第312話 閑話 ギブ&テイク(前)
「ふぁ……ん~……!」
明くる朝、見慣れない天井の一室で目を覚ます。半ば寝ぼけ気味だった頭も徐々に覚醒していき、そしてここが中央管理センターの一室である事を思い出した。
昨日色々あったせいで精神的にまいったせいかすぐに寝入ってしまったらしく、どうも寝る前の記憶が少しあやふやである。
しかし……。
「うーん、文明文明……」
ベッドや布団一つとっても化学たっぷり。自分にとっては馴染みの
日本では普通であったこれもこの世界では味わえない物である。
「マスター、おはようございます」
そして文明の利器よろしく全室自動となっている部屋のドアが横にスライドされ、昨日から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「うん、おは……よ……?」
部屋の入り口に立っていたであろう声の主のマイを見て――寝起きの頭が一瞬で覚醒する。
「どうかされましたか?」
「……誰?」
「マイですよ。昨日とは見た目がちょっと違いますけど」
いや、どこがちょっとだよ!とツッコミを入れなかった自分を褒めてやりたい。
少なくとも昨日見たマイは人型ではあったが人ではなかった。のっぺり顔に目だけついた全身緑色のホログラムだったはずだ。
しかし今のマイは昨日と同じなのは髪の色が緑と言うだけで、他はどう見ても人間にしか見えない。と言うかホログラムですらない。
肩口まで切りそろえられたショートカットの髪に凛とした顔立ち。人間で言えば自分と同じ二十代半ばぐらいだろうか。
流石に服装は当時を模しているのか銀色基調のSFチックなタイトスーツ調の服である。後は人と区別をするためか申し訳程度に何か機械的な耳当てがついていた。
「……昨日と見た目違くない?」
「えぇ、今日は当施設の案内とのお約束でしたし、ちょうど良いと思いこの姿にしてみました」
何がちょうど良いのだろうと思い尋ねると、マイはとても人間らしい得意気な表情を浮かべる。
「昨日
「人間を作り出したってこと?」
「はい。と言ってもこの体は少し違いますが」
話を要約すると昔素体として人間の研究をした際にホムンクルスを作ったことがあるらしい。
では目の前のマイがホムンクルスかと言うとそうでは無く、彼女はアンドロイドだと言うのだ。
……正直違いが分からない。
「ホムンクルスとアンドロイドってどう違うの?」
「ホムンクルスは端的に言えば人間とほぼ一緒ですね。アンドロイドはホムンクルスをベースに作成されてますので機械の骨格や頭脳に人の体を付けたような形です。外見的にはそこまで差異はありませんが、ホムンクルスは歳を取りますけどアンドロイドは見た目が変わりませんね」
「なるほどね。でもなんでまたそんな研究を?」
「この施設は元々人間の方が作業を行うために設計されていますから、人の体の方が便利な事も多いんです。今は私みたいなロボットしかいませんのでいくつか体は用意してありますね」
あー、確かにそれなら人と機械を合わせた研究がされてもおかしくはないか。
しかしホント、見ただけでは人間と区別つかない容姿だ。普通に美人さんだし……。
「あの、マスター。そんなに私を見てもエッチな事は出来ませんよ? そういう機能はオミットされてますので」
「いやいや朝っぱらから何口走ってんの!?」
思わずベッドから跳ね起きてしまった。何だろう、体が変わったから中の性格も微妙に変わるとかそういうことはないよな。
……ないよね?
