第344話 王国会議(後)


「さて、"最悪の想定"とそれに伴う対応策はこれで十分理解していただけたかと思います。では続いてもう一つの"最良の想定"についてご説明しましょう」


 最良の想定……?と貴族らから小さな声が上がる。絶望に臥した内容から一変、希望を見出したように俯きがちだった貴族たちの顔が上がる。

 皆が次の言葉を待ちわびているかのように彼に対し注目すると、それを確認した摂政がゆっくりと説明を始めた。


「此度の中で"最良の想定"とは何か。"最悪の想定"が国土が沈むのであればその逆、つまり"何も起こさない"になります。平たく言えば今後も今まで通りの生活を送ることができる、という事です」

「つまり国土が沈むという事も無くなる……?」

「えぇ、その通りです」


 摂政がそう断言した途端、各貴族からのざわめきが起こる。それは本当にそんなことが出来るのかと言う疑問、そしてそんなことが出来たらと言う期待。

 ざわめきはさざ波のように伝播していくが、摂政が軽く手を上げたことでその声がピタリと鳴りやむ。


「現状その手法については不明です。出来るかどうかも分からない、とだけははっきりと伝えておきます。ですがこの件について、かの伝説の魔女と謳われるウルティナ様に調査をしていただける約束を取り付けました」


 ウルティナの名はこの場にいる、いや、この国にいる者であれば誰もが知る名だ。

 そして彼女が今もなお存命であり、最近王都で目撃された話はこの場にいる者であればすぐに耳に入る情報である。

 そんな稀代の魔術師である彼女が今回の件について協力をしてくれる。救国の英雄がまたしても助けてくれると言う事実に彼らは希望を見出した。

 立場を忘れたかのように喜び声をあげる彼らに対し静かにするようにと摂政が声をあげ、少しずつ声が小さくなっていったことで話を再開する。


「喜んでいただくのは結構ですが先ほど言った通り彼女を以てしてもまだはっきりとした回答は得られませんでした。もちろん私も成果に期待する一人ではありますが、だからと言って彼女に全てを任せるつもりはありません」


 そこで、と言葉を一区切りし、摂政がゆっくりと椅子から立ち上がった。そして改めてその場にいる全員の顔を見るように視線を動かす。


「"最悪の事態"を想定した避難計画と"最良の事態"を想定した沈没阻止。この二大案を主軸に皆さんと共に乗り越えていきたいと考えています。つきましては避難計画同様、皆様にはウルティナ様への協力を要請します」


 よろしいですね、と摂政の言葉に皆が拍手を以て肯定の意を示す。

 こうして具体案はまだ先だが大よその方針が打ち立てられた。異議は特に出ず、とりあえずは全員が賛同した形となる。

 この後各個人による権謀術数が繰り広げられそうになることは悩ましいが、少なくとも最終目標の統一と合意を取る事に成功したと言って良いだろう。


 これで今回の議会はひとまずは終わりかと大半のメンバーが思っていた矢先、立っていた摂政が座り代わりにボールドが立ち上がる。

 全員の視線が集まる中、彼はゆっくりと言葉を発した。


「さて、最後に一点。こちらは要請ではなく決を採りたい」


 静かに、だが込められた意志が宿ったかのような力強い声。いやがおうにも緊張が高まり、弛緩しかけた室内の空気が張りつめた空気へと変わる。


「この件は緊急性が高い為この場で採決を行い即時発効をするつもりだ。故に皆も心して聞くように」


 何人かが固唾を飲む音がする。

 ボールドは全員の顔を確認するように一度見渡し、最後にレーヌの方を向いた。彼女が首を縦に振るのを見計らい採決の内容を口にする。


「これまで行っていた異世界人の召喚を禁止とする。理由は言うまでも無い、これ以上呼べば即この地が沈むからだ」


 そもそもの原因は異世界人の召喚によって大地が弱った事が原因とされている。

 現状ギリギリで引き延ばしている以上、さらに追加で呼ぶようなことになればそれはこの国の即時沈没に繋がるだろう。

 大地が沈んだ後に再び呼び込むのはもちろんの事、仮にウルティナの手法が成功したとて負担がかかれば同じ道を歩みかねない。

 その為ボールドが言うように以後の異世界人の召喚を禁止したいと言う決議であった。


「……ちなみに新たな召喚を以て異世界人に頼むと言う手法は」

「その場合少なくともウルティナ殿以上の力を持ち即座に広大な大地を回復させる能力がある我々に協力的な人材を一発で呼ぶ必要があるだろうな。失敗すればその場で大地ごと海の底に行くことになるが誰かやりたいか?」


