第319話 閑話・偽りのモテ期


 これは俺が王都に帰るまでに起きたちょっとした出来事である。




 自分の見た目はそれほど良いと思ったことは無い。少なくともセーヴァの様な美男子で無い事は確かだろう。

 何せこれまで異性からいきなり言い寄られた覚えはないからだ。日本では当然として、この世界に来てからでも。

 自分の周りには仲良くしてもらっている女の子は何人かいるものの、どの子も最初から好意を寄せられたわけではない。

 その事から少なくとも自分の見目で好きになる人はいないと言う証だろう。もしかしたら例外はあるかもしれないが、あくまでそれは稀有な例外。


 つまり何が言いたいかと言うと……。


「ヤマル様、この後一緒にお出かけしませんか?」


 中央管理センターの最寄りの街を出て数日。宿場町に着いてからこの様に若い女性から誘いが来るのがそろそろ当たり前になりかけていた。

 あまり見覚えは無いが、自分を様付けで呼ぶあたり恐らく神殿の人なのだろう。セレスの様な修道服ではなく、街の人がちょっとおしゃれをしました的な自然な装い。

 何も知らない人から見ればモテているように見えなくもないが、彼女の後ろにある"神殿"の二文字が開け透けて見えるようだった。この子も上に言われて断れなかったであろうことは想像に難くない。


 可哀そうにと思っていると、その可哀そうな理由の一つが飛び込んでくる。


「ほら、ヤマルはこっち!」


 これまたそろそろ当たり前になりかけつつあるコロナのインターセプト。

 こちらの腕を引き押し込むように宿へと追いやられる。一応先ほどの子には軽い謝罪を入れつつも、コロナの助け舟によりその場を脱することに成功した。

 ちなみにもう一つの可哀そうな理由は彼女の任務失敗なのだが、こればかりは上が悪いと言うことで諦めてもらうしかない。


「全くもぅ、ヤマルもガツンと言わなきゃダメだよ!」

「まぁコロの言わんとしてることは分かるけど、あの子達も仕事だろうしなぁ……」


 上司の無理難題に付き合わされるのはどの世界でも同じと言うことなのだろう。あの子達の立場を考えると過去の自分を見ている様で中々キツく言えない。


 ちなみに先ほどの光景はもう幾度と無く繰り広げられていた。デートの誘いに始まり、食事や贈り物など様々である。

 その度にやんわりと断り、コロナが強引に連れ去ってくれるのがお決まりのパターンと化していた。半ば形骸化してはいるが、護衛と言う仕事を彼女はキチンとやってくれている。



 そんな神殿の女性達が色々アプローチをしてくる中、全く態度の変わらない人物が二人だけいた。

 一人は同じ救世主組のセレス。

 流石に彼女にこの手の事はさせられないのか、はたまた知らされていないのかは不明だが、ともあれセレスは今までと変わらず接してくれる。

 その度にいつも隣にいる女性神殿騎士の人の目が怖いけど……。


 そしてもう一人がその神殿騎士の女性だ。

 名前は知らない(呼ぶときに悩んで聞いたが教えてもらえなかった)が、自分を祭り上げることなく常にセレス第一を貫いている。

 そのせいかセレスと喋るときはこちらに鋭い視線を投げかけているものの、まさに聖女を守る騎士と言っても過言でない程に常に彼女の傍にいる人だ。

 なおその視線は自分のみならずあのセーヴァにすら出しているあたり、もしかしたら単純に男嫌いなのかもしれない。

 どちらにせよこの状況下において変わらず接してくれる彼女もありがたい存在であった。それが例え悪い意味であったとしても妙な調略をされるよりはずっとマシだ。



 ……と思っていたのに。


「…………」

「…………」


 コロナが離れたのと見計らってこちらにやってきた一人の女性と無言で向かい合う。

 沈黙が重い。何かしゃべるなりしてこの場の空気をどうにかしたいが、口を開いたらその瞬間殺されそうな雰囲気が漂っている。

 この世界に来て幾度と無く受けてきた殺気。それが現在進行形で自分の周りにまとわりついていた。


「……は、笑いたければ笑うがいいさ。むしろいっそ殺せ……!」


 乾いた笑みを浮かべた直後、絞り出すような声で女性が俯き両拳を握る。

 どこで調達してきたのか、そこかしこにフリルがあしらわれている服。"ゴスロリ"の四文字が頭を過り、改めて目の前の女性――セレスの護衛騎士――を見る。

 悲しいぐらいに壊滅的に似合っていなかった。美的センスに自信が無い自分ですら断言できるほどのミスマッチであった。

 彼女の名誉の為に先に述べるが、美醜で言えば間違いなく美の人だ。いつもキツい目で見られてはいるものの、その筋の人からすれば『ありがとうございます!』と諸手を挙げる程度には美人さんなのだ。


