第306話 中央管理センターその3 ~最初の一人~


「それでは話を続けますね。助かった私達はまずは生活基盤の着手に入りました。生き残るために防護機能や島のコントロールにリソースを割いていたため、当時は最低限に近い程度の施設しか無かったのです」


 マイ曰く、この辺りは小惑星の危機に対応する都合上優先順位に差がついたためだったとのこと。

 しかしいつまでも悲しみに打ちひしがれているわけにもいかず、当時の人間は力を合わせ生活基盤を徐々に作り上げていった。

 元々技術力があり知識もあり更にはそれを扱う設備も最低限以上程度には揃っていたため、少しずつではあるものの人々は"ノア"での生活に適応していった。


「最初の数十年で住居や病院、学校に各種プラントを建設しそれらを徐々に追加していきました。大変な時期ではありましたが、皆生きる為に前を向いていた時代でもありました」


 そしてモニターはその当時の映像へ。

 この頃になると先ほどまであった悲壮な雰囲気はなく、皆明るい笑顔で人の営みを見せていた。

 そして彼らの傍らには補佐をするようにロボット達が様々なサポートを行ってる。


「人類存亡の危機からは完全に脱し人も物も、そして私の仲間も一番増えていった時代です。もちろん資源には限りがありましたし、またどれだけ年月を重ねても十全とはいきません。出生率は低くはなかったのですが、とにかく人手も……むしろ人口そのものがまだ低水準だったのは目下の課題でもありました」


 大地を改造し土地そのものを【龍脈】ごと浮上させた"ノア"は、その上にある自然資源も当然ある。

 木々の果物等は言うに及ばず、一緒に連れてきた各種動物や鉱石類などその種類は幅広い。

 しかしマイを始めとしたロボットが代行はしても、やはり人の手が必要な個所はいくらでもあった。人間の出生はおいそれと出来るものでは無く、増加傾向であっても目標値まではまだまだかかると言う予測が出されるほどだった。


「ですが今まで抱えていた問題に比べれば許容できる範囲ではありました。不便を強いることは少なからずありましたね。例えば食糧問題などが挙げられます」

「え、食料足りてなかったの?」

「いえ。人が生きるための栄養はマルチフードを加工することで解消出来ていました。【龍脈】がある以上エネルギー自体は不足なく供給できましたので。ですが人々からすればやはり食の楽しみなるものは欠かせなかったようですね」


 マイのその話は自分にとって分からない話でもなかった。

 自分だってこっちの世界に来てから食文化の違いで苦悩していた。なにせお米が無いし……。

 他にも各種調味料とか炭酸とか科学技術が無ければ作れない物がたくさんあり、それらに慣れた自分の舌ではこちらの世界の食事は物足りないと感じることは多かった。

 流石に今は慣れたためある程度は解消されているが、時折思い出したかのように無性に食べたくなる時はある。


 またマイが言うマルチフードがどの様なものかは不明だが、語感と前後の話から恐らくはブロック食みたいなものなのだろう。

 もしかしたら違うかもしれないが、味気ない食事と言う点ではそこまで外れてはいないはずだ。


「農業とかはしなかったの?」

「食材の生産プラントは作りましたし管理もしていましたがやはり数がネックでした。ロボットも全てそちらに回すわけにはいきませんでしたし、人類の皆様も第一次産業を学ばれる方は少ない方でしたので」

「どこも人が足りなかった時代かぁ。まぁロボットに護衛させても魔物いると外で仕事とかは難しそうだもんね」


 それを考えればある意味今のこの世界はちゃんと回っているんだなぁと思う。

 技術自体は失われてはいるものの、農業や畜産業もちゃんとある。人口だって三ヵ国合わせればこの時よりはずっと多いだろうし。


「魔物ですがこの頃はいませんね。動物だけですよ」


 しかしそんなのんきなことを考えていたところにまたも新たな情報が叩き込まれる。

 そうか、この頃は魔物もいないのか。そうなると人間以外の種族や魔物は一体どこから現れたのだろうか。

 ……一応歴史を順に追ってるから多分その話も出てくるのだろう。現代には両方ともちゃんと存在しているわけだし。


「さて、先の人口問題などいくつか考えるべきことはありましたが、ここからしばらくは何もない平和な時代が続きます」


 そしてここから映像は早回しで送られる。

 多少の小競り合いや問題はあったみたいだが、少なくとも命にかかわるような大きな事件は起きなかったみたいだ。


 しかしその映像があるところで急に等速に戻される。


「ですが"ノア"が空に上がっておおよそ百と十数年が経過した頃、再び転換期が訪れます」

「そうなの? 大きな問題は起こっていなかったって言ってたのにね」

「はい、実際この時もその様な兆候は何一つありませんでした。先の問題はまだ継続してはいたのですが、今回起こったことはそれとは全く別の事になります」


 うぅん、今のところは本当に何一つ兆候がない。

 大きな出来事と言うのであればそれこそメムが言っていた方の獣人や魔族らとの戦争だが、そもそも彼らはまだこの時には影も形も無いのだ。

 一体何が起こったのだろうと言うこちらの不安をよそに、マイは再び中央の機械を用いて3D映像を浮かび上がらせる。


「これを語るに当たりどうしても必要な情報が一つあります。こちらをご覧ください」


 浮かび上がった3D映像の姿はこの世界そのものである"ノア"を縮小したもの。

 今回はその映像が3Dに加え上から見た平面図がその隣に配置されていた。

 そしてそれらには強調するかのようにある太い線が走っている。上から見た平面図……つまりこの世界の地図に走るその線はこの中央管理センターとある三つの頂点で結ばれており、その頂点と中心点を結んだ線で描かれた形はまさに正三角柱の上面図。