 もしかしたらそんな都合の良い人材はいるかもしれない。異なる世界の人間が持つ能力と可能性は誰もが知るところだ。

 しかし今回その可能性に賭けれるかと言われればまともではない人間とて首を横に振るだろう。実際ボールドに言葉を返された貴族も特に驚くようなそぶりも無く当然だとばかりに首を横に振っていた。


「ではこれにて全体議会を終了とします。以後は――」



 ◇



 一方その頃……


(暇だ……)


 "召喚の間"で胡坐をかき、目の前の光景をただ見つめているだけの状態。やる事が一切無いとどうしても手持ち無沙汰になってくる。

 視線の先には師匠であるウルティナが部屋の中心で何やら魔法を使い【龍脈】について調べているところであった。

 そんな彼女の隣にはホログラムのマイが浮いており、更にその周囲には多数のモニターが宙に浮いた状態で様々なデータを表示させていた。


 何故こうなっているかと言えば本日はレーヌらに頼み"召喚の間"での【龍脈】の調査を行っているからだ。

 調査だけならウルティナだけでも良かったのだが、一応彼女の見張りの名目とマイとのコンタクト役として自分も付き添うことになった。

 流石にコロナ達はこの場には気軽に入れるものではないため、現在は自分とウルティナの二人だけ。一応外には見張りの兵士たちはいるが、調査の名目で部屋には出入りしないようにしてもらっている。


 普段であればポチなりコロナなり誰かしら一緒にいるため時間はそれなりに潰せるのだがそうもいかず。

 かと言ってウルティナの調査では自分がやれることは全くと言っていい程無かった。各種モニタリングはマイがやってくれるし、ある程度ウルティナに対し情報の開示権限の許可を出してしまえばもはやお払い箱もいいところである。

 一応通信装置があるのだから皆と話すことは出来るのだが、いかんせん目の前ではウルティナが真面目に調査をしているのだ。そんな中後ろで雑談をしていたらどんなことになるか分かったものではない。

 なのでこうして大人しくしているしかないのだが、それはそれでやっぱり暇なのはどうしようもなく……。


「師匠~、ホントに手伝う事何も無いですかー?」

「ん~、無いわねー」


 まぁこれも予想通り。

 そもそもウルティナならやれることがあれば馬車馬のようにこき使うのが目に見えているので、それが無いという事は本当に無いのだろう。


「別に戻ってくれても良いのよ?」

「そういう訳にもいかないので……」

「でも魔法関係だとヤマル君はやる事……あ、なら一つ良い?」


 なんだろう。ウルティナから手伝いを申し付けられること自体は望んでいたので全く問題ないのだが、よくよく考えると彼女からの申し出は普段の行いから若干の不安がよぎってしまう。

 とは言え自分から言い出した手前引っ込める訳にもいかず頷きを以て了承の意を返した。


「ほら、前に"転移門"ってやつで獣亜連合国とか魔国を行き来してたでしょ? あれで空間が繋がった時の動き見たいのよ」

「あー、"転移門"ですか。出来ますけど他国だと向こうの了解が必要ですしそう簡単に……あ、でも……」


 そこで言葉を止め考える。

 "転移門"は二点間を繋ぐ技術であり、先も自分が言った通り国家間の了承が必要になってくる。例えば獣亜連合国と繋ぐ場合は向こうに依頼を飛ばし了解を得てからと言った手順が必要だ。

 しかしこれにはちょっとした抜け穴があることに気が付いた。一応この場にある"転移門"は人王国管轄であり、レーヌとの伝手がある以上ここを使用するだけならばハードルはかなり低い。

 そして繋ぐ先だが国家に属さない場所が一つだけある。ノアの中心、中央管理センターへの直通路だ。

 この場所は現状マスター権限を持つ自分だけが開閉や行き来が出来るので、人王国側の許可のみで事が済む。

 確か今日は全体会議みたいなのがあるらしいし他の偉い人も揃ってるだろうからすぐに許可は降りるだろう。ウルティナの調査の協力は必ずもぎ取ると言っていたし。


「なら中央行きの繋ぎますね。でもレーヌに許可取りますのでちょっと待ってもらいますけど……」

「良いわよ~。あ、でもお土産に何かよろしくね。コロナちゃん達から聞いたけど師匠二人わたしたち差し置いて随分美味しいもの食べたんですってねー?」

「……マイ、何か見繕っておいてくれる? 出来れば"転移門"で荷運び出来る程度のもので」

『了解しました』


 結果レーヌへの連絡は程なく済み"転移門"の使用許可もあっさりと降りたのだが、代わりにとばかりにカレーをおねだりをされてしまった。

 どうも前に食べたのが忘れられなかったらしい。転移ワープの代金がカレーと言うのは日本人からすれば中々バグったレートだなぁと思いつつ、今日一日は中央と王都の間を奔走することになるのだった。


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