第343話 王国会議(前)


 喧々囂々、もしくは騒然。まさにそう呼ぶしかない程に議会は荒れに荒れていた。

 普段であれば声を荒げる者が居たとしてもすぐに収まるような場。しかし今回は事が事だけに騒ぎは中々収まらない。

 ある貴族が声をあげれば反証とばかりに別の貴族の唾が飛ぶ。


 ここに集められたメンバーはただの貴族階級に名を連ねているだけの人物ではない。全員が人王国各地を治める領主達である。

 つまりそれは各家の当主に他ならない。無論年齢に寄る差はあるかもしれないが、どの人物も一癖も二癖もある人間。にもかかわらずこうして声を荒げていること自体、彼らが受けた衝撃の大きさを物語っていた。


 そんな中、その様子を黙って傍観している者達がいる。

 一番上座に座るはまだ幼さが抜けきらない女王のレーヌ。そして隣にいる摂政と専属従者のレディーヤ。

 更には上座近辺に座っているボールド=クロムドームと彼と同格の大貴族の面々だ。

 本来であれば叱責する立場である者達だが、今はあえて好きにさせている。この様な状態になるであろうと織り込み済みであったし、何より今回の議会をスムーズに進めるのであれば押さえつけるよりも先に吐き出させた方が良いと判断した為だ。


 そして数分後。

 あらかた叫び疲れたのか室内の喧騒のトーンが落ちる。そのタイミングを見計らいボールドが静かに、だが有無を言わさぬ口調で彼らに向け声を発した。


「言う事を言って頭は冷えたか? ならばまずは座れ、話はそれからだ」


 声量がそこまであったわけではない。だが多少とは言え落ちた喧噪の中、彼の言葉は全員の耳に自然と入る。

 流石にボールドに対し正面を切って反論できる貴族はそうはいない。騒いでいた貴族達は皆一様に口を噤みゆっくりと着席した。


「さて、では改めて話の続きをします」


 ボールドの言葉に続くように話を引き継いだのは摂政だ。彼は現在国の実質的なまとめ役であり、女王であるレーヌに代わり進行役を果たしている。

 またこの騒ぎが起こる前に現在の人王国が置かれている窮状を説明したのも彼であり、結果予想通りの光景が繰り広げられる形になった。

 そして機を見計らいボールドに静めてもらうのも予定通り。何故ならトップ層のメンバーですでに情報の共有はされており、おおよその方針もすでに決めてあった。

 無論彼らだけで国を運営できるわけではない。正確には相当無理をすれば出来なくは無いが、騒いでいた貴族たちの力があってこそであるのも知っている。個々の貴族としての力が遠く及ばなくとも数は力であることを知っているし、またどれほど権力を持とうとも一人が許容できる限界と言うものが当然あることも知っている。

 だからこそあえて力で押さえつけることを避け、こうして議会を開き協力を要請する形を取った。


「先ほど伝えた通りこのままでは国土の半分以上が数年後に沈みます。対象地域は海の中になるため復興は困難であり、故に全国民の避難計画を進めねばなりません」


 摂政の説明に合わせ全員に配った資料には人王国の地図があり、そこは沈む範囲が明確に記載されている。

 半数以上の貴族が領地を失うことになるからこその先ほどの騒ぎだ。無論ボールドを含む大貴族の面々も当然その対象となっているが、すでに話を聞き終えた彼らはこの場で慌てることはない。


