第316話 デート(前)
「お~いし~~~~♪」
目の前のリス系獣人……もとい見慣れた犬系獣人の女の子は頬をパンパンに膨らませながらとても幸せそうな顔をしていた。マンガならばもっちゃもっちゃと擬音が書かれ、顔の周りにキラキラとした光で描写されそうな笑顔だ。
その様子は自分の目にはとても可愛らしく映る。……もちろん恋愛要素皆無の子どもに対しての目線として、だけど。
「他にも頼んでいいけど、お昼入らないなんてことは無いようにね」
「うん!」
なお料理が出るまではもう少し甘酸っぱさもあるような空気ではあった。それこそ初々しいデート風景と呼べるものだった気はする。
一般棟の入り口に着きエアクラフターから降りたものの、降って湧いた話にコロナは顔を赤らめながら俯きがちだった。中に入りショッピングモール風の光景に興奮はしていたものの、こちらをちらちらと伺うような感じでどこか浮足立っていた。
これじゃダメだと判断し一旦落ち着けようと入ったのがこのお店だ。昨日自分が食事をしていた職員向けの食堂ではなく(あの場所はコロナでは入れなかった)一般向けの飲食店の一つ。お昼にはまだ早いものの今日は早朝から活動を開始したので小腹が空くにはちょうど良い時間だったのだ。
少し軽めのを何か食べようと誘い、誰もいない店内にて向かい合う様に座るもやはり彼女は普段と違い落ち着いていない様子。
そこでこのお店にスイーツがあることを教え、ホログラムに出てきた映像付きのメニューの中から選んだ一品を食べたら現在の目の前の少女が出来上がったわけである。
(まぁ楽しそうだからいいか)
つまらないと思われるよりはデートっぽくなくとも今の状態の方がよっぽど良い。
「でも文字が読めないのはちょっと残念だったかも。絵があるのとヤマルがいるからどんなのかはすぐに分かったけどね」
「一応古代文字にあたるんだよね、これ。俺の目からは普通に見えるから忘れそうになるけど……」
以前チカクノ遺跡でも同様の事があったのを思い出す。壁面に書かれてた文字を何と無しに読んでしまった事だ。
でもあのお陰でメムらと遭遇したわけで、それが繋がって巡り巡って今こうしていると思うと感慨深い。
「それにしても本当に美味しいよね。外でも作れれば良いのに……」
「作り方はともかく材料が難しいのもあるだろうからねぇ。特にソレはもう少し冷蔵庫とかが出回らないと無理じゃないかな」
それ、と目線で指したのはコロナの目の前にあるイチゴをふんだんに使ったパフェだ。
器の中には菓子やクリームも使われており、とどめとばかりにチョコレートもかかっている。一口二口ならともかく全部食べると胸焼けしそうな一品だが、それをコロナはおいしいおいしいと恍惚した表情で口に運んでいた。
ちなみに犬系獣人のコロナにチョコレートは大丈夫なのかマイに聞いたがそこは問題無いとのこと。
「昨日ヤマルが神殿の人に配ったのもこのちょこれーととくりーむのやつだっけ?」
「まぁそんなとこ。コロの今の姿見たら恨まれそうだね」
「……内緒にしてね?」
流石に彼女と神殿の折り合いが悪くなるのは望まないのでそこは了承しておく。
「エルフィにも何か甘味買ってくかなー」
「あー、エルさんも甘いの好きだもんね。でも私とデートしてるのに他の女の子の名前出すのはどうなの?」
「まぁそうだけど、だからと言って留守番してる皆に何もないのはね」
何にするかはさておき、皆のお土産を用意するのは確定事項だ。
昨日も結局は神殿向けのしか持って帰れなかったので、今日は皆のを選ぶつもりである。
「この後はどこに行くの?」
「んー、行ける場所は限られてるからモールを回る感じかな。ほら、街でお店並んでる通りとかあるよね。あんな感じでお店回るか……後は食べ歩きとか?」
その言葉を発した瞬間、確かにコロナの目が怪しく光ったのを見た。あれは間違いなく捕食者の目であると確信が持てる程の眼光だった。
「食べ歩き……ここ以外にもお店があるの……?」
