第307話 中央管理センターその4 ~成果・獣人と亜人~
「レイス……この人が最初の異世界人……」
つまり自分よりも、そしてウルティナよりもある意味先輩の人間。
そして異なる世界からの初召喚がこの時なら、小惑星落下時に誰か召喚すればよかったのにと思った考えを改める。
技術が確立していないなら呼べるわけないのだから。
「この後どうなったの?」
「物凄く荒れましたね。何せ大事な技術者が十数名亡くなって代わりに見ず知らずの人間が姿を見せたのですから」
「そりゃそうなるか……」
結果だけ見ればこのレイスが現れたせいで多数の人が死んだ。もちろん彼からすればいきなり呼ばれた挙句殺人犯になったようなものなのだからその心情は推して知るべきであろう。
「感情の赴くまま処断しようとする意見もありました。最終的には意志決定まで時間が掛かったことで落ち着きを取り戻したこともあり、詳しく調査する形になりました」
そしてその後の調査で明らかになる新事実の数々。
人為的な操作により【龍脈】が溜まってしまうこと、その暴発で人の命を吸い取ってしまうこと。
だが何より人々を驚かせたのは、レイスが異なる世界からやって来たと言うことだろう。
「最初は荒唐無稽な話だと誰もが断じ、まともに取り合うことすらありませんでした」
「まぁ、そうだろうね」
仮に自分が日本に残ってたとして、ある日『私は異世界人です』なんて人がいたらどう思うかなんて考えるまでもない。
確かにあの頃は異世界も神様も魔法もあったら良いなと思ってはいた。しかし完全に信じていたかといえば間違いなくNOというだろう。
「でも信じるに至った何かがあったんだよね」
「えぇ、マスターは聡明ですね」
「まさか。聡明なら多分この世界に呼ばれてないよ」
そもそもレイスが異世界人と信じられなければ自分がこの世界に来る手法すら無くなってしまう。
こうして自分がこの場にいる以上、何らかの手段にて信じさせるに至ったのだろう。
「彼が語る前の世界の話は確かに異なる世界を彷彿とさせるものでしたが確証に至るまでにはなりませんでした。こちらから異なる世界へのアプローチの方法がなく、観測することすら出来なかった為です」
「まぁ、そうだね」
「その為別の視点にて検証をする話が持ち上がりました。即ち、この世界に無い何かを提示すると言う事です」
つまりそれがレイスを異世界人足らしめる証明になったわけか。
外れ枠である自分は何も持っていなかったが、それ以外のセーヴァ達は色々なものを持っていた。レイスも何かしら特殊な能力、もしくは技能を持っていたのだろう。
ただ仮に持っていたらそんな有能な人があんな浮浪者みたいな格好をしていた事に疑問が残るけど……。
「彼が提示した中で私たちが目を付けたのは遺伝子工学でした。本人の弁になりますが、彼は以前の世界では頭三つ程抜けた頭脳を持っていたそうです」
「遺伝子工学……。また頭良さそうな人の単語だね。この世界には無かったの?」
「ありましたが彼の知識はその水準を遥かに超えていました。決め手は住人の遺伝性疾患を治療した事ですね」
当時の基準ですら治すことが困難であった病気を治療したことで信憑性が増した。何よりその治療法が彼が持つだけの特別な物ではなく、確立した知識として存在しており、しかも彼以外の人間でも扱えたことが大きかったそうだ。
実際以後の同様の治療についてはレイスの手を使わずとも行えたらしく、それが決め手になったそうだ。
「彼が異世界人であると信じるに足る確証を得た点。その後の調査と検証で先の事象について何が起きたのかが判明された点。以上の事から我々はレイスを客人として認め、また客員研究員として招き入れました」
そしてモニターの映像が更に流れ、白衣を羽織ったレイスの姿がそこにいた。
召喚直後の容姿はどこへやら。髪は短く切り揃えられた彼はどこか影がある様な青年であった。ぱっと見では年齢は自分と同じか少し上ぐらいだろうか。
「そのお陰でこちらの技術力も上がりました。未知の知識や技術ではありましたが、それ故に既存の技術の延長では得られない新発見の数々でしたね」
画面の中のレイスは見ている分にはどこか楽しそうにも見える。
彼を中心に別の研究員が集まりそれぞれが何らかの作業をしたり打ち合わせしたりとしている風景。音声もあるので話声も聞き取れるし彼らが書いた文字なども何となく見えるが、残念ながら自分には何を言っているのか全く理解できなかった。
