第309話 中央管理センターその6 ~ノアの墜ちた日~


 戦争……ウルティナ達が関わった二百年前の戦争ではなく、それよりも遥か昔に起こった戦争。

 その存在が発覚したのはチカクノ遺跡でメムと初めて邂逅した時だ。コロナがいたことにより端を発し、その後情報のすり合わせを行う中で知らされた大昔の出来事。

 人と人以外の種族が戦ったと言う話だけは聞いていた。


 そして時は流れ今この場にて更なる情報がもたらされる。


「生まれと成り立ち、そして世代交代をするほどの年月が経ったことで少なくない選民思想を持ってしまったのが原因であると記録にあります。人を上位種とし、それ以外を下と見る」

「でも何かしらストッパーかけてたって言ってなかったっけ」

「はい」


 善悪云々については今は横に置いて考える。

 人間から見れば獣人も亜人も魔族も全員上位の存在だ。人と同じ知性を有しながら、人にはない様々なものをその身に宿している。

 喧嘩しても人が勝てる確率は低いだろう。これは厳然たる事実だ。


 そうならない為にレイスは彼らに対し生まれながらのストッパーを設けた。そう言う話だったはずだ。


「彼らに施した処置は大きく分けて二つです。一つは人間に対し危害を加えないこと」


 そしてマイから色々な情報がもたらされる。細かい部分は省くものの、要は人に危害を加えず、人に寄り添い、人に尽くす。

 確かにこれでは都合の良い存在と見做されかねない。悪く言えば奴隷か、もしくは洗脳された社畜とでも言えばいいか。

 どちらにしろ碌な立ち位置ではないのは確かだ。


 そしてもう一つ。彼らにかけられたものが……。


「創造性の欠落です」

「……創造性? 物が作れないってこと?」

「いいえ、違います。それでは生産性が失われてしまいます。創造性とは新たに物を創り出す力の事です」


 うぅん、どういうことだろう。

 物は創れるけど創造性は無い……?


「新たなものを産み出す力、と言えばよろしいでしょうか。そうですね……例えばですが何の変哲もない普通のパンをイメージしてください」


 マイに言われ頭の中でパンを浮かび上がらせる。

 普通のパン、普通のパン……食パン? でもこの世界ならいつもの硬いやつか。

 でもマイの時代であれば白いふわふわしたのもあるだろうからとりあえず両方のイメージをしておく。


「パンを美味しく食べようとしたとき、マスターならどの様に考えますか?」

「え。うーん……そうだね。好みにもよるけど具材挟んでサンドイッチとかにするかな」


 エルフの村でエルフィリアが作ってくれたサンドイッチは本当に美味しかったし。


「人間ならその様に考えることが出来ますが、疑似人類はパンを使って新しい料理を創造すると言う行為が出来ません。正確には思いつかないとでも言えば良いでしょうか」

「え、でもエルフの村にはサンドイッチはあったよ?」

「それは人間が教えたからですね。何も知らない場合、彼ら疑似人類はパンそのものを改良しようとします。今あるものを新しい形にすることが得意なのが人間であり、今あるものをより良くするのが得意なのが疑似人類でしょうか」

「あー……」


 なるほど、何となくイメージはついた。

 『風の軌跡うち』で言うならドワーフであるドルンが一番該当する。確かに彼ほどの腕があり代々鍛冶師としてきたのであればもっと色々な武具の種類があっても良さそうなものだ。

 しかしドルンは自分が知っている様々な武具の知識に興味を示していた。正直に言えば彼らの技術力であれば思いつきそうな物もその中にはあった。

 それが今までなかったのはその特性故だったのだろう。自分の持つ"転世界銃テンセイカイガン"の様な武器が単独で作れない無い反面、竜合金ドラグメタルを用いた武具の様に遥か上を行く既存の改良を行うことが出来る。


 あれだ、例えば人間の兵士が『敵に勝てる武器を作ってくれ』と依頼した場合、ドワーフは名剣を作るタイプだ。それも人間では到底及ばないレベルの業物を。

 対して人間ならば剣に拘らず新しいカテゴリーを産み出すタイプと言ったところか。銃なんかが良い例だろう。

 どっちが上と言うことは無い。ただ昔の人間は彼らに対し優位性を保ちたかったが故にその様な行動に及んでしまったのだろう。


「後の調査で創造性の欠落の処置につきましては問題無く効果が及んでいたことを確認しています」

「と言うことは危害云々の処置が甘かったってこと?」

「技術的な面は問題ありませんでした。甘かった部分があるとすれば、それは意識統一でしょうか」


 そしてマイが何故疑似人類が反旗を翻すようになったかを説明していく。


 そもそも反乱の土壌自体はすでに出来上がっているようなものだ。人間による選民思想、圧政、理不尽なやり取り。

 普通であれば不満によってとっくに暴発してもおかしくないのだが、その不満そのものを感じないようにレイス達は処置をしていた。

 だがその処置に綻びが生じていたのだ。


「過去に遡りデータとログを参照した結果ある一人の研究員の手によってほんの少しだけ、それこそ誤差と取れるかどうかのレベルの小さな改竄の痕跡がありました」


 それはレイスやマイの目を潜り抜ける程に巧妙に偽装されていた小さなバグ。

 これ単体であれば大した問題では無かった。怪我に例えるならば擦り傷にもならない程の小さな跡と呼べるような代物。しかしこの時の放置が年月と世代を重ねる内に大きくなっていった。

