第335話 外交使節 四日目(その1)


 室内に入ると一斉にいくつもの視線が向けられる。

 そのどれもがまるで自分を観察するような視線。だがそれも仕方の無いことではあった。


(ゲームだったら左上にトロフィー表示が出そうだなぁ……)


 内容は差し詰め"三国トップ顔見知り制覇"あたりだろうか。ともあれ今は現実逃避的な考えを横に置き現状をしっかりと見据えることにする。


 現在自分は獣亜連合国の中枢へと招かれていた。

 ここは国の政治中枢である大会議室。デミマールの中央にある巨大な建物の一室だ。

 地元民であるコロナの説明によれば、この建物は日本で言えば各省庁と国会議事堂が一まとめになった施設らしい。とは言え普段は役所仕事をする場として運用されており、国の運営の場として使われることはあまりないそうだ。


(確かこの国は中央集権じゃなかったんだよね)


 昨日の夜は以前聞いていたこの国の仕組みを頭の中で改めて復習していた。

 獣亜連合国は人王国と違い各地の村や街のトップの権力が強い。基本まつりごとはそちらで行ってもらっており、国が各地の運営に対し口を出すことは殆ど無い。

 元の世界で言えばアメリカみたいなものだろうか。あそこも州法があるわけだし。


 ただし国として決められた方針には従うと言う大前提はもちろんある。

 その国の方針を決めるのが今目の前に広がっている各種族の代表によって決められる。

 コロナの様な犬型獣人やドルンと同じドワーフは元より、未だ話した事も無い様々な獣人や亜人の代表が一堂に会するこの光景はこの国が如何に多様な人種によって構成されているのかが良く分かる。

 そして彼らによって決められる国の方針は、種族単位で不都合がないようにすり合わせることが殆どだ。各街では様々な種族が入り混じった生活を行っている為この様な形が取られているとのこと。

 例えば『家具の規格をこの大きさで統一』と言う議題があった場合確実にもめるしその法案は通らない。巨人族ジャイアント小人族コビットはその様な法案は到底受け入れられないからだ。


