第350話 大地の修理6
「ッ!」
周囲に展開しっぱなしだった《軽光剣》が翻り、飛びかかってきた何かへと襲い掛かる。
しかし切っ先が着弾するより早くソレは身を捻り攻撃をかわすと、再びこちらへと飛びかかってきた。
だがその攻撃をかわすと言う一瞬の時間。わずかとも言える隙間があればそれで事足りることを自分は知っている。
「ガッ?!!」
次の瞬間、飛びかかってきていた何かが目の前で大きくのけぞり後ろへ吹き飛ぶ。カウンター気味に入ったせいか背中から地面にぶつかり、その衝撃で砕かれた魔石の欠片が宙を舞う。
何が起こったのかは自分からは言うまでも無かった。すでに戦狼状態になったポチが『どうだ』と言わんばかりにフンスと鼻息を漏らしている。
あの瞬間、自分の肩から飛び出たポチが瞬時に変身し、そのまま体当たりをして相手を吹き飛ばした。
「うむ、中々良い連携だな」
「いや、腕組んでないでせめて守る素振りだけでも……」
「問題なかろう? それに守るとは言ったが最初から我を頼りきりになるのはどうかと思うぞ」
いやまぁそうなんだけど……。
(しっかし……何だろう、あれ)
視線を向ければ恐らく起き上がったであろう何か。それが分かったのは単に地面を踏みしめた音がしたからだ。
何せ相手の姿が全然分からない。周囲が薄暗く光源がこちらの魔法ぐらいしかない上に、向こうの色合いが黒系なのか保護色になっているのだ。
そこにいるのは何となく分かるのだが全容が見えない。即座に《生活の電》で形状を調べると今のポチと同じ大きさぐらいの四足歩行系の獣。
真っ先に浮かんだのはポチと同じ戦狼だったが、少なくとも戦狼はあんな色はしていない。何より……
「ヴゥゥ……」
ピシリ、と地面に張り付く魔石にヒビが入る。唸り声と共に鈍い自分でも分かる程の魔力の波動。
そう、魔力。つまりは魔法。
ポチも《魔法増幅》は使えるがアレはあくまで自分との連携用だ。少なくとも目の前の何かの様に単独で魔法を繰り出せることは出来ない。
(コロを呼ぶか……?)
頭の中でコロナを呼んだ時の算段を想定する。
通信で呼んだ場合、彼女は間違いなく飛んでくるだろう。自分が降りた時と違い単独での行動のため、ものの十数秒もあればこちらに到着するのは想像に難くない。
代償は上の守りが手薄になるのと何かあった時にブレイヴとコロナが即座に対応できなくなることだけど……。
「わふっ!」
そんな風に頭を悩ませているとポチが寄り添うように隣に立った。
獣魔契約によりポチが何を思っているかが何となく分かる。『自分に任せて欲しい』だ。
後に聞いた話になるが、最近は自分のサポートばかりだったためコロナの様に前に出て守りたかったらしい。
「行ける?」
「わん!」
「任せて平気?」
「わふっ!」
行ける、大丈夫、同種相手でも問題無い。
力強くそう答えるポチの横腹をポンと叩くと、ポチは勢いよく駆け出して行き……え?
「ポチ、ちょ、同種って……!」
その答えを得れぬまま、ポチと何かは再び衝突した。
◇
野丸は獣魔師でありポチのパートナーでもある。その為魔物についての知識も当然覚えるように努力した。
冒険者ギルド、魔術師ギルド、マギアの魔法学校、果ては王城の資料室等など(お城の資料に関してはリディ経由ではあったが)。
各所に保管されている資料を読み漁り、足りない部分を補完していく。
さすがに常時は無理ではあったもののタイミングを見計らい知識を吸収した結果、現在ではそれなりの情報を得ることに成功していた。
その中には当然魔物と動物の差異についての資料もあった。特に野丸が興味を引いたのは『魔石と生態』だ。
魔物の体内のどこかに魔石があるのはこの世界の誰もが知る事である。そして更に魔石に着目した人間が過去に存在していた。
その人物は魔物と同様に魔石を所持する魔族に注目。魔族に協力を依頼し彼らの生態を粒さに調査し、その中で一つの仮説を導き出す。
魔石を所持する生物にとって魔石は第二の心臓と呼ばれるもの。であるならば魔力があれば逆に生命を維持できるのではないか。
無論魔族相手にこの仮説は立証できない。それを行おうとした場合飲まず食わずで魔力だけで生きろと言ってるようなものだ。
そんな非人道的な行為出来るはずも無し。むしろやったら間違いなく大問題になる。
しかし過去のその人は頭のネジが飛んでいたのか、好奇心が抑えられなかったのかは不明だが仮説立証の実験を行った。
ただし対象は魔族ではなく魔物。