「し、しかし! 実際起こるかどうか分からないではないですか! もし何も起きなかったら大損害ですぞ!」


 だがそれでも人は信じたいことを信じ、信じたくないものに対しては頑なになるもの。

 当然この様な質問が飛ぶが、それについても既に想定済みであった。


「ならば貴殿はその時を待てばよかろう」

「こんな与太話を信じるのですか!? 未来の話など誰にも分からないではないですか!!」


 折角静かになった議会であったが、再び声を荒げたその男によって部屋中に声がこだまする。肩を上下に揺らし息を切らせるその貴族の顔は興奮のあまり真っ赤になっていた。

 だがその言葉は他の貴族らの代弁でもある。状況は理解出来る、国難であるのも分かる。しかし将来それが起こると言う根拠が全くない。


「君の言い分は痛いほど分かる。我々とて無論そう思わなかったわけではないのだからな」


 ボールドの隣にいる人物が軽く息を吐き諭すようにその貴族へと語りかける。

 流石に互いの力量は分かってはいるのだろう。不承不承と言った様子ではあったが声を荒げていた貴族ではあったが、その矛先を一旦納めた。


「まず最初に言っておこう。これは将来の話ではあるが不確定な未来ではない。むしろ今すぐ大地に沈んでもおかしく無い事だ。数年後に沈むのはあくまで結果であり、沈む時期を数年後に伸ばしてもらっているというのが正しい言い方である」


 そして彼らに更に情報が展開される。

 これは野丸からもたらされた情報を元に作成された内容、だがそれ故に龍脈やノア等についての情報は一切カットされてある。

 その情報を要約をすると異世界召喚の反動で大地が極端に弱くなっていること。そのしわ寄せが昨今の地震であること。

 そしてマザイ教の神であるマザイがこの大地の崩落を一時的に食い止めていることだ。


「少なくとも我々はこの情報が真であると言う結論に至った。故に数年の猶予の間に国民の避難計画を立て素早く実行せねばならん」

「先に伝えておきますがマザイ神との言葉は大神官長以下複数名の大神官からの御墨付きです。彼らにはこの計画にあたり民の説得、および心のケアをしてもらう約束はすでに取り付けています」


 そしてここに来て今まで話を聞かされていなかった貴族たちも気付く。

 すでに話は進んでおり、いわばこの場は決を取るだけの場に過ぎない事を。そして普段派閥が分かれる大貴族に分類する彼らが摂政やボールドの言葉に対し何も言わないことは、この話が真実であるという事だけではなくそれほどまでに重く受け止めたという事を。


「此度のことは国難であると断定します。そのため女王の名において全ての民に協力を要請します」


 そして女王の名において全員に勅命が下る。誰も異議を言わない……いや、言えないのは足を引っ張り合っている場合ではないからだ。

 中にはレーヌに対し何もしていない子どもが、と内心で悪態をつく者もいるだろう。しかしこの場でそれを言う出すような奴はいない。派閥のトップが何も言わない以上、末端の貴族が言ったところで自身が傷を負うのを十分理解しているからだ。


「さて、現状を理解したところで話を進めましょう。今回の件に対し要請するのはまずは先ほども伝えた避難計画についてです。難を免れた領主の方々には受け入れ態勢の計画をお願いします。無論これは土地の開拓も含まれておりますので、必要に応じてこちらからも人を手配します」


 避難とは言ってはいるが実際は難民移動そのものだ。例え領地が沈む危機から免れようとも、これから大勢の避難民を受け入れることになる貴族達の苦労は計り知れない。

 だがそれ以上に頭を抱えているのは対象になった領地の貴族達だ。

 

「避難対象地域の方には現在の領民の数や村、街の分布などまずは資料をまとめ提出いただきたい。最新の情報を元にこちらで調整を行いましょう。無論決定稿については異議申し立てがあれば可能な限りは受け入れます。ただし妥協して頂くこともありますがそこは理解してください」


 摂政の説明におずおずと手を上げたのは一人の領主。

 先ほどの男とは違い正規の手順を踏んでいるだけで心象は随分と変わる。それを見た摂政が彼の名を呼び続きを言うよう促した。


「先ほど妥協していただくとおっしゃりましたがそれが出来なかった場合は……? 例えば調整をした結果だったとしても到底受け入れられない事があれば揉める可能性は十分にあると思われます」

「その場合は強硬策に出ざるを得んだろう。残された時間が限られている以上ある程度は妥協はすれど度を過ぎれば国賊と見做すしかあるまい」

「そんな横暴な!!」

「だが口減らしの大義名分としては十分じゃろうて。狭くなった国土、飽和する人口。国を思うてくれるなら真っ先に名乗り出てもええんじゃよ?」


 その言葉に再び場が熱を帯び始める。

 飄々と言葉を交わす老貴族はどこ吹く風と言った様子だが、まだ当主としては若いのか頭に血が上っているのが誰の目にも明らかであった。


「ならば国の責任はどうなる! 十名をも呼ぶ原因を作ったのは王族ではないか!!」


 その瞬間ハッとしたかのように両手で口を押えるも時すでに遅く。近場の席の貴族は巻き込まれないよう視線を背け、ボールドに至ってはやれやれとばかりにため息を漏らしていた。

