第322話 神の山の報告(前)


(さてと……)


 遠くからうっすらと王城や街の外壁が見えてきた。

 コロナとのデート後の二日後に出立。大神官達に惜しまれながらあの街を後にした。彼らからすれば実際にマイと目通りした唯一の人間であるわけだし、この反応は仕方ないと思う。

 ただ後ろの方で何人かに何故か祈られるのは慣れない……。自分はそこまで大層な人間ではないと言うのに。


 ともあれ行きと同様帰りも道中は平和であった。……うん、平和だ平和。何も問題無かった!

 少なくとも魔物に関しては相変わらず神殿騎士を始めとする護衛軍が付いてるため殆ど襲われることはない。出てきてもやはりこちらが出張る前に対処してくれる。


 しかし王都が見えると否が応でも今後の事を考えねばならなくなる。

 事が事だけに明るい気持ちになれるものではなかった。


「……ふぅ、頑張らないとな」

「何を頑張るの?」


 つい声に出てしまったようだ。

 視線を横に向ければカーゴの御者台で隣に座るコロナがこちらを見上げている。


「色々ねー。多分しばらくは堅苦しくてめんどくさい説明会が続くだろうし」

「あはは……頑張ってね」


 労いの言葉はくれるがどうやらついてきてはくれないみたいだ。

 前なら来てくれたのになぁ。少しは一人で歩いても大丈夫と思って貰えたか、はたまた頭脳労働を嫌がったか。

 ともあれ依存し過ぎないのは良い傾向だと思う。


「そう言えばセーヴァとはどうだったの。結構打ち合いしてたけど手ごたえあった?」

「うーん……私もセーヴァさんも木剣のみだったから……。でも強いよ、私よりもずっと」

「前にサイファスさんとも訓練してたよね。そっちと比べてみてどうだった?」

「多分武術的な部分だったらサイファスさんかな? でもセーヴァさんは本気が全然見えない感じ。何かを隠してるじゃなくって、本気を出すと危険だから使わなかったってところかも」

「ふーん。コロが"牙竜天星"使わないのと似たようなもんかな」

「セーヴァさんは私と違って装備に関わらずって感じだったけどね」


 やはりそこは元勇者。武術だけではなく魔法とか習得してても何らおかしくはない。

 むしろ勇者専用のあれこれとか持ってるとみて良さそうだなぁ。魔王倒して世界を救った実績もあるし。


「世界って広いねー」

「まぁ……そうだね」


 危うく世界外だけどと言いそうになったのをぐっとこらえる。


「とりあえずカーゴを研究室に戻して荷物はどうしたもんかなぁ。そのまま置いておくにしてもお土産混ざってるし」

「美味しかったよねー。……ねぇ、ヤマル」

「ダメ」


 言わんとしてることが分かったのでキッチリと止めに入る。


「えぇ、もう少しだけ! ね、一口だけ!」

「そう言って三日前ぐらいに手を嚙まれたんだけど」


 コロナが言ってる物はデート時にマイに用意してもらい、その日の夜の宴会で出した料理の事だ。その時に使った材料は今や数は減らしたもののカーゴの中でまだ保存してある。

 あの味を思い出してか三日前の夜にコロナに懇願される形で再び出したのだが、食欲が勝ったのか自分が持っていた肉を手ごと齧られた。

 コロナの一口はあまり信用出来ないと思った瞬間であった。


 ちなみにメム達が運んできた箱は携帯式の冷蔵庫や冷凍庫も含まれている。あの時代の技術をそのまま使われているだけあり、日本の物よりもずっと高性能。

 しかも動力源はメムら同様に龍脈で動いているからほぼ半永久的に稼働する。


 もちろんずっと保管が効くわけではないのだが、それでもこの世界水準においてはオーパーツだろう。行商人がいくら積むか分かったものではない代物だ。


「ともかくこれは献上品……と言うかレーヌへのお土産だよ。メムが一緒だから普段の通話も出来なかったし、今回のことで色々協力してもらったからね。我慢しなさい」

「はぁい……」


 とは言ったものの。

 ほんとレーヌへの説明どうしようかなぁ。女王である以上今回の話は必ず耳に入れなければいけないけど……。

 うーん……誰かに一度間に入ってもらうのが一番か。でもこんなくっそ重たい話となると……。


(あの人しかいないか)