どの様な伝手で捕らえ、どの様な手法を用いて実験をしたか不明だが、野丸が見た資料には結果だけが記載されていた。
まず一定の魔力――つまり魔石を与え続けることで生命の維持は可能であること。
ただし当然の如く生物として飢餓感の発生、凶暴化など様々な諸症状が出たこと。
また合わせて逆パターンとして魔石を与えず通常の餌のみを与えた結果、特に変化が見られなかったこと。
以上の事から魔石がどの様に作用しているのかまでは分からないが、少なくとも通常の生命維持に必要な行為は魔力で代用が出来ると結論付けた。
ただしあくまで緊急処置の様な面が強く最終的には死ぬ個体も少なく無かった為、獣魔師は相棒の魔物にはちゃんと普通の餌を用意するようにとの但し書きで締められていた。
さて、何故この話が今出てきたのか。
何故なら彼の目の前に現れた何かがこの要件を満たしていたからに他ならないのだが、それが野丸気づくのは少し後の事になる。
◇
彼にとってそれはまさに衝撃的であった。例えるなら雷に打たれた、もしくは体に電流が走ったような感覚であったと言えよう。
無論彼は雷に打たれたことも電撃を受けたこともない。だがそれぐらいの衝撃だったのだ。
そしてその衝撃により彼は失っていた理性を取り戻す。
思い起こすのは親に捨てられた時の事。
何故捨てられたのかは分からない。ただ母親から疎まれ、気づいたときには独りになっていた。
彼が捨てられたと気づいたのはそれから数日経ってから。
空腹に耐えきれず森の中で木の実や小動物を狩っていたが、そこは野性蔓延る弱肉強食の世界。本来庇護下にあるべき立場の者など真っ先に狙われるというもの。
力も体力もそして経験も何もかも足りず、気づけば体が地面から離れあっという間の空の旅。
眼下に広がる大地と頭上に広がる自身の何倍もある鳥の魔物を認識し、彼はパニックに陥り体を全力でばたつかせる。だが胴に食い込むほどがっちりと掴まれた太い爪はびくともせず、あっという間に崖の中腹にある魔物の巣へと運ばれてしまった。
この運搬時にとった行動が彼の最初の分岐点だったのかもしれない。
体を動かすも満足に身動きが取れず、諦め大人しくなったため死んだのだと鳥の魔物に勘違いされたこと。
その為トドメをさされることを免れたのは幸運であった。
そして巣に落とされ自身と同サイズの鳥の子どもであろう魔物に突かれ捕食されかける。その瞬間生存本能が彼の体を動かし、巣の中はあっという間に混沌の坩堝と化す。そして無我夢中で暴れた結果、親鳥が介入するより早く巣から脱出することが出来た。
だが脱出とは言うがこの巣は鳥の魔物が外敵より身を守る為に崖に作った巣である。彼は確かに巣から飛び出し脱出は出来たが、それは同時に空中に投げ出されることを意味していた。
しかしながら運命の女神は彼を味方しているのか、はたまた更なる困難を与えようとしているのか。
前者の視点からすれば確かに彼は幸運であった。崖の形状、普通の動物よりも丈夫な体、そして体重が軽い事による衝撃の緩和。
幾重もの幸運が折り重なった結果、転げるようにではあったものの彼は崖を沿う形に転がり落ち最下層へとたどり着く。
軽傷とは言い難い傷を負ったものの、五体満足で生き延びたのだ。魔物の巣の高さを考慮すれば奇跡と言う他がない程である。
だが後者の視点からすればここからが更なる困難であった。
ほぼ垂直に近い崖の岩肌は登る事が困難であり、また辺りはまるで夜の様に暗い。
上を見上げれば遠い先に空が見渡せたものの、それは遥かな先のようで。
そして更に不運は続く。
彼が降り立ったこの地は太陽が届かぬため植物は無く、また生物らしきものはどこにも見当たらない。
時折彼と同じように落ち、そして朽ちていった人間や動物らの骨を見かける程度であった。
命は確かに助かった。しかしこのままでは繋げられない。
脱出は絶望的、生存も絶望的。完全にどうにもならない状況下でそれでも何とかしようと体を動かし、どこに続いているのか分からぬ谷底をひたすら歩く。
そして彼は辿り着く。唯一の生存の道を。
ただし彼は知らない。それは生存の道ではあるが、生存するだけの道であることを。
それからどれほどの時間が経ったのか。どうしてこのような体になっているのかも思い出せない。
ただし分かっていることが一つだけあった。
自分の理性が戻る程、目の前の雌に惚れたのだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます