第310話 中央管理センターその7 ~本題~


「これでマスターに前情報はお渡ししました。必要な際は都度お聞きください」

「あ、うん」


 長い前情報だった。と言うか濃すぎる内容だった。

 そもそもここまで聞いておいてまだ本題に入っていない。


 そしてマイがこちらをまっすぐ見据える様体勢を整え改めて一礼をする。まるでここからが分水嶺であるかのように。


「それでは本題に入らせていただきます。マスターに決めて頂く議題は『世界崩壊阻止』です」

「まてまてまてまて」


 しかし発せられた言葉に思わず待ったをかける。

 先の歴史も大概だったが何をどうすればいきなり世界規模の話へと繋がると言うのか。と言うかそんな英雄でもない限りどうにもならないような話は自分には無理だ。


「おや、今代のマスターはウィットに富んだジョークはお気に召しませんでしたか」

「……さっきの今でその冗談は性質たちが悪くない?」

「昔のマスターには好評だったのですが。とは言えあながち間違った議題でもないのです」


 えぇ……とげんなりした表情を浮かべるも、それを気にすることなくマイがモニター群を操作し別の映像を映し出す。

 出された映像は少し前に見た龍脈の動きが分かる図面だった。


「先ほどご説明させていただきました通り、"ノア"はこの様に【龍脈】を循環させることで浮力を得ております。落下のダメージにより空へ浮かぶことはもはや叶いませんが、現在は海水による浮力を合わせることで均衡を保っております」


 更に言うと昔の"ノア"にあった島を覆うようなバリアのようなものは現在は展開しておらず、こちらも浮力側にエネルギーを回しているとのこと。

 そもそもあれは外敵用のバリアなどではなく高高度における外部の気圧や紫外線等からの防護装置だったそうだ。落下したことで使う必要が無くなったらしい。


「ですが近年の【龍脈】の動きはこの様になっております」


 表示されたデータは最初は何の変哲もない普通の状態だった。日付が進んで映像が推移するも特段これといった変化は訪れない。

 しかしある日突然、人王国を中心とした【龍脈】エネルギーが消失してしまう。それはまるで"ノア"が落下したときの日の様な消え方であった。


(つまりこれは……)


 同様の消え方ともなれば同じ事が起こったと考えるのが普通だ。そして同じ事……つまりこの【龍脈】エネルギーの消失は自分を含めた救世主組同時召喚によるものであろう。

 まさか国を救うためにと行った召喚によって国が亡ぶ要因になるなど誰が予想出来るというのか。


 過去にも異世界人が召喚されることは度々あったが、その時は常に一人だけだったと言うのは以前摂政達から聞いている。

 レイスが来た時も"ノア"が落ちることは無かった。おそらく今まで呼ばれていたのが一人だったから【龍脈】の消費が許容範囲内に納まっていたのだろう。

 しかし今回は十人同時。落ちた時よりも呼ばれた人数は多い。


(そして必要なエネルギーが一気に消費されてしまった、と)


 だがその直後に獣亜連合国と魔国の装置、そして中央管理センターからエネルギーが送られる。正常時に比べれば随分細くなってしまったものの、他の装置が補ってくれたため島が傾くようなことは無かった。


「この島が落下したときの経験がこの時の危機を未然に防ぎました。他方より【龍脈】エネルギーを分け与えることで何とか均衡を保ったのです」


 しかしそれはあくまで応急処置。

 【龍脈】エネルギーは基本消えることは無く、消費されても何らかの形で再び大地に還元される。だが消えた分が瞬時に戻るわけでは無く徐々に戻っていく形だ。

 完全に戻るまで少なくない時間が掛かる。実際"ノア"が落下した後に安定期に入るまでは相応の時間がかかったそうだ。


「【龍脈】が元に戻るには時間を有す為、現状のままでは遠くない未来に私が施した処置も破綻します。具体的にはこのままいけば島が徐々に沈んでいくでしょう。その為私は別のアプローチにて延命策を行いました」


 現在のこの島の状態は何もしない場合、エネルギーが不足し浮力が足りていない人王国側が沈む。そして人王国が沈むと言うことは相対的に島が傾く事を意味する。

 そうならない為にマイはエネルギーを回す以外にもう一つの手段を取った。それが『物理的に軽くする』だった。


「こちらに表示してありますように人王国下部の外殻の一部をパージしました。物理的な重さを除外することで浮力に必要な消費を軽減し、一先ずは"ノア"を延命させています。この処置は数回に分けて行われ、今も続けられています」


 だがこの方法は上に住む人々にとある災害をもたらすことになる。それが昨今の人王国で問題となっていた地震の正体だ。

 外殻のパージに伴い軽くなったことで島の傾きを是正したが、その反動で地震が起きてしまったらしい。海に近い……つまり島の外部に近い程揺れが大きかったのも、持ち上げる力やズレの幅が大きかった理由なのだろう。

 そもそも海に浮きマイが管理するこの島は地震とは無縁の地。この世界の人々が知らないのも無理のないことであった。


「ですが延命策は延命策でしかなくこのままでは長くもちません。もっとも今日明日でどうにかなる事態ではありませんが、遠くない未来にこの策も限界を迎えます。そしてこちらがその場合の予測被害になります」


