第352話 大地の修理8


(さて、どうしたもんかなぁ……)


 腕を組み目の前の光景を眺めながらゆっくりと思案するが、中々良い手が浮かばない。


 あの後自分は襲ってきた相手を許すことにした。あまり自分から願い出ることが無いポチたってのお願いという事もあるが、ポチの将来のつがいになるかもしれない相手を逃したくないと言う打算もあった。

 もちろんポチと違い相手は野性の魔物。その為ポチにはしっかりと彼を見張り言い聞かせる様にと伝えておいた。

 流石に彼によって皆に危険が迫る様であれば、残念ながら切り捨てねばならない。

 これについてはポチも理解を示してくれた。


 そして現在、視線の先では先ほど襲ってきた相手は差し出した水を大人しく飲んでいる。

 ただしこちらに対する敵意の様なものは消えておらず、どちらかと言えば惚れた相手であるポチの言うことだから聞いているといった様子だ。

 一応ちゃんと言い聞かせてくれているようでその点については安心は出来るものの気は抜けない。


 それ以外にもちょっと……と言うかかなりの変化があった。

 ポチが戦狼状態からいつもの子犬状態へと戻った時、向こうも体躯が縮んだのだ。大きさは大体ポチと同じか気持ち大きいぐらいだろうか。

 最初戦狼はそう言う特性があるのかと内心首を傾げたが、どうもポチ経由での話によるとこっちが正しい姿らしい。

 どうも彼も意識的にあの姿になっていたわけではなく、恐らく本能部分で多くの魔力を取り込もうとした結果なのだろう。本当のところはもっと専門的な人に調べて貰わないと分からないが、とりあえずはそう推察することで自分の中で納得することにした。


「ヤマルよ、結局こやつはどうするのだ。ポチと同じ契約をするつもりか?」

「うーん、それが出来れば一番良いんでしょうけど……」


 ブレイヴの問いかけに対し自分でも分かる程に歯切れが悪い答えしか出ない。

 後頭部を掻きながら本当にどうしようかと思考を巡らせる。


 ポチと同じように獣魔契約が出来れば一番良いのだが、それがポンポン出来るのなら世の中もっと獣魔師がいると言うもの。

 獣魔契約の条件はポチの時にマルティナから全て聞いている。彼女は『対象との信頼関係』があり『望むものを与え』、『血肉の一部を分ける』ことと言っていた。

 その後名前を与えることで存在が固定化され、晴れて主従関係が構築されるわけだ。


 そして獣魔師が少ない理由の最大のポイントがその条件の一つである『対象との信頼関係』である。

 元来魔物は人を襲う天敵。獣を手懐けるとは訳が違う。

 ポチは例外的に生まれたてであり刷り込みの要領で構築されたが、現在目の前にいる相手が慕っているのはポチであり自分ではない。むしろポチの恋敵として見られてる気さえするし……。

 一応その点が解決出来れば他は何とかなりそうではある。『望むもの』なんて今ならご飯類、もしくはポチとの関係性云々で何とか出来そうだし。


 その事をブレイヴに言うと彼は『なるほどな』と納得したようだった。

 

「とりあえず契約できるように何とか努力はしてみます。かなり難しいでしょうが……」

「そこはこいつを助けると決めたヤマルが責任をもって対処することだな。今のままだと街に入れられないだろう?」

「そうなんですよねぇ……」


 ポチと違い契約してないこの子は獣魔ではなく魔物扱い。街に入れば間違いなく討伐対象である。

 かと言って外に放り出せばそれはそれで討伐されかねないわけで。


「早々に何とかします……」

「うむ。ではとりあえず戻るとしよう。上のやつらもヤキモキしているかもしれないしな」


 そうですね、と返しつつポチともう一匹を何とか回収して帰り支度をする。

 とにかくどうにかして獣魔契約をしないとマズいなぁと頭を悩ませつつ、ブレイヴに担がれ一旦はその場を後にすることにした。



 ◇



 世の中、思ったように事が進まないことはままある。

 現在自分はそれを痛感しているが、棚ぼたと言うか事が進まなかった結果良い方向へ転んだのは稀だろう。


 時間はすでに夜。あたりは夕闇に包まれており、野営地の明かりに照らされそれぞれのメンバーが皆思い思いに過ごしている。

 食事も終わり風呂も必要なメンバーはすでに済ませ当番制の見張りが周囲警戒をする中、自分はカーゴの壁を背に地面に座り込んでいた。

 前を向けば他のメンバーが仲良さげに談笑をしているのが見える。


 そして視線を足元に落とすと……。


「あ~……その、ね。もう大丈夫だと思うよ?」


 胡坐をかいた自分の足の上ではポチが丸くなっているのはいつものこと。

 だがその自分のすぐ隣では真っ白な子犬……もとい子狼も丸くなっていた。


 時間は少し遡る。



 ブレイヴにより無事渓谷の上に戻ってきた自分達だが、ポチともう一匹増えたワンコっぽい何かにフォーカラーは驚き、女性陣は黄色い声をあげた。

 今にも飛びかかりそうな彼女たちを何とか制し、とりあえずエルフィリアに食事を頼む。自分が常備しているのは非常食しかなく、堅いこれらでは胃に負担がかかると思い水や白湯程度しか与えれなかったのだ。

 なおも飛びかかりそうな女性陣と普通に魔物としての防衛本能で飛びかかりそうな一匹に挟まれながら何とかとりなすこと十数分。一応軽く下で起こった事を皆に掻い摘んで話していたところに、エルフィリアが頼んだ食事を運んできてくれた。