 ◇



 ある程度は落ち着いてきたのか、はたまた地震になれたのか。

 王都の大通りは以前とほぼ同じ活気に戻っているのがカーゴの御者台からでも良く分かる。


「いやー、少しの間ですが眺めいいですね!」


 そんな自分の隣にはコロナ達ではなくセーヴァ。

 現在自分らは王城に向けてポチにカーゴを引いてもらっていた。いつもと違うのは隣にいるセーヴァのみ。


 王都の入り口までは神殿の面々と一緒だったためある種大名行列の様なものであったが、街中に入ったところで彼らとは別れることになった。

 向こうは向こうで急ぎ話すことがあるらしく、また後日と言うことで神殿へと戻っていったのだ。

 そしてセーヴァだけは騎士団からの出向だったためこうして一緒に帰る事になった。神殿組がいなくなったため気が楽になったのか、当人の希望により今は御者台に座っている。


「でも前に天井に登ってたような……」

「それはそれ、これはこれですよ。あの時はセレスさんもいましたし、一応僕も一応騎士として体裁もありますから気軽に言えなかったんですよね」

「あー、神殿騎士の人達も真面目な人多かったもんね」


 冒険者なら良くも悪くもしょうがないなぁで済むことも、騎士ともなれば世間の目もあるためそうもいかないのだろう。

 仕事中は基本的には制服を着てるため騎士であることはすぐばれるし。


「でも大通りだけどいいの? セーヴァって目立つから今も視線凄い事になってるけど……」

「この程度なら大丈夫ですよ。流石に寝てたり天井で仁王立ちとかは怒られますけどね」


 そう言えば高いところで仁王立ちしたがる人はどうしてるかなぁ。

 師匠と喧嘩してないと良いけど。


「あ、そうそう。コロと手合わせしてくれてありがとね。うちのメンバーだとあの子と戦えるメンツいないから助かったよ」

「いえいえ、こちらも楽しめましたので。コロナさんは筋が良いですから、これからもっと強くなりますよ」

「まだ強くなれるのかぁ。いいなぁ」


 いや、コロナは【風の軌跡うち】で一番の戦力であると同時に一番年少でもあるのだ。伸び代がまだあるという事実自体は大変喜ばしい。

 ただなぁ……やっぱり羨ましいものは羨ましい。自分では飛んだり跳ねたり斬ったりとかは難しそうだし。


「ヤマルさんはヤマルさんでいいじゃないですか。道中皆さん喜ばれてましたし」

「あぁ、うん。祈り捧げられたときはマジでびっくりしたけどね……」


 コロナもエルフィリアも道中のトイレやら食事やらはいつも通り感謝していたが、神殿の女性の方々は尋常では無かった。

 冗談抜きで目の前で跪いて祈りを捧げ始めた時は内心でドン引きしたぐらいである。


「それにお話は聞きましたよ。何でも前の模擬戦祭りの際にゴーレムと戦ったとか。騎士団でも噂になってましたし」

「あー……あんまりいい顔されなかったんじゃないかなぁ。騎士って確か貴族の人ばかりだし、俺が目立ったりするのあんまし面白くないんじゃない?」

「どうでしょう。何かしら思うところはあるような感じでしたが……」


 セーヴァはそうは言っているがあんまりいい印象は持たれていなさそうである。

 

