第308話 中央管理センターその5 ~成果・魔族とマレビト~
「……つまり魔族を作るのが目標だったと?」
「はい。正確には彼の目的を満たせる結果を形どったものが魔族だったのではないか、と考えております。ただこちらは真意は不明ですが」
「でもマイが言うってことは何かしら根拠があるんだよね」
「はい。これは私だけでは無く当時彼に関わった者の意見でもあります」
そしてマイが当時の事をゆっくりと語っていく。
それによると魔族……当時の呼び名の
これは大元の問題である人口の拡充と第一次産業の人手の補充などがすでに獣人や亜人達によって担われていた為だ。
彼らは人間よりも高い身体能力を以て人々を助けており、その実績も積み上がっていた。
今後は人と獣人と亜人の三種族によって"ノア"は運営されていくだろうと誰もが思っていた。
だがそこに待ったをかけたのが他ならぬレイスであった。
『確かに問題は解消されたが新たな問題が発生した際の対策が出来ていない。以後はそれらを視野に入れもう一歩踏み込んだ研究を行いたい』
モニターの中のレイスが集まった"ノア"の首脳陣達にそう語る。
すでに彼は壮年期を迎えた立派な男性になっており、その立場故かモニター越しですら威厳を放っているように見えた。
「こうして彼の意見は採用され、魔石人間の研究が開始されました」
「うーん、この時はもう他種族関連を産み出すのは国策から外れてたんだよね? それなのによく通ったね」
「理由はいくつかあります。一つは彼の影響力ですね。すでに遺伝子工学の権威としての地位を確立し、実際彼が産み出した動物人間や技能人間は人の為に役にたってましたから」
「……名称統一させようか。ちょっと迷うから以後は現在の呼称でお願い」
「了解しました。獣人及び亜人種の実績があったこと、そして彼が提唱した魔族の研究内容が興味深いものだった為です」
「と言うと?」
「元々彼がこの世界に来たのは【龍脈】の暴走によるものでした。そこから彼はこのエネルギーを個人単位で扱える人を産みだすことで【龍脈】の新たな使用法の確立を目指したのです」
当時の"ノア"も【龍脈】で動いており、ロボットもそれらを動力源とした技術によって稼働するなど一定の成果はある。
しかしその様なエネルギーである【龍脈】の力を引き出せたりすることができる個人は存在しない。誰もが機械や専用の機具によって恩恵を得る程度だ。
何せ【龍脈】の様な膨大なエネルギーを生身で扱えるほど人間は丈夫に出来てはいない。電気ですら扱いを間違えるだけで人は簡単に死ぬ。
しかしここに身体能力上は人より上位である獣人や亜人を産み出した存在がいる。
もし【龍脈】に適合できるような種族が生まれたら、人類は新たなステージに進むことができるかもしれない。
そうレイスは説いたのだそうだ。
「もちろん彼もどれだけ身体を適合できるようにしたとしても、一個人が【龍脈】そのものに干渉できるのは無理だと分かっていました。切り取られた大地とは言え星のエネルギーですからね。たった一つの生命体がどうこうできる代物ではありません」
「まぁある意味世界そのものだもんね」
「しかし【龍脈】の力を注入した物はすでに存在していました。えぇ、少し前にお話しした【龍脈石】です。島に流れる本流に比べればその力はとても小さいものですが、紛れもなく同質のエネルギーが納められているこれに彼は目を付けました」
そしてレイスは【龍脈石】と生物を掛け合わせた魔石人間、つまり魔族の着手に入る。
だが今回の研究はレイスを以てしてもかなりの難産だったそうだ。これまでの『生物×生物』の掛け合わせとは違い『生物×無機物』の組み合わせ。しかも人とはまったく別種のエネルギー源が内包された代物である。
「最初に行われたのは獣人と【龍脈石】との組み合わせです。これは人間ベースでは【龍脈石】に耐えれないと言う見方があったためです」
亜人も結局のところ人間ベースであり、ならば基礎能力が高い獣人をベースにと言うことであった。
