第314話 歓迎


「着きました。扉を開けますので少々お待ちください」

「ん、ありがと」


 エアクラフターが止まり車体がゆっくりと床へ降りたつ。そして側面のドアが開かれ表に出ると、目の前には巨大な正面ゲート……要は"神の扉"の裏手だった。

 座席に置いてあった新たな荷物を肩にかけ、マイが扉を開けるのを待つ。

 そして程なくし扉が開かれると、足元から徐々に外の日の光が差し込んできた。


「じゃあ問題無かったらまたね」

「はい。お待ちしております」


 今この場にいないマイに言うよう上を向きながらそう言葉を交わし外へ出る。

 来た時と同様左右には二体の巨大な守護兵が直立不動で立っていた。出てきたこちらに対し特に何も反応しないことに安心していると、視線の先に数名の人影があることに気が付く。

 見れば来た時よりは少なくなってはいるものの神官と思しき人が数名、そしてセーヴァと神殿騎士だった。


「おかえりなさいませ、お待ちしておりました」

「あ、はい」


 予想外の出迎えに正直なところ少し驚いてしまう。一応メムにはここではなく森の入り口でと伝えてあったのだが、伝達ミスがあったのかはたまた何かしら思惑でもあったのか。


(……まぁいいか)


 気にするほどではないと気持ちを切り替えると、周囲の神官が何やら祈祷をしそうな所作をしていることに気付く。

 見れば丁度正面ゲートの扉がゆっくりと閉じられているところであり、それを見て彼らはこの為に来たのだと理解した。


「では戻りましょう。皆様首を長くしてお待ちしていますよ」


 その皆様は多分コロナ達以外も含まれているのだろうがあえて口には出さない。

 とりあえず促されるまま森の参道を歩き街へと向かっていく。自分は顔見知りであるセーヴァと他愛のない世間話をしていたが、その間にも周囲の面々がチラチラとこちらを何度も窺っていた。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、一言で言えば『中はどうでしたか?』と言う目だ。彼らにとっては誰も入った事のない聖地なのでこうなってしまうのも無理のないことではあるが、どうにも居心地が悪い。

 それでも我慢して聞いてこないのはこの場にはいない大神官が念押しをしているのだろう。


 そして太陽が真上に上がる頃、ようやく参道の入り口に戻る事が出来た。何やら見覚えのある子――コロナが両手を全力で振りながら飛び跳ねているのが見える。

 今にも駆けだしそうな様子ではあったが、流石に参道に入るのはダメなようで二名の神殿騎士が注視していた。……あとドルンが落ち着けとばかりに肩に手を置いてるのも見えるが、あれは多分駆けだしそうになった場合のストッパーだろう。

 その横にはポチを抱えたエルフィリアも立っており、皆ここまできてくれたようだった。


「ただいま゛っ?!」


 安心させるように片手を挙げながら近づいたが、言葉を最後まで発する前にポチが顔面に張り付いてきた。

 半ばのけぞりながらもなんとかそれに耐え、顔いっぱいに広がるモフモフ感のある物体を引きはがす。


「嬉しいのは分かるけどちょっと大人しくねー」

「わん!」


 そのままポチを頭の上に乗せ改めて皆と言葉を交わす。

 だがコロナはこちらに徐に近づくと何故かペタペタと体を触り始めてきた。ただその触り方が触れ合いのようなものではなく、まるで怪我や何かを診察するかのような感じである


「……何?」

「え、だってドルンさんが『もしかしたらメムみたいな体になってるかもな』って言うから……」

「冗談だったんだけどなぁ」


 聞けば街で待っている間に自分が今どうなっているかと言う話題が出たらしい。

 その際にドルンが冗談半分でその様な事を言ったそうだが、どうもコロナは真に受けてしまったようだ。


「見ての通り何ともないから大丈夫だよ。ほら、神官さん達待たせてるしとりあえず帰るよ」


 苦笑しつつコロナの行為を切り上げさせ街の方へと皆で歩き出す。

 でもこんなやり取りが二日無かっただけなのに、こうしているだけで随分と安心してしまっている自分がいた。


 その後は中で何があったのか聞いてくるコロナ達に今は言えないとやんわりと諭す。

 流石に今回は神殿に対し義理立てする方が優先だ。一応ずっとあの場所を維持し、今回も色々と融通を利かせてくれた手前彼らより先に伝えるのは憚られるからだ。

 もちろん後で話すつもりだけど……。


(うーん……どこまで話したもんかな……)