 事実、当時の若い世代ほど人間に対する不信感は強かったそうだ。


「個人的にはあまり気乗りしないことだけど、それを直すことは出来なかったの?」

「無理ですね。第一世代の様に人間の手によって生み出されていたのでしたらともかく、すでに自然交配による世代をいくつも重ねています。"ノア"の各地に広がった疑似人類全てに対しそれを行うと言うことは、一人一人に人体改造を施すようなものです」


 流石にそれは無理だ。人道的な話もだが、それ以上に時間も設備も何もかもが足りないだろう。

 最悪全ての人間以外の種族を消した上で新しく作り直す方が効率が良いなんて話になりかねない。 


「何と言うか難儀だね……。そもそもその技術者は何でそんなことしたのよ」

「あくまで記録による推察になります。疑似人類計画時に意見が割れたと言うことは覚えていますでしょうか。改竄を行った技術者は反対派であり、人間と同じ立ち位置で接するべきだと言う考えを持っていました」

「でも結果、その意見よりもストッパーを掛ける方の意見が通った」

「はい」


 ままならないものだなぁ。

 その人は人間と獣人や亜人、魔族が互いに手を取り合うことを望んでたはずなのに、モニターの中の人々が手に持っているのは武器である。

 もし人間がもっと対等に接していたら、とか、もしこの技術者が改竄をしなかったらと思わずにはいられない。

 もちろんこれはすでに過ぎた話なのは分かってはいるけど……。


「人間は私たちロボットやその技術を用いた武器にて対抗しました。しかし身体の基礎スペックの高さに加え、ここまで相応に数を増やした疑似人類に徐々に押されます」


 そして戦争時の映像が映し出されていたモニターの一つが島の地図へと切り替わる。

 いや、これは地図ではなく勢力図だ。時間経過による推移が表示され、初期は殆どが人が支配していた土地も晩年は今の人王国の半分程度まで減少していた。


「このように人間は徐々に追い込まれて行きました」

「あれ、でも中央管理センターここはそうでもないんだね」


 勢力図にぽっかりと開いた中央の穴ともいえる場所。

 全方位囲まれているにも関わらず、この場所だけはどれほど推移してもその色が染まることは無かった。


「理由は二点ですね。ここは島の中枢、手に入れることで管理権限全てを奪うことは出来ますが、同時にこの場所が危害に遭うことで最悪島そのものが瓦解しかねません」


 なるほど。

 追い詰めすぎると自棄を起こして何を起こすか分からない。この島に住む全人類にとって最も大事なことはこの島そのものが無事であることだ。

 最悪自爆して墜落しました、なんて洒落にすらならない。

 ……あれ、でも落ちたんだよね?


「そしてもう一つは人類以外に対し【龍脈】を使用した特別な周波数を流す装置を開発したことです。中央管理センターに意識を向けることでそれが発動し、本能的に忌避感を示すようになります」


 マイは彼らが作られた人だからこそ、その手段が取れたのだと言う。

 この装置は今も続けられ、それがコロナ達が言っていた『行こうとすると不安がよぎる』感覚の正体なんだろう。


 ちなみに今も続けているのは止める指示が無かったのと、マイの判断により他の種族が入るのを防ぐ為だったそうだ。

 結果としてそれが続いたことにより、後の世……つまり現代においてこの地は様々な目で見られることになる。


「さて、追い込まれた人類は二つの勢力に分かれます。一つはここ中央管理センターに避難してきた人々。もう一つは【龍脈】の制御装置付近に陣を取った抗戦派ですね。レイス達主力メンバーは後者の方になります」


 抗戦と言ってはいるもののもはや防戦一方と言うのが正しい状態。足りない頭数はロボットが担っていたものの、奪われた場合は擬似人間側の手足となってしまう。

 ロボットの開発自体は人間でしか出来なかったものの、その後の取り扱い方、特に手先が器用なドワーフがいたことで修理やメンテナンスは擬似人間側が担っていたのが致命的であった。


「ここに来て彼らは岐路に立たされます。即ち徹底抗戦をするか、敗北を受け入れるか。しかしレイスによって第三の手段が打たれます。『どちらにせよ明るくない未来ならば、一縷の希望にかけようではないか』と」


