第323話  神の山の報告(中)


「まずこちらが目録です。手書きになりますが」

「はい。メムさん、荷物は全てそちらに。こちらで検めますので」

「かしこまりました」


 いつも通りレーヌの応接室に通されレディーヤの指示の下荷物は一旦別の場所へ。

 代わりに作っておいた中身の目録を彼女に渡す。


「おにいちゃんおにいちゃん! お話聞かせて!」


 そんな中、すでに女王モードをどこかに放り投げたレーヌがこちらの手を引っ張りいつも通り椅子に座らせようとせっついてきていた。今回はメムが一緒についてきたため夜のお話が出来なかったせいか、普段以上に甘えてきている気がする。

 ちなみに護衛の騎士はこの場にはもういない。彼らはレーヌの命に従いいつも通り外での待機だ。

 言うまでもないがあんまりいい顔はされなかった。もう慣れたけど。


(そう言えばレーヌの護衛騎士って他の人とは何か違うんだよなぁ)


 騎士階級なのだからそりゃ高貴な身分だ。自分の様なその辺の人間とは違うのは分かる。

 ただ他の騎士に比べても……なんだろう、良い意味で貴族っぽいと言えばいいのだろうか。

 その辺の騎士がレーヌと一緒にいると、なんかこう『平民の分際で生意気な』みたいな目なのだ。

 一方レーヌの護衛の騎士は平民云々の部分は共通なんだけど『弁えろ』みたいな窘めると言った雰囲気と言えばいいだろうか。

 まぁどちらにしろ歓迎されていないと言う点では一緒なんだけど……。


「おにいちゃん?」

「あぁ、そうだね。レディーヤさんが荷物見てくれてる間に少し話そっか」

「うん!」


 渡す物についてはレディーヤの検品が終わってからにするとして何から話すかなぁ。

 とりあえず椅子に座ると待ってましたとばかりにレーヌが膝の上に乗ってくる。そしてポチも定位置とばかりにレーヌの膝上に飛び乗っていた。

 いつもの三段状態になったところで今回の旅の話を始める。


「んー、レーヌは神の山って近くで見たことある?」

「ううん、無いよ。いつかは行ってみたいよね」

「なら街に着くちょっと前からになるんだけどさ。街道を歩いてくとずっと正面にある山がどんどん大きくなっていくんだよね」


 当たり障りのない部分から思い出しつつ、レーヌに今回の旅のことをぽつりぽつりと話しはじめる。

 とは言えまだ詳しい話をする段階ではないので、触り程度に抑えておくことにした。




 そしてしばらくはレーヌに旅の話をしていたが、程なくして持ってきた物の検品が終わったレディーヤから声が掛かる。


「ヤマル様、品物の検めが終わりました。ただいくつか用途が分からない物がありましたが……」

「あ、それはこれから説明しますね。メム達に持ってきてもらってもいいですか?」

「かしこまりました」


 そしてメム達がいくつかの荷物をこちらへと持ってきた。一応レディーヤから渡したリストを再度受け取り品物の内容を説明していく。

 今回レーヌ個人に渡す物の大半は主に食料品系だ。中には現在再現不可能な化学調味料等もある。

 それら個々の説明をし終えた後、更に食材を使った調理法をまとめたレシピについても話した。

 ちなみにこのレシピについては料理が得意なエルフィリアに協力してもらい作ってもらった。料理が苦手な自分が一緒に作った理由としては、彼女ではマイが説明の際に表示した昔の文字が読めなかった為である。


