第305話 中央管理センターその2 ~世界の成り立ち~


 エレベーターが上昇している間にこれからの事を考える。


 とりあえず一番重要な事は『なぜ自分がここに呼ばれたか』だ。

 マイが言うには管理ロボット?である彼女に付与された権限では判断できない事が現在発生しており、それについてマスターとして指針を示して欲しいらしい。

 しかし先ほどまでマスターとしてのランクが低すぎたため、それが何なのかは聞かせて貰うことが出来なかった。

 一応現在はなし崩し的にではあるが最上位の管理ランクが与えられたらしいので、その辺りは後で聞かせて貰えるだろう。


 次に大事なことは『自分でなければいけないのか』である。

 この世界から見れば自分は異世界人であり、しかも遠くない未来に日本に帰るつもりだ。

 そんな人間が世間的――正確には神殿とその関係者――に神と目されているマイに対してあれこれ命令出来る立場になっている。

 予想ではあるが多分この立場はかなり

 マイを好き放題に命令が出来ると言うことは、あの入り口にいた守護兵ですら好きに動かせるであろうなのは想像に難くない。この場にロボットがどれほどいるのかは不明だが、下手をすれば一個人が国軍クラスの戦力を持つに匹敵するかもしれない。

 そんな危ない立場は正直断りたいし、可能であれば誰かに移譲出来ないかとさえ思ってしまう。


(いや、まてよ……)


 しかしそこで先ほどのマイとの会話を思い出す。

 彼女はマスター権限持ちの人間とはある理由から別れざるを得なくなり、そのまま引き継ぎがされることなくマスター権限持ちは消滅してしまったと。

 つまり自分が日本に帰れば自然とマスターがいなくなるので、この権限は誰の手に渡ることなく済むのではないか。


 今回の件だけは自分で何とかして、それ以降は今まで通りマイに何とかしてもらうのも手かもしれない。

 マスターがいない今までも何とか回っていたんだし……。もし今回の様な事があった時の為に、何かしらマスター選出の基準だけ作っておけば……うん、悪くないかも。


「マスター、到着しました」

「あ、うん」


 そのエレベーターは部屋直通でもあったのだろう。

 降りて分厚いシェルターの様な扉を二回くぐるとマイの言っていた中央管理室が露わになる。


「うわぁ……」


 目の前の光景に思わず声が漏れる。

 一言で言えばそれはSFなどにありそうな防衛司令施設のような部屋と言えばいいだろうか。

 壁一面にモニターがたくさん備え付けられており、今も良く分からないデータや画像が表示されている。何かを観測しているのか、ログが流れている画面まであるほどだ。

 そんな壁のモニターの下には恐らく過去のマスターかここの人間が使っていたであろう椅子やコンソールが複数設置されていた。今は誰もいないのに席だけ設けられているあたり、在りし日のこの場がどれほどにぎわっていたのかが想像される。

 そして部屋の中心部にはこれまた意味ありげなドーム状の良く分からない機械が鎮座しており、それを取り囲むように六角形に長机と椅子が設置されていた。


 自分がいた世界の人間が見れば、この場をどう見たとしてもこの施設の中枢であると断定するだろう。


「驚かれましたか?」

「うん、圧倒されちゃうね。何やってるかさっぱりだけど色々と観測や計測してるって感じかな」

「やはり異世界の人なのですね。現人類ではそれすらも分からないでしょうし」


 その言葉に思わずマイの方を見る。

 何故彼女はその事を知っているのだろうか。メム経由だろうか。もしかしたら何かしら他の方法で……いや、でも……。


「不思議に思っている顔をしていますね。その辺りもご説明させていただきますので、今は胸の内にしまっておいてください」


 何かはぐらかされた気もするが、きちんと話してくれるなら今は待つべきと判断する。

 そしてそのままマイに促され、何かこの部屋を一望できる一番偉い人が座りそうな椅子に促された。

 ……いいのかな。いや、いいんだろうけど。


「まず今回マスターをお呼びしたのは、先ほども少しお話したように私の裁量を越える事態が発生した為です」

「うん。それで自分にその事態の指示か指標が欲しいって話なんだっけ」

「はい。それにはまず私と私に与えられた使命、そしてこの島やこれまでの歴史の事をお話しなくてはなりません」

(島……?)