 知った情報が皆のルーツとか爆弾以外何物でもないし。特にエルフィリアなんかエルフが創造された理由を聞いたら悶死してしまうのではないだろうか。

 別に話したところで今の皆がそうであれ、になるわけではないのは分かってるけど……。


「…………」

「? ヤマルさん、どうかされました?」

「いや、エルフィはすごいなぁって再確認したとこ」

「へぅっ?! あ、その、急に言われても……あの、そんなこと無いと、思います……けど……」


 いやぁ、正直すごいと思うよ。俺と出会ってそれなりに経つけど、ずっと本能に抗ってるようなもんらしいし。

 ……まぁ口が割けてもそんなことは言えないけど。


「……む~」

「コロもすごいってちゃんと分かってるからそんな顔しないの。……あ、そうそう。悪いんだけどコロだけ俺と一緒に神殿来てくれる?」

「え、いいけど私だけ? ポチちゃんは?」

「ポチは悪いけどドルン達と先に宿に戻ってて欲しいかな」


 そう言うと何か頭上から物悲しい鳴き声が聞こえてきたのでちゃんと説明をする。

 コロナには個人的都合で着いてきて欲しいが、ポチまで来るとドルンやエルフィリアを護る人が更に少なくなる。別に街自体に危険性があるわけではないのだが、エルフィリアが一緒に居ても問題ない人物は自分達だけ。

 ドルンとの仲も悪いわけではないが、それでも男女の違いもあるので常時一緒にいても問題ないポチにお願いしたいのだ。

 ……と言う建前で何とか納得してもらった。本題はちょっとコロナに着いてきて貰いたい必要性があるからである。


「後メム達も宿にいるなら神殿に来るように伝えて欲しいかな」

「それなら今は丁度神殿にいるぜ。俺達が今日外にいる間だけそっちに預けさせてもらった」

「なら呼ぶ手間省けたかな。とりあえず夜までには確実に戻るね」


 そんな会話を交わしていると程なくして街へ到着。

 ドルン達とは一旦分かれ、コロナを伴い神官達やセーヴァと一緒に神殿へと向かった。中に入ればまさに待っていましたと言わんばかりに大量の神官・神官・神官……。おかしいな、出発する時より増えている気がする。

 皆が皆一様に笑顔を向けてくれているがそれが返って不気味だ。この人達の事を全然知らないのに、好感度が初期値で上振れ状態とか恐怖でしかない。

 そして大聖堂に入るとやはりこちらも神官がずらりと椅子に座り、正面のマザイ像の前に大神官が満面の笑みを浮かべている。

 すぐ隣に神官長やセレスがいることからもはや大々的なイベントとして執り行う気であるのは明らかであった。


「お待ちしておりました。どうぞこちらに」


 こちら、と促されたのはマザイ像の前にある講壇と呼ばれる机の前。

 つまりここで今から話せと言うことか……。


(逃げたい……)


 でも無数の視線を一身に受けている以上逃げられない。それに明日の為にもここで逃げたらやりたい事がおじゃんになってしまう。

 そう決意を固めゆっくり息を吸っては吐き気持ちを切り替える。とりあえずコロナにセレスの横に行くよう指示を出し、大人しく講壇の前に立った。

 以前マギアで教壇の前に立つことはあったが、それとは別の緊張感がある。何せあの時と違い目の前に広がる人達は殆どが自分より年上の人だ。

 敬虔な信者を前に変な事は言えないと言うプレッシャーに胃が重くなってくるが、意を決し全員に向かって言葉を発す。


「えっと、皆さまお集まりいただきありがとうございます」


 静かな構内に自分の声が響き渡る。拡声器が無いにもかかわらずここまで声が通るほど静寂に包まれているのが良く分かった。


「色々とお話を聞きたい方がいらっしゃると思います。今まで閉じられていた扉が開かれ、その中に入ってきた人間ですし……。ご質問などあると思いますが、まずは自分の話を聞いてください」


