第315話 再び山へ


「と言うわけで色々大変でした」

「はぁ……。何やってんだお前」

「いや、ホント何やってんだろうね俺……」


 ドルンに至極真っ当な事を言われたがそれは自分でも十二分に分かっている。

 現在は阿鼻叫喚となった神殿から脱出しようやく宿へと戻ってきたところだ。マイのホログラムを見た神官や信徒は一斉にひれ伏し、立っていたのが自分とコロナ、あとはセレスとセーヴァぐらいだった。

 一応セレスは神殿暮らしが長いのかすぐにその場に座り込んだが、コロナとセーヴァは別に信徒ではない為その様子にただただ戸惑っていた形だ。

 ……俺? 皆の様子とやらかしたことを自覚して動けなかったですよ、はい。


「それでどうなったんだ?」

「えーとね」


 神の降臨で阿鼻叫喚にはなったものの暴徒のようにはならなかったのはせめてもの救いか。

 マイはその後予定通りの事を淡々と口にしてその場から去っていった。お陰で混乱はあったものの皆の意識が別の方へ移ったため、その場は大神官によって何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。

 いや、正確には興奮冷めやらぬと言った様子だったが、降って湧いた話にそれどころでは無かったかもしれない。


「それで私を連れて行ったのは何でなの?」

「んー、顔見せ。マザイ……まぁマイにコロの顔を覚えてもらう為だね。明日コロとメム達連れてもう一回中に行くから」

「うぇ?!」


 あ、凄く驚いた顔してる。


「……よく神殿の許可取れたな」

「ゴタゴタしてるところに強引にねじ込んできたよ。今はそれどころじゃないみたいだしね」

「確か"五つの質問"だったっけ? そんなこと言ってたよね」

「五つの質問……ですか?」


 首をかしげるエルフィリアに対しコロナはその時の様子を語っていく。

 マイが登場後、その場にいた全員にこう伝えたのだ。『今までの功績を称え、五つまで問いに答える』と。

 もちろんこれも自分の仕込み。マイを神様っぽく見せるためにやったことである。


「質問ってのは何でもいいのか?」

「うん。でも色々と制限はあるみたいだったよ」


 そう、聞く分には何でも良いが制限は設けさせてもらった。

 あの中は自分も及びつかない技術や知識の宝庫だ。その殆どがオーバースペックなものばかり。

 なのでマイにはこの世界に流出しても良いと判断した情報のみを開示するように促した。基準としては混乱を来さないと予測されるもの、ないしは現技術や環境で再現が可能なものあたりだ。

 神殿がどの様な質問をするか分からないが中にはマイが断りを入れるものもある。彼女には前もって皆にそういうパターンもあることは伝えさせた。

 人の世に伝わるにはまだ早い、みたいなそんなニュアンスだ。もちろんその場合は質問の数のカウントには含まれない。

 また期限は特に設けないためいつ使っても良い。勿体無いと思えば後の世に回すことも可能だ。


「多分王都の大神官長とか通さないと質問は出さないんじゃないかな。下手にやったらクビが飛ぶどころじゃないだろうし、今は質問内容を議論してるんじゃない?」

「それで今はヤマルにあまりかまえないからその隙に、ってことか」

「そういうこと」


 念のため参道入口の許可と証文は貰ってある。

 これがあればコロナでも中に入る事が可能だ。


「でも私達では襲われると言う話はありませんでした?」

「あ、そこは大丈夫だよ。その為にマイにコロの顔を見せて覚えさせたからね。少なくとも余計な場所に勝手に行かない限りは何もされないよ」

「と言うかそのマイってそもそもなんなんだ? 神殿のやつらは神様みたいな扱いしてるが、ヤマルの口ぶりからだとお前の下にいるような感じがするぞ」

「あー、うーん……関係性としては俺とメムと同じだよ。主が俺で従がマイ。ただあの子が神様じみた存在って言うのはあながち間違いでもないんだよなぁ……」


 何せ下手すればこの大地が沈む。


「つまりあのマザイ……じゃないや、マイさんってメムさんと同じでろぼっとってやつなの?」

「うん。と言ってもメムのもっとすごいのって思ってくれれば良いよ。最上位の存在だし」


 皆にはマイの役割がこの大地の管理者みたいなものだと伝える。

 持っている力自体はそれこそ単独で国を文字通り落とせる程に強大ではあるが、生まれ持った役割から人類に害することは無いとはっきりと伝えた。


「そんなすごい人の主になったんだね」

「何か押しつけられた感がすごいけどね……。ともあれ俺の指示でコロに対しては攻撃しないようにって言ったから大丈夫だよ」


 そのまま皆には明日の予定を伝える。

 明日はコロナとメム達を連れ明朝から中央管理センターへ赴く。今回供回りは無いため護衛はコロナだ。

 一応神殿を納得させるために護衛として連れて行くとは言ってある。特例ではあるが今回のみ人間以外でも襲われないと言うのも伝えたし、何かあっても彼らの責任にはしないと証文も書いた。