「はぁ、ともかくどうしたの?」
「はい。ご希望されていました物が用意出来ましたので」
「え、ホント?!」
◇
「あ~……」
口の中に広がる久しぶりの味に思わず声が漏れる。
現在食堂にて調理のロボットが作ってくれたものを食べていた。メニューについてはマイに昨日頼んでリクエストしていたものだ。
「これで良かったのですか? もっと豪勢なレシピも取り揃えていますが」
「いや、これが良かったのよ」
目の前にあるのはバタートーストとベーコンエッグ。それに野菜のスープに牛乳とヨーグルト。どれもこの世界ではほぼ見ることが出来ないメニューだ。
ただこの味が久しぶり過ぎて思わず声が漏れてしまった。
「調味料や加工食品は中々お目にかかれないからね。それに馴染みのあるメニューだから余計にね」
日本人から見れば当たり前の朝ごはん。だけど今の自分からすれば何よりのご馳走でもある。
これが食べられるのはもちろん自分がマスターだから、と言うのもある。ただしこれもある意味仕事の一環でもあった。
「そうでしたか。ではマスター、後で味のご感想お願いいたします」
「おっけー」
中央管理センターは数少ない稼働中の太古からの施設。"ノア"が落ちた時、施設の中には優先順位の都合上機能不全に陥った場所もあったが、今ではほとんどの復旧が完了している。
この食堂も専用のロボットが調理や清掃を行っており運営自体は出来るのだが、どうしても彼らだけでは解決しえない問題があった。
それが"味"。成分検査やデータ内にある調理レシピの通りに料理を作る事は可能だが、その味が正しいのか判断が出来ないのだ。
元々"ノア"の機能回復を優先し、人が出て行った結果食堂設備の復旧は後回しにされた。今のロボット達も実は人に料理を提供するのは初めてのことらしい。
だからだろうか。何か厨房の方から顔だけ半分だしてるロボットから妙な視線を感じる。
ちなみに味は世事抜きで『普通に美味しい』だ。ただ調理の腕で言えばエルフィリアの方が上ではあると思う。
調理ロボットの強みは何度でも寸分たがわずこの味が出せる事だろう。レシピ通りに作れるからこその強みではあるが、逆に言えばレシピ通りにしか作れない弱さでもある。
なお個人的な感想としては菓子類を作らせたら一番強みが活かせそうだとは思った。
そして食べていてふと気になったことを対面に座っているマイに尋ねてみる。
「でも材料も良くあったね」
「食材は一通りは数を揃え続けていましたので。最も多数の人間を食べさせるほどは無いので最低限ではあります。地下では畜産もやっていたりするのですよ。本日はそちらも案内いたします」
その後も今日の予定についてマイと話す。
昨日の一件で呼び出された理由を知らされ、無事(?)正式に彼らのマスターになった。
そしてマイの提案により今日はマスターとしてこの中央管理センターの各種施設を回り、何があるか把握して欲しいとのことだった。
別に現地に足を運ばずとも各種カメラとモニターを使えばどこからでも見ることは可能ではあるが、それでも一度ぐらいは現場をその目で見て欲しいとのこと。
何より人に仕えられぬまま永い時の中で維持してきた彼らに一回でも『
その対価では無いが今こうして希望した朝食を出してもらっているし、昼もメニューから好きなものを出してもらう手はずになっている。
マスター権限使えば突っぱねることも出してもらうことも自由なのだが、そこは言わないお約束だ。
「ま、ここは広いから早めに動いた方がいいよね。御馳走様、ありがとうね」
完食しこちらを窺っていた調理ロボットにそう言うと、彼?は表情の無い顔ではあったがどこか満足そうに手を振っていた。
◇
「えーと、地下の食料保管庫や畜産エリア、後は各種プラントは見た。警備ロボの待機所も行った……」
「健康診断も終わりましたね。マスターは少々お疲れの様ですが」
「あー、病棟もすごかったね……。なんかこう、一瞬で診察終わったし」
施設内をミニエアクラフターで移動しながら先ほどの出来事を思い出す。
何と言うか、こう半透明の筒状のポッドに入ってスキャンされてはいおしまい、であった。マイ曰く簡易診察みたいなものではあるが相応に精度はあるらしい。
なお結果は言われた通り疲労しているとのこと。まぁ昨日の今日なら仕方ないかもしれない。色々と盛りだくさんだったし……。
「研究棟周りは最後です。こちらはマスターにご協力いただくことになってますね」
「手伝うのはいいけど俺より普通のこの世界の人間の方が良いと思うけどなぁ……」
研究棟は文字通り色々な研究や計測を行う場所。
研究員がいない為新規の開発や研究は行えないが、これまでもデータの収集や解析はマイや研究棟のロボットによって行われていた。先の"龍脈"の計測もここの協力あってのものだったと言う。