「うん。元々昔の人達が楽しむための場所だから、食べるお店だけでも色々あるよ。一応軽く調べたけどここみたいな軽食や甘い物、お肉とか後はお魚とかね。希望があればそこへ行――」
「全部!!」
行くよ、と言い切る前にコロナが力強く立ち上がる。
スプーンを手に力強く握りしめ、まるで「私はこの戦いに全力で挑む」みたいな決意をみなぎらせていた。
……ここまでハラペコキャラではなかったと思うけどなぁ。やはり美味しい物は老若男女問わず強いと言うことだろう。
「……まぁ流石に全部は無理だから優先度を決めて回ろうよ。マイ、お店のリストとメニュー、あと施設内のマップくれる?」
『少々お待ちを』
天井に向け声を掛けると丁度テーブルの上にホログラムのモニターが現れた。板状のモニターは実体はないものの、自分が掴む所作をすればまるで掴んだかのような動きをしてくれる。
それをそのままテーブルの上に置きメニュー画面に従い操作してゆく。
「さっきのメニューもだけど、これもカーゴと同じやつ?」
「そうだよ。この場所限定だけどマイに言えば出してもらえるんだよね」
コロナの問いに答えながら画面を三つに分割。右半分は施設内のマップで、左半分は更に上下に分け店の品物とその映像が出せるように設定した。
「軒先見ながらブラブラするのも楽しいけど、コロも色々食べてみたいだろうしある程度は計画的に行こっか。例えばこのお店だとこんなのだね」
試しに選んだ店はハンバーガーショップだ。自分からしたら割りと見慣れた物ではあるがコロナからすれば知らないものが殆どであり、商品の映像を出す度にこれは何かとしきりに尋ねてくる。
空になったパフェの器を横によけ、テーブルの上に置いたモニターに覆いかぶさらんとする勢いで身を乗り出して覗き込んでいた。
それはもうぐいぐいと。周りが……と言うかこっちのことは目に入っていないようだ。
「コロ、コロ」
「ん?」
名を呼びコロナがこちらを向くと彼女の顔が視界いっぱいに映る。如何に彼女が至近距離にいるかが分かるほどに。
その事に向こうもようやく気付いたようで、頬を赤らめてはそそくさと体を引っ込め椅子に座りこんだ。
「ちょっと近かったかなぁ」
「う、うん……」
苦笑しながら彼女のその様子に初々しさを感じる反面、普段は向こうから来るのになぁと思ってしまう。やっぱりコロナは受けに回るのが苦手か、もしくは単純にこういうことに慣れていないだけかもしれない。
一先ず彼女が大人しくなったところで一息とばかりに出されていたホットコーヒーを一口。日本にいた頃はそこまで愛飲していたわけではないが、仕事中に飲むことはままあった。
ブラックは無理なので砂糖やミルクを入れたものになるが、それでも懐かしい味と香りに思わず頬が緩む。
「……ヤマルが飲んでるのってなぁに?」
「ん? コーヒーって飲み物だよ。向こうにいた頃は仕事中に飲んでたりしたかな」
「そうなんだ。……一口貰うのはダメ?」
興味本位で飲むものではないと思うも、彼女の希望通りソーサーごとカップを渡す。
一応砂糖とミルクは入れてはいるが甘いものではないと注意はしておいた。だが……
「う゛ぇ゛ぇ゛…………」
吐き出さなかったのは彼女の乙女心が根性を振り絞ったからかもしれない。
何かものすごい声と共にコロナの口が閉じなくなっていた。慌ててカップを置きパフェの器を引き寄せるも残念ながらすでに完食済みで中身はもぬけの殻。
それでもどうにか残ったなけなしのクリームをかき集め口の中に広がる苦みを打ち消そうとスプーンを咥える姿は思わず笑ってしまいそうになる光景だった。
「苦い゛……」
コロナの耳や尻尾が過去見なかったほど力無く項垂れている。よく見れば少し涙目になっていた。
流石に不憫に思えてきたので小さなバニラアイスを注文。流石に他の客が誰もおらずロボット運営なだけありすぐさま品物が出てきた。
出されたアイスにコロナはすぐさま飛びつきかき込むように口に入れるが、今度は頭がキーンとなったのかアイスを持った手で押さえるなど中々慌ただしい光景を繰り広げている。