 そして現地で用事を済ませ、夕方にはまたここに戻ると言うのが明日の流れである。


「その後は王都に帰るんだけど、セレスやセーヴァ達はどうするのかってところかな。勝手に帰ってあれこれ言われたくないし」

「一緒に帰るんじゃねーか? ヤマルの話を向こうも聞きたがるだろうし、うまくいきゃ道中にでも仲良く……なんてのもあるかもしれーぞ」

「あー、ありそう……」


 セーヴァやセレスはともかく、女性の神殿騎士や神官が寄ってくる可能性はあるなぁ。

 ……まぁ大丈夫か。身近な番犬がガードしてくれそうだし。


「とりあえず明日は朝一で行くからコロはよろしくね。皆にはちゃんとお土産は持って帰ってくるから」



 ◇



「……何か借りてきた猫みたいだね。犬なのに」

「う~……」


 明けて翌朝。空が白みがかっている早朝に街を出て、現在は参道を皆で歩いているところだ。

 参道入口の神殿騎士はコロナがいることに困惑はしていたものの、大神官からの証書を渡すと大人しく道を開けてくれた。


 ここまで魔物も出ず、また少しだけ不安だった守護兵らによるコロナへの襲撃もなく順調な道中を……ではなく、少しだけトラブルが起こっている。それも現在進行形で。

 こちらも予想していた事だが、中央管理センターに近づくにつれコロナの様子が普段とは違うのが如実に出ていた。終始落ち着かないようで不安そうな面持ちをしていると言えば良いだろうか。

 現在も稼働中であるあの場所の防衛装置のせいなのだがここまで効果があるとは思わなかった。いや、ここまで効果を出せているからこそ獣人達も今まで近づけなかったのだろう。


「何か悪いことしているような感じで落ち着かない……」

「まぁそういう仕組みらしいからね。中に入るまでは我慢してね」

「仕組み……?」


 そう言えばまだ言っていなかったのを思い出す。

 話をしながらならコロナの気もまぎれると考え、ざっくりとかみ砕いて説明をしつつ先へと進む。


「お、着いた着いた」


 時間にして大よそ九時頃、無事正面ゲートへと到着した。

 今日も今日とて守護兵が二体、入り口を守るように直立不動で佇んでいる。


「大きい……ゴーレム、じゃないね」

「ハイ。私と同じロボットデスネ」


 他の汎用ロボに担がれたままのメムがコロナの言葉にそう答える。

 魔法ではなく技術力によって組み立てられたもの。ゴーレム程もある巨体を見て彼女は何を思っただろうか。


「さてと……マイ、来たよ!」

『はい、お待ちしておりました』


 コロナの為にもゴーレムとは程々の距離を開けつつ、正面ゲートに向け大声でマイに声を掛ける。

 姿は見えないがどこかで見ている様で即座に彼女の声が返ってきた。


『マスターの護衛であるコロナさんですね。ようこそ中央管理センターへ。本日は客人として歓迎します』

「は、はい!」


 どこか緊張感を漂わせながらコロナがそう返事をする。

 その様子を眺めていたが程無くして正面ゲートが開かれ全員中へと入っていった。

 中に入ると先程までのおどおどした様子から一変し、自分の体を触りながらコロナは困惑したような表情を浮かべている。


「どう、不安感みたいなの無くなったんじゃない?」

「うん。でも不思議な感じ……私達だけ感じるとか昔の人はすごかったんだね……」

「戦時中でしたので仕方ないカト」


 流石出会った頃にコロナに向けて銃口突きつけてたメムが言うと重みがあるなぁ。

 今でこそ誤解が解けこうして話しているが、一時期は敵対していたのを思えば中々感慨深いものがある。


「マスター、エアクラフターが来まシタ」

「ん。じゃあまた後でね」

「あれ、メムさん達は別行動なの?」

「うん。せっかくだしメム達はここで体の点検とか色々してもらおうと思って。外じゃ稼働してるところはもう無いからね」


 これが今回メム達も中に入れた理由。

 ここのロボット達と違い外でずっと放置状態だったのだ。自分の感覚からすれば稼働しているのが不思議なぐらいである。

 だから今回はマスターの権限の下、メムらの点検やその他諸々をマイに頼んだのだ。


 そしてエアクラフターに乗るメム達ロボット組を見送った後、もう一台のエアクラフターがやってきた。

 おっかなびっくりな様子のコロナに中に入るように促しつつ二人して車内の椅子へと腰をかける。

 自分達以外誰も乗っていないにも関わらず、エアクラフターはまるで座ったことを確認したかのように自動でドアが閉まりゆっくりと奥へ出発していった。


「うわー……うわー……」


 音もなく高速で動く乗り物はやはり珍しいようで、コロナはまるで子どものように窓に張り付き外を眺めていた。

 見える景色はトンネルと中を照らす灯りしかないのだが、彼女からすればそれすら新鮮なのだろう。

 ある程度好きにさせ落ちついてきたのを見計らい、先ほどの話の続きをする。


「予定だとメム達の方は今日中には終わるけどしばらくは時間がかかるんだって。だから一旦別れて後で合流なんだ」

「そうなんだね。その間私たちはどうするの? どこかに向かってるみたいだけど」

「うん。俺はともかくコロはこの中で動ける場所が限られているからね。だから今そこの入り口に向かって貰ってるんだけど……」


 中に入るだけであれば自分の現在の裁量である程度は自由に出来るが、機密に抵触する区画はそうもいかない。

 マイの許しが無いと例え自分の権限であっても無理であった。もちろんこれも理由があれば同行させるとかは可能だが、現在その様な理由がないためコロナが入れる場所は限られている。


「でさ。今日コロについてきてもらったのは俺のわがままと言うか提案と言うかお願いと言うか……」

「うん?」


 コテンと小首をかしげ不思議そうにこちらを見るコロナ。

 うーん、やっぱこういうのは切り出しづらい……。だけど腹は括ろう、その為に一緒に来てもらったんだし。


「延ばし延ばしになってたんだけど、今日一日これからデートしない?」


 その瞬間コロナはポカンとした表情をし、次の瞬間には顔を真っ赤にし……最後にマイが『何か異常発生ですか?』と心配してくるぐらいの大音量の声をあげたのだった。

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