 そうして約数十名にも及ぶ人間がある部屋に集められた。

 彼らは皆重度の怪我をしていたり年寄りであったりと戦うには不足な人材。何故集められたかは言うまでもない。


「もはや遠くに封印された秘術。異世界より新たな可能性を引き出すため、彼らは意図的に【龍脈】エネルギーを溜め、そして実行しました」


 それは自分と同様の複数名同時召喚術。

 レイスが召喚されて以降解析された技術それ。そして人道的見解により封印されていた行為であったが、事ここに来て追い詰められたことでそれが解かれることになる。


 確かにレイスが打った一手は戦争を止める一手だった。実際終わらせる一手だった。

 しかしそれは誰も救われない一手であった。


「異世界からの召喚術。初代レイスが当時のメンバーと研究した記録はありますが、解明されて以降は誰も使用せず研究もされていませんでした。にも拘わらず何故四代目が易々と使用できたのか。それも複数同時召喚法をいつ確立させたのか。謎は未だに残っていますが当事者がいない以上もはや知る術はありません」


 そして部屋が光り次々と人が倒れ、代わりに誰かが現れる。

 だがそれが誰なのか見ることなく、次の瞬間にモニターの映像には大きな変化が訪れていた。何が起こったのかは分かりづらいが、術によって倒れていた人々が何故か宙に浮いているシーンだった。


「元々この召喚術は【龍脈】の暴走を意図的に発生させたものです。この時起こったのは通常の数倍、それも戦時によってエネルギーが普段以上に使われていた時期です。結果、一時的ですが【龍脈】のエネルギーが枯渇しました」


 そして別のモニターが少し前に見せてくれた"ノア"の【龍脈】の流れの図面を表示する。

 するとその流れのうち、人王国……つまりレイスが召喚術を行った場所の【龍脈】エネルギーの流れがとてつもなくか細くなっていた。


「"ノア"は各地の制御装置を用いて浮力を得ていました。しかし人王国にある一機に必要なエネルギーが不足したことでそのバランスが崩れたのです」


 そして"ノア"は堕ちた。文字通り、物理的に空から落下したのだ。

 しかしマイによって最悪の事態は回避される。


「まさに緊急事態でした。各地のエネルギーを無理やり回し落下速度を極力下げ島のバランスを保ち何とか海に着水することに成功させました」


 もちろんこの着水もゆっくり浸かったなどと言う生易しい感じではない。

 全エネルギーを島の制御に回したためこの時の映像記録は残っていない。しかしマイが言うにはバラバラにならないようかなりの綱渡りをしていたそうだ。


「"ノア"そのものは存続することが出来たものの、それ以外には看過できない程の被害が生じました。地表の建造物の大半が崩壊、もしくは落下の衝撃によって生じた地割れに飲み込まれる、巻き上がった土砂に埋もれる等様々です。また多くの死傷者が出てしまった為、どの陣営もこれ以上戦争を続けることが出来なくなってしまいました」


 そうして奇跡的に生き残った人々はそれぞれのコミュニティの地へと戻っていき再建をしていく。

 これが現在の三国の成り立ち。様々な技術が失われ人類はまた一からやり直していくことになる。


「……レイスは? それに中央管理センターここにいた人は?」

「四代目の死亡は確認しております。ここに居て生き残った人類はしばらくは過ごしておりましたが、その後外に出られました」

「……理由は?」


 少なくともこの場所は住む分には問題無いはず。

 マイの説明で各プラントは外部に移管したが、それでもこの施設には設備そのものは残っている。

 それにも関わらず彼らがこの場所から離れる事になったのは一体何故か。


「落下のダメージにより私の稼働率が下がっていたことですね。【龍脈】の調整と修理、"ノア"の各種食料を始めとする種の保存。センターの修理にロボへの指示など行うべきことがたくさんありました。生き残った彼らと相談をした結果外へ送り出すことになったのです」


 マイとしては苦渋の決断であったかもしれない。

 しかし"ノア"そのものを蔑ろにすると今度は島そのものが海に沈んでしまう。


 その結果、外に出て行った人間がどうなったかは知りようがないが、現代を鑑みると人王国建国の礎となったのであろう。


「今のこの場所も再建までには長い長い年月がかかりました。しかしその後マスター権限を有する人間は現れず、また必要になるような出来事もありませんでした。ですが必要な出来事、権限を有するマスターが現れたため、こうして御呼びした次第です」


 長い歴史の授業の末、ようやく本題が語られ始める……。




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~おまけ~


マイ「実は遺伝子改変技術の産物で今も残っているものがあるんですよ」

ヤマル「え、そうなの?」

マイ「はい。各地にスライムがいると思いますが、あれは私達が作ったものになります。空に浮いている時から"ノア"のゴミ問題はありましたので、レイスに依頼する形で作成されました」

ヤマル「あー……あれってそんな昔からいたのね……」

マイ「はい。実はそれとは別にもう一つあるのですが、それは後程」

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