「まぁ犠牲は出ちゃったけどそれ以上の成果が得られたってことでいいのかな」
「はい。ですが彼を招いた結果として弊害も生まれています。この時はまだ誰もそれに気づきませんでした」
そして話は更に十数年後へ。
レイスがやってきて少なくない時間が過ぎ、彼もこの"ノア"でかなり重要な位置を占める立場に就きしばらくしてのことだった。
「ある日、彼はとある計画を我々に打ち上げました。それが"
「セミヒューマン?」
「簡潔に述べますと人間の為の人間に似た生物を創り出そうと言う計画ですね」
「……それってつまり」
「はい。御想像の通り現代で言う獣人や亜人、魔族など、人に似て非なる者達の原型となる計画です」
つまりコロナ達の先祖の生みの親はこのレイスって人になる。
……うぅん、なんだろう。ショック……とはちょっと違うな。
何と言うか他人の秘密や知られたくない事を知ってしまったかのような申し訳なさとでも言えばいいだろうか。少なくともあまり気持ちよくない感情が胸の中で重く渦巻いている。
「良くその計画が通ったね。自分の倫理観だと少なからず忌避感はあるけど」
「マスターの言う通りこの計画の賛否は割れました。しかし人口の問題がまだ解決していなかった点。そして第一次産業などの肉体労働の働き手が少なかった点。また人間に対し遺伝的にストッパーを掛ける術があった点。他にも理由はありますが、これらをベースに最終的には許可が降りることになります」
そしてモニターの映像はとある研究室へ。
何かマンガなどでしか見たことのない大型培養槽に良く分からない機械。これらが様々な配線やチューブで繋がれていた。
そしてその培養槽の中には裸の男性……それもこの世界には未だいなかった新しい種族である獣人の男性の姿があった。
種族は犬型。コロナと一緒で獣度合いは少なく、耳と尻尾以外は特に見た目は人間と変わらない青年だ。
「この映像は計画が出されてから数年後の事ですね。紆余曲折はありましたが、人類以外の知的生命体の誕生の瞬間です」
「自分の常識じゃこんなの思いついても実現は出来ないよ。このレイスって人の前の世界では普通の事だったのかな」
世界が異なれば色々な物が変わる。概念的なものから考え方まで様々だ。
いくら自分に忌避感があったとしてもそれは日本で生まれ育った上での考えであり、レイスがこの光景を常識に思っているのであれば自分がとやかく言う筋合いはない。
「いえ、彼自身も初めての事だったようです」
「そうなの?」
しかし予想外にもそんなことは無かったようで。
「はい。彼が言うにはやはりこの計画は世界に受け入れられなかったとのことでした。また仮に受け入れられたとしても技術的に不可能だったそうです」
マイが聞いた話をまとめたところによると、レイスの世界と当時のこの世界を比較した場合確かに遺伝子工学はあちらの世界が――もといレイスの頭脳が上回っていた。
しかし機械工学を始めとする他の分野においては逆にこの世界が数段も上とのことだった。
実際レイス自身、この世界の技術水準と学びが無ければこの計画は実現不可能と言うことで頓挫していたであろうと語っていたそうだ。
「利害の一致とでも言うのかな、これ」
「そうかもしれません。ともあれ正規の手続きの上で認可された以上は違法でもなく正式な計画になりました。まず彼が手を付けたのは人と動物の特性を持つ"
そしてマイがその成果について語る。
動物人間……つまり獣人のコンセプトは『人間以上の身体能力を持ち一定の知性を兼ね備えた人種』だ。
そしてその成果は実物である獣人らを見た自分なら良く分かる。獣度合いの差はあれど、皆人間と変わらず普通に暮らし、そしてどの獣人も身体能力は人間より高い割合が多い。
ただ獣成分がある為か感情的なきらいがある。この辺りはもしかしたら人と違って理詰めで迫られると弱いのかもしれない。
実際のところ自分程度の論理武装でも『トライデント』の幹部の人を味方につけたことが出来たわけだし。
「第一号に選ばれたのが犬型なのも理由はあります。人類と共に歩みパートナーとして接してきた種族であれば、協力することもその下に就くことも抵抗が少ないであろうことが予測されたからです」
もちろんその予測だけでGOが出る程未知の技術に対し楽観的になる人類ではない。