そして目下マイ達が知りたがっているのが『魔法』についてだった。
魔法のデータそのものは魔族作成時やその後の計測は行っていたものの、人間が魔法を使うようになったのはウルティナが来てからの話。
マイからすれば二百年はまだまだ新しい部類。外の情報は何らかの形で知ってはいるが、マスター以外の人間はこの場に入る事すら出来ない。
そこで現在双方の条件を満たした自分に色々協力をして欲しいとのことであった。
「まぁこれが"龍脈"研究の一環になるのなら協力は喜んでするよ。流石に島が沈むのは俺も嫌だし」
「お任せを。レイスの様な発想は我々には出来ませんが、データがあればあるほど推論や傾向などの予測については得意な部類であると自負しています」
「だろうね。何せ演算部分が人間とは段違いだし」
でも正直ウルティナの知識が今は欲しい。召喚の術について解析はしてたみたいだし、マイの情報と合わせるとこの問題に対して何らかの解決策を見出してくれそうだ。
(師匠、どこにいるんだろう……)
ブレイヴと一緒だから心配は無いものの、下手をすれば数か月……いや、もしかしたら年単位で会えないかもしれない。
いて欲しいときにいないのはもどかしいけど、こっちはこっちで出来る事をしなきゃなぁ。幸いマイってある意味最高の手札があるわけだし。
「次はどこだっけ?」
「一般棟ですね。こちらも色々と施設が取り揃えてます。マスターのお部屋もこちらですし」
「あー、なんかホテル貸し切りみたいな感じだったよね。まさか『お好きな部屋をどうぞ』なんて言われる日が来るとは思わなかったよ」
人がいない為で数々の部屋も今は全てが空き部屋だ。
豪勢な広い部屋からビジネスホテルクラスのものまで色々あったけど、結局昨日は後者の方を選んだ。日本にいた自分の生活レベルに合わせたかったからだ。
「お使いになる人がいませんので。マスターがここを開放したいのであれば一般棟ぐらいならば問題無いと考えますが」
「うーん……止めておいた方が良いかも。技術レベルに差がありすぎると色々問題起こりそうだし今は保留で。もし"龍脈"の問題が解決出来なかったら一時的な受け入れとしては良さそうだけどね」
「了解しました。さて、そろそろお昼の時間なので食堂へ戻りましょう。ご希望は確かラーメンとチャーハンですよね」
「うん、正直なところかなり楽しみにしてる」
そう、なんとこの施設には米があった。食料プラントの隅の方で細々と農業ロボットがずっと作り続けていたのだ。
そして最初は白米にしようかとも思ったがそれらは夜に回し、昼はラーメンとチャーハンにした。マイから提出された出せるメニューの一覧を見た時には知っている料理ばかりだったので驚いたが、それ以上にそれらが食べられると言う嬉しさが勝ってしまった。
……気を付けないとここでまた舌が肥えかねない。
「マスターの世界とこの世界は類似点多いようですね」
「そうだね。と言っても技術レベルはもっと下だし、魔法とか不思議パワーあるしで気おくれしそうだよ」
「もしかしたらマスターの世界もそのうちここと同じになっているかもしれませんね」
「その場合もれなく惑星落下がついてるってことだけど……」
SF技術や魔法が現実として出てくるのは夢のある話だけど、セットで世界崩壊が付いてくるのは嫌すぎるなぁ。
ともあれ昨日に比べ平和な午前は過ぎていった。
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~おまけ~
マイ「実は私が外の情報を得ている方法ってホムンクルスを使っているんですよ」
ヤマル「そうだったんだ。もしかしたらどこかですれ違っているかもしれないね」
マイ「そうですね。マスターは様々な場所に行ってますし、中には会ってる個体もいるかもしれませんね」
ヤマル「ちなみにどんな人なの?」
マイ「人と言うか人達ですね。各地に散らしてそれぞれの地で生活をしてもらいながら情報を集めて送ってもらってます。見た目はこちらですね」(ホムンクルスの画像を出す)
ヤマル「……いやこれ女将さんじゃん!」
マイ「おや、マスターはご存じでしたか。見た目の区別が着く様それなりに特徴的な見目にしましたのでそのおかげかもしれませんね」
ヤマル「特徴的ってか……せめて個体差もう少しだそうよ。従姉妹全員そっくりすぎとか思って一時期頭抱えてたぐらいだったのに……」
マイ「持たせましたよ。獣の耳つけたり蝙蝠の羽つけたり各地に合わせたカスタマイズを……」
ヤマル「雑ぅ!! そんなオプション的なのじゃなくってもっと顔とか体とかそっちで……!!」
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