 頭の中で文面を組み立て、慣れないながらもなんとか彼らに対して説明を始める。もちろん中であったことをそのまま口には出さない。

 なので彼らが聞きたがっていることで、かつ問題無い事から進めることにした。


「まず皆様が信仰してるマイ……マザイ様と思しき方には会いました」


 十中八九マイの事だけど一応その辺りは濁しておく。

 そしてそれを言った瞬間聖堂内はどよめきに包まれた。中には我慢できなかったのか声に出し質問を投げかける人もいたが、すぐさま近くの人に咎められ言葉は徐々に消えていく。

 程なくして再び静かになったのを見計らい改めて話を続けることにする。


「そこで色々な話をし、また中についても案内していただきました。ただこちらについては色々と制約があり詳細についてはお話することが出来ません」


 そして彼らが最も知りたかったであろう会話の内容や中の事について話せないと知るとそこかしこで残念そうな声が漏れていた。

 実際は機密区画とそれに関する情報以外については話しても問題無いのだが、流石に今の世界とあの中の乖離が激しすぎるため自分の一存でそうさせてもらうことにした。これについてはマイにも同様に技術レベルが追い付くまでは秘匿するように指示を出してある。

 知る事で生活が豊かになるとは思うが、反面一足飛びに高い技術力を得たところで碌なことにならないのは歴史が証明しているからだ。


「ただ代わりと言うわけではないですが、マザイ様から皆さんに二つほど預かり物をしています」


 その瞬間落胆していた雰囲気が消し飛び、わっとした歓声が上がる。

 手を天に突き喜びを表すもの、涙を流し祈りのポーズをするものなど様々ではあるが、皆喜んでいることだけは確かなようだ。


(……まぁ嘘なんだけどね。ちょっと悪い事したかな)


 正確には自分がマイに指示を出して用意してもらったもの、が正しい。ただこの嘘については墓場まで持っていくことにする。

 一応中央管理センター内の産物ではある為全くの噓ではないのだからその辺りで許して欲しいと心の中で謝罪をしつつ、皆に見える様に講壇の上に二つの箱を置く。


「こちらがその預かり物です。中に入っていますが……えっと、大神官様。中を改めますか?」


 この辺りの作法はクロムドーム家に竜の盾を持って行った時に学んだことだ。

 持ってきた人間がいきなり開けるよりは、誰か第三者かないしは専用の人間に一度預け中を改めてもらうのは常識っぽいし……。


「では私が」


 そして前に出たのは壮年の神殿騎士の一人。大神官を始め周囲の人が何も言わないところを見るとこういった時に対応する人なのだろう。

 一旦講壇から下がり、彼に二つの箱を開けてもらうことにした。

 周囲に緊張感が張り詰め皆が固唾を飲んでその様子を見守る中、彼も今行われている事に対する重責からか表情が強張っているのが良く分かる。


「…………」


 神からの授かり物と思っているためか慎重に事を進めようとしている神殿騎士であったが、意を決したかのように箱の一つを手に取りその蓋を開ける。

 だが中を見た彼は緊張した表情から徐々に何とも言えないような顔へと変わっていった。


「どうしました。何か怪しい物でも?」

「は、いえ。その……私の知識では見たことがない物で判断が付かず……。危険物ではないと思います」


 大神官からの問いかけに戸惑いの声を以て返す神殿騎士。だが彼の言葉に呼応するかのように聖堂内もどよめきが支配していく。


「御使い様。宜しければご説明を」

「はい。端的に言えば氷菓子のようなものです。一口サイズで数を多く揃えていますが、保存の都合上今日中にお配りしその場で食べて頂くのがよろしいかと」


 大神官に説明を促され、彼が開けた箱の中身を説明する。

 中身は簡単に言えば一口サイズのチョコモナカアイスだ。中央管理センター内に入った証拠として何かしら持ち出そうと考えたが道具類はそもそもNG。他の服飾などもオーパーツ的技術があったため、現状の技術で作れず持ち出しても問題なさそうなこの世界に存在しないものとしてあのアイスを選定した。