だがとりあえず機嫌は直ったようだ。
その後三十分ほどどこに行くかまとめあげ……正確には寄るお店の数を絞るのに四苦八苦し、何とか本日のデートコースを仕上げることに成功するのだった。
◇
食べ歩きメインとは言え四六時中何でもかんでも食べるわけではない。そもそもこのショッピングモールと言える場所も自分にとっては見所のある場所ばかりだ。
先日マイと歩いたときは説明がメインだったため、改めて歩くとこれはこれで色々と目新しいものが見えて面白い。
まぁかなり広いモールに人の喧騒が無いのは寂しい気もする。けど王都だと茶々入れられそうだったからここを選んだのだ。この場所なら他の人の目には付かないし。
が、それはそれとして……。
「…………」
「…………」
お互いに一言も発せない。
こうして並んで歩く事自体は何度もあったしその時だっていつも通り。そのいつも通りと違うのが現在進行形で感じている左手の温もりである。
(うーん……やりすぎた? でもなぁ……)
お店を出た後デートらしくと言うことでコロナの右手を引くことにした。一応年上だし男でもあるし、その辺りのちっぽけなプライドをかき集めてリードしようとした次第だ。
コロナも驚いた様子を見せたものの大人しく手を差し出してくれたのだが、以降全く言葉を発しないでいる。
(普段からもう少しスキンシップしとくべきだったかなぁ……?)
一応この世界に来る直前に
それ以外ではこうして手を繋ぐことも無かったし、ラブコメ漫画でありそうな女の子の頭を撫でると言った事も一切していない。(なおポチは例外とする)
そんな風にこちらが気を付けているのにコロナはコロナで過度な接触をしてくることはままあった。ついでに言うと触発されたエルフィリアもやることもあったし、最近では面白がってウルティナがけしかけてくることすらあった。
その時はこんな風にはならなかったのに……うぅん、女心は自分にとってまだまだ未知の領域と言うことなのだろう。
……ちなみに現在武装は一切身に着けていない。武器も防具も危険物持ち込みNGと言うことで入り口でマイに預けることになった。
もし防具があれば手甲越しだったからマシだったのかなぁ、なんて思ってしまう。
(何か話題……話題……)
気の利いた話題を探そうにも良いのが浮かび上がらない。話題そのものはこの場所を含めたくさんあるのだが、この空気を打破するような話題が思いつかなかった。
どうしたものかと思っていると、不意にコロナがこちらの手をきゅっと握ってきた。
「……コロ?」
「ヤマルの手って私より大きいね」
「え……? まぁ体もコロよりは大きいし男だし……」
そう言われるとコロナの手は体相応に小さいと改めて思う。種族の差があるとは言え、この小さい手でいつもあの剣を振るっているんだよなぁ。
自分じゃコロナの剣を振り回すなんて出来ないし、それを考えると……
「でも握力はコロの方がずっと強いだだだだ!!」
言葉を言いきる前に思いっきり手を握られた。それはもうぎゅっと握りつぶされるのではないかと思う程に。
思わず手を離そうとするもコロナは逃がさないとばかりにこちらの手を掴み続ける。
「女の子にそう言うこと言わないの」
「ハイ……」
「反省してる?」
「ものすごくしてます」
口は災いの門とは良く言ったもので。
と言うか昨日神殿でやらかしたばかりだろう、俺。いくら気の許した相手とは言え迂闊過ぎだ。
そんな自己反省を心の中で行っていると、こちらの返答に満足したのかコロナがいつも通りの笑顔を見せる。
「よろしい。ほら、次の場所行こ!」
そして今度は彼女が自分の手を引く形で先に歩き始める。男としてちょっとしまらないと感じながらも自分達はこれで良いのかもしれない。
そんなことを思いながらコロナに引っ張られるがままに次の場所へと向かうのだった。
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