 そしてもう一つ。国事に関する内容の時もこの様に話し合いがされる。

 今回自分が持ってきた話のように『国』として対応せざるを得ないものが持ち込まれた場合だ。国としての外交が主だった話になるだろう。



 さて、獣亜連合国の事を再度確認し終えたところで改めて室内を見渡す。

 大きな部屋の中には各種族の長がテーブルを取り囲むように一人ずつ座っている。そのテーブルの形状も"C"の字の様な形だ。

 ドーナツの一か所を取り払ったかのような空いた部分は入り口……つまり今部屋に入ってきた自分達の方に向けられている。

 後で聞いた話だが、この形状は獣亜連合国の各種族は皆平等と言う現れなのだそうだ。一か所だけ口が空いてるのは単純に中央で話す人の為にあけてあるだけらしい。


「君たちが話にあった人王国からの使者か」


 そんなことを考えていると、低くしわがれた、しかし威厳のある声が室内に響く。

 それなりに人数がいるため声の主が誰なのか特定できなかったが、掛けられた声の方に向けそうだと肯定するように一度頷いてみせた。

 そして改めて頭を下げ、予め用意しておいた口上を述べる。


「皆さま、本日はお集まり頂きありがとうございます。人王国の冒険者ギルド所属の古門野丸と言います。此度は女王陛下より親書を持ってまいりました」


 果たして彼らに自分はどの様に映っただろうか。

 仔細は分からないが少なくとも怒声や罵声が飛んでこないあたりはまだ測りあぐねているのかもしれない。



 そして後ろにいるコロナ達の紹介も手短に済ます。

 彼らは獣亜連合国の住人だが、今は自分に付いてきてくれているという事を説明した上で一人一人軽く挨拶をしてもらった。

 ただ話には聞いていたんだろうが、エルフィリアの順番になった時には少しだけ空気が変わった気がする。彼らからしてもエルフがこの場にいるのは珍しいようだ。

 そして何人かが空いた椅子に視線を送っていたので、多分あそこは本来エルフのトップが座る場所なのだろう。


 ただ……


「ところで何故君が彼の隣に?」


 そう問われたのは自分の左隣に立っている女性。見ようによっては自分のボディガードに思えるが、自分の護衛であるコロナは一歩後ろに立っている。

 正直言うと今かけられた言葉は自分が思っていることと全く同じではあるんだが……。


「いえ、彼とは懇意にしていまして。今日は個人的に買って出た次第です」


 そうはっきりと彼らに向かって物申しているのは昨日色々あったトライデントのリーダーのディエル。

 ちなみに自分は彼女に対して今日何かやって欲しいとか護衛して欲しいとかそう言うことは全く頼んでない。

 ただ彼女が言うには『私がいる方が何かと便利だぞ』との事だった。確かに彼女は顔が広いから便利に違いないと思いその時はそのまま受け入れたけど……。


「それにもし何かあった場合トライデント我々にも話が来るのでしょう? ならば先にこの場で聞いておいても問題ないかと」

「そうならない為の話し合いではあるんだがね。まぁいい、だが正式な通達があるまで他言無用だ」

「それはもちろん」


 ……良く分かんないけどとりあえずはいてもよくなったらしい。


「ところで話し合いの前に一つ尋ねたいのだが……人王国の外交官は皆その様な格好で来るのかね?」


 そして続いてとばかりに別の人から自身の身なりについて指摘を受ける。

 確かに各トップらの恰好は種族ごとの特色は出ているものの、誰もがこの場に相応しい服を身にまとっている。

 対する自分……と言うかこちらはいつもの恰好だ。武器も携帯しているし皮鎧だって身に着けている所謂冒険者ルックである。

 少なくともこの様な場に身に着ける服では無いことは自分も重々に承知している。


 ただしそれは自分が外交官としてこの場に来たらの話だ。


「まず先に訂正なのですが……自分がこの場に来たのは外交の一環ではありますがまつりごとをするためではありません。いわば自分はメッセンジャーです」

「ふむ、つまり?」

「自分が果たすべき責務は冒険者として依頼されたことを確実に遂行すること。今回の場合でしたら皆さま宛ての親書をお渡しする事です。その為身の安全の確保を含め可能な限り万難を排する準備が必要と考えています。この格好も皆さまからすれば不適切に見えるかもしれませんが、正しい恰好であると自信を持って言えます」


 例えばこの場には規定の制服の上に鎧を身にまとい槍を持って入り口を守っている正規兵の人がいる。

 彼らも武装をしている恰好だがこの場に相応しくないかと問われれば誰もがNOと言うだろう。何故ならその格好が彼らにとっての正しい身なりだからだ。もし他の代表ら同様に畏まった格好をすればそれこそ職務放棄を疑われかねない。

 故に自分のこの装備こそが正しい姿であるとはっきり告げる。他国宛ての親書の重要性は素人にだって分かるものだ。それを奪われず守り通すことを加味した上での出で立ちなのだから。


 ちなみにこれも後で聞いた話だが横のディエルは礼服っぽい恰好に細身の剣を佩いている格好だが、どれもこういう場で使うような防刃性等色々と性能の高い服なのだそうだ。

 もちろんお値段も比例して高いものであるため、彼女と同等の物を用意しようにもそんな財力は自分達には無いことを付け加えておく。


「なるほど……君の言い分は理解した。ではその責務に従い我々への親書はあるのだろうね?」

「もちろんこちらに」


 そうしてカバンから人王国の親書を取り出す。


「その親書だがまず席が一番近い私から見よう。以後回し読みになるが皆もよろしいだろうか?」


 そして一番近場にいた代表の一人が全員に問うようにそう言葉を放つ。

 周囲を見渡すと残りの代表らも問題無いとばかりに首を縦に振っていた。


「ではディエル君。済まないがいいかね?」

「はっ」


 流石に直接渡すのは駄目なようだ。まぁ武装した他国の冒険者なら仕方ないか。

 むしろこの装備状態のままこの場に入れたことすら特例かもしれないし。


 そしてディエルに親書を預け、彼女の手を介し一番手近な代表に届けられる。

 これでようやく目的の一つが達成だ。他の目的もあるけど、何はともあれ親書を渡さなければ始まらない内容なので肩の荷が下りたのが実感できる。


「さて、フルカド君だったか。皆が読むには少々時間が掛かる。その間君にはいくつか質問をしたいのだが良いだろうか?」


 そして親書を渡した人ではない別の代表からその様な質問が飛んできた。

 断る必要は……ないか。むしろ断ると心象が悪くなりかねない。


「はい、お答え出来る事であれば。ただ自分の言葉は人王国としての言葉ではないことを了承して頂く必要はありますが……」

「あぁ、そこは了解しよう」


 さて、どんな質問が飛んでくるか……。


「まず初めに君は今回の親書の内容については知っているのかね?」

「内容ですか。一部……そう、一部は知ってますね。上からは親書の内容を皆様が了承した際に自分が行うべき指示を受けています。それ以外は何が書かれているのかは知りません」


 どうだ、と現在親書を読んでいる代表の一人に皆の視線が集まる。

 すると親書を受け取り目を通していた代表がこちらの言葉を肯定するかのように首を縦に振った。


「なるほど。内容については……いや、読めば分かるか。では次だ。君たちが現れた"祭壇の間"は我々にとっては神事をするほどの大切な場でもある。それにも関わらず人王国は何故あの場に現れるよう選んだのかね? 我々の知らない魔道具か何かだったにせよ、もし前以てあの場に手を加えたのであればそれこそ言い訳の利かない程の問題行為だ。それを認識しているのか、君は聞き及んでいるかね?」


