第336話 外交使節 四日目(その2)
さて、今現在手に持っている新たな親書。これはどちらも正式に依頼された本物の親書である。
何故自分が魔国の親書を持っているかと言うと、話は少し前に遡る。
獣亜連合国、魔国へ通信装置を贈り、三ヵ国で連絡を取り合うようになりたいと方針を決めた後の事。
当然ながらどちらから先にと言う話になった。
何せ"転移門"を扱える人材は自分一人。自分が行けば片方しか対応できず、かと言って誰かを送ったとしてもどちらかは退路が断たれた状態での交渉となる。
送り込んだ場合半ば強行軍の状態である上、他国のど真ん中で孤立無援。これは流石に無理だと判断された。
そして出された結論は先に魔国と交渉するであった。また現在の状況と同じで対応は『風の軌跡』が行う事で話はまとまる。
何故先に魔国を選んだか。それには理由がいくつかある。
まず第一に自分たちが魔国の名誉国民であること。その為"転移門"を使って魔国に行っても不法入国には当てはまらない(ただし不法侵入には当てはまる)。
第二に魔国のトップとすでに顔見知りであり懇意にしている点。ミーシャを始めとした現在の魔国面々にはすでに知らぬ仲ではないため話を通しやすいと考えたからだ。無論外交礼儀はしっかりとやるつもりであった。
最後に魔国は獣亜連合国に比べ遺跡について重要視していることだ。
獣亜連合国も遺跡の場所をいくつか把握しているものの、そのどれもが放置状態のものばかりである。
対する魔国は人王国同様すべてを掌握しているわけではないが研究対象にはなっている。その為通信装置や"転移門"に対してもある程度理解を得れそうだと思ったからだ。
結果大よそこちらの想像通り事は進み、久しぶりに会ったミーシャや四天王の面々立ち合いの下で通信装置を設置させてもらった。
魔国の政治体系上設置までの時間もそれほどかからず、現在は二国間でテストも兼ねいくつか簡単なやり取りを行っているそうだ。
さて、話を戻すとしよう。
今回取り出したこの二通の親書は人王国と魔国がすでに通信装置を介していると言うことと、獣亜連合国も同じようにやらないかと言う両国からの打診だ。
これによりこの国にも通信装置を設置しやすくさせる狙いがある。
何せ他の二国がすでにこの件について手を結んでいるのだ。そしてその二国が手を差し伸べているこの状況。
払いのければその恩恵は受けることが出来ないばかりか、国としてその輪から外れてしまう。何よりバランスよく成り立っている現状で自国以外の関係性が強化されるのは望ましくないだろう。
何より魔国からの打診によって"転移門"も通信装置もその存在が証明されたようなものだ。
人王国から来た使者による古代文明の遺産。誰も目にしたことが無く効果を説明され更には目の前で現れたと言う証言があったとしてもどこか疑ってしまうもの。
しかしここにきてその天秤が大きく傾いた。すでに二カ国が導入し、しかもそれを獣亜連合国にもと打診しているのだ。
ここまでお膳立てされては二国の思惑はともかく"転移門"や通信装置自体は信用するに足るものになるだろう。
……と言うのがレーヌらと打ち合わせした際の話だったがはてさて。
「追加の親書と魔国の親書だと?」
「はい。元々は先ほどお渡しした親書だけだったのですが、魔国とやり取りした結果を踏まえての追加だそうです」
「何故人王国の冒険者が魔国の親書を持っているのだね」
「色々と伝手がありまして……」
とりあえず隠すことでは無い為自分達は魔国の名誉国民になっていることと魔王を含む幹部の人達とは仕事の縁で知り合いになった事を告げる。
今回魔国の親書もその縁が元で獣亜連合国の代表団に届けて欲しいと言う依頼も受けたことも合わせて伝えた。
「こちらについては詳しい内容は知りませんが、一通目の親書に付随する内容であると言うことは両国から聞いています。故に話し合いの前にこちらの親書も渡すようにと依頼を受けています」
代表らは互いの顔を見合わせる様視線を交差させていたが、程なくして己がやるべきことを思い出し先ほど同様ディエル経由で親書を受け取った。
「……使者殿」
(何か呼び方変わった)
それと同時にこちらに対する雰囲気も少し変わった気がする。
これは冒険者としてではなく正式な使節として認めて貰ったということだろうか。