「調理工程自体は現状で出来る範囲の物にしましたので、王城ここの料理人の方々でしたら何ら問題無いと思います」

「……失礼ですが一応毒見とかさせても?」

「えぇ、どうぞ。口に入れる物ですからそれぐらいは当然ですよね」


 おにいちゃんはそんなことしないよー、と不満げな声をあげるレーヌだが、こればかりはどうしようもない。

 出所ははっきりしてはいるが未知の食材が多々あるのだ。信用はされてても国と言う組織の長の口に入る物である以上これは当然の処置だろう。


「後は装飾品の入った箱がありましたが、そちらもですか?」

「あ、そうです。むしろそれがメインですね」


 再度メムに頼みそれらが入った箱をテーブルの上に置いてもらう。

 一旦レーヌには降りてもらいその箱を開けると、中には指輪と自分も身に着けているタグサイズのプレート、そしてハガキサイズのプレートが三枚姿を現した。

 その中から指輪を手に取ると、それをレーヌへと差し出す。


「はい、まずはレーヌへのお土産ね」


 そう言うと何故か目をぱちくりさせたまま指輪と自分の顔を交互に見る彼女。

 何か思ったような反応と違うな……と思っていると、すぐに自分のやらかしたことに気が付き慌てて訂正する。


「ごめ、ちょっと待って……! これ別にそういう意味じゃなくってね……」


 一旦差し出した手を引っ込めちゃんと説明を開始する。

 指輪の形ではあるがこれは指輪型の通信機であり、以前メム経由でやっていた遠距離通話が出来る事。また自分が持っているタグ型の物も同じ事が出来ること。同様の物はコロナを始めとする他のメンバーも持っていること。

 レーヌだけ指輪なのは彼女の普段が基本ドレスの為、このタグ型では衣装に合わないことを考えた為であること。

 早口でそうまくしたてるようにそう言うとレーヌはどこか安心したような、でもちょっと残念そうな顔をしながらも受け取ってくれた。


「ヤマル様……?」

「うん、すいません」


 そしてレディーヤに圧を掛けられた。流石に今回は自分が悪かったので素直に反省する。

 と言うかこの世界も指輪を贈る風習はあったのか。前にコロナと真似事をした時に少し思ったのだから、その時にでもちゃんと調べておけば良かった。


「この指輪でおにいちゃんとお話しできるようになるの?」

「うん、使い方教えるね。レディーヤさんも一緒に聞いてもらっていいですか?」


 そうして指輪の使い方をゆっくり教えていった。と言っても形が違うだけで自分たちが持ってる物と機能はまったく一緒の物。

 すでに帰ってくるまでに何度も使ったり練習しているので教えるのは簡単だった。この世界の住人からすればオーパーツもよいところの物なのだが、すでにメムを通じて自分と通信会話をしていた事。カーゴの登録時に一度似たような経験があった事が功を奏しレーヌ達はすんなりと吸収してくれた。


「これでおにいちゃんだけじゃなくってコロナさん達ともお話出来るんだよね?」

「そうだよ。ポチともつながるけど、ポチ側から通話が来ることはないからね」

「うん。でも何で私だけ指輪なの? 形が違うだけならコロナさん達も指輪でも良かったと思うけど」


 もしかして私だけ特別?と上目遣いで問うてくるが、残念ながら他の皆がドッグタグ型なのにはちゃんと理由がある。


「俺もだけど皆指輪とか付けると色々とね」


 まず俺とコロナ、ドルンは外にいるときは殆ど手甲をしている。特にコロナは剣を振るう以上、指輪を付けた状態で防具はあまりつけたがらないだろう。ドルンも鍛冶中では遠慮するだろうし。