 なるほど、あくまで人王国としての意図ではなく自分がどう聞いているのかと問うてるわけか。

 うーん……どう答えよう……。いや、親書にも書かれてる話だから素直に答えるか。


「まず最初に皆様の誤解を一つだけ解かせてください。あの場に自分達が現れた手法は人王国の技術ではありません。詳細については親書に書かれていますがあれは古代文明の遺産であり、皆さまがこの地に根付くずっと以前からある代物になります」


 まず最初の大前提として人王国側から何か手を加えたと言う誤解を解くことから始める。

 そうしないと勝手に他国の物に国として手を出したと言う事実が付いてしまう。最終的な調整は外交官に何とかしてもらうが、今この場で否定しておくことは決して無駄なことではない。


「つまりアレは各地にある遺跡と同じようなものである、と?」

「はい。稼働状態にある貴重な物です」

「ふむ。事実の真偽は後でやるとして、まずはそれが本当であるとして話を進めよう。我々も大よその話は聞いている。つまり君たちは人王国から一瞬で"祭壇の間"へとやってきた、そう認識して良いかね?」

「はい。こちらは"転移門"と呼んでいますが、あれを使えば一瞬で人の行き来が可能です。その出入口が"祭壇の間"だったわけです」


 そして人王国側の出入り口が王城のど真ん中である事も告げる。正確な場所については言わないが、王城にある事自体は親書にも書かれているはずなので話しても問題はない。


「ではそうなると一つ疑問が出てくる。新たな発見は確かに望ましいだろう。それも一瞬で行き来ともなれば国を超えた案件とも言える。だがこちらに断りなく使ってやってきたのは何故だ? 事前通知なりなんなり、前以て何かしらあるものではないか?」

「おそらく、との前置きになりますが一つは事実としてありのままを見せるためではないでしょうか。例えば"祭壇の間"にこの様な機能があると知らせたとして、皆さまは信じたでしょうか。国外の人間が言った内容ですよ」


 こちらの言葉に答えは返ってこなかったが、沈黙と言う態度は雄弁に肯定であると物語っていた。

 彼らにとっては大事な"祭壇の間"だ。こちらがどれほど言葉で語っても信憑性は限りなく無いに等しいだろう。


「また正規ルートでの依頼の場合許可は下りましたか? 仮に下りるとしてもそれまでに一体どれほどの期間の交渉が必要になりますでしょうか。交渉が一度や二度で済むお話でもなく、親書のやり取りをするにしても相当の距離がある以上やはり時間が掛かりすぎるかと」


 もちろん本来であれば正規ルートでやるのが一番なのは自分でも分かっている。こんな違法まがいな事は色々と危険がはらんでいることも。

 しかし今の人王国にとって"時間"は限られているのだ。事前交渉に対し悠長に構えている余裕などない。

 だからこそ今回の強行軍である。多少強引であろうとも、利便性を彼らに示し通信装置による国対国のパイプラインを形成するのが絶対条件であった。


 そして横目で親書の行方を追うと、すでに三人目へと手渡されているのが確認できた。

 つまりあの内容を手前の二人は把握したという事である。


「そして最後にですが、現在自分が持っている通信装置を信じてもらうためです」

「つうしんそうち? 何だ、それは」

「あぁ、読ませてもらった親書に書いてあったな。何でも離れた場所でも会話が出来ると言う代物だそうだ。にわかには信じがたいが……」

「だが人間が一瞬で場所を移動するよりかはまだ信憑性はあるかと。それも遺跡の産物か?」

「はい、その通りです」


 通信装置自体この世界では全く発達していない代物である。電話すら存在しない。

 そんな中それが可能な物を持ち込んでもやはり信用してはくれないだろう。だからこそ"転移門"で先にインパクトを与え、あのような代物があるのならと言う概念を植え付ける。


 一応ここまでは聞いていた筋書き通りだった。無論それを考えたのは自分ではなく人王国の外交官たちだったけど……。

 必死だったなぁ。一人どっか飛ばされたから残った面々が死に物狂いで考えたのが容易に想像できるほどに。


「なるほど、おおよそは理解した。ともあれまずは全員が読み終わるのを待とう。話はそれからだ」

「あ、すいません。皆さまが話し合う前にお時間いただけませんでしょうか」


 こちらが言葉を挟んだことと進行予定に割り込まれたことに対してか若干不快感を露わにされた。

 だが話し合いが始まる前にもう一つだけ、どうしてもやっておかなければならない事がある。


「それは冒険者としての依頼、という事でいいのかね」

「はい。今回の件についてこちらも預かっております」


 そうしてカバンから目的の物を取り出す。

 こちらが手にしているものを見て眉を顰める者がいる中、それが何なのか分かった少数名が若干驚いた表情をしているのが分かった。

 何せ今自分の手には先ほどとほぼ同じ物があるのだから。


「まずこちらは人王国からの追加の親書となります。そしてこちらは親書です。合わせてお読みくださいと双方より依頼を受けておりますのでよろしくお願いします」

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