「この三通の親書、皆で読みその後の対応を決めねばなりません。つきましては別室を用意しますのでそちらでお待ちいただけますかな」
「えぇ、了解しました」
最初にも言った通り自分は政には関われない。なので彼らがどの様な結論を出そうとも止める術はない。
しかし今の言葉を聞く限り多分問題無いなと思いつつ、一度大会議室を後にした。
◇
用意された別室へと案内されるとようやくと言った感じで緊張感が少し弛む。
やはりお偉方が揃っているあのような場所は自分にはあまり合わない。何と言うか息が詰まる感じがする。
(そういった意味じゃレーヌやミーシャさんは楽だよなぁ……)
もちろん双方しっかりするときはしっかりしてるのだが、普段を知ってるだけに一緒にいるだけではここまで緊張はしない。
そう言えば二人が顔を合わせた時にお互い驚いていたのを思い出す。魔国に通信装置を贈り初めて通話をしたのだが、彼女たちが話すのはその時が初めてではなかった。
実はカレドラのところに行く旅路でのこと。夜の日課であるレーヌとの通話をしていた時、たまたま近くにいたミーシャが興味を持ちそのまま彼女と話したことがあった。その時は少しだけであったし互いに素性も名前も分からぬまま終わっていた。
だからこそお互いがそれぞれの国を代表する人物として現れたのだから驚きはひとしおだっただろう。ただそのお陰か二人の仲は良くなったらしい。
レーヌに聞いたところ裏では個人的に話すほどの仲になっているそうだ。
そんなことを考えながらとりあえず備え付けられたソファーに座る。皆も自分と同じように腰を掛け空気が徐々に弛緩してくのを感じていると、程なくして職員っぽい人がお茶を運んできてくれた。
エルフィリアがお礼を言いながらそれを受け取り皆に配っていると、どこか落ち着かない様子のコロナがこちらに話しかけてきた。
「大丈夫かなぁ。ちゃんと通信装置を置かせてくれるかな?」
「んー……結論聞かないと分かんないけど多分大丈夫じゃないかな」
そうなの?と聞き返してくるコロナにあくまでも私見だけどと前置きをした上で軽く説明をする。
まず人王国と魔国の双方が通信装置を導入している事。そしてそれを用いて三国でと誘っている事。
こと遺跡関連においてはこの国は後れを取っている事は否めない。そんな未知の技術が凝縮されている物を共同で使おうと言われているのだ。
そして何よりも自分達をこの部屋に連れてきた事が大丈夫と思った理由だった。
「もっと時間を掛けるなら一度宿になり戻らせるはずだよ。ここで待たせるってことはすぐ……とまでは行かなくてもちょっとしたら呼ばれるんじゃないかな」
「だろうな。今後は知らんが少なくともこの件に関して意思統一自体はするまでもないって顔だったしな」
「あの、でしたらあの場ですぐに設置依頼出されるのでは……?」
「長い間議会に参加して無いエルフからすればピンとこねぇかも知れねぇが、獣亜連合国の政治体系じゃ一人が即決ってのは出来ねぇんだよ。例え誰も反対しないことでも全員の意見は聞かなきゃならんからな」
「議会制度の宿命だよね。全員が平等であるが故に一人が勝手に事を進めると途端にバランスが崩れるし」
もちろんこの制度でこの国はちゃんと回っているのだからそこは問題はないとだけ付け加えておく。
人王国だってレーヌの発言力は強いが、もちろんそれを使って強行した場合のデメリットも当然ある。どんな制度でも良いところと悪いところの両方があるものだ。
「とりあえず今は何も出来ないしゆっくりしよう」
そう言って一旦この話を打ち切りリラックスモードへと体を切り替える。
そして少しの時間を置き、予想通り議会から再び呼びだされることになった。
◇
(これをこうして……っと)
再び呼び出された大会議室で自分は現在通信装置を設置している。
流石に何かしでかさないかと一人見張りを付けられているが、別に何かするわけでもないので気にしないことにした。
そして程なくして設置は完了。代表らが見守る中、部屋の中央に用意してもらった小さいテーブルの上に通信装置が設置される。
固唾を飲むような雰囲気の中、ゆっくりと周囲を見渡し次のアクションへと移る事にした。
「お待たせしました、設置は完了です。ですがこの状態ではまだ使うことが出来ない為、まずは皆さまが使用できるように設定したいと思います」
この通信装置を誰でも扱えるようになってしまっては色々と問題がおこりかねない。