 そうして映し出された映像は内容を理解するだけで眉間に皺が出来る程……いや、目を背けたくなるような内容であった。


 まず人王国の外縁部から中央付近にかけてざっくりと大地が抉られている。【龍脈】を通すための大地である島の下部は残っているものの、制御装置のある王都とその周辺以外の土地の上部はきれいさっぱり無くなっていた。

 面積にして人王国の領土の半分以上が海抜以下の土地になり海に沈む。

 そのような状態になれば対象の土地にいる住民がどうなるかは言うまでもない。仮に被害の及ばない島の中央部付近まで避難しても、全国民が残った領土に押し込まれる形になるだろう。

 その影響は素人目線でも荒れることは容易に想像できた。


「私は島を守ることを最上とし、そうあれと設計されております。その為必要とあればこの手段を取る事は是であると判断しています」

「ッ!!」

「ですがこの地には多数の人間が暮らしており、また生命を守ることも島の管理者として必要であると判断しています。無条件で排することは望ましくありません」


 マイの言葉に一瞬で頭に血が上るも、次の言葉で何とか声を荒げるのを踏みとどまる。


(落ち着け、落ち着け……)


 トントンと熱を追い出すように自分の手で頭を軽く叩く。

 そして少しずつ頭の熱が引いていくとともにマイの言葉を落ち着いて飲み込んでいく。


 そもそもマイはその気になれば無条件でソレを行うことが可能だ。島の安全面を考慮するのであればその処置は早い方が良い。

 しかしその反面人の生き死にが望ましくないとも考えている。


「……それで俺に何の指示出して欲しいの? 正直言うことを聞かせる権限があると言うなら止めて欲しいって言うところだけど」


 マイの行動指針の根幹である『島の管理』が最上位にあるとするならこの行為を止める術はない。止めてしまえばそれこそ島の全てが海の底に沈んでしまう。


「その場合限界までは待ちます。ですがその後は予定通りパージする所存です。マスターにご指示いただきたいのはそのタイミングになります」


 そしてマイは淡々と告げる。

 土地をパージするタイミングは早ければ早い程島そのものへのダメージは少ない。この点は自分の考えと合致していた。

 しかしその為に人間を犠牲にするのは本意ではない為、自分には人がいなくなった後で土地を切り離すタイミングの判断をして欲しいとのことだった。


 なお期限は長く見積もっても三~五年。余裕を持たせるのであればそれ以内にとのこと。

 年単位ともなれば長く感じる。しかし一時避難だけならまだしも民族大移動クラスでの移住となる。

 為政者からすればきっと「たった数年しかない」と思われそうだ。


「………………」


 重い。ただひたすらに重い。

 その辺のモブAである自分が背負うにはあまりにも重すぎる事実だ。

 しかし自分がやらなければこの国の人は何も知らぬまま大半が土地ごと飲まれてしまう。それだけは阻止しなければならない。


(レーヌになんて説明すればいいんだよ……)


 間違いなく国難であるこの事実を幼い彼女にも背負わせなければならないことも心の重さに拍車をかける。

 事が大きすぎて黙って裏で解決とかそんな物語じみたことは許されない。国のトップである彼女の御旗の下で対処をしなければ不幸になるのは間違いなく無辜むこの民だ。

 

 ズンと胃に分銅でも落とされたような感覚に見舞われていると再びマイが話しかけてきた。


「マスター。この件につきまして一つお願いしたい事があります」

「……何?」


 これ以上何を求めると言うのか。

 自分でも分かるぐらいぶっきらぼうに返してしまったが、マイは気にせずに言葉を続ける。


「ご説明しました通り、今回の件は【龍脈】エネルギーが不足していることに起因しています。そしてそれがマスターを含めた異世界から呼ばれた人がいると言うことも理解しています」

「……さっきから気になってたけど外の事分かるの?」

「えぇ。リアルタイムで情報が入るわけではありませんが、現在の世情や常識などは個人的に入手できる伝手がありますので」


 メムとか稼働しているロボットのことだろうか。

 ともあれマイ曰く何も知らないわけではないが、全てを知っているわけでもないらしい。外の情報についての共有速度は早いものの、内容や精度は一般常識レベル程度だそうだ。

 今のエルフが昔と違うと知らなかったのもその為であった。


「話を戻します。【龍脈】エネルギーが不足しているのが原因ですから、逆に充填することで問題そのものを解決出来るかもしれません」

「……出来るの?」

「確証はありません。ですが可能性はあります」


 そして彼女はその可能性を告げる。


「魔法です。それも人が使う魔法、及びその関係技術です。私のデータベースには人が使う魔法のデータは殆どありません。もし【龍脈】エネルギーを充填する方法があれば話はまた変わってきます」

「魔族とかの魔法じゃダメなの?」

「おそらくは。先も申しましたが人間以外の種族に創造性はありません。魔法の強さを問うだけでしたら十分ですが、可能性を考えるのであれば現在私に蓄積されているデータ以上の事は出来ないかと」


 一応過去に出来てた人いたんだけどなぁ、マテウスって物凄い魔王さんが。

 最悪あの人に乞う事も視野に入れておこう。師匠ウルティナですら舌を巻く人物であるのは間違いないのだから。


「まぁ……うん。話は一応理解はしたよ。出来るだけ【龍脈】を直す方向で動くから、マイも色々手伝ってよね」

「もちろんです。マスターの思うがまま、私を存分にお使い下さい」


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