「まぁ気にしたって仕方ないか。全員に好かれることなんて無理だし。セーヴァだって同性からやっかみ受けたりすることもあるんじゃない?」

「あはは……まぁ、そうですね」


 曖昧な笑顔を浮かべるセーヴァだが、多分こちらが言ったことはあながち間違いないと思う。

 モテるもんなぁ、セーヴァ。意中の女性がいる男からしたら彼の存在は面白くないだろうし。


 そんな他愛のない話をしながらポチが引くカーゴは順調に大通りを進む。

 あまり同年代の、それも同性とゆっくり話す機会は無い為話は大いに盛り上がり、気付いたらいつの間にか王城の門の前に到着していた。



 ◇



「それでは僕はこれで。コロナさん、良ければまた手合わせしましょうね」

「あ、はい!」

「エルフィリアさんのお料理美味しかったです。ありがとうございました」

「いえ、その……どういたしまして」

「ドルンさんも武器の手入れありがとうございました。とても助かりました」

「お前さんの剣は良く使い込まれてるからな。不調があったら持ってこい」


 王城の敷地に入りセーヴァはここでお別れ。

 その為こうして一人一人にお礼を述べているのだが、やっぱりこういう行動を自然に出来るのがイケメンたる所以だろう。

 そして最後にセーヴァはこちらへやってくる。


「今回の旅は僕にとっても楽しい旅でした。ありがとうございます。ヤマルさんも何か困ったことがあれば頼ってくださいね」

「うん、セーヴァも何かあったら協力するからね」


 差し出されたセーヴァの手を握り返し城の方へ戻る彼を全員で見送る。

 セーヴァの姿が見えなくなったのを確認し、自分たちは一路研究棟へと向かう。


「しっかし毎度こっちまで持ってくの面倒だよなぁ」

「家があればカーゴとかそこに置くんだけどね。流石に家を持つのも大変だし維持をどうするかってのもあるからなぁ」


 【風の爪】のイーチェみたいに家を守ってくれる人がいるわけでもないしなぁ。

 更に言えば帰るつもりだし、家を仮に持ったとしても家主不在待ったなしになるのは目に見えている。


「まぁ今日はちゃちゃっとカーゴ戻して必要な物降ろして宿に行こ。もうここも勝手知ったるなんとやらだろうからそんなに時間は掛からないしね」


 多分教授たちもカーゴが戻ってくるのを首を長くして待ってるだろう。

 向こうも手慣れたものだろうから荷下ろしは皆に任せて、自分は先にレーヌ達に会えるようアポを取ろうかな。

 流石にいきなり突撃して会えるなんて……うん、レーヌはOK出しそうだけど多分不許可だろう。レディーヤさんが止めるだろうし。


 なんて算段を頭の中で立てていたのに、その計画は最初から躓くことになる。


「君っ、メム君の姿が変わってるんだがどうなっているのかね?!」

「教授! 他の三機も姿が変わっています」

「すげぇ、まるで本当に人間みたいだ」


 しまった、メム達の姿が変わったの忘れてた。ずっと一緒だったせいで完全に頭から抜け落ちてた。

 押し寄せる教授with研究員の面々に群がられて身動きが取れない。


「こ、コロ……ちょっと助け……」

「ドルンさんの道具どれ降ろすんだっけ?」


 コロぉー!!と声をあげるも熱気を帯びた研究者に埋もれてコロナには届かない。

 と言うか多分アレはこっちの状況分かっててあえて気付かないフリしてないか。薄情者ぉ……。


 そんなこんなでしばらく強制質問攻めを受けていたのだが、その攻勢が不意に弱まる。

 こちらとしては嬉しい限りだが知識欲に支配されてた彼らの勢いが止まるような事なんて……あ。


「随分賑やかですね」


 その声が聞こえた瞬間喧騒が一気に静まり研究者たちがこうべを垂れる。

 そこにいたのは見覚えのある侍女と護衛の騎士数名を引き連れたこの国の最も偉い人。


(レーヌうぅぅーー!!)


 ニコリと笑顔を浮かべる彼女。その背後から後光が射したかのように感じたのは気のせいでは無いだろう。

 今の自分にとっては救いの女神にすら見えてしまう。


「皆さん、ご苦労様です。私の事は気にせずそのままお仕事続けてください」


 レーヌがそう言うと教授含む研究員達は蜘蛛の子を散らすように持ち場へと戻っていった。

 ようやく解放されたことに胸を撫で下ろしつつ改めてレーヌに向き直り頭を下げる。


「えー、こほん。ありがとうございます、助かりました」

「いえ、どういたしまして。これからお時間あればお話をと思うのですがよろしいですか?」

「え?」


 思わず驚きの声が漏れた。

 レーヌ個人としてなら自分と話したいだろうが、今目の前にいるのは女王としてのレーヌだ。レディーヤだけならまだしも護衛の騎士が何人も帯同している。

 そんな状態で自分を呼ぶ理由なんて……。


「ヤマル様。レーヌ様に神の山のお話をお願いできますか。神殿に依頼し貴方を向かわせた以上、報告の義務があると存じます」


 するとレディーヤが助け舟とばかりに声を掛けてくれた。

 なるほど、確かにレーヌが公務として神殿に行ったことは周知の事実。その内容が国内では自分を神の山に向かわせたと言うことになっているようだ。


「そうですね、分かりました」


 どちらにせよレーヌには渡す物がある。

 それに報告自体は早いに越したことは無いし、この提案自体はまさに渡りに船だ。


「それでは少々お待ちいただけますか。お渡しする物がいくつかありますので」

「まぁ。それは楽しみですね」


 言葉は普段と違い丁寧だが、レーヌのあの笑顔は間違いなく本心であると言うのが分かる。

 ……ただ今後の事を考えると心が痛むなぁ。知らせないわけにはいかないんだけど……。


「メム、渡す物を運ぶのを手伝って……あ、女王様。メム達の姿が変わっていますが中は一緒です。人間で言えば服装が変わったようなものと思っていただきたいのですが……」

「わかりました。レディーヤ、場内への周知の手配をお願いします」

「かしこまりました」


 しばらくは驚かれるかもしれないが、とりあえずはこれでメム達が城内でいきなり襲われたりすることは無いだろう。

 まぁ以前のボディも大概だったが今のボディは戦時簡易量産機方式ではなくしっかりとした正式採用型だ。よっぽどのことが無い限り壊れないだろうし、よしんば壊れても今なら直せるのは今回の旅で得た大きな成果の一つだろう。


 とりあえずコロナ達にはそのまま荷下ろしをお願いし先に宿へ戻ってもらうことにした。レーヌらとの会談がいつ終わるか不明の為、待たせるのは悪いと判断したためだ。

 一応護衛としてポチは一緒に連れて行く。レーヌと面識もあり魔術師ギルド管轄の魔物なので一緒にいても特に問題は無いだろう。

 それに王都では模擬戦の時に派手に動いたので元々あったポチの知名度もずっと高いのものになっているのも理由の一つだ。


「それでは行きましょうか」


 こちらの準備を最低限に抑え手早く済ませる。

 そして皆と一旦分かれレーヌの後に続き王城の中へと入って行った。


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