第333話 三日目(追々々)


「では自分の合図で開始とします。時間はこちらで計っておきますので」


 それではと先ほどまで案内してくれたスタッフがこの場から離れていく。

 その背中を見送っていたらいつの間にか周囲にトライデントのメンバーが何人も集まっていた。準備している間に昼食時間帯が過ぎたのだろう。

 集まったどの人も興味深そうにこちらを見ている。


(前の模擬戦の時より人数は少ないけど……)


 王都での模擬戦祭り(仮称)のときはイベントになってたため大勢の人に囲まれた。もう王都中の人間が集まったんじゃないかと錯覚するほどの大盛況であった。

 しかし今はそれに比べればずっと少ない。トライデントの非番メンバーばかりなのだから当然と言えば当然だろう。

 ただしその一人一人が戦うことを生業としている猛者たちだ。一般人と比べその視線は鋭い。

 何と言うか、まるで自分を見透かされるような感覚を覚える程だ。


「すまないね。皆君の事が気になっている様だ」

「はは……多分お眼鏡に適うことは無いかと」


 むしろ失望されそうな気さえする。


「さて、そちらの準備はいいかな?」

「えぇ、よろしくお願いします」


 すでにこちらも準備は完了。

 ディエルは円の中心部に立ち、自分は彼女から大よそ十メートルほど離れた場所に立つ。


(とりあえず様子見は無しで全力かなぁ。時間制限もあるし、ディエルさんなら何やっても捌きそうだし)


 頭の中でとりあえずどうするか戦術を組み立て、初手の連鎖チェインの順番だけ決めておく。残りは出たとこ勝負だ。


「では行きますよー!」


 スタッフの人から声が掛かり、ディエルがゆっくりと槍を構える。

 対するこちらは"転世界銃"を後ろの方へ向け腰を少し落とす。誰の目にも開始の合図の後、即座に横薙ぎを繰り出さんと言わんばかりの体勢だ。

 そして……


「……始め!」


 合図と同時、《軽光外殻剣》を展開し真横に武器を振りぬいた。



 ◇



(いやはや、予想以上だな)


 飛翔してくる光の剣を模擬剣で砕きながらこれまでの事を振り返る。

 今でこそ特性を理解したからこそこうして撃ち落とすことが出来ているが、開始早々の出来事はここ最近で一番の驚きだったかもしれない。



 何せこの模擬戦が始まった直後、言葉は悪いがどこからともなく長大な剣を出し振るったのだ。

 その大きさは巨人族ジャイアントが使う両手武器よりも大きく、そんな武器を何の変哲もない……むしろ私達獣人や亜人に比べ身体能力が劣る人間が繰り出したのだから。

 もちろんそれが魔法だと言うことはすぐに分かった。刀身が光っている上、彼が振るうにはあまりにも不釣り合いな大きさの剣。

 何より剣の軌道、そして速度が素人のソレである。私でなくともトライデントのメンバーであればすぐに看過出来ただろう。


 その瞬間私の頭には避けるか受け止めるかの二択があった。

 回避自体はそれほど苦ではない。単調で大振りな斬撃に当たるようではとてもトライデントのリーダーなんて務まらい。

 受け止めるのも恐らく出来るだろう。剣そのものは大きいが振るっているのが子どもに負ける程の人物である。単純な力比べで負けるとはとても思えなかった。

 しかし正体不明の魔法と言う不確定要素が一度回避して様子を見ようと判断を下す。初手大技で奇襲をする戦法はこれまでの経験で幾度と無く見てきたことがあったのも理由の一つだ。