 そしてなによりその三角形の頂点の位置は自分も良く知る場所であった。


「中心はこの場所だけど……頂点部分は王都にデミマール、それにディモンジア?」

「はい、現在の三カ国の首都ですね。この線は"ノア"の【龍脈】のメインバイパスであり、この様な形でエネルギーが循環されています」

「偶然……じゃないよね。この場所には何があるの?」

「はい。この場所、正確には地下に【龍脈】の制御装置があります。制御と言いましても出力や指向性を変更する機能ですね。元々この地が地上にあった頃、地下に走っていた【龍脈】をこの装置と中央管理センターここを用いて循環するように変更しました」


 その後のマイの説明を自分なりにかみ砕くと、この【龍脈】のメインバイパスは人で言えば動脈や静脈にあたるものであり、それらを肺や心臓替わりである各地の制御装置と中央管理センターにて循環出来る様に改造したらしい。

 他の施設のエネルギーもこのメインバイパスから枝分かれしたものを使用していたのだそうだ。


 事実、その枝分かれした【龍脈】の詳細を見せてもらったところ、チカクノ遺跡やヤヤトー遺跡、それにカレドラがいるあの山の遺跡にも伸びていたことが分かった。


「……そこでこの【龍脈】に問題が起こったって訳ね」

「いえ、少々違いますね。問題と言うより想定外の事が起こりました。当時の誰も、それこそ私ですら予測しえなかった出来事になります。事が起きたのはこの位置、現在人王国と呼ばれる場所にある制御装置。ここが全ての始まりでした」


 そして語られる当時起きた想定外の出来事。

 それは遥か過去の事でありながら、自分とは無関係ではない出来事でもあった。



 ◇



「当時、制御装置や中央管理センターのメンテナンスや調整はロボット私達ではなく人の手で行われており、私たちの位置付けはあくまで補助的なものでした」


 そうして中央の3D映像が消え、再びモニターに当時の記録が映し出される。

 映像は監視カメラだろうか。固定された定点映像の中には白衣を着た科学者と思しき人間が十数名。彼らはとある部屋に集まっており、その中の数名が床板を外し見慣れぬ道具で作業を行っていた。


「この作業自体はこれまで何度も行われていたものであり、この時も本来であれば何も起こらないはずでした。しかし少なくない年月が経っていたこと、また長期間に渡り【龍脈】を人工的に操作していた弊害からかエネルギー溜まりが出来ていたのです」


 マイの話を聞きながら画面の中の人たちを見ていると不意に変化が訪れる。

 作業をしていたメンバーの中、部屋の中央付近にいた人間が急に倒れたのだ。何事かと近づく周りのメンバーも一人また一人と倒れていく。

 最終的に部屋の中で生き残ったのは十数名の内一番外側にいた二名。……

 画面をずっと見ていた自分ですらいきなりその人物が現れたように見えた。周囲の倒れている科学者とは風体が全く違うその人間は何もかもが異質に見える。


 映像からは詳細は分からないが、痩躯であり身長はそこまで高くない。

 髪も乱雑に延び、着ているものはボロ着れと言ってよい程の粗末なもの。まるでスラムの人間が迷い混んだかのような人間であった。


「……何が起こったの? あの人は……」

「ご説明します。まずこれは後程の解析結果によって判明したことであることをご了承下さい」


 マイが軽く一礼をするものの、その間にも画面の中のその人物は辺りをきょろきょろと見渡し困惑の表情を浮かべていた。

 まるで自分がどこにいるのか分かっていないようなその動きは自分にとって身に覚えのある光景。つまりこの人は……


「溜まった【龍脈】が吐き出され本来の想定を大きく超えたエネルギーが瞬間的に生まれてしまいました。この結果【龍脈】エネルギーは周囲を取り込むように同化し……平たく言ってしまうと人の命を吸い上げてしまったのです」


 その結果が画面の中で倒れている人達か。

 つまりあの人たちは何もわからぬまま亡くなってしまったと……。


「……そんな危ないもので動いていたの?」

「これは人工的に【龍脈】を操作した弊害です。すぐに調査・研究され以後同様のは起こっておりません」


 なんかまた含みのある言い方だな……。事故じゃない何かは起きたって暗に言っているようなもんじゃないか。


「十名の命を取り込み溢れ出した【龍脈】エネルギーですが、その後即座に霧散します。ですがこれは無くなったわけでは無く、ある現象が起こった為そちらに使用された結果です」

「それがこのいきなり出てきた人?」

「はい」


 ここまでくれば察しがそれほど良くない自分でも何が起きたかは分かる。

 王都がある場所で起きたことであり、以前は人の命を糧に使用されていたとされるとある秘術。


「彼の名はレイ=スティーラー。当人の要望によって以後はレイスと名乗る様になった、この世界初の異世界人です」



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