その為これを使用できるようにする登録作業が必要となることを説明する。
「つまりその登録をすることで我々の誰もが扱えるようになると」
「はい、そうですね」
「……あくまで可能性の話ではあるが、例えば登録した誰かが勝手に使ってしまうことも出来てしまうのではないか?」
「そうですね、現状ではその可能性はあります。その為より詳細な設定を行うことも出来ますが、そちらについては皆さまでお決めになってください。使用方法と設定のマニュアルをこの様に作成しておりますので」
そして更に鞄から取り出されたのは通信装置の使用方法などが書かれたマニュアル。ただマイからは紙面のマニュアルは無いと言われたため、わざわざ紙媒体へと落とし込んだのだ。
協力者としてエルフィリアがいてくれたのは本当に良かったと思う。彼女が書く文字は綺麗で読みやすく、また絵心があるため図解形式で作ることが出来た。
「こちらにはより強い設定の方法も書かれています。例えばですが"一定数の登録者がいなければ装置が起動しない"と言った使い方もできますね」
どう登録するかはそちらにお任せ。とりあえず今はこの場にいる代表全員が扱えるようにだけはしておく。
一応この場に置いておく通信装置の権限については彼らに付与はしておいたので問題はないだろう。
ともあれまずは代表それぞれに納得してもらった上での登録だ。
初めて見るコンソールのウィンドウに全員ややおっかなびっくりの様子ではあったがそこは種族代表者。弱音も吐かず指示に従ってくれたおかげで登録は順調に進んだ。
「次回からはマニュアルを見て皆さまの方で使っていただきますが、今回は自分が操作しますね」
「ふむ、それは構わないがその装置は確か人王国や魔国と会話が出来るのだろう? しかしあちらに誰もいないのであれば意味がないのではないか?」
ポチポチとコンソールを弄っているとふと気づいたようにその様な質問が飛んできた。
彼の懸念はもっともであり会話の相手がいなくては意味がない。そしてこの装置で会話する相手は自然と国の代表者であり、つまるところそう易々と呼び出せない相手である。
だがそれも織り込み済みだ。
「大丈夫ですよ。こちらの方ですでに双方に連絡は取ってあります」
実は先ほどの休憩中に連絡はしておいた。
そもそも今日の日程に合わせレーヌやミーシャ、それに両国のお偉方は本日やる事前提で動いている。これは自分が動かしたわけではなく、双方ともに獣亜連合国が了承するだろうと見越してのことだった。
後は細かい時間だが、これについては自分がレーヌやミーシャに個別に連絡を取りそれを合図にしてもらっている。
実は魔国に通信装置を贈りに行った際、ミーシャには個人用の通信装置を渡しておいたのだ。ブレイヴやウルティナにも渡す予定なので、それに合わせ彼女にも渡しておいた方が良いと判断した。
何せブレイヴを止めることが出来る数少ない人だし……常時反応してくれるとは思わないけど、何かあった時にすぐに連絡が付いた方が良いと思ったのだ。
まぁそれはさておいて……。
「両国とも今回の件については皆さま同様に重要視されています。今後どのようなお話をするかは分かりませんが、どの様にやり取りするかは早めに決めておきたいそうです」
そして最後にコンソールの通話ボタンを一押し。
すると各代表らの前にいくつかのウィンドウが出現し、その中に見覚えのある顔がいくつも現れる。
『獣亜連合国の代表の皆様、初めまして。人王国現女王レーヌです』
『魔国の現魔王を務めさせておりますミーシャ=アウル=オブシディアです。以後お見知りおきを』
その中でも国の代表(顔見知り)であるレーヌとミーシャが礼儀正しく挨拶を始める。
獣亜連合国の代表たちはもちろんレーヌの年齢も性別も知っていただろう。それでも情報を得ているだけと実際に目にするとではインパクトは全然違う。
未知の技術、現れた他国の代表団、しかも見目若き女性と見目若すぎる女性。
濁流の如く押し寄せる情報量に普通ならば翻弄されそうな場面ではあるが、そこはこの場にいる人達も国を背負った代表たち。慌てず表面上だけでも落ち着いたように見せているのは流石としかいいようがない。
こうして通信による初の三国代表会談はやや慌ただしくも開始されるのであった。
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