 だがその目論見は崩れ去る。

 横薙ぎの剣撃と同時、上空から数本の光の剣が降り注いできているのが見えたからだ。長剣サイズの剣が何故か空から強襲してくると言う初めての光景。

 両方回避か迎撃か。どちらも可能と瞬時に判断、同時にリスクを天秤にかける。

 結果回避を破棄し迎撃を選択。動くことによって以後の行動を制限されるよりどっしり構えることで嫌な流れを断ち切ろうとした。


「ふっ……!」


 やっていることは今なお続く光景とほぼ一緒。

 あの時は槍を地面に突き立て左手で横薙ぎの長大な剣を受け止め、同時に右手で剣を引き抜きその場で全て撃ち落とした。

 その時にどの攻撃も軽いと言うことを知れたのは大きかったと思う。重く無い攻撃と言うことは力を込めずに済むということ、すなわち速度の方に注力できるからだ。

 

 ただし被害が無かったわけではない。

 まるで驟雨のように次々に降り注ぐ剣にその場で対応するのはいささか骨が折れた。いくら攻撃そのものが軽いとは言え長大な剣は槍で押さえていたからだ。

 その為意識が飛ぶ剣の方へ向いていた。槍に掛かる力が変わらない以上は飛ぶ剣に注視した方が良いとその時は判断した。

 だからこそ変化に気付けてなかったのだろう。飛ぶ剣をいくつか捌き終えふと視線をずらすと、こちらの槍が相手の刀身に埋まっていた。

 その場面だけを見れば剣の側面から槍を刺しました、と言えただろう。無論そんなことはしていない。

 まるで槍を徐々に透過しているかのような光景。このままでは気付かぬうちに……いや、こちらが気付いたのを知られた瞬間に一気に来るかもしれない。

 そう思い槍を引き抜き円の外側へと押し込んだ。こちらの瞬発力や力に向こうは太刀打ちできず、長大な剣は大きさに反してあっさりと離れていく。

 ……槍を巻き込んだまま。



 そして槍を一つ手放した状態で現在に至る。

 初手以降あの長大な剣での攻撃は無く、飛んでくるのは光の武器の数々。剣、短剣、斧とこちらの武器種に合わせたかの様なラインナップ。

 最初は戸惑いもあったものの、すぐに技量を看破してからは余裕が出来た。相手の武器の形状に合わせてこちらも同じ武器を選択しそれで迎撃するぐらいにはだ。

 向こうも途中から意図に気付いたのか、槍を除いた手持ち武器の種類の魔法を飛ばすようになっていた。


(しかし惜しいな)


 一体いつ息切れするのだろうと思いつつ、考えるのは彼とこの魔法の相性の事だ。

 壊されても次々と新たに生み出され、避けてもどういう理屈か追尾してくる光の武器群。質こそ軽く、そしてそこまでの強度はないが、量とこの魔法を維持できる継戦能力は目を見張るものがある。


 だがいかんせん使い手が彼であることが本当に悔やまれてならない。いや、彼だからこその魔法かもしれないが、それでも……もし、人並みに接近戦が出来ていればと思ってしまうのだ。


 もしくは自身がこの魔法を扱うことが出来れば――かもしれない。


 彼自身は接近戦が出来ないからこそこの様な使い方になっているのだが、もし自分が使えたのであればその利便性や脅威度が各段に跳ね上がる。

 何せ望む形状の武器が自分の欲しいタイミングで瞬時に出てくるのだ。攻撃力にこそ難があるかもしれないが、目の前で様々な武器を繰り出す戦士がどれほどの者になるかは自分自身が証明している。

 扱える武器を担ぐ、つまり相手に見えており脅威度が知られている状態ですら有効なのだ。武器を担ぐことなくしかも空いた獲物が勝手に襲い掛かってくれる。


(本当に惜しい)


 こうして距離を空けた状態で攻撃出来るのも十分有効だが、それは相手の攻撃の手が届かなくなると言うだけではない。

 デメリットは当然ある。距離があるが故、届くまでの時間があると言うこと。至近距離で出される場合とではこの差は無視できない。

 故に迎撃が出来る。徒手空拳を使うまでも無く、武器の切り替えをする余裕すら出来る。

 種が割れてしまえば驚きはあれど脅威ではない。


 そう思っていた時だった。


「流石ですね。では難易度上げますね」



 ◇



(自信無くすなぁ……)