 何しろ長期保存は叶わぬため食べるしかなく、そうすれば物的な証拠は残らない。それに数もかなり余裕を持って詰めてきたから多分全員に配る分はあるだろう。この人数全員が証言者となってくれる。

 本来なら一人二~三個ぐらいを想定しての数だったのだが、その辺は必要以上に人が押し寄せた神殿側の責任と言うことにしておくことにした。


 あとはまぁこの後のお願いに対する打算的な意味もあった。が、そんなこちらの考えをかき消すかのように大歓声が沸き上がる。


「おぉぅ……」


 神殿関係者らの見た事も無い感情の爆発に若干引いてしまうが、得てして信じる神からの恵み物とあればこうなるのも仕方ないかもしれない。

 周囲の高位の人達が落ち着かせるように声を張り上げるも、この興奮が収まるまでは数分の時間を要した。

 ただこの様な中でもあの箱に群がったりしないあたり、神殿としてしっかりと教育が行き届いていると言うのが良く分かる。何せ大神官達に至っては皆落ち着き払っているからだ。


「ではそちらは後程配布するとしてもう一つの方をお願いします」

「了解しました」


 アイス入りの箱を一旦横に置き、もう一つの箱が開かれる。

 中を見た神殿騎士が手を伸ばし、その中にあったある道具を持ち上げた。


「おぉ……」


 取り出されたものはフリスビーぐらいの大きさのある半球状の平べったいガラス細工。現代日本人からすれば大きなレンズと言えば想像がつくかもしれない。

 そのガラスを守るかのように縁取りとして幾何学的な模様が施された金属製のリングが取り付けられてあった。


「えーと、それは……そうですね。この場所だとこちらに置くのがいいでしょうか」


 一体あれは何かと皆の視線が訴える中、まずはその物をある場所に置いてもらうようにお願いをする。

 置いてもらった場所は講壇の後ろ、マザイ像の前だ。

 別に必ずあの位置である必要は無いのだが、ある程度場所が広く取れて床以外の場所が望ましかった。

 何せあの道具は今回の目玉だ。先ほどのアイスがジャブなら、こちらは本命のストレートである。


「御使い様、これは……」

「そうですね。何と言えばいいか……効果だけで言えば"マザイ様とお話しできる道具"です」

「……は?」


 要は映像通信装置なのだがその様な言葉がこの世界には無いため何と表現して良いか分からない。

 先ほどのアイスでは表情を変えなかった大神官含む高官の人達も今の言葉には驚きを隠せなかったようだ。


 その様子にちょっとだけ……ほんのちょっとだけ悪戯心が出てしまった。予定外の緊張しっぱなしの状況に心がもたなかったからかもしれない。

 後の自分が『あの時止めておけば』と後悔することになるが、この時はまだそこまで頭が回っておらず……。


「では繋ぎますね」


 置いてもらった通信装置からホログラムのパネルを呼び出し、マイに聞いていた通りの手順で操作をし……程なくして通信装置の直上にマイの姿が映し出された。

 昨日まで見ていたアンドロイドではなく、初めて見た時の薄緑色の人型幽霊の方の姿だ。


『皆様、はじめまして。私はマザーAI……皆様からはマザイと呼ばれている者です』


 その瞬間大聖堂は阿鼻叫喚に包まれ、自分がしでかした事を激しく後悔する羽目になるのだった。




 なおその後の事はあまり語りたくない。

 ただ一言で表すならば『物凄く大変だった』とだけ言っておこう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る