第334話 外交使節 三日目(終)


(あー、負けた負けた……)


 魔法をすべて解除し"転世界銃テンセイカイガン"を折りたたみながら視線の先にいるディエルをちらりと見る。

 彼女は体に着いた汚れを払うように手を動かしていたが、その表情はどこかスッキリした様子だった。


(しっかし何が第二ラウンドいきましょうか、だよ。あー、ハズ……)


 そして先ほどの事を思い返すと顔が赤くなってしまいそうになる。

 変にカッコつけるようなことを言ってしまったのは、もしかしたら今この場にいない自称勇者Bさんの影響かもしれない。


(にしても流石トライデントのトップだよなぁ……)


 頭の中で反芻されるのは先ほどのディエルとの模擬戦のこと。

 あのセリフを言った直後、確かにディエルは対応しきれないでいた。彼女にとっても《軽光剣》と《生活の光》の剣の違いが見いだせないでいた。

 それまで余裕があった動きは素人目の自分から見ても精彩を欠いたような動きになった。いや、戸惑っていたと言った方が正しいかもしれない。

 だがその状況下でも一撃も食らわないのは彼女のレベルの高さが窺えた。


 しかしそれ以上に驚かされたのはその後の事だった。

 少しだけこちらの攻撃の間が出来た時だ。彼女はゆっくりと息を吸い、そして溜め込んでいたもの出すかのように息を吐く。

 すると彼女の雰囲気がそれまでと変わったのが相対していて分かった。

 別に顔が険しくなったとかではない。ただ何か"覚悟を決めた"かのような目になっていた。


 その目の意味が何を表していたのかは次の攻防ではっきりする。

 彼女の動きが元に戻った、すなわち第二ラウンド以前の全てを叩き落す行動を取ったのだ。

 もちろん《生活の光》の剣が混じっている為その結果は全く同じにはならない。襲い掛かる《軽光剣》は砕かれるが、彼女の剣撃を物理的にすり抜けた光の剣が眼前に迫る。


 そして次の瞬間の光景に自分も、そして周りのトライデントのメンバーも驚きの声を漏らした。

 何と彼女はその剣がまるで無いかのように振る舞った。つまり《生活の光》の剣が彼女の頭をすり抜けたのだ。

 もちろん実体が無い為ヒットカウントには取らないと言った。そして当たっても何ら問題無いと自ら彼女に対し実演もして見せた。

 しかしそれでもなお視覚情報の影響力はとてつもなく大きい。当たっても平気と分かっていても明らかに武器の形状をしたものを受け入れるなど常人では到達できない領域だ。

 だが彼女はそれをやってのけた。見極めることが出来ないと判断し、虚実全て叩き落す動きを取り、すり抜けた物に対する恐怖を精神力でねじ伏せてみせた。

 すべてを叩き落せる技量、それもひとつ残らず漏らすことなくやってのけると言う絶対的な自信。

 まさに『器が違う』と言うのを思い知らされるような光景だった。


(普通は思っても出来ないもんなのになぁ……)


 そして最適な対処法が取られた以上はもうこの手は通じなくなっていた。


(んでもってその後も全部真正面から叩き潰されたし)


 だから次なる一手としてディエルの周囲に《生活の水ライフウォーター》を使い水を撒き、《生活の火ライフファイア》で一気に霧を産み出した。彼女の視界を奪おうと思ったのだ。

 更にその状態で《軽光剣》を止め、以前の模擬戦のゴーレムにも使った風魔手裏剣へ形状を変える。形状を変えた理由はこの見えない状況で全く異なる形状の武器を放つことで命中率を少しでも上げたかったからだ。

 更に念を押して《生活の音ライフサウンド》の無音モードも付与した。


 視覚と聴覚が効かない状態で果たして彼女はどうするのか、と思いもしたが、霧の中の彼女は微動だにすらしていない。

 自身の魔法の効果範囲中にいるため外からでもその様子は手に取る様に感じるのだが、慌てる素振りなど何一つ見せなかった。

 そしてこちらの攻撃が放たれたと同時、ディエルの方にも変化が訪れる。彼女はそれまで身に着けていた武器を全て取り外していた。

 残ったのは即座に取り外せない手甲と足具。だがこれは外せなかったではなく外さなかったのだと直後に知る事になる。


 そして霧の中に光る風魔手裏剣が突っ込んだ直後、そのすべてが彼女の手によって叩き壊された。

 そのシーンを見たわけでもなく、感じ取れるとは言え彼女の動きを追えたわけでもない。

 分かったのはディエルに接近した直後、彼女が動きこちらの魔法が壊されたという結果だけ。その状況から一番ありそうな可能性を手繰り寄せると、至極単純な結論へたどり着く。