 何か不穏な単語が聞こえたような……。島? この世界の地図は以前見せて貰ったことはあるが島なんてあっただろうか。

 そんなこちらの考えていることを中断させるかのように、マイはそのまま言葉を発し説明を続けていく。


「まずはこちらをご覧ください」


 マイがそう言うと部屋の中央にあったドーム状の機械が光り、その上部にホログラムが投影される。

 投影されたホログラムには見覚えがあった。中央に妙に高い貫くような山、そしてどこかで見たことのある大地の形状。

 間違いなくこの世界の3D映像だった。


 ただし自分の知識とその映像では明らかに異なる点がある。

 まず最初に目に飛び込むのはこの世界を覆うようなドーム状の何か……なんだろう、アニメで見るようなバリアのようなものが展開されている点。

 そして大地にがある点だ。まるで地面ごと引き抜いたかのような光景と言えばいいだろうか。


 一体これは……とこちらが疑問を発するより早く、マイがその正体を告げる。


「これが私が現在も管理する浮遊大島"ノア"の在りし日の姿です」



 ◇



 いよいよ以って話についていけなくなってきた気がする。

 少しだけマイに中断を申し出て気持ちを落ち着けたあと、改めて続きを促すようお願いをした。


「えーと、浮遊ってことは浮いてるってこと?」


 先ほどのマイから聞いた言葉の中で最も疑問に思った事。それを自分の頭でも確認をするようにゆっくりと疑問を投げかける。


「はい。その昔、ここは遥か上空に浮いていました」

「はー……SF技術ここに極まれりって感じだね。昔の人って本当に凄かったんだね」


 全部ではないがこの世界はそれなりに巡った。だからこそ、この世界の大きさも身を以て知っている。

 しかしそれらすべてが昔浮いていたなど普通ならば信じられないだろう。

 だが元々自分がSFの概念を持っていたことに加え、こうして目の前でロボットやらホログラムやら見せられては信じないわけにもいかなかった。

 

「そうですね。その技術があったからこそ、私も産まれましたし」

「しかし今や残るのはここと、後は遺跡となった各地の名残だけか……。これ程の技術力があったのにどうしてそうなったの?」

「はい。それについてまず今に至るまでの世界の歴史を紐解く必要がございます。続いてはこちらをご覧ください」


 マイの手によりノアの映像が消え、変わりに現れたのはとても見慣れた球体……。


「……地球?」

「はい、その通りです。と言ってもこれは千年以上前のものになりますが」


 まさに巨大な地球儀が目の前で表示され、それがくるくると自転するように回っていた。

 まさかこの世界は未来の地球なのだろうか、と思った矢先、その地球の大地の形状が微妙に異なっていることに気付く。

 時代が違うのか、それとも異なる歴史を歩んでいたのか。大きく違うわけではないが、誤差と言うには無理がある程度の違いだった。


「この時は私もまだ産まれていませんでしたが、情報によれば人類の最盛期と言われるほどに技術力が発達していたと記録されています。当時は第二の地球として他の惑星のテラフォーミングも検討されていたとのことです」

「へぇ……。え、検討ってことは実施はされてなかったの?」

「はい。やはりエネルギー問題をどうするかで停滞していたみたいです」


 うーん、技術力あっても無い物ねだりは出来ないと言うことか。

 目の前の科学の結晶を作れるのに解決出来ないと言うとなると、もし元の世界に戻っても火星移住とかは程遠そうである。


「ですがそんな最中、当時の科学者達があるエネルギーを発見しました。これが切っ掛けでエネルギー問題は転換期を迎えます。発見されたそのエネルギーは【龍脈レイライン】と名付けられました」