 エルフィリアは指輪型でも良かったのだが、よく旅の合間に料理をすることと、一人だけ形が違うのは気にするのではないかと考えた為だ。

 レーヌがタグ型でないのは先も言った通りである。ドレスにこのタグは合わないし、それならば手袋の下にでも付けてくれれば目立たなくて良いと思ったからだ。

 特に宝石のような装飾がついているわけでもないしね。


「で、こっちも同じの。ただしこれは今レーヌにあげたものや自分達のとは別回線になっててね」


 続いてとばかりにハガキサイズの板を手に取り説明を開始。

 実はこっちが今回の本命だったりする。

 今までのお土産はレーヌら個人に対する物だが、こちらは国に対する献上品だ。


「おにいちゃん、かいせんって?」

「あー、別の経路って言えばいいのかな。つまりこのプレートは機能としてはレーヌの指輪と同じ遠距離通信。ただしこのプレートと指輪での通信は出来ないよってこと」


 ではこのプレートはどこと通信するのかと言うと、ケースの中には同じ形のプレートがもう二枚、つまりこの場には合計三枚ある。

 通信装置がこの場に集まってどうするんだと言われそうだが、ここから先が本題だ。


「これはあくまで提案なんだけど、人王国、獣亜連合国、魔国に一枚ずつ置いたらどうかなって。外交面でかなり楽になると思うよ」


 これは三国を回って常々思っていた事だが、やはりこの世界での情報伝達の遅さを感じる場面が多々あった。

 まず通信技術が無い。手紙なども早馬。

 自分がいるんだから電車や車の存在を教えたら?みたいな話もあるが、技術的な面がそもそも分からない。よしんばマイ経由で伝えたとしても今度は街道の問題がある。

 何せ魔物が跋扈する世界だ。道路整備やレールを敷いたところでキチンと維持できないといけない。

 そのせいかもしれないがそれぞれの国の交流があまりないように見受けられたのだ。

 もちろん全くないわけではなく物流や人の流れはちゃんとある。だが国単位での大きな繋がりはあまりないように感じた。


 なのでまずは取り掛かりとしてそれぞれの国のトップ間で会話が出来るようにする環境をと思った次第だ。

 これならそれぞれの国に居ながら話し合いが出来る。正式な部分は直に会わないといけないだろうが、それでも互いに遠出をする必要性もなくなるのは間違いなく利点だろう。


 その様な考えをレーヌとレディーヤの二人に話すと、二人ともなるほどと納得してくれた。

 プレートを手に取り一応設定や操作方法を説明しながら、頭の中では別の事を考える。


 この各国に設置予定のプレートは二人に説明した通りではあるが、それ以外にもう一つの思いがある。

 ただこの考えは今はレーヌには話せない。

 その話をするためにどうしてもレディーヤと二人で話したいけど……うーん、正面突破しかないか。下手に隠すとこじれそうだし。


「レディーヤさん、すいません。ちょっと数分ほど相談したい事あるんですがいいですか?」

「え、私ですか?」

「えぇ。……レーヌ、そんな顔してもダメ。ちょっとお仕事関連のだからさ」


 むぅ、と膨れるレーヌはポチに任せ、一旦部屋を出てレディーヤの部屋へ行く。

 彼女の部屋と言っても私室ではない。レーヌのメイド長としての応接室と呼べばいいだろうか。秘書室が近いかもしれない。


「それでどの様なご相談でしょうか。何やら大変なご相談とお見受けしましたが」

「え、分かるんですか?」

「はい。何回か私に視線を送っておりましたので」


 マジか、全然記憶にないってことは無意識に見ていたのだろう。

 もしかしたら自分が思った以上に追い詰められているのかもしれない。


「うーん、まぁ、そう……ですね。大変と言えばこれ以上ないぐらい大変な相談なんですが……」

「もしかしてご結婚するのでレーヌ様を押さえて欲しい、とかですか?」

「それはそれで大変そうですけどちょっとベクトルが違うと言うかものすごい真面目な話なんですけどね」


 小首をかしげ頭に?マークを浮かべてそうな表情をするレディーヤ。

 彼女にとって俺の悩み相談の最大値はその辺りなのだろうか。ちょっとモヤる。

 ……いや、そうではなくて。


「えーと、至極真面目な話です。冗談とかではなくてですね」

「はい」

「……世界の危機の相談をしたいなぁ、なんて」


 直後、表情を一切変えずまるでスライドするかのようにススス……と部屋を出ていくレディーヤ。

 そして物の一分もしないうちにレーヌの主治医がこの部屋にやってきたのだった。



 ……解せぬ。



-----------------------------------------------------------------------------------------------


~おまけ~


レーヌ「レディーヤ! この"かれーらいす"すごく美味しいです!」

レディーヤ「えぇ、料理長も舌を巻いていました。よもやこの様な料理が存在するなど……」

レーヌ「さすがおにいちゃんが持って帰ってくれた料理……。昔の人はこんなに美味しいの食べてたんだね」

レディーヤ「そしてこちらはカレーパンなる揚げパンです。パンを油で揚げる調理があるとは……」

レーヌ「かれーぱん?! 美味しそう……」

レディーヤ「えぇ、大変美味でした」

レーヌ「……何で美味しいの知ってるの?」

レディーヤ「毒味は必要ですので。しかし残った材料が無くなると双方作れなくなるそうです。再現できるよう研究はしますが難しいかと」

レーヌ「えー……おにいちゃんに頼めないかなぁ?」

レディーヤ「そうですね。大量は難しいらしいので、ある程度物と量を絞った上でお願いしてはどうでしょうか」

レーヌ「うぅん、大丈夫かなぁ……」

レディーヤ「大丈夫です、男の人がお願いを聞いてくれる秘伝のポーズを伝授いたしますので。いざとなれば私もご協力いたします」

レーヌ「……よっぽど美味しかったんだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る