき聞きそびれたけど何でうちなのよ。普通に冒険者ギルドか商業ギルドでいいじゃない。ヤマル君はウルティナ様の弟子であの方と引き合わせてくれたんだし、これ以上私たちと繋がりを強くするようなメリットは無いわよね?」
「んー、ちょっとそっちに回すと魔石のお金で揉めそうなんで。あ、一緒に見つけた面々とは大体話はついてるんですよ。ただ……ほら、冒険者ギルドってやっかみする人が多いじゃないですか。あぶく銭を得た後輩たちが同業にたかられるのはしのびないですし……」
「あー、確かにそのまま卸すと足が付くしバレそうね。でもこっちに渡したらヤマル君が一括になるからやっかみも集中するんじゃない?」
「今更ですよ。まぁそれに自分で貴族みたいな上の人と付き合うことあるじゃないですか。そっちでお金食われたって言えば誤魔化せるかなーと」
あなたも大変ね、と同情の目線をされたがもう慣れっこだ。
「まぁそう言った感じです。それで魔石の買取り、お願いできますか?」
「良いけどここからは商談だから手心加えないわよー? それに大金が動くから私の一存だけじゃダメね。購買や調達の人と一緒に話を詰めたいから、今日は触り程度でいいかしら」
「えぇ。最終的には持ってきた現物見てからになるでしょうしね」
さて、前段階とはいえ商談は商談だ。
皆の為にもせめて損にならないようにここはきちんとやっておくことにしよう。
◇
「やっほー。セレスちゃん、ちょっといいかしら?」
「ウルティナ様? こんにちわ、今日はどうかされましたか」
手をひらひらと振るいながら我が物顔でこちらへとやってきたのはヤマルさんの師匠で私達異世界組の先輩でもあるウルティナ様。
一応ここ神殿の中でも関係者立入禁止な場所なのですが……でも堂々としてますのでおそらく許可は得てるんでしょうね。
「うん、ちょっとセレスちゃんの力借りたくてねー。あとセーヴァ君」
「? 私の力……ですか?」
私の力と言えば聖女見習いとして浄化や治癒とかが主ですが……でも力でしたらウルティナ様の方がずっと上だと思いますけど……?
「ちょっち危ない橋渡るかもしれないからね。まぁ念のためよ、念のため」
「ウルティナ様程の方が言う危ない橋ってかなりの物では……?」
「一人だったら万が一かもだけど、セレスちゃんとセーヴァ君いれば完璧ってとこなのよー。だからお願い!」
ね!と両手を合わせられ懇願する様子のウルティナ様。
流石に断るのは憚られたため『神殿の許可が下りたら良いですよ』とだけ返すと、とても喜ばれた様子で風の様に去っていってしまいました。
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