 そして食事の乗った皿を受け取りポチの横にいた彼に差し出したところで事件が起こる。

 お皿を目の前の地面に置こうとした直前、こちらの手を思いっきり引っかいてしまったのだ。

 突然の事に皿から手を離し手を引っ込めるが、引っかかれた部分には三本の爪痕がくっきりと残っていた。敵対心が無いと示すため防具を外していたのも裏目に出てしまったのだろう。

 まぁ有り体に言ってしまえばナメられたのだ。幼いとは言え野生の本能からも十分取るに足らない存在であると見做されてしまった。


 その判断は確かに間違っていない。この中で一番戦闘力が低いのは自分だろうし、弱肉強食の世界では強さこそが正義であり絶対的な法だ。

 ただし人の世界では別の法則が動くことはままある話。彼の不幸はそれを知らなかったことだろう。

 まぁ基本野性である魔物に、更に言えばあんな幼さでそれを知れと言うのは酷と言う物ではあるが……。

 兎にも角にも、彼は選択を間違えてしまった。現在この中で一番手を出してはいけない人間が誰であるかを分かっていなかった。


「ふぅん……ポチちゃんは良い子だったけど、やっぱり躾はきぃっっっっちりしないとダメみたいだね」


 チャキリチャキリと刀の鯉口を切りながらヤバいオーラを放ちながら近づいてくるコロナ。明らかに目が笑っておらず、威嚇どころか今にも首を撥ねかねない雰囲気さえある。

 そしてその瞬間上下関係が決した。全身の毛を逆立たせ即座に後ろに飛びずさったのがその証拠だろう。

 おまけとばかりに尻尾と耳が完全に項垂れていたし。


 だが更なる窮地が彼を襲う。


「……ヤマルさんにそんなことをする子にはご飯あげません」


 そう言って地面に落ちていた食事皿を取り上げたのはエルフィリアだった。

 それを見た彼の表情が明らかにショックを受けていたのは無理もない。何せ何日ぶりかもわからぬ食事。

 すきっ腹が限界を超えた時に出された暖かい食事はさぞ期待が持てたことだろう。なのにそれを取り上げられ、あまつさえ誰も咎めるものがいない。

 それどころか……。


「…………(ぷいっ!)」

「!?」


 助けを求めるようにポチに目を向けるも取り付く島もない程にそっぽを向かれ更にショックを受けていた。

 ここに来てようやく自分が何をしたのか理解するが、更なる恐怖が彼を襲う。


「マスターニ危害……」

「排除排除排除……」

「!!!???」


 普段出さない機械音を威嚇とばかりに発し、目の部分を真っ赤にしながらロボットがガッションガッションと近づいてくる。

 非生物特有の恐怖をまき散らしながら近づくその姿は対象が自分じゃないのに普通に怖い。

 そしてその対象となった当事者は当然……。


「キャゥゥッ?!?!」


 完全に恐慌状態に陥っていた。あれほど嫌っていた自分の足に前足でしがみついているのがその証拠だろう。

 自身の身を隠すように完全に後ろに隠れてしまっていた。



 結局その後コロナを宥めエルフィリアを説得しポチを懐柔した後ロボット勢に権限を以って対処した。中々大変ではあったものの、全員に対し彼を庇い取りなすことで何とかその場は落ち着かせることに成功したのだが……



 そしてその結果がコレである。

 どうも彼にとって一番安全なのが自分だと理解したらしい。自分の強さ面で脅威ではないと判断したのもあるが、それ以上に恐怖の対象になりかねない面々から守り、更にそれら全員を止め間を取りなしたのは彼にとって強さ以上の凄さを感じたようだ。

 後に聞いた話だが、親から見捨てられて一度も……いや、生まれてこの方誰かから守られると言うものが無かったのも大きかったとのこと。


 ともあれあれだけどうしようかと思っていた信頼関係がこんな形で成り立ったのは幸運とは言え、何とも言えない感じではある。

 ただポチと違うのはポチとの信頼関係は愛情などから来るものだが、彼は信用や信頼が近いだろうか。ポチに比べたら多少ドライな部分はあるが、あまりベタベタせずにつかず離れずの立ち位置に納まっている。

 またお陰様で無事獣魔契約も済ませ名前も付けた。彼の特徴そのままに"シロ"と名付けられた彼は、見ての通り真っ白な体毛に覆われている。


「しっかしアルビノとは思わなかったなぁ……」


 食事後、嫌がるシロをポチと共に洗濯よろしく全身を洗ったところ、ドロドロの汚れの下から出てきたのは真っ白の毛に覆われた戦狼の子ども。

 親から見捨てられてしまったのもこの見た目故なのだろう。ポチと横並びにすると殆ど同じ体なのに、色合いだけは戦狼特有のツートンカラーではなく完全な白一色であった。


(二匹目の獣魔契約でアルビノの戦狼かぁ。マルティナさんがまた頭抱えそうだなぁ……)


 今も人王国を取り巻く問題でいっぱいいっぱいであろう上司に心の中で謝罪を入れつつ、とりあえずシロの第一報のレポートのメモ書きをしたためることにするのだった。




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おまけ ~ヤマルレポート・シロについてのメモ~


・体毛は白一色。それ以外の見た目は概ねポチと同じ。

・ポチ同様戦狼状態に変化可能。こちらの切っ掛けは生命維持のため自身は関与せず。

・戦狼状態でも見た目は概ね変わらない。ただしこの形態だとポチがやや肉付きが良く、シロがシャープな体躯である。今までの環境(食事関連)のせいだろうか。

・筋力や肉弾戦はポチの方が上。数か月とは言え年齢や経験の差が出たかもしれない。

・ただし魔力量は圧倒的にシロが上。魔法に詳しいものの見立てでは戦狼(比較対象:ポチ)を優に超えもはや別物とのこと。

・なお現状魔法のようなものの発動は見られず。要経過観察。

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