 確かに救世主組十名を呼ぶ原因となったのは元第一王妃の暴走だ。その結果が現状を招いているのはこの場にいる誰もが知っている事である。


「しかし呼ぶと決めたのは王が不在時であり、またそう決めたのは我々だろう? 責任ならばこの場にいる全員があるのではないか? 私もその中の一人だが、もちろん君も同じということでいいか?」

「ぐっ……」

「ついでに言うがドラムス家を責めるなよ? 彼はすでに相応の制裁を受けている。もし全責任を彼が負う場合彼から領地や貴族位のはく奪は当然となるが、その後釜には君が入ってくれるのかね?」

「うっ……!」


 平時であればドラムス領を欲しがる貴族は多い。食料自給率が高く、国内に農作物輸出しているかの領地は肥沃な大地と比例し収入面も安定している。

 しかし現在において領民は邪魔でしかないのだ。自身のところでも手一杯になることが予測されている以上、さらに問題を抱えたいと思う人はいない。


 さらにとどめとばかりに今まで黙っていたレーヌが口を開く。


「王族に責任があると言うのであれば私を玉座から降ろしますか? 民が助かるのであればそれも一つの手でしょう。可否はともかく、それでより良い未来が築けるのであれば耳を傾ける度量は持ち合わせているつもりですよ」


 どうですか?と静かに問いかけるレーヌにその貴族は何も言えない。

 現状唯一残った王族を廃したところで何かが変わるわけではないのはこの場にいる誰もが分かっている事だ。

 しかも彼女は自身の身一つでどうにかなるのであれば受け入れるかもしれないと言うことを示唆した。

 まるで文句を言い喚く男と覚悟を決めた女の子の構図。上に立つ者としての資質が明確に表れた瞬間であった。


「ちなみにこの件に絡むことである為予め言っておくが、女王陛下は先日獣亜連合国と魔国に対し特別な連絡経路を設けられた。これはこの城に居ながら相手国と会話が出来るものだ。今は両国との関係性を強めているところだが、ゆくゆくは双方の国に移民についても打診する予定である。その立役者である女王陛下が居なくなったとあれば向こうからの心象が悪くなりかねん」


 冷や汗を流し言葉に詰まる貴族に対し、ここぞとばかりにボールドからの援護が入る。そしてボールドの説明に追従するかのように近場にいた貴族がその件について口を開いた。


「あぁ、外交部が泣いて喜んでいた一件ですな。お陰でコスト、リスク、所要時間のすべてが減ったと聞いておりますぞ」


 つい先日、城内では野丸によってもたらされた竜の盾の式典が行われた。国宝に指定されたそれはボールドの手によりレーヌに献上されたのは全員の記憶に新しい。

 何も出来ない女王と揶揄されていたレーヌに対する心象を変えるには十分の出来事。そしてここに来て他国との新たなパイプラインを構築したと言う事実。

 果たして彼らは何を思ったか。少なくとももはやレーヌは何もできないお飾りの女王ではないと言うことだけは理解したであろう。

 彼女自身が例え何もしていなかったとしても、そんな彼女の為に動く人間がいる。上に立つ者としてこれは立派なバロメーターだ。


 そして皆が息を飲む中、摂政が今の室内の空気を霧散させるかのようにコホンと一つ咳ばらいをする。

 それを聞いたレーヌはもはや話すことは無いとばかりにゆっくりと目を伏せた。対する貴族はプレッシャーから解放されたせいかはたまた安堵からか。まるで肺から空気を絞り出すように大きく息を吐く。


「さて、最悪の想定とそれに伴う対応策はこれで十分理解していただけたかと思います。では続いてもう一つの"最良の想定"についてご説明しましょう」


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