しかしこれは失敗に終わる。【龍脈石】に耐えうる素体ではあったものの、獣人は【龍脈】との相性がそれほど良くなかったのが原因であった。
実際出来上がった
また【龍脈】の影響からか、その姿が異形と思えるほどに変貌してしまったのも失敗作の烙印を押された理由の一つでもある。
彼らは失敗作の例としてその後もデータを取る為に廃棄はされなかったものの、一般に公開されることは無く以後非検体としてある施設に隔離される事になった。
現在の魔国にあるとある施設。そしてその失敗作と呼ばれた者達がモニターに映ったのを見てその正体を知る。
「……マレビト」
ミノタウロス、オーク、ゴブリンetc……。
魔国に行った際に見かけた、魔族とは別の種族。どこか動物じみていたから魔物からの進化と思っていたけど、獣人ベースだったのか……。
いや、むしろそうだからこそ彼らの中でも言語や知性が残っていたのだろう。
「その後、亜人のデータを参考に人間をベースとした素体の作成に着手しました。意外だったのは人間と【龍脈石】の相性が良かったことでしょうか。強化した素体である獣人や亜人を使用するのではなく、【龍脈】の力で人間の素体を強化することで親和性を持たせることに成功しました」
もちろん成功までには色々な苦労や失敗もあったらしいが、今回の話には特に関係ないので割愛とのこと。
しかし少し気になる点があったな。
「つまり魔族は【龍脈】との親和性特化の亜人みたいなもの?」
「概ねそうですね。ただ亜人とは別な面で一線を画す能力になったため"魔石人間"と分類されることになりました。またこちらも人間と見分けが着くように外見も変更してあります」
それが肌に露出した魔石だったり、角だったり羽だったりとのこと。
爬虫類や悪魔系っぽい見た目になっているのは獣人と混同するのを避けるためだそうだ。
「しかし【龍脈】の影響からか、少しの予定だった見た目の変更も個体で色々差が出てきました。本来であれば見た目は人間ベースにするつもりではいたそうです」
つまり人から逸脱したような見た目の魔族は個体差が激しかった部類になるのか。
人間ベースに近い魔族と言うとブレイヴやミーシャがそれに該当するだろう。角とかはあるがそこまで異形と言う感じではない。
逆に異形部分が色濃く出ている人もいた。国境で見かけた魔族の兵士はそちらの部類だろうし、魔王城の司書のピーコも鳥要素が強かった。彼女に至っては何か卵生っぽいことも示唆してたし……。
ともあれ見た目以外は概ねレイスの予定通りの性能だったのでそのままにしたそうだ。下手に弄る事で負荷が増し、マレビトのような失敗作にするのを避けたかったと言う理由もあったそうだ。
「こうして人間と疑似人類によって人が増えたことでそれぞれ住む場所を分けることにしました。現在の三国がそのまま彼らの中心居住区ですね。人王国地区にて人間が主に政治全般を、獣亜連合国地区にて獣人・亜人が産業と技術・生産系列を、魔国地区で【龍脈】を含む研究全般を。そしてここは"ノア"の中枢として色々な取りまとめや試作関連を担っていました」
そしてここから更に年代が進む。疑似人類計画が完了し、それぞれが役割を担うこと百年と少し。
この頃はレイスがもたらした知識を物としたため以前よりは技術推進は鈍化したものの、それでも研究自体は続けられていた。
そしてモニターに映し出されるのは前髪で目元を隠した白髪の青年。彼も研究者なのかその身に白衣を身に着けている。
「こちらが今代のレイスです」
「今代? 襲名制にでもなったの?」
「はい。彼は子を残すことは無く、自ら選んだ一番弟子にその知識を引き継がせました。四代目のレイスですね」
流石に異世界人と言えど人間と言うカテゴリーに入る以上寿命は抗えない物だったらしい。この世界の遺伝子工学の権威と言えど寿命はどうしようもなかったそうだ。
その為生前、初代レイスは魔族の中でも一部の者が有する長寿種を羨んでいた声があったと記録にも残っている。