 ただ何と言うか……あれだ。バリバリのキャリアウーマンの美人上司がイベント会場で魔法少女のコスプレをしていたのを見てしまった。そんな気持ちにさせられてしまうのだ。

 当人が望んで着ているのならまだしも、抗えぬ力で着せられているのではたまったものではないだろう。


 見てはいけない物を見てしまった、ものすごくいたたまれない感じが胸中を駆け巡る。


「あー、その……普段の恰好の方が個人的には似合ってるかと。そっちの方がカッコイイと思いますよ」

「……そうか」


 一応素直な感想を述べるも、彼女は小さく返事をするだけ。

 会話が止まって再び気まずい沈黙が流れ始めたため、いっそのこと何故この様なことになったのか聞いてみることにする。


「念のために聞きますが何でまたそんな服を……?」

「……貴様の好みがそちらであると判断された結果だ。後は『ぎゃっぷもえ』なる分からぬものが絡んでいるらしい」


 言語翻訳機能が妙な単語をはじき出したが、つまるところ彼女も上に逆らえなかった一人なのだろう。

 確かに俺は可愛い系の服は好きだけど、それは周りの面々に可愛い系統の子が多いだけだ。ウルティナとか目の前の彼女の様な人には大人の服装を着て欲しいと思う。

 一応その事を告げたところ、彼女は「そうか」と再び呟くだけであった。


 そして三度沈黙が辺りを支配しかけたところで、今度は彼女が口を開く。


「……私が失敗したとなればもはやセレス様に話が回るだろう。貴様は他の者と比べても仲が良い。だがあの方にこんな真似はさせたくないのだ。恥を忍んでお願いするが、私で我慢してくれぬだろうか」


 神殿の内情を吐露された挙句、嫌な話を聞かされたものだ。

 そもそも我慢も何も、この人がその気になれば寄る男性はたくさんいるだろう。そんな人が私情を殺し恥を飲み込み慣れぬ服を着せられると言うことをさせる神殿に不信感が募っていく。

 ……そりゃ囲いたい理由は分かるけどさぁ。


「……えーと、セレスから話聞いてるか分かんないんですが、自分そう遠くない未来にいなくなるんですよ」

「……そうなのか?」


 とりあえず彼女の様な被害者がこれ以上でないようにする。

 子細な時期は不明ではあるが自分がいなくなること。そして仮に今回のようなことが成功し子を得たとしても、自分が持つ神の山関連の権利は子どもには引き継がれない事。

 要するに自分に寄る真似をせず、マイ……マザイに対し信用を得た方が良いと言うことを伝えた。


「なので上の方にはこんなことにかまけるより徳を積んでた方が良いよって伝えてくれたら助かるかな」

「……分かった。しっかりとそう伝えよう」


 なんだろう、最後の『伝えよう』に妙に力がこもってた気がする。いや、力と言うか殺気が……うん、この事についてはもう考えるのは止めよう。

 自分は何も聞いてない、だからこの後上の人が怒られても俺は知らない関係ない。


「では私は失礼する。色々とやる事が出来てしまったのでな」

「……程々にね」


 そう見送る彼女の姿はいつも通りの凛々しい雰囲気であった。ただし恰好がまだフリフリ衣装の為に色々台無しだが、それを口に出すほど愚か者になるつもりはない。

 そうしてその背を見送った後、それを見計らってか今度はコロナがやってくる。


「……今回は大人しかったね」

「うん、何と言うか……出ていいかどうか判断し辛くて……」


 普段なら真っ先に割って入る彼女も流石に今回は二の足を踏んだらしい。


 その後、あの護衛騎士の人が何かしたのか、女性達から声を掛けられることはなくなった。

 こうして普段通り落ち着いた日常に戻ってこられたものの、その反面命令でも無ければ声すら掛けられぬ男であると言う事実を突きつけられちょっと凹む羽目になるのだった。



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~おまけ・モテ期~


ヤマル「偽りとは言えモテ期も終わりかぁ」

コロナ「何、そのモテ期って? 何となくいかがわしいような……」

ヤマル「んー、自分とこの世界で言われてた……まぁ噂と言うか眉唾物の話なんだけどね。誰でも一生に三回ぐらいモテる時期があるんだって。それがモテ期」

コロナ「つまり今回のも……?」

ヤマル「カウントに入れていい物か微妙だけどねー。やってること自体美人局に近い部分あるし。まぁでもこっちに来てからはモテ期なんてのは無いって思ってるよ」

コロナ「そうなの?」

ヤマル「俺の周りに常時モテてる人多いからなぁ。今だと……ほら、あそこ」

コロナ「あの女の人が集まってるのって多分セーヴァさんだよね……」

ヤマル「まぁあれは極端な例だけど、セレスだって慕われてるしね。と言うか手近なとこだとコロやエルフィだってそうじゃん」

コロナ「うー……何とも思ってない人に好かれても嬉しくないんだけど……」



コロナ(と言うかヤマルだって私にエルさんにレーヌさんにフレデリカさんとか結構な人に好かれてる気がするけどでもモテてると言われたらちょっと違うような気がしないでもないけどそもそもはっきりしてくれたらいやいやヤマルは最初から帰るつもりだからそういう関係にはならないと言ってるしでもでもこう仲良くしてくれたり優しくしてくれるからどうしても意識しちゃう部分もあるのにこっちの苦労も知らないでいつもいつも変わらず接してくれてあーもー……!!)



コロナ「ていっ!!」

ヤマル「っ痛! え、何? なんで俺脇腹つつかれたの?」

コロナ「変な事言い出したヤマルが悪い!」

ヤマル「えぇ……何かものすごい理不尽を感じる……」

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