 なんてことは無い。彼女は全て見てから動いていただけだ。

 霧とは言え視界はゼロではない。だからこちらの攻撃が見えた瞬間に動いて最速で迎撃しただけのこと。

 今までのように魔法の軌道から最善の動きをするのではなく、己が能力を十全に使って最大の動きで対処をする。こちらが策を練ろうが小細工をしようがその悉くを真正面から叩き潰す。

 純粋な実力差を見せつけられたところで模擬戦の規定時間を過ぎ終了となった。


「ふぅ、中々楽しい時間だった。正直言うとこちらの想像以上だったよ。最後はちょっとだけ本気になってしまったからね」


 そして軽い笑みを浮かべながらこちらに近づいてきたディエルはスッと右手を出しだしてきた。

 その差し出された右手を握り返し、こちらも笑みを浮かべ言葉を返す。


「いえいえ、完敗ですよ。あれだけやって一発も当たらないんじゃ完全にお手上げです。それに最後のやり取りなんか流石としか言いようが無いですし……」


 そう、最後の最後にディエルの別の側面を思い知らされた。戦士としてではなく指揮官としての能力なのだろう。

 あの時、霧に包まれ《軽光》魔法の風魔手裏剣がディエルに砕かれたが間違いなくそれまでの余裕は無くなっていた。

 ならば質量と数で攻めればいけるのではないか。そう思い数を増やしたところで彼女はこう言ったのだ。『そろそろだな』と。

 何がそろそろなのだろうと思った直後、スタッフからタイムアップの宣言が下される。つまりディエルはあれだけの動きをしながら時間を測っていたことになる。

 こちらは終了の合図まで攻め続ければいいと考えていたのに、あちらは終了の時間をしっかりと把握した上で戦術を組み立てていた。何より彼女の体内時計はほぼ寸分たがわず機能していたことには驚愕を禁じ得ない。