レイスによって遺伝的に人に逆らうことに対し嫌悪感が出るように仕組んだのだそうだ。この件はこの先研究によって生まれる全ての"疑似人類"達に組み込まれることになる。
「その後は他の遺伝子を用い様々な動物人間を産み出しました。そして予定通り仕事へ問題無く従事することができ、また自然交配が出来る事を確認した後次のステップへと移行されます。それが"
人と動物を遺伝的交配させたような生物が獣人とするなら、人をベースに遺伝的に能力を改造させたのが亜人達のことなのだそうだ。
ある物事に対し特化的な得意分野を持たせた人種、とでも言えばいいだろうか。
例えば
「"動物人間"と違い人をベースとしている以上、見た目に差異が生まれないパターンもあります。そうならない為に"技能人間"達にはわざと見た目を変更させ特徴を持たせるようにしました」
なおこの見た目と技能付与は地上が健在だったころの物語に出てきた架空の人種から持ってきたらしい。
この辺は自分の世界と共通なのか……。
「つまりドワーフは手先の器用さとかを特化させた感じ?」
「はい。他にも坑夫としての技能も付与しました」
「お酒が好きだったりと性格面が種族単位で統一されてるのは?」
「そちらは深い意味はなく、『ドワーフはそう言うもの』だそうです」
単に見た目だけでなく性格もそちらから踏襲しただけのようだ。
そこで身近な亜人で気になったことを聞いてみることにする。
「ならエルフは何の技能なの?」
自分が知ってるエルフの特徴は長寿で美形揃いで魔力が高い。
性格面は種族単位でなら自信家が多く保守的な感じはする。
エルフィリアだけは見た目も性格も反対だが、あの子は例外だろう。
「エルフは擬似人類の中では最後期になりますね。"
「色々?」
「はい。特定の技能ではなく、様々な場面で助けとなるべく産み出されました。特化させた種族には及ばずとも長寿であるため長く仕える事ができ、ドワーフのように頑丈ではないですが病気になりづらいなど丈夫な体を持っています。魔族を造った際の技術も反映されているためそちらの面でも高性能ですね」
なるほど、つまりエルフはマルチタレントな性能を持って生まれた訳か。
今は閉鎖的な森の中に隠れて住んでいるから自然を愛するようなイメージがあるけど、もし彼らが在野に出ていたらもっと影響力のある形になっていたかもしれない。
「そのため見目も男女問わず美しくしております。仕える人が美形であることはパフォーマンス向上にも繋がりますから」
「まぁ、その辺は分からないでもないけど……」
そりゃ誰だって
かなり俗な考えだがその辺の気持ちは分かる。昔の人も自分と考えることが似通ってて、少し親近感を覚えるぐらいだ。
「それじゃエルフ全員がスレンダー体型なのもドワーフと一緒でそういうものとして踏襲された感じなんだね」
もしくは
人の趣味など十人十色なんだし、作る際に多少製作者特権が介入しても……。
そんなことを考えていたら目の前にいるマイが何故かコテンと小首をかしげるような所作を取っていた。
表情が窺えないものの、彼女にしては珍しく何かしら疑問を持っているかのような動作だ。
「エルフがスレンダー、ですか?」
「うん。自分の知ってる限りだと一人を除いて皆細身の人だったよ。女性は特に顕著だったかな」
「変ですね」
そう言ってマイが何かを操作するとモニターの一つに当時のエルフたちの映像が映し出される。
そこには現代のスレンダー体型はどこへやら、女性は全員エルフィリアの様なメリハリのある体系であった。
男性も今のすらっとした細身よりも、ややがっしりとしたような感じである。細マッチョとでも言えばいいだろうか。
どちらにせよ自分はこの様な光景は見たことが無い。
そこでスマホに保存していた画像フォルダから、エルフの村を散策した際の写真を出しマイに見せてみる。
「今のエルフってこんな感じだよ」
「これはまた。この様な姿では夜伽の相手は大丈夫なのですか? それとも現代の人間はこの様な方々が好みなのでしょうか」
「え?」
「え?」
何だろう。マイから出てきた内容も大概だが、それ以上に何か盛大なすれ違いがある気がする。
「まぁこれで一応種族としては生き残ってるし大丈夫なんじゃない? 人間の好みは知らないけど……」
「いえ、エルフは先の役割もありますが、それ以上に人々の夜の相手としても生みだされた面もあります。ですので見目である顔の美醜と体型は特に男女ともそちらに傾倒していたはずなのですが」