 目の前の光景に眩暈を覚えたくなる。

 かなりの数を次々と投入して飛ばしているのに、ディエルはこともなげに全て避けるか砕いているのだ。

 うまくいったのは最初の方だけ。

 彼女の攻略に当たりまず考えたのはどうやってこちらの攻撃を当てるかだった。しかしあそこまで多種多様な武器を揃えられては隙がない。

 だからこそ武器をどうにかしようと考えた。その結果が最初の攻防だ。

 ディエルの槍をはぎ取る事に成功したまでは良かったがそこまでだった。


 後は出す魔法全てに対処されたし、あろうことかこちらの形状に合わせて向こうが武器をとっかえひっかえする始末だ。

 それに気づいてからはこちらも形状を少し変えてみた。

 今までは何となくで《軽光》魔法の形を決めていたが、それからはある程度固め撃ちだった。

 元々ディエルさんは体を動かすのが目的だったしなー、と思いなおしてからはさながら音ゲー感覚に近くなっていたかもしれない。


 だからだろうか。すでに忘れかけていたゲームの感覚を思い出したのは。


「流石ですね。では難易度上げますね」


 意地悪とは少し違う。強いて言えば……そう、今口に出したように難易度が適切か。

 ゲームの難易度上昇と言えばシューティングなら敵の弾速が上がったり数が増えたりだろう。音ゲーならば譜面が難しくなったりする。

 ならば自分は? そんなの決まってる。

 師匠はあの悪辣の権化ウルティナだぞ。弟子として取る方法は一つ。


 即ち"相手の嫌がる事を率先してやれ"だ。


「とは言えまずは例題です」


 左手を上にかざすと先ほどと全く同じ光の剣が二振り姿を現す。

 そして切っ先がディエルに向けられるとそれぞれが異なる軌道で射出された。


 速度も先ほどと変わらず一見して何も違いを見いだせないそれは、しかし次の瞬間誰の目にも分かりやすくその悪辣さを発揮する。


「ッ?!」


 ディエルの顔が瞬時に強張る。

 それはそうだろう。何せ彼女も先ほどと同じように動き剣で迎撃を試みた。

 だがそれにも関わらずディエルの剣は空を切ったのだ。


 彼女のミスではない。剣同士が交差する瞬間、あろうことかディエルの斬撃は光の剣をすり抜けたのだから。

 何事も無かったかのように突き進む光の剣をディエルは今回初めて見せたであろう体を捻っての本気の回避。だがそれに合わせたかのようにもう一振りの剣が襲い掛かる。

 素人の自分でも彼女の一瞬の逡巡が見えた気がした。だがそれでも彼女が選択したのは迎撃だ。

 一振り目と違い二振り目の剣はディエルの剣によって粉々に砕かれる。

 これ自体は先ほどから幾度と無く見た光景ではあったが、直前の光景がよほど強烈だったのかちょっとだけ拍子抜けしたかのような表情を見せていた。


 そして一振り目の剣をこちらまで戻し近くに待機させる。


「まぁこんな感じでちょっとダミーを仕込ませてもらいますね。もちろんコレに当たったと言ってもヒットカウントにはなりませんので」


 そして左手で剣が透過することを分かりやすくディエルに示す。スカスカと手が光の剣の刀身を行ったり来たりすることに周囲が少々ざわついているのが分かった。

 そんなダミーの正体は《軽光剣》に見せかけた《生活の光》で作った剣。

 まぁ傍目からすれば《軽光剣》か《生活の光》で作った剣かなんて見分けつかないだろうし……。目視で見破れることは無いんじゃないだろうか。

 

「と言うわけで」


 一息入れた後、《軽光剣》と《生活の光》の剣を複数展開。割合的には7:3ぐらいがいいだろう。

 十数本の剣が周囲に浮かび、今か今かとこちらの号令を待っている。


「第二ラウンドといきましょうか」


 左手を突き出すのを合図に、全ての光の剣がディエルへ向かって行った。


  

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