「はは、時間管理は立場上必要だからね。そこは頑張って覚えたよ」


 そう軽く言うが、彼女の言う"頑張って"がどれほどの努力の果てに習得したか……。

 多分自分が思う以上であることは想像に難くないだろう。


「ところで、だ。さっきは魔法の霧で見づらかったのだが最後の武器は何だ?」

「あー、コレですか。自分の地元の昔の人が使ってたかもしれない投擲武器を模倣しました」


 そう言って再度風魔手裏剣を実体化させる。

 一応四枚刃で折りたたみ出来るようにはなっているが、所詮自分の魔法だけにそこまで強度は無い。しかし見た事も無い武器と言う物は彼女の琴線に触れたようだった。 


「ほう、これは……もしかして他にも私が知らない武器を知ってるとか?」

「へ? あー、どうでしょう……。トンファーとか蛇腹剣とかですかね。使い方とかさっぱりですが……」


 瞬間、彼女の目がまるで獲物を狙うような鋭さを持ったのは気のせいではないだろう。

 地雷を踏んだと瞬時に悟る。この目はアレだ、銃剣作る前のドルン含めたドワーフ達と同じ目だ。

 逃げようとするもいつの間にかがっちりと肩を掴まれて身動きが取れない。


「いいね、是非とも今からその話を……」

「残念ですがもう会議の時間ですよ。ほら、準備して行きましょう」


 だが至極あっさりとディエルの体が視界から消える。

 もう何度も同じことが繰り返されているのか、とても手慣れた手つきで巨人族ジャイアントの人に持ち上げられていた。


「いや、待て。未知の武器を知る事は私の、引いてはトライデントの戦力強化に繋がる大事な……」

「はいはい、でも今はこちらの方が大事ですので後で個人的にお願いしますね」

「ちょ、待て。まだ話が……!!」


 しかしディエルの抗議も空しく彼女は荷物のように本館の方へ強制連行されてしまった。

 トップの扱いがあれでいいのかと思うも、周囲にいた他のメンバーもまるで気にする事も無く散っていったので割と普通の光景なのかもしれない。


「……まぁいいか」


 気にしない方が吉と判断を下し、気分を切り替え皆の下へと戻る。




 その後今の戦いに興奮した子どもたちに詰め寄られたりと中々賑やかな午後を過ごしトライデントでの一日は無事終わったのだが……。


「やぁ、話を聞きに来たよ」

「……せめてアポ取ってくださいよ。良いですけど……」


 夕方、間借りしている宿に何故か単独で訪れたクランリーダー。

 一応周囲には正規兵の人達がいるんだが、流石にこの人相手では無碍に出来なかったのかもしれない。



 ……なおこれは会談前日の夜の事である。



 ◇



「はぁ、やっと解放された……」

「おかえりなさい。何か淹れましょうか?」

「うん、お願いー」


 よっこいせと椅子に座るとポチが待ってましたとばかりに膝上に乗ってきた。

 現在は自分ら『風の軌跡』に割り当てられてる一室に戻ってきたところである。先ほどまで話していたディエルは別室でドルンと更にヒートアップしているところだ。

 ちなみにコロナは今日も実家に帰っている為この場にはいない。


「お待たせしました」

「ん、ありがと」


 そして程なくしてエルフィリアが戻ってきた。

 彼女が淹れてくれたお茶を飲みようやく一息つけた感覚が湧いてくる。


「……ドルンさんは今も?」

「うん、教えた武器作れないかとかディエルさんと話してるよ。多分気が合うんだろうね」


 あの調子ではいつ話が終わるか分からないが、しばらくは熱は冷めやらないだろう。

 何とか隙を見つけ彼女の関心をドルンへと向けた上で脱出できたのは僥倖だったかもしれない。


「あ、そうそう。ディエルさんが『風の軌跡うち』のメンバー全員トライデントに入らないか、だって。正式な通達じゃないけど来てくれたら歓迎するって言ってたよ」

「ふぇ? え、コロナさんの復帰じゃなくてですか……?」

「うん。俺達全員が対象みたい」


 今日の一件か、もしかしたらトライデントの諜報部(あるかは知らないけど)あたりから自分達の事が知られてしまったらしい。

 そのせいかクラン内でどうにかして自分達を加えることが出来ないかとのことだった。


「まぁコロは言うまでも無く戦力としてよね。エルフィが言ったように復帰に近いかも」

「そうですね。ドルンさんは鍛冶関連でしょうか。今日もドワーフの方がトライデントの工房にいらっしゃいましたし」

「だろうね。腕のいい鍛冶師はどこも欲しいだろうし」


 特に現状のドルンならトライデントでなくとも誰もが欲しがる逸材だ。

 何せ竜武具の製法は現在は彼しか持っていない技術である。もちろんこれらについては漏らすつもりはないが、それが無かったとしても普通に腕のいい職人の為どちらにせよ引く手あまただろう。


「それで私やヤマルさん、それにポチちゃんは……?」

「エルフィは斥候役かなぁ。やっぱり夜間でも遠くまで見渡せる目は他のメンバーには無いしね。それに『飛遠眼フライングアイ』の事は話してないけど、それ使えば本当に集団行動の無駄が無くなるし」


 例えばエルフィリアの目で数km先の道中を見渡し、もし何かしらの理由でその道が使えない場合早急な対処が可能となる。

 集団移動で無駄な行動が無くなるのはそれだけで利点だ。

 他にも総じてあるが、やはりその範囲の広さを買われた形である。


「ポチは色々だよ。俺と組ませるのはもちろんだけど、非戦闘員の緊急避難にいざとなれば荷を持たせることも出来るからね。馬と違って自衛できる上に人の言うことを大体理解するから便利だし」

「わふ」


 ポチの頭を撫でながらエルフィリアにそう説明すると、膝の上でドヤるように一鳴きをしていた。

 流石にポチは馬車馬の代わりにはなれないが、言うことを聞く戦狼は馬には出来ない様々な用途で活躍が見込まれる。


「んで俺は兵站から是非ともだって。いるだけで火と水に困らない上に野営の明かりや包丁とかの調理器具、後はトイレやお風呂とかいつも通りの理由だったよ」

「ヤマルさんの《生活魔法》便利ですもんね。私達の時でも荷物が減ってますし……」


 実際彼女の言う通り自分が加わると言うことは荷物が減るだけにはとどまらない。

 言うまでも無いが水は重い。それに集団で移動する場合荷物をどこまで減らせるかも指針の一つになる。

 だからこそ野営の場所は現地で水が調達可能な水辺が多かったりするのだが、逆に言えば水のある場所にしか進軍できないとも取れる。

 だけどここに全員分の水を供給できる人材がいたら? 一度の遠征における行動範囲も広がり、その期間もぐっと増えるだろう。

 ……当人の労力を考えないものとする、と但し書きが付くが。


「調理部と経理の人達からの要望が特に多かったんだってさ。まぁその場で返事できるものじゃないから流石に断ったけどね」


 特に自分は帰る予定なのだから色よい返事は出来ない。

 しかし手に職を持つドルンはともかく、他の皆の再就職先としてはトライデントは悪くないはずだ。種族的にも獣人と亜人でほぼ構成されているわけだし、何より今回の件や前の一件で顔つなぎも済んでいる。


「まぁそう言う働き口もあるよってことだけ覚えておけばいいと思うよ」


 だからこそ今の自分に出来ることとして、皆の今後の道を少しでも示すことが出来たらいいなと思ったのだった。


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