なおその魔族の寿命に着目し、人為的に生み出されたのがエルフだ。
もちろん寿命が長いだけではなく、それを起点に様々な能力を付与したのは少し前に聞いた通りである。
「この頃には俗にいう魔法と言う物も登場していますね。魔族が【龍脈】の力を操り顕現させたのがその始まりと言われています。人間にもどうにかして使えないかと様々なアプローチがありましたは、それも全て失敗に終わっています」
そしてそれが解消されるのは遥か未来。またしても
しかしそうなると魔法の根幹はその【龍脈】から来ているのだろうか。
【龍脈石】……要は魔石が体の一部である魔族がまず最初に魔法を発動させた。つまり魔力は今話してる【龍脈】エネルギーである可能性は高い。
……何か魔術師ギルドにこの情報伝えたらエラいことになりそうな気がする。
(爆弾情報目白押しだなぁ……ホントにどうしよ)
遺跡が遺跡となる前の古代からの生き証人であるマイの話は考古学者達には喉から手が出る程欲しいだろう。何せ調べなくても当時の話がそのまま聞けるのだから、検証とか調査過程が丸々吹き飛ぶ可能性がある。
そして【龍脈】周りは魔法の根幹に関する話になりかねない。素人考えだしまだ検証も何もしていないが、魔族が生まれた経緯や初の魔法の登場などを合わせればこの話に飛びつく人はきっといるだろう。
更に神殿回りも外せない。実質神様扱いであるマイからの話は彼らからすれば神託ともとれる言葉だ。なまじこの島の管理を一手に担っている以上、確かに神様のようなものであることは疑いようがない。
ついでに言えば人間以外の登場秘話をぶちまけたらどうなるか考える程頭が痛くなる。
昔は確かに人間を上位とし、その下に他の種族になるよう人為的に生み出されたかもしれない。そもそもこの話を今を生きる皆が信じるかどうかすら怪しい。
またこの話をしたら人間至上主義者が台頭する可能性もあるかもしれない。個人的には昔は昔、今は今だから気にしないものの、歴史の背景を持ち出す輩はいないと否定できる材料は今のところないのだから。
(黙っておくのも手かなぁ……)
言って混乱するぐらいならこのまま抱えていなくなるのも手ではある。
問題は黙秘権利くかだよなぁ……。
少なくとも神殿には何らかの話はしなくてはならないだろう。彼らの伝手でこの場にやってこれているようなもんだし、自分がこの場に入ったのはすでに知れ渡っている。
何もありませんでしたは流石に通用しないと見てよさそうだ。
「そしてこの四代目がいる時期に新たな問題が発生しました」
色々考えを巡らしていたがマイの言葉で引き戻される。
先ほどから時代が進み映像が止まるときは何かしら変化があった時だ。今回の問題は果たして何だろうか。
「その四代目のレイスが何かしたの?」
「そうですね……この方が最終的なトリガーを引いたようなものですが、彼だけが何かしたと言うには難しいですね」
「うぅん?」
なんだろう。彼だけじゃなく他の人も何か関わっていると言うことなんだろうけど一体何をしたのだろうか。
……何か聞くのが怖いな。さっきからトンでも事実がどんどん出てきているし。
でも聞かないわけにもいかないんだろうなぁ……。
「一体何があったの?」
ちょっと怖いもののマイに何が起こったのか聞いてみる。
するとモニターの映像が切り替わり当時の映像が映し出された。それに続くように数枚のモニターの映像も変わり、それぞれ何が起こったのかを表していく。
「……これは」
現代日本なら間違いなく有害指定で映し出されない映像。いや、正確には創作物であればいくらでも見たことはある。
ただこの映像は作り物ではなく実際にあった出来事。様々な場所で煙が上がり、人が武器を手に取り戦いを繰り広げる。
戦争の光景だった。
「人間に対し他種族が反旗を翻しました。この結果"ノア"は空から堕ちる憂き目にあいます」
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