……エルフィ、何か君の先祖はロクでもない理由で生まれたみたいです。
あー……でも、倫理観外せば分からなくも無いのがまた……。そうかー、だからエルフは基本美男美女揃いなのか……。
なお追加情報でマイが当時のエルフについて語ってくれた。
エルフは表の面では先ほどマイが言ったように長く仕えさせることも出来るのは説明された通り。しかし裏の面……と言うかある意味本業なのがこちらの人間の夜の相手の方だった。
だから美男美女ばかりだし、病気になりづらいし、体も丈夫に出来ている。ついでに言えば妊娠もしづらいしされづらいらしい。
更には一時期、彼ら専用の娼館みたいな施設もあったそうだ。
またエルフ自身、それらの行為に忌避感がでないよう人間に対し惚れやすく性欲が強めになっているとのこと。
それを聞いたとき身近なエルフの挙動に何となく納得が言った。彼女は否定するだろうが確かにそう言う面が無かったわけではないし、こんな自分にも普通についてきてくれる。
セーヴァとの件も彼が男性としてはかなり魅力的だからそういうエルフ特有の面が強く出てしまったのだろうか? 出来れば普通に恋心としてあって欲しいとこではあるが、真偽は不明だし今更確認するつもりもない。
まぁそれはそれとして、だ。
「うーん、でもこの村の人はそんなこと無かったよ?」
数日ではあったがエルフの村でのことを思い出す。
もし今もその特性があるのなら、エルフの村に自分が行った際にハーレムの様な感じになってもおかしくない。
何せ閉鎖的な村で結界のせいで同種族以外殆ど出入りがないのだ。実際人間である自分を見にエルフの女の子達がやってきたほどである。
ある意味人間に対する免疫がない状態でその様な特性があるのなら、初遭遇時にもっと違った反応をしててもいいものだ。
実際はエルフィリアへの行為に対して咎めたためどこか行ってしまったが、少なくともあの時に好意のようなものは感じられなかった。最初誘われたのもそちらではなく、珍しいもの見たさのような雰囲気だったし。
もし今のエルフが昔のエルフと逆の様なことになっているとしたら、エルフィリアだけが先祖返りでもしたような形なのかもしれない。体系的にも性格的にも一応合致はするし……。
「種族単位でバグでも起こしたのでしょうか」
「バグって……まぁ今はこれで回ってるんだからそれでいいんじゃないかな。それに当時も細身のエルフはいたんじゃないの?」
「データベースを後で確認してみます。ともあれこうして動物人間と技能人間が新たに加わりました」
お、マイが珍しく即答しなかった。
まぁ大昔の資料だろうし現代までの足跡を考えれば膨大にもなるか。すぐ情報を出せと言う程切羽詰まった話ではないし、こちらは追々聞けばいいだろう。
そしてモニターには人々に紹介され、はじめは戸惑いつつも徐々に彼らが受け入れられていく光景が映っていた。
この辺りは現在の風景とあまり変わらない気がする。種族が違えど互いに手を取り合う光景はとても微笑ましく、他人事ながら自分とコロナ達をついつい重ねて見てしまいそうだ。
そこから画面が切り替わり、再び映像はとある研究室の中へと移る。
「そして彼は"動物人間"、"技能人間"に続き最後に"
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~おまけ・実はすごかったエルフィリア~
ヤマル「ねぇ、仮の質問になるんだけどいい?」
マイ「はい。どの様なご質問でしょうか」
ヤマル「マイが知ってる頃のエルフの女性が仮にいて、その子が生まれてから二百年ぐらい人間と会ったことが無かったとするよ」
マイ「はい」
ヤマル「もしそんな子が小さな密室で人間の男と遭遇したらどうなっちゃうの?」
マイ「その様な長期間の隔離をしたことはないので推測になりますが、押し倒されるのではないでしょうか。同種族の下で暮らすことで本能が抑えられていたとしても、人を見た瞬間燻っていたものが出ても何ら不思議ではないかと」
ヤマル「へ、へぇ……」
ヤマル(エルフィ、本能に打ち勝つぐらい精神力ものすごく強かったんだ……。戻ったらもう少し優しくしてあげた方が……あぁでも俺が近くにいてしんどいなら寄らない方が良いのかな……うぅん……)
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