「れいらいん?」


 全く聞いたことのない名称だった。

 しかし進んだ科学技術の時代ですら転換期と言う程の代物であるなら相当なものには違いないのだろう。


「詳細はこの場では省きますが、簡潔に述べると星を巡るエネルギーです。星を人間に置き換えた場合【龍脈】は血管と血液に相当します」

「つまり星そのものに備わってたエネルギー機関ってこと?」

「概ねその通りです。そしてその後【龍脈】から得られるエネルギーは様々なものに転用されることになりました」


 マイが語るのはまさに未来世界における一大自然エネルギー。

 【龍脈】そのものは可視化出来るものではなく、また地中を流れるように星を巡っていたらしい。例えるならば海における海流のようなものだったそうだ。

 またその【龍脈】は他の物に対する蓄積にも優れており、その力を内包した鉱石は【龍脈石】と呼ばれ様々な場所で使われることになった。


「実際、私含めロボットや各種施設は全て【龍脈】からのエネルギー供給によって動いています」

「あー……だからメムやカーゴが場所移動したら使えるようになったのか」


 マイの言葉にある事に対して合点がいく。それはチカクノ遺跡で見たロボットらがエネルギー切れを起こしていた光景だ。

 元々病院であったチカクノ遺跡は確実に【龍脈】からのエネルギーが供給されていたのは想像に難くない。しかし何らかの理由によってその【龍脈】が途切れてしまったのだろう。

 王都に行く途中でエネルギー供給が復旧したとメム自身が言っていたし、多分この考えは間違っていないはずだ。


「ん? 星のエネルギーってことはさっき言ってたテラフォーミングとかにも流用されたの?」

「案自体はありました。他の惑星に【龍脈】があるか調査するお話も出ていたと記録に残っています。ですが実現には至りませんでした」

「やっぱり技術的な制約が?」

「いえ。【龍脈】の活用により技術力も向上していましたが、それ以上の問題が起こったのです」


 そう言うと部屋の中央のホログラムが再び切り替わる。

 地球の映像が小さくなり、その隣に地球よりもやや小さな石片が映し出された。


「何これ」

「平たく言えば小惑星ですね。これがその起こった問題です。もちろんこれは分かりやすく見せただけで実際とは異なりますが」

「えぇ……何、この世界そんなの落ちたの?」

「はい。


 何か先を聞くのが怖いもののすでに起きたことである以上どうしようもないと割り切り続きを促す。

 【龍脈】を活用した技術が確立されしばらくした頃、この映像に映っている小惑星と地球が直撃すると言う話が舞い込んできた。

 当初は一般市民には秘密裏にされていたものの人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものであえなく漏洩。当時は色々と混乱や暴動など起こったものの、世界中が一丸となってこの問題の対処をすることになった。

 何せ失敗すれば自分の死どころではない。落ちてくるものの質量などから最悪星そのものが消えかねない程の大きさだったのだから。


「当時の人間は知恵と力を合わせ並行して対策を打ち出しました。詳細は省きますが大まかに分ければ次の通りです。小惑星を破壊する"抵抗"、地球を捨て宇宙に逃げる"逃亡"、そして一縷の望みをかけて地球でやり過ごす"退避"です」

「まさに人類存亡の危機だね。でも今ここにその世界があるってことは……」

「はい。結果だけを言えば抵抗した方々により小惑星は数年かけておおよそは破壊されました。しかし残った破片と言うには巨大すぎる欠片が落下し、地上は未曽有の危機にさらされたと予測されます」


 そして映像は器用に当時の流れを映し出す。

 地球から飛び出す宇宙船によって少しずつ削られていく小惑星。しかし残った欠片が地球に落下する少し前、宇宙船団が地球から離脱していった。これが先ほど言っていた"逃亡"を選んだ人たちなのだろう。

 そして地球に小惑星の欠片が落下するものの、その後は不明と言う但し書きが浮かび上がる。


「私が作り出されたのはこの頃になります。地球に残り"退避"を選んだ計画の一つ。【龍脈】ごと大地を空に飛ばし災害をやり過ごす。それが私が管理する浮遊大島"ノア"になります」

「…………」


 話のスケールに圧倒される。

 実際の光景を見ているわけではないので夢物語の様な感覚だが、この世界ではそれが歴史の一つとして起こりそして今日まで続いている。

 まさか自分が呼ばれた世界や大地がそんなことになっていたなんて……。


「じゃあこの島以外の人達は……?」

「不明です。宇宙に逃げた船団はその後の連絡もなく、また以後観測もされていません。また"ノア"と類似の浮遊大島計画はありましたがそちらも安否不明です。あの時の衝撃によって星そのものやこの"ノア"が無くなる確率は決して低いものではなく、存在していられるのも偶然の賜物と言えるでしょう。ですが他の浮遊大島は観測できなかったため、恐らく地上に落下したと考えられます」

「そっか……。人類全員が島に入れたってわけでもないんだよね?」

「はい。当時の人口からすれば一部と言える程度の人数となります。大多数の人類は地上、もしくは海底シェルターの計画もありましたのでそちらに退避されていると考えられますが、以後の消息ははっきりしません」


 あー、話が重い。

 いや、これももう千年以上前のこと。日本で言えば鎌倉時代以前の話なのだからそこまで重く受け止める必要は無いのは頭では分かってる。

 だけど生き証人?みたいなのが目の前にいるとなぁ……。それにそんな危機があったのならそれこそ召喚者を呼んで使うべきじゃないだろうか。

 仮にこの時ウルティナがいたら万事解決とまではいかなくても何かしらの新たな手段を見出していたかもしれないし……。


「参考ですがこれが当時の映像や画像になります」


 すると中央の3D映像が消え、代わりに今まで何らかの計測値を表示していたモニターにマイが当時の映像を流し始める。

 流石に普通の人間である自分ではいくつもあるモニターの映像全てを一斉に追うことは出来ないが、それでも断片的に当時の様子が分かってくる。

 例えばあるモニターには今自分がいる中央管理室で慌ただしく作業をしている当時の人間たち。その表情には悲壮感が漂っており、いかに絶望的な状況下であったのかが容易に想像できる。


 また別のモニターは何かドローンみたいなものでも飛ばしているのか、この島の上空から見下ろすような形の映像だった。

 バリアの様なものに覆われた"ノア"と、その眼下に延々と広がる分厚い雲の海。濁った雲に遮られ、この映像からでは地上の様子は全く分からない。 


 更に別のモニターには"ノア"へと運良く入れた避難民の人達が映し出されていた。

 皆肩を寄せ合い、不安な面持ちを浮かべている。


 その後も映像は切り替わり、ある施設の外観だったり島の自然の様子だったり慌ただしく動くロボットの映像だったり……これ、王都の考古学の教授らが見たら興奮で死ぬんじゃないだろうか。

 そんな事を感じながらも映像を見続ける事数分。


(あれ……?)


 流れ続ける映像にふと違和感を抱く。

 別に自分はこの世界の当時の事を知っているわけではない。未知の技術を駆使する昔の人々の映像は知らない事ばかりなのだから、こうして見ているだけでも不思議に思うことは多々あるし、それについて違和感の一つや二つを覚えることは普通であり本来であれば気にすることではないだろう。

 しかし何かが違う……いや、足りない……?


「………………あ」


 眉間に皺を寄せ脳みそをフル回転してその違和感の正体に気付く。

 今のこの世界にはあるのに、当時のこの世界の映像には無い決定的な違い。


「マイ、この当時の映像に映ってるのって人間しかいないんだけど。コロ達……えーと、獣人や亜人、魔族の人達はどこか別の場所にいるの?」

動物人間アニマロイド達の事ですね。この時はまだ存在していませんでした。彼らが生みだされるのはもっと先のお話になります」

「…………」


 マイのその言葉に特大の地雷を踏み抜いた映像が頭の中を瞬時に駆け抜けていくのだった。




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~おまけ~


ヤマル「うん、うん。そう、やっぱちょっと時間かかるみたいで……うん、こうして連絡出来るから終わったら教えるね」

マイ「……」

ヤマル「何日かかるか分かんないけど……え、ご飯は大丈夫だよ。うん、今のところは安全だから。うん、じゃあそっちもゆっくりしておくといいよ。皆にはよろしく言っておいてね。……ふぅ」

マイ「マスターの知り合いの方ですか」

ヤマル「うん。やっぱり心配させちゃってるから連絡ぐらいはね」

マイ「報告は大事ですからね。ちなみに今の通話も【龍脈】を使っていたりしますよ」

